3万円は正しかったのかー社会保障制度と経済政策の視点から

低所得層高齢者に3万円を単発で給付する措置が話題になりましたが、それについて、結論から書くと、経済政策としては全然ありですが、社会保障政策としては全然なし、であって、今となれば、問題は、政治メッセージとして正しいアナウンスだったのか、のみが反省として残ると思っています。で、なぜ改めてこのことを書き始めたのかと言うと、3万円の臨時給付金の是非を論じたいわけではなく、中長期展望としての経済動向と社会保障制度を、消費と個人金融資産いう観点から、心配しているからであって、この臨時給付金をトリガーに書き残しておきたいと思ったからに他なりません。

まずは経済的側面:確かに高齢者無職世帯の消費は2014年は減ったが・・・。

経済は、ざっくり言えば消費と投資と政府支出と国際収支から成り立っています。で、消費のGDPに対する寄与度は全体の6割くらいですので、消費の景気への影響は太宗を占めることになります。つまり、今景気は悪くないものの力強くないのは消費が弱いからに他なりません。で、現在の消費は230兆円位ですが、その内、高齢者世帯の最終消費支出額は115兆円を超え、全世帯のそれの半分を占めるに至ってます。つまり、高齢者層の消費は景気の動向に大きく影響するということです。

で、当然ですが、その世帯の消費は年金の給付額に大きく影響します。少し詳しく言えば、まずどの位の世帯が年金に依存しているかというと、高齢者世帯が総世帯の半分であって、さらにその内7割が無職世帯。つまり全世帯の50%×70%=35%位が年金に依存しています。この世帯の消費は2014年は1.6%も減りました。勤労者世帯(全世帯の48%)の消費が0.1%増加したのに比べれた明らかな減少で、この高齢者無職世帯が全体の消費の1%くらいを押し下げている、つまり3兆円くらいは押し下げている計算です。とすれば、先ほど述べたように消費がGDPの6割くらいを担っているので、高齢者無職世帯の消費低下がGDPを0.6%くらい押し下げていることになります。

なぜこの世帯の消費が減ったかというと2014年は公的年金支給額が減ったから

なぜ支給額が減ったかと言えば、年金給付が2014年前後に限って言えば過去の水準との比較で減ったからに他なりません。少し詳しく述べると、デフレが続いていた日本では、物価の変動に合わせて年金支給額もどんどん減ってきたはずが、実は10年位に亘って、政治的配慮から下げずに来ました。ところが民主党政権時代、自民党と一緒にですが、このままでは年金制度は持たないということになり、本来の物価に合わせた支給額にするために、一気に給付額を下げたのが2014年あたりです。より具体的に言えば、たとえ2000年の支給額は月額67000円でしたが、デフレが続き、2013年の本来の支給額は63400円位に減額されていなければならなかったのが、政治配慮で65500円にキープされていた。本来の支給額と約2.5%のギャップがあったわけです。それを2012年の法改正で、スケジュール的には2013年10月に1%減額、翌2014年4月に更に1%、2015年4月から更に0.5%の減額で調整することになった。結果として2014年には64400円に減額されました。お気づきの通り、消費が1.6%減ったのはこのことによる。

一方、2015年はデフレ脱却傾向で65008円に増額されました。後述する特殊減額とマクロ経済スライドをかけてもです。本来の百年安心年金の給付額に戻ったわけです。

※参考までに年金給付額というのはどのように計算しているかというと、2015年を例にとれば、前年の消費者物価(2.7%)と賃金上昇率(2.3%)の低い方を基準にしてマクロ経済スライドのスライド調整率0.9%を減じ、2015年は先ほど申し上げた特殊運用で更に0.5%減額措置をとったので、結局、2.3-0.9-0.5=0.9%が増額分。仮に2015年の物価上昇率と賃金上昇率の低い方が1%だったとしたら、2016年の年金支給額は65008×(1+(0.01-0.009))=65073円となります。

経済政策としての3万円は妥当

以上みてきたように、2013年後半から2017年前半は高齢者無職世帯は年金の減額措置や消費税増税などで負担が増えています。具体的にどれだけ負担になっているかというと、負担の計算の仕方にもよりますが、前年比変化分を負担としてアバウトな計算をすれば、2013年は10月から2014年4月までは1%減額なので、負担は約3千円(65000×0.01×5)。2014年4月から2015年4月も1%なので、約8千円(65000×0.01×12)。2015年4月からは0.5%減額の上にマクロ経済スライドが導入されたのでスライド分0.9%減額されるので、約1万円(65000×(0.005+0.009)×12)になります。今年2016年は変化なしで、2017年は消費税増税分があるので(スライド調整率は変化なし)、負担は約1.5万円(65000×0.02×12)。その後は負担は変わらない。こう考えると、この年金調整措置がある特殊な期間の高齢者無職世帯の負担は約3.5万円(4年で)になるので、経済政策として3万円をこの高齢者無職世帯に給付するのは、消費下支え政策としては全く理にかなったものとも言えます(これはあくまで私個人の分析に基づくもので政府が理由にしているものではありません)。

