「社会保障と税の一体改革」と「税と社会保障の一体改革」

税を考える際に、2つの考え方があります。やりたい政策を提案し、その予算を計算し、必要な税率を決める。もう1つが、負担となる税率を決めて、その出来る範囲で政策を実行する。

今議論されている「社会保障と税の一体改革」という言葉ですが、「税と社会保障の一体改革」というのと全然違う。政治の世界にいると、何をしようとしているのかを、こんなところから考えてしまいます(だから政治家にとって言葉は大切という意味でもあります)。前者は制度が先、後者は税が先。

どちらが良いということではなく、バランスの問題です。

成長期以降の日本は前者の制度優先を中心にしてきました。しかし時代に合わなくなりました。こうも人口減少・少子高齢化・社会保障制度問題・不景気が大きな問題となっている時代、やはり後者の税優先の考えの比率を上げていかないと日本は潰れます。

例えば年金。増税もいいけど、負担率とか景気を考えて税率の限界を仮に定めたとします。すると年金は給付も大幅に改善していかないといけない。そうした出口改革をしようとすると、高齢者切捨てじゃないかとのお叱りが必ずある。しかし、高齢者が現状維持しようとするだけで、若者の切捨てがどんどん酷くなる。

親子3世代が住む家庭があったとします。親は十分働いてきて財産もあり収入も多少あるなかで、自治会長に言われ(政府)、息子夫婦から小遣い(年金)を貰っている。息子夫婦は収入の半分を小遣い(税と保険料)として親夫婦に差し出しながら、残りは借金返済に全部まわり、新たな借金で家の修繕や赤ちゃんの面倒を見ている。預貯金は親夫婦が2000万。息子夫婦は200万。これが現実です。バランスが極めてわるく、このままだと、海外からの借金、国債暴落と金利高騰、

確かに自治会長がそういう無理なルールをずっとやってきたのが悪いので、自治会運営費削減や役員削減(議員定数削減や公務員制度改革)をして決定権者が血を流すべきですが、そうしたところで根本原因の除去にはつながりません。悪い悪いだけでは先に進めません。

保険料という概念が既に制度を困難にしている。かけたもんくらい返せと。そりゃ将来の年金だからと無理やり徴集されて、年取ったら財政難でございますから給付できませんと言われれば、騙されたと思うに違いない。しかし、もともと、もし将来年取ったときに給与が無くて老後を生きるのに困ったら支給します、という性格のものであれば、事態は全然ちがったはず。急に変えることは制度の性格からできませんが是非考えるべきです。まず納税者背番号制度を導入して、きちんと捕捉をし、本当に困っている方に暖かい政策をお届けする。これが必要だと思っています。