ピケティとトリクルダウンと惣菜屋

国会の議論で、今話題のピケティがしばしば取り上げられることが多くなりました。ご承知かと思いますが、ピケティは、膨大な統計データを分析して、世界的に見て、資本の収益率が経済成長率を上回っていること、そして格差が広がっていることを実証し、世界的ベストセラーを書いたフランスの経済学者です。

確かに正しい。例えば今、日本では65歳以上の人が2/3の資産を保有しています。その2/3の人に回る社会保障費は毎年1兆円増えています(ざっくり言えばですが)。そしてこの1兆円は65歳未満の人が一生懸命払っている(これもざっくり言えばです)。とてもバランスが良いとは言えない。ではご年配が全員裕福かというと全くそんなことはない。だとすると、ものすごい格差がこの世代にはあるということです。

だからピケティの処方箋は極めてオーソドックスですが十分共感できるところがある。例えば、若者や将来への投資を推奨していること。世界的に見て財政余力の高い先進国はないもので、経済政策としては金融政策がはやっています。日本も大胆な金融政策を打ち出しましたが、それだけではなく機動的な財政も打ち出しています。ただプライマリーバランス(PB)の健全化をも目指しているので(15年中に半減、20年までに黒転)、今後継続して大胆な財政は打てなくなり、金融政策が中心になるのではないかという懸念がでてきます。ピケティは、金融政策オンリーは絶対間違いだとして財政政策の重要性を指摘しています。同感。

そもそも、少し余談になりますが、PBは名目の成長率が国債金利を上回れば改善するので、今は踏ん張りどころで機動的な財政政策を継続していくべきです。PBが十分改善すれば財政政策上の圧迫は改善される。雨中の登山で登り切ったら晴れた場所があるのに、雨がだんだんひどくなったねぇと言って、デフレという名の底なし沼に引き返すことはすべきじゃないと思っています。

本題に戻りますが、一方でピケティの主張を政治的に政権批判に使うことは全く的外れだと感じます。惣菜屋に入って、揚げ物が目に留まったからと言って、体に悪い揚げ物だけ売るとはけしからんと文句を言っているようなものに感じます。いやいや佃煮も売ってますよ、食はバランスですよっ、て言いたくなる。

例えばアベノミクスはトリクルダウンであり格差を広げるだけだという批判。現在の経済財政政策は、政官学金労言、と言われているように、労働者の賃上げという凡そこれまでの自民党政治らしからぬところまで手を付けたり、地方創生というミクロ政策をマクロ視点で本腰で実行しようとしていたり、あるいは中小企業政策ではかなりの事業が用意されています。どれもトップ政策課題です。十分重点です。

やっていないのは、単純バラマキという再配分。自尊心を擽らない再配分のことです。さらに言えば再配分の公平性が担保できないことも問題です。歴史的にこれは失策であることが分かっている。例えば子ども手当というのがありましたが、十分な収入があっても無くても貰える。つまり、本当は困ってないのに困ったふりをする人や、困ってない人が貰うから、本当に困っている人に十分に手を差し伸べられない。あるいは、生活保護の基準の議論がありましたが、困っているのだけど、そこに安住してしまって困らない努力を自分でしなくなる。だからそこへの給付がさらに他の本当に困った人に回らない。

先の記事「どうなる日本経済、どうする日本経済」でも書きましたが、今やるべき本丸は実質賃金の向上です。これをありとあらゆる規模のあらゆる産業で目指すべきであり、引き続き頑張って参りたいと思います。

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