中東情勢。不思議なのが新聞では毎日のように報道されているのに、テレビではテロ事件以外はあまり報道されない。人間、活字を通したものは理性で理解し、耳を通した情報は感情で受け取るものなのかもしれません。
世界の秩序を維持するためには、中東情勢は欠かすことのできない課題で、日本としても遠いから関係ないでは済まされない問題だと思っています。これは対テロとかエネルギー確保とかと言った表面的対処の話ではなくて、世界の安定と平和という本質的問題に直結しているからです。
ただ、中東は難しい。勢力がモザイク模様で統治が脆弱であり、大国同士も対立して様々な思惑が絡んでいるからです。例えば、アメリカは対IS作戦ではイランと手を組んでるように見えますが、対シリア作戦ではイランと敵対しているように見える。トルコはアメリカと協調しているように見えて、対クルド作戦ではイランと手を組んでいるように見える。そしてトルコはシリア反体制派を支援していたのに、アサド政権抜きの停戦協議はありえないと、ロシアに近づいているように見えます。
そこにきて、アメリカの政権交代で、トランプ大統領のイラン核合意停止の示唆、駐イスラエル米国大使館のエルサレム移転示唆などがあり、益々見えにくくなっています。例を挙げればきりがありませんが、よくよく分析していかなければなりません。しかし肝心なことは、個別の事象を分析することよりも、大局をしっかりと見る事だと思います。
シリア内戦が始まって6年。今年1月末、ロシア・イラン・トルコがカザフスタンのアスタナに集まりシリア停戦監視の枠組みを議論し、2月に入ってジュネーブにて、ロシアやイランなどが支援するアサド政権側と、米国主導有志連合などが支援する反体制派の双方が初めて対面しました。アメリカの関与が低下している中でのロシア主導の会議と言われています。これで新しい流れができるなんて甘い期待は私はもっていませんが、これを機に中東について、雑感を書いてみたいと思います。少し長くなるかもしれませんがご容赦ください。
中東の主要情勢
まず5つの基軸を挙げておきたいと思います。おいおい詳しく述べたいと思いますが、中東全体を俯瞰して見るとこの5つは押さえる必要があるように見えます。
1つ目がイランとトルコの台頭です。どちらも過去には地域でそれぞれペルシャ帝国とオスマン帝国を築いたことのある大国で、ほかのアラブ諸国とは決定的にい異なる大国です。それぞれIS掃討作戦の美名のもとにアラブを含めて周辺国に影響力を拡大しているように見えるところが注目ポイントです。その他、イランは特に核問題とサウジアラビアとの相克問題、トルコは特にクルド人問題です。
2つ目はシリアとスンニ派過激派組織です。いわずもがな、ですが、アサド大統領側体制派と反体制派の戦闘にISという過激派が相まって、国の疲弊、難民の発生から始まり、EUの秩序弱体化と保護主義排他主義傾向が欧州全体に広まり、社会経済環境の変化と相まって英国のBREXITの遠因にもなっている様に見えます。特に最近は欧米アラブ中心の有志連合が支援する反体制派が分裂しつつあることが問題です。
3つ目はイスラエルとパレスチナ問題です。イスラエルについて言えば、ISの台頭でヒスボラやハマスといった過激派集団がISやシリア対処で忙しいことに加え、周辺アラブ諸国との経済的結びつきとともに国際政治的思惑が絡んで相互に協力を模索しているように見える事もあり、今のイスラエルにとっての主要な国際政治課題は専らイランの核問題である様に見えます。
4つ目は大国アメリカとロシアの関与です。オバマ政権時代には戦略的忍耐と称して国際社会に関与することをことごとく避けていましたが、こと中東について言えば対IS作戦やシリア停戦合意では最低限の関与をしていました。トランプ大統領になりまだ中東政策が固まっていないようで、今後見守るしかありませんが、軍事力の増強は主に中東と中国に向けられたものであると言え、その他の発言による混乱はあるものの、今後は関与を強めると考えられます。ロシアは中東への影響力を混乱に乗じて拡大しようとしているように見えます。必然的にアメリカ新政権とは衝突する可能性がありますが、これもトランプ新政権の出方次第のところがあります。
5つ目は原油価格の下落と財政問題です。ごく最近では減産合意などもありましたが、財政状況が安定していると言い切るほどに状態が良いわけではありません。
中東の個別国情勢