つまり一言で言えば、3万円の臨時給付措置は、消費税増税とともにマクロ経済スライド導入を含めた年金調整過渡期において、高齢者世帯の一過性の年金収入減少による消費減少を緩和するための措置、という観点では全く正しいことになります。

ちなみに年金支給額は今後どうなるのか

ここで少し脱線しますが、この計算にお付き合いいただいた方であればお分かりの通り、デフレ脱却によってスライド調整率0.9%以上の物価上昇(もしくは賃金上昇率)となれば、支給額が増額されていきます。日銀目標の2%であれば約1%ずつ上昇ということになります。そしてさらに、このスライド調整率というのは5年ごとに見直されることになっていますが、何によって決定されるのかというと、現役の被保険者の減少分と平均余命の伸びに基いています。現行の0.9%というのは、現役が0.6%ずつ減っているのと余命が0.3%伸びているので0.9。今後は高齢者雇用が増加すればスライド調整率は低くできる可能性もありますが、当面同水準が続くものと思います。

ただ、年金支給額増加しても今後消費は必ずしも増えない

支給額が増えたからと言って必ずしもこの高齢者無職世帯の最終消費支出が増えるとは限りません。なぜならば、高齢者世帯の内、最も人口の多いのは団塊世代であって現在60歳後半。消費が多いのは60代の世帯であって、今後団塊世代が70代に突入すれば消費は減少していくと思われるからです。ですから、消費の動向は、より詳細な分析をしなければなりません。この点は他に譲るとして、消費の動向分析のためには年金支給額の他に金融資産も見るべきです。

社会保障政策としての3万円

ここで個人金融資産を見てみたいと思います。国民の個人金融資産は総額1600兆円とも言われていますが、60歳以上が68%以上を保有しているという統計があります。更に衝撃的なのが、この数値は負債を勘案しておらず、こうした住宅ローンや教育ローンなどの個人負債のほとんどは勤労世帯が背負っているので、それを勘案すると、純貯蓄の90%以上を60歳以上が保有しているという統計です。

つまり消費を僅かながらでも伸ばしている勤労世帯からも消費税を国が吸い上げ、純貯蓄の90%を保有する高齢者世帯に給付すると言う構図が浮かび上がってきます。3万円の臨時給付措置は低所得の高齢者世帯だから問題ないとは言えません。単純な例で言えば、1億円の金融資産を保有しながら6万円の年金暮らしの人がいないわけではないからです。もちろん逆に高齢者の相対的貧困率は18%ですので、必要とする人に届くのは間違いありませんが、必要ではない人にも届く。そして30歳未満の相対貧困率が28%であることも見逃せません。こう見れば社会保障政策として見てしまえば、お金に本当に困っている子育て世帯にもお届けしなければ理屈はあわず、正しい方策とは言えません。これは少子化対策や地方創生にも合致しない。

つまり、臨時給付金をやるのであれば、政治的メッセージとしては、政府が言っている子育て世帯を含む勤労世帯対策もやってますよというアピールが欠かせないのは論を俟ちませんが(これは政府もアナウンスしています)、金融資産をもつ比較的豊かな高齢者世帯に、その子供達である勤労世帯のために如何にお金を使ってもらうかという政策(リバースモーゲージや教育資金贈与税減税拡充などなど)をセットにすべきであったと思います。

念のために言えば、高齢者世帯に個人金融資産が偏ることが直ちに悪いわけではありません。それは、若いうちは養育や生活基盤確立の為に働き借金して懸命に生きるわけで、年を取ればそれを取り崩して生きる、という構図は宿命だからです。今の問題は、これがあまりにいびつになってしまったと言うことです。

総じていえば、何が起きているかと言えば、勤労者世帯、特に結婚出産適齢期は極端に負担が大きく、高齢者は老後20年以上を睨んで戦々恐々として消費できない。消費ができないから景気回復が遅延。すると勤労世帯の賃金が上昇しない。上昇しないから子供が増えない。増えないから、勤労世帯が減る一方で、景気が回らない、という構図です。

ここから脱却するには、働ける人はいつまででも働ける環境を創り負担の一部を担って頂き、さらにマイナンバー制度を昇華させ、社会保障の運用を適正化して、困ったふりをする人、本当は困っていない人には遠慮いただき、本当に困っている人に、より手を差し伸べられるような制度を改めて組み立てる必要があると考えます。

少し長くなりすぎましたが・・・。