【善然庵閑話】自民党機関誌「りぶる」掲載原稿ーすっぴん

 小学校低学年の時であっただろうか、ピアノを習い始めたものの、何が良いのかさっぱり分からないまま、数カ月後には転校することになり、そのままピアノから遠ざかっていた。

 ところが中学校の時である。初めてショパンのノクターン一番を聴いた時、身体の震えが止まらないほど感動した事を今でもはっきりと覚えている。そして感動とは人生に数回起こるものである。二回目の衝撃波が私を貫いたのは、フジコ・ヘミングのラ・カンパネラを聴いた時だ。何が悲しいわけでもないのに涙が止め処どもなく溢れ出てきた。自らのその様を見て笑ったくらいだ。爾来、鍵盤を見つければ見様見まねの独学で叩いていた。

 議員になってからはその機会はすっかり減ってしまった。しかし、未だにピアノの音には魅せられている。地元の後援会の方がその事をどこからか聞きつけ、後援会の総会で突然弾けと命じてきた時がある。正直困った。楽器オタクの範疇を超えるものではなく、人様にお聞かせするようなものではないからだ。とりあえず音を鳴らしたが、図らずもその場は盛り上がった。漫才で言えばボケの役割を果たしたからに他ならない。人間万事塞翁が馬と言うが、何が役に立つか分からない。そんな事を思わせられたひと時であった。

 いずれにせよ、第三の衝撃波が訪れることを密かに楽しみにしている。

りぶる

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