イラン
もともとペルシャ帝国であった場所が主だった領土で、ペルシャ語を話すイスラム教シーア派の人たちです。そもそもアラブ諸国の民族主義に対する対抗意識が強い(逆に言えば必ずしも宗教的教義に深く根差した排他主義ではないのに結果的にアラブのスンニ派に対する対抗意識になっている)。そして食料自給率が高く80%を超えるとも言われていて、エネルギー資源も豊富なので、経済制裁されても大きな混乱はないとも言われています。
同じシーア派であるシリアのアサド政権への支援、それを通じたレバノンのシーア派過激派組織ヒズボラへの支援、そしてそれを通じたイスラエルへの攻撃が指摘されている一方で、宗教的指導者の処刑に端を発したサウジアラビアとの国交断絶がきっかけで、イエメンへの支援を通じたサウジとの相克問題、などがあります。つまり、イランはアラブとの民族的対抗上、イランは遠隔地であるシリアやイエメンを支援して、アラブの直接的な自国への勢力を弱めようとしているのだと思いますが、そのこと自体が中東全体の混乱を増長させています。
一番注目すべきはイラン発の核拡散でありNPT体制の崩壊です。従前より核不拡散条約に参加していながら、その範囲を超えた濃縮ウランなどの核開発を進めたことで国際社会から疑念を抱かれ数年前から経済制裁が始まりました。そして2015年に改めて核保有国+1である米中露英仏独(いわゆるP5+1)(なぜドイツが入っているかというとイランの核開発はドイツの協力が大きいと言われているから)によって、緩やかな核開発規制と段階的経済制裁の緩和が合意されました。ある種の緩やかな核不拡散体制への取り込みであると言われています。いわゆるイラン核合意です。問題はこの合意自体が核兵器保有を認めることになってしまうと見る向きがあることの他、トランプ政権は選挙中からこのイラン核合意に猛反対していること。もちろんトランプ政権が前面破棄をすればアメリカが孤立するのでできないと思いますが、いずれにせよ、安定的な核不拡散体制に現在完全に取り込めているとは言えません。
イランが核兵器開発を進めると間違いなくサウジアラビアは秘密協定によってパキスタンから核兵器を調達することになります。すると核兵器保有恐怖の連鎖が始まる可能性がでてくる。イエメン、スンニ派過激組織のIS、中国ウイグル自治区のイスラム教徒、インドネシアにも渡る可能性を否定できなくなります。まさにNPT体制の崩壊です。
トルコとクルド
もともと古代ローマ帝国の一部で後のオスマン帝国であった場所が主だった領土で、第一次大戦後にオスマン帝国が崩壊、アタチュルクによって世俗化政策が断行され民主化を成し遂げた特筆すべき国家。トルコ語を話すイスラム教スンニ派の人たちが多数を占めます。日本との関係は極めて良好で、それは映画にもなったエルトゥールル号事件が影響しているからかもしれません。
そのトルコには2つの混乱の基軸があります。第一はイスラム教保守主義と世俗主義の対立。簡単に言えば、もともと世俗主義で成り立った国家ですが、政治腐敗や硬直化に嫌気がさした特に周辺部の国民がイスラム教保守主義化し都市部の世俗主義派と対立。一方でエルドアン大統領は統治上の理由からかイスラム主義政策を掲げて政権を維持しているのですが、軍隊を中心とする権力側はアタチュルク主義(世俗主義)。なので結局は政権も国民も内部的に対立しやすい構造になっています。
そういう事情を抱えているので、同じスンニ派の過激派組織であるISの台頭は、トルコにとって迷惑で危険ではあるけど、宗教的に叩きすぎると世俗主義的に見えて内政安定化できないと考えているように見えます。2015年に突然トルコがIS掃討作戦に参加しましたが、これは後述のクルド人対策の活動とみるべきだと思います。
第二はクルド人問題。クルド人はイラク・イラン・シリアとトルコの両方にまたがる地域に住む世界最大の国家を持たない民族集団(2500~3000万人)ですが、独立運動やテロなどの問題が生じていて政権にとっては最大の悩みの種です。再びクルディスタンが生まれる恐怖と戦っているとも言えます。基本的にクルド語をしゃべるイスラム教スンニ派の人が多い。このクルドベルト地帯、実は一枚岩ではなく、イラク北部・シリア北西部と北東部の概ね3つの勢力があり、イラク北部クルド人とトルコは歴史的に親密、シリア北東部とイラク北部は全くそりが合わないと言われています。そして前段落で述べたトルコ軍のシリア侵攻作戦はシリア北西部と以東部のクルド人の分断を狙ったものだとも言われています。
