憲法と安保と国会とベテラン元大物政治家

今国会も中盤を迎えましたが、先週末は厚生労働委員会において労働派遣法改正の議
題で大乱闘が起きました。民主・共産が結託し、法案の審議(出席)を拒否するのみ
ならず、審議妨害。そもそも当日は採決(法律を通す)はしないとしていたのに、委
員長のマイクを取り上げ、総理の入場も力で妨害というのは、全く意味不明のパ
フォーマンスであるし、まるで30年前の国会に戻ったかのような印象を受けまし
た。

これでは、他国の膨張政策に対して法の支配と力による現状変更の抗議などできたも
のではありません。また、その余波で厚労委員会のみならず、平和安全特別委員会や
法務委員会も民主・共産は欠席。同党の質問時間をただただ座って待っているという
異常事態でした。

維新のとある議員が、同党の、こうした55年体制にもどったかのような行動、国家
国民ではなく政党のための政治、に対する痛切な批判をされていましたが、やはり議
論は議論としてすることが国会に求められているのだと思います。

安保の話をしたいと思います。いわゆる、大ベテランの大物元政治家が最近よくテレ
ビに出てきて、慎重論や違憲論を展開しています。大所高所から大いに論じていただ
ければと思いますし勉強になる部分あるますが、一方で、最近の若い政治家に対する
苦言として、戦争をしらない世代であるし、総理の小間使いであるかのごとく論じて
おられることには、かなりの憤りを感じます。

私のことはさておき、周りを見回しても、そう人が大宗を占めるとは全く思えませ
ん。一部を除き、真剣にかつ現実的に国家の課題に対して議論をして責任を持って結
論をだしていこうとする姿勢の議員が多いと感じています。それを意見も聞かずして
斯様な表現で断罪するべきではありません。

ついでに安保法制の中身にもふれますが、議論が極めてドメスティック(国内)に限
定されています。国際政治の現実をもっと論じるべきなのに、論じるものは唯一、南
シナ海に触れるだけ。大局を論じているのは、いわゆる国際政治に携わる関係者によ
るものだけです。彼らの主張をなぜマスコミはもっと取り上げないのか。もっと現実
に発生している国際政治の大局的動向を論じるべきです。残念ながら憲法学者だけが
引っ張り出されている。

違憲か違憲ではないかなどのごときは、10年以上前に行われていた神学論争の類で
あって、もうその終止符を打ちましょうとしていたものを再度引っ張り出してきた感
があります。

そもそも政府が合憲だと言っているのは極めてロジカルな話です。

1.憲法解釈の番人は最高裁。
2.最高裁は自衛権についてたった一回しか判断を下していない(砂川判決)。
3.その砂川事件では、自分の国の存立を全うする自衛権を憲法は許容していると
言っている。
4.その後昭和47年に政府は集団的自衛権は行使できないとの解釈を正式に決め
た。
5.理由は、自衛権はあるけど必要最小限であるべきである(規範)、というもの
で、その当時の国際政治環境では集団的自衛権はその範囲を超える(結論)、とな
る。
6.ならば、現在の国際政治環境に当てはめれば、どうなるのかと考えれば、その結
論の部分は変わると考えるのが当然で、自国の存立を全うする必要最小限の範囲に、
集団的自衛権の一部が入る(逆にいえば、自国の存立を全うするための集団的自衛権
のみが許される)となる。

一部に、砂川事件を引っ張り出すとはけしからんという論調がありますが、これは
ひっぱりだしているのではなく、それしかないのであって、確認しているだけです。
賛成派がここに集団的自衛権は謳ってないと騒ぐので話がややこしくなるのであっ
て、謳ってないから認められるとなど、政府は一度もいってません。

反対論の最大のものは、上記の5の結論も憲法そのものだとするもの。だから違憲だ
となる。であれば、当然その前提となる4も違憲となり、3もおかしいとなる。これ
はロジックです。だから、憲法学者は、自衛隊の存在も違憲と言います。全然論理的
ではないのが、自衛隊は当然合憲で、頑張ってほしいし、期待もしているけど、上記
のロジックは認めないというもの。私は破たんしていると思います。

そもそも政府案では憲法の示すところの規範は変わっていないのです。だから、集団
的自衛権も著しく制限されています。自分を守ってくれる人は守ろうということを認
めないと、国の存立は全うできませんというのが現在の社会なのであれば、憲法がそ
れを認めていないとは全然思えません。

少し長くなりました。思いつくまま、一気にキーボードを叩いてしまいました。一旦
ここで終了しますが、まだまだ想いは沢山ありますので、後日書きたいと思います。

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