■これはパレスチナ問題ではなくテロ
パレスチナ・ガザ地区を実効支配するイスラム武装勢力ハマスが、イスラエルに対して過去とは次元の異なる大規模かつ残虐な攻撃を行って1週間以上が経過しました。これは明らかにテロであって、国際法上糾弾すべき問題です。確かに古代ローマの時代から続く深く罪深い歴史が影を落としているのは事実ですが、我々現代に生きる人間としては、紛争予防に関する知恵を蓄積してきたわけで、その知恵というのが、完ぺきではないにせよ、国際法、国際ルールに基づく秩序を基軸にするということです。そして今、我々が見せられているのは、パレスチナ問題ではなく、国際テロです。国際法違反。
ロケット砲攻撃も、ブルドーザやパラグライダーを使った越境攻撃も、イスラエル市民を人質にするのも、全て国際法違反です。ハマスによる秘密裏に周到に準備された非道なテロに対しては、最大の非難をすべきであり、イスラエルの自衛権は否定できません。(国際法上、非国家主体による国際テロは武力行使と見做し得るため、自衛権を認めうる。国連憲章、国連決議、テロ関連条約、ジュネーブ諸条約、国際司法裁判所判例)。
■イスラエルの自衛権の範囲に注目
ただ問題は、自衛権と言えども、国際法的に、ガザ地区の一般市民の犠牲が拡大してはいけないという点です(もちろん人道的にもです)。すなわち自衛権行使の国際法上の要件とされる必要性と均衡性をどう考えるのかです。必要性は明白ですが均衡性はどうなのかというところは注視する必要があります。イスラエル側も、ハマスの軍事施設などのみを攻撃対象とするとしていますので、これは国際法上認められるでしょう。しかし、一般市民と混在しているハマスの施設が明確に分かるのか、ハマス戦闘員と一般市民の区別がつくのか、という点は、イスラエル側は必ず覚悟しなければならない問題です。逆に言えば、ハマスはそこを理解して、ガザ市民を防衛するという名目で、民間施設内に軍事関係者が駐屯しているわけで、罪深いのだと思います。
現時点で、当初イスラエル側が予告したガザ地区への大規模地上戦は始まっていません。過去の経験から言えば、間違いなくイスラエルは大規模な報復を行うことになります。このとき仮にイスラエルが国際法を逸脱するような、すなわち均衡性要件を満たさないような大規模地上戦をやれば、国際法違反の国同士の泥縄な戦いになり、世界から見放されるはずです。さらに言えば、国際法というルールの話だけではなく、国際政治的にもハマスを支援しているイランは黙ってはいないはずです。そうなるとアメリカも黙ってはいない。イスラエルとの関係が改善に向かっていた湾岸諸国も態度は硬化せざるをえなくなる。そうなれば、前段の様相が現実のものとなってしまったら余計に、中東でのG7のプレゼンスは決定的に弱くなる。グローバルサウスとか言っている場合ではなくなるような負の連鎖は、可能性としては否定できない状況です。
■議連声明
以上の理由で、10月11日、超党派日本イスラエル議員連盟の事務局長を預かる身として、急遽、会長の中谷元先生と相談して会議を設定、イスラエル駐日大使に現状報告を求めました。そして、事前に起草したハマスのテロ攻撃に対する非難声明を議論。採決を行い声明を直ちに発出することになりました。同時に、それまでの政府のメッセージの的が微妙にずれていたので、外務省に対して是正を強く求めました。
■(参考)全く余談ながら歴史的背景について
良く知られているように、パレスチナ問題は宗教問題がからんでいます。世界の3大宗教であるユダヤ教・キリスト教・イスラム教のルーツは同じなので、それぞれの聖地が重なっても不思議ではなく、それがエルサレムであり、同地区のかかえる難しさのルーツになっています。そしてより複雑なのは、紀元前からパレスチナの地を古代ローマが支配するようになり、紀元2世紀ころには、ユダヤ教徒(ユダヤ人)が離散(ディアスポラ)させられた事です。
爾来、ユダヤ人にとって祖国再建が夢となり、19世紀のころの国家再建運動(シオニズム)に繋がります。そして一次大戦に突入すると、覇権国イギリスが、シオニズムを利用し、ユダヤ人に国家建設を約束(バルフォア宣言)するのですが、実はその裏側でアラブ人にも国家建設を約束(フセイン・マクマホン協定)し、更にはフランスにも中東分割統治を持ち掛けます(サイクス・ピコ協定)。これが有名な三枚舌外交です。ここから悲劇の顕在化が始まります。
二次大戦のころ、ナチスの台頭でユダヤ人迫害が頂点を極め(ホロコースト)、戦後、国連総会でユダヤ人への同情もあり、パレスチナの地をユダヤ(イスラエル)とアラブ(パレスチナ=ガザ+ヨルダン川西岸)で分割し、聖地エルサレムは国際管理下に置こうという決議(パレスチナ分割決議)が採択され、翌年にイスラエル建国を迎えることになるのですが、それまではアラブ人が住んでいたためアラブが歓迎するはずもなく、累次の中東戦争を引き起こすことになります。これが現状のパレスチナ問題の原型となります。
国際約束となった分割案も、中東戦争が進展するに従って、有効に維持されなくようになります。イスラエルが国際的に認められた以外の地に入植するようになり、一方で、パレスチナ解放を目論んでパレスチナ解放戦線(PLO)という組織ができたりで、緊張は続きました。そして湾岸戦争を経て、イスラエル・ラビン首相とPLO・アラファト議長の間で相互承認に向けた話し合い、その後にパレスチナ暫定自治に関する宣言が調印されました(オスロ合意)。
ただ、状況が安定したわけではなく、イスラエル側もラビン首相の動きに反発する右派によってラビン首相は暗殺され、右派政権が樹立。一方、パレスチナ側も、反融和のイスラム組織ハマスが台頭、選挙を経てハマス政権が樹立されます。ただ、パレスチナ自治政府とハマスの折り合いは悪く、結果的にハマスがガザ地区を実効支配するようになり、一方でパレスチナのもう1つの勢力であるファタハがヨルダン川西岸地区を統治するようになって、現在に至ります。
こうした事情で、パレスチナは全く一枚岩ではなく、パレスチナ自治政府とはむしろ対立しているように見えますが、イスラエルとの関係では協働歩調に見えます。一方、近年はイスラエルとアラブ諸国との関係も徐々に改善に向かっていました。2020年にはUAEに続いて、バーレーン、スーダン、モロッコがイスラエルとの間で国交正常化の合意を発表しました。いわゆるアブラハム合意と呼ばれるものです。そしていよいよサウジアラビアとの間でも協議が進んでいるときに発生したのが、今回のハマスによるテロでした。