話がややこしいのが、アメリカもシリア反政府組織支援や対IS作戦でクルド人民兵組織を重用しているという話がある一方で、例えばシリアの重要都市であるアルバーブで、アメリカとトルコはクルド人の取り扱いを巡って意見が合わず、単独で侵攻することになったとの情報もあります。つまり、トルコはもともと欧米に近いにも関わらず、クルド人問題で欧米協調から一歩離れさせているわけで、無視できない存在です。恐らくこれが影響して、トルコは急激に反体制派支援政策を180度転向し、ロシアと共同歩調とも取れなくもないアメリカ抜きの停戦協議にシフトしていったものと思われます。
一方で、トルコは欧州に対してシリア難民をトルコが食い止めてやっているという絶対的な優位性を持っているのだと思います。トルコが組閣などの行政権を大統領に集中させる憲法改正を断行しようとしている中、ドイツ国内で在住トルコ人向けの説明会を企画したところ、ドイツ政府から「治安上の理由」で中止に追い込まれてしまいました。恐らくドイツはトルコの優位性(エルドアン大統領の権限強化)に不信感と対抗心を持っていて、恩義があるながら「権力の分散や表現の自由が保障されるべきだ」としてメルケル首相がエルドアン大統領に苦言を呈したこともありました。それだけトルコのプレゼンスが高まってきているものだと思います。そしてもしかするとアラブ諸国への勢力拡大をも狙っているのかもしれません。
スンニ派イスラム過激派組織イスラム国(以下IS、ISILとも)
アラビア語を話すスンニ派のイスラム過激派たちで、イラク・イラン・シリアから一部アフリカまでを活動範囲とする人たち。現在も2万から2万5千人ほどいると言われておりますが、有志連合による対IS掃討作戦などで、劇的に支配勢力は弱まっており、イラクの62%、シリアの30%の地域を失っていると言われています。私個人として大変遺憾なのは、非人道的(教義でこれは通じないけど)行動と、遺物破壊(古代遺跡を平気で破壊)。(有志連合:イラク空爆作戦=米豪仏英ベルギー・ヨルダン・オランダ・サウジ、シリア空爆:米豪仏サウジ・ヨルダン・トルコ・UAE・バーレーン・英・オランダ・ベルギー)
なぜこんなものが生まれたかと言えば、湾岸戦争で崩壊したイラク元サダム・フセイン政権にいた優秀なテクノクラート達が離散したのちに、アルカイダから流れてきた狂信的集団と結びつくことによって結成された集団で、そうした優秀な官僚がISを組織的に運営していると言われています。そして狂信的と書きましたが、これ自体はウンマと言われるイスラム共同体主義であって、スンニ派が理想としている姿に他ならず、つまり世俗化された世の中に対する批判と不満とが急進的な思想を生んだと言えます。
シャリーアのみが適用される単一のカリフ帝国(イスラム共同体)の設立が目的になっていて、既存の国際法や人権など近代的な共通の価値外交などは通じる筈もないので、有志連合による掃討作戦には私は賛同しますし、またそれほど宗教的イデオロギー的に傾倒していない官僚たちの働き場所を元々のイラクに作ってあげることも重要だと思います。
少なくとも今後も、有力都市アルバーブの制圧作戦(2017.2-)と、ISが首都とするラッカの解放作戦(ユーフラテスの怒り,2016.11-)は最重点・要注目課題です。
参考:
シリア
アサド政権という一握りのシーア派が政権を握っているスンニ派が多い地域です。第一次大戦で、ドイツとオスマン帝国(ケマル・アタチュルクで強かった)が緊密な関係を築いていたことを危惧した大英帝国が、アラブの部族たちを味方に付けようとオスマン帝国からの独立をアラブ部族にフサイン=マクマホン協定で約束したのみならず、アラブには内緒でフランスにはシリアの土地をサイクス・ピコ協定で、ユダヤ人にはイスラエルの土地を与えることをバルフォア宣言で約束した、いわゆる大英帝国三枚下外交の中心となったのがシリアです。古代アッシリアや古代ローマなど歴史的地域を人工的に線引きした大英帝国の無茶ぶりには大いに反省を求めたいと思いますが、過去のことを追求しても未来は見えてこないし、そんなことを言っているだけだとお隣の国と同じことになるので、現代的に見ていきたいと思います。
