仏誌襲撃テロ事件と民主主義と中東と集団的自衛権

とんでもない事件が世界を駆け巡ってから9日となりました。フランスの風刺週刊誌を発行しているシャルリー・エプド社が、武装したテロリストに襲撃され、12名が犠牲になったほか、犯人逃走中に5名の市民が犠牲になりました。心から哀悼の誠を捧げる次第です。そして、このテロリスト集団、いかなる理由があるにせよ、今に生きる者にしてみれば、極悪非道な犯行で、許されざるもの。最大の非難に値する蛮行です。加えて、言論界へのテロでした。民主主義に対する挑戦という意味では、テロに屈しないという態度が大切。私も賛同し共同歩調をとるものです。

そして念のため、同社の風刺画は賞賛されるべきものではないということも付け加えておきます。テロの非道さと風刺内容は厳密に分けなければならない。他宗教や他国の困難な状況を鼻で笑うかのような風刺を是とすることはできません。善悪は別にして浅野内匠頭と吉良上野介の殿中抜刀の件と似ているかもしれません。

表現の自由は民主主義の根幹部分ですから、風刺だろうが何だろうが、国家存続に極めて密接に関係するような高度なもの以外は、国家権力や暴力などによって制限されるべきではありません。しかし一方で、何でもありなのかということも合わせて考えるべきです。ヘイトスピーチやら人権擁護の話も密接に関係してくる問題でもあります。こうした問題は、社会の中でコントロールされる仕組みを考えなければなりません。

そのことを申し上げた上で改めて申し上げますと、集団的自衛権の「一部を限定して」行使できるようにすることが、イスラムの”面倒”に巻き込まれるのであるというような主張が散見されます。おいおい、では、集団的自衛権の”全て”を行使可能な権利を有する全世界の大多数の国は日本よりも標的になるのか、という問題提起を第一にしておきたいと思います。そもそも、あの400万人のデモ行進には、イスラエルのネタニヤフ首相と、パレスチナのアッバス議長が同時に行進していたのですよ。

自衛権の目的は平和であって戦争をしないことなのです。目的を達成するための手段として権利を行使すべきかすべきでないかを判断していくのが重要な話であって、行使を絶対にしないという状況が平和という目的を達成するために最善の選択とは限らないのです。

第二に、もっと世界に関心を持つべきではないかという問題。関心というのは、こうすれば、ああなるから、こうすべきだ、とか、すべきでない、とかを考えるということ。アクションとリアクションを考えるということです。自分さえよければよい的な思想源流の人や触らぬ神に祟りなし的な思想源流の人には理解しにくいかも知れません。

関心をもつということは、必ずしもアクションを起こすことではありません。アクションを起こさないことも関心の一つです。今回のデモでオバマ米大統領が出席していなかったことを、好意的に見る人がいます。もしいたら、火に油を注ぐ結果になるから、不在が正解というのが趣旨。私も理解します。では果たして日本の安倍総理がいたら、どういう評価になるのか、ということを考えることが関心をもつことなのではないかと思うのです。

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