現時点で、反体制派が占拠していたシリア要衝のアレッポはアサド政権側に完全に占拠されました。アレッポはすべての原点のような場所ですからアサド政権側の優位性が確実になったと見てもよいと思います。このアレッポの激戦で残念だったのは、諸外国は完全に無視していたことです。隣で輩が暴れて次々と罪のない人が倒れているのに暴力反対とだけ言って何もせず立ち去るようなものです。一昔前のアメリカであれば絶対に許していないはずです。そもそも4年前にオバマ大統領がアサド政権に対して化学兵器使用がレッドラインだと宣言しながら、何もしなかったことが大きな混乱となった原因だと私は今でも思っています。もちろん武力の応酬しても根本解決にはなりませんが、機関砲を向けられて逃げまどっている市民がいても、防戦介入さえしないのは非人道的だと私は断言します。少なくとも国際刑事裁判所などへの提訴をしてもよかったのかと。このことは最後に詳しく述べたいと思います。
内戦開始当初は壊滅寸前だったアサド政権が立ち戻ったのは、明らかにロシアの支援を受けてからです。ヒズボラやイラン革命戦線などのシーア派同盟も同調したと聞きます。ロシアの当初も介入目的は対ISであったはずなのに反体制派空爆を行ったと咎められてもおかしくない状況を自ら作っているわけです。実に20世紀的戦略で戦後処理を睨んだ作戦に見えます。なぜロシアがアサド政権と緊密に連携するのかというと、これはインドがアンダマンニコバル諸島を重視するのと同じように、安全保障上の理由であって、シリアにはロシアの北極艦隊が唯一安心して寄港できる場所があります。また、これだけではなく憶測ですが、イランのシリアに対する勢力を拡大させておけば、ロシアにとっては足がかりが強固なものになるし、イランもその意図が高いので彼らにとっての良いディールになったのだと思います。さらに言えば、ロシアはトルコを緩やかな関係におき、ウクライナのクリミア併合や、レバノンとも併せれば、巨大な緩衝地帯が得られるわけで、もちろん本当にそうした空想的戦略を持っているかはわかりませんが、まったくないとは言い切れないと思っています。
ちなみにですが、国連はシリアに対して制裁の動議を出していますが、ロシアと中国に拒否されています。当然と言えば当然の帰結で、国連は機能しない。米国主導は、トランプ新大統領の強権的な発言とは裏腹に、まったく機能をしていません。冒頭書きましたように、ロシア主導の停戦協定が話し合われています。米国はオブザーバ参加しかしておりません。トルコが急にこの話に乗ったのは、アルバーブ侵攻作戦で前述のとおりクルド人民兵の取り扱いを巡ってアメリカと対立してからに見えます。何もしないアメリカと歩調を合わせて勢力を縮小せざるを得なくなるよりは、ロシアと手を組んどけという話に見えます。このフレームワークが何事もなく進行してしまうと、アメリカの中東に対する影響力は更に圧倒的に低下します。トランプ大統領がこれに備えて何をするかが極めて見ものです。先日、アメリカがシリアに地上部隊派遣の検討を進めているとの報道がありました。シリアに安全地区を策定し難民流出などに役立てようとするものとの内容でした。報道ベースですからわからないですが、米軍の中東でのプレゼンスは重要です。日本が外交的周辺国支援を徹底的に行うべき理由がここにあります。
参考:
イスラエル
周辺アラブとの関係は昔と比べるとかなり異なった雰囲気となっているように見えます。例えば先月も、イスラエルがサウジアラビアと、台頭するイランやISなどの共通の敵に備えるための非公式協力を進めている旨の報道がありました。ネタニアフ大統領は、最近ではその認識に立っているのか、周辺国も関与させた広範囲な和平構想を提唱しています。確かにイスラエルも原油を買うでしょうしアラブもイスラエルのテクノロジーを間接的に使っている。グローバル化を考えたら当然の帰結ですが相互依存が強まっていく。ISのように急進的な考え方でもなければ相容れるところはたくさんあると思っています。パレスチナも経済のみならず治安面でイスラエル側に依存していることが多く、3万人が入植地のガザで働いているとの報もあります。それがゆえに単独国家案が浮上してきているのだと思います。
ただ問題は、トランプ大統領が2国家共存政策には必ずしも固執しないとの発言をしていることです。これも1993年のオスロ合意と2003年の米ロ欧UNによる和平ロードマップ策定とパレスチナ国家樹立明記という流れを無為にする発言ですが、現実問題として進まない和平に一石を投じる効果はあったとしても(65%のパレスチナ住民は2国家共存はうまくいかないと答えている)、じゃあ次どうするのという妙案もなければ、単なる石を投げただけに終わります。
ネタニアフ首相は最近、和平の認識として、パレスチナ側によるユダヤ人国家承認と、イスラエルによるヨルダン川西岸での治安権限の掌握が和平の必須条件だと発言していますが、少なくとも西岸への入植はぼちぼちにしてもらわないと困ります。パレスチナ自治政府のアッバス議長は2国家共存に取り組み続けるとしているし、PLOのアリカット事務局長は、ユダヤ・イスラム・キリストが平等に権利を保障された単一の民主国家の樹立という言葉を使っています。困難が続くかと思いますが、ここでも人道の観点でテロをとにかく掃討する運動を行うべきです。
一方でそれよりも問題なのが現在テルアビブにある在イスラエルのアメリカ大使館を、トランプ大統領が、選挙中も就任後も、エルサレムに移設することをほのめかす発言していることです。再度中東危機を迎える危険性を孕んでいます。
参考:
国際社会は中東とどのように向き合うべきか
確か池上彰さんだったと思いますが、中東アフリカで起きたアラブの春で自由が訪れたのではなく混乱が訪れた、という趣旨のことをおっしゃっていましたが、まさにその通りで、地域の統治の弱体化が不安定化の最大の要素になっています。直接の原因はアメリカの関与が弱体化したからだと見ています。IS掃討作戦はラッカ陥落も目前に控え収束すると見ていますが、対国際テロという共通の敵が消えた後の中東地域の接着剤をどのように作っていくのかが大きな問題です。火種は間違いなくトルコ・シリア・イラン・サウジアラビア・イスラエル・パレスチナなどの主要国に残ります。
だからこそ特にサウジアラビア、エジプト、イラン、イスラエル、トルコの安定化がカギとなるのは間違いありません。そして日本としてはヨルダンやレバノンといった周辺国への支援が必要不可欠になるのだと思います。
ただその前提として考えておかなければならないことがあると思います。日本や欧米が掲げている価値外交、つまり自由、民主主義、基本的人権、法の支配、という共通の価値観は、もちろん既存の秩序を維持する上では極めて重要なのですが、中東にこの方程式は直接は全く通用しません。例えばシリアについては、アサド大統領の体制派に対して、欧米アラブ有志連合は反体制派を支援して敵対していますが、停戦合意がこれまでうまくいかなかったのは、停戦後のシリア政権の在り方を巡った対立が主だったものでした。
であれば、有志連合側はその価値観の主軸に、人道というのを追加して、シリア中心に広まる難民、過激派組織による活動に、国際社会が一致団結して救済措置を講じることを最優先すべきであって、戦後のアサド大統領や政権幹部職員の取り扱いについては、一端棚に上げることを模索すべきではないのか。シリアだけではなく、中東地域では種々の教義に基づく行動に対峙するのに、既存の共通の価値だけでは出口が見えません。理想と現実は時間軸の上で設計しなおすべきだと思っています。
オバマ政権は戦略的忍耐と称して国際社会に関与することをことごとく避けていましたが、こと中東について言えば対IS作戦では最低限の関与をしていました。そして体制派の戦後の取り扱いについてはことごとくロシアやイランと対立していました。一方、トランプ政権になって現状では中東情勢に全くと言っていいほど関与していませんが(まだ政権が立ち上がっているとは言えませんが)、少なくてもシリア体制側の戦後の取り扱いについては柔軟な考えを示しているように見えることから、多少の期待をもって見守っています。
シリア難民の発生は近隣諸国への流出によって混乱が拡散し、更にはEU諸国を分断しているように見えるという観点と、その難民起因の混乱が、社会構造の変化に伴う中所得者層の経済的負担増の不満と相まって保護主義排他主義的イデオロギーに繋がっているという観点と、その典型がシリア難民に押し出されたEU諸国住民のイギリスへの移民となってイギリスのEU離脱、BREXITにも繋がっていて、結果的にそれがシンボルとなって世界秩序の崩壊の始まりを予感させる潮流になっていることを重く見るべきです。つまり、中東の安定は、日本にとって、エネルギー確保などという観点よりも遥かに重要になってきているのは事実だと思います。
イスラエルのネタニアフ首相