創薬力の強化

「mRNA特許出願、米が5割」との報道(2月6日の日経)がありました。以前もご紹介した私も注目しているアスタミュゼという会社の分析によりますが、これによると、mRNAに関係する特許の件数は、米国が48%、ドイツが12%、中国とスイスが同列で8%、日本は7.7%。また、特許と言うのは保有してるだけでは意味がなく、実社会上での価値がどのくらいあるのかというのも重要になりますが、その評価で言えば日本の大学も結構いい線行っているようで、記事では「一定の競争力があると言える」と結論付けています。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC195ZZ0Z10C22A1000000/

日本の創薬は、世界でも競争力がある分野でした。でした、というのがミソで、競争力が残っているのは従来型の低分子の分野であって、これからの創薬はバイオなど中分子だと言われています。事実、mRNAも新しい製法の医薬品で、これも低分子ではなく中分子医薬です。そして日本はバイオ等の遅れが指摘されています。mRNAワクチンがこれだけ世界に普及するなどと言うことは、コロナ発生直後の日本では誰も想像していませんでした(正確に言えば数名はいらしたそうです)。新しい創薬手法(モダリティ)に対して、成功を信じて前進するという意思が低かったということになるのだと思います。では意思とは何かというと、竹やり突撃のような精神論であってはなりません。その重要な中心的考え方は官民連携です。特にコロナのような安全保障上の脅威に対しては尚更です。だからこそ産業政策が必要なのだと思っています。

前段の報道はこうした重要な示唆を含んでいます。そして現在、創薬は厚生労働省が握っています。成長期のように民間の力が強いときは、規制官庁として万全の安全性だけをしっかりと見ているだけで事足りました。しかし、国際戦略や産業戦略、知財戦略などを駆使して官民連携して安全を担保しながら、または担保するために産業を育てるという発想は、想像の通り強いとは言い難い。例えばパンデミック等に備えて薬事承認プロセスを柔軟化するために今国会に薬機法改正案を提出しようとしていますが、ここもしかりだと思います。

念のため繰り返しですが、産業政策が重要なのは、産業が育たないと安全を担保できない、という理由に基づくものです。例えば現在、第二のドラッグラグという言葉が創薬界隈に出てきています。(第一の)ドラッグラグは、国の承認プロセスが遅く医薬品が世に出てくるまで時間がかかることを指します。実は、数年前に厚労省の努力によって承認プロセスは世界でも最も早い部類の合理的な制度に生まれ変わっています。では第二の、というのは何かというと、これも市場に出るのが遅いことを指しますが、原因が違う。製薬メーカーにとって日本の市場の魅力が落ちているため、早期に日本市場に投入してもコストを回収しにくく、そこでまずは海外市場に製品を投入し、回収してから後に日本の市場に出すことになるため、結果的に世界の中で最も市場に出回るのが遅くなることを言います。事実、その傾向が少し表れ始めていると聞きます。

薬事政策の中で産業政策が主要な項目として考えられていないのだとすれば、創薬力強化を謳ったとしても基礎研究だけが伸びることになり、必ずしも社会に役に立たない状況が続くのではないか。であれば本末転倒です。社会に裨益しないので研究費が回収できない為、相対的に研究力も下がります。現在、研究開発に国費を投入していますが、研究のために国にを投入しているような状況です。基礎研究が主目的のものは文部科学省がやっています。これを社会に裨益するための構造にしなければならない、という思いは今でも変わりません。

特に今後、バイオなどの新規モダリティが重要になる時代は、従来の低分子と言う化学式さえ見つけて特許に出しておけば権利が守られる世界ではなく、日本が得意なすり合わせ技術、製造工程やノウハウがものをいう世界になります。今、創薬業界は水平分業化が進んでいます。半導体で言えば台湾のTSMCのように、製造業者がサプライチェーン上で力を持つようになるのかもしれません。昔、弱小インテルがIBMを食ったのと似ているように感じます。であれば、単に産業政策というだけではなく、その次のことまで考え抜いていかなければなりません。そうしたことも念頭に置きながら、日本に足りないリスクマネーの在り方や人材育成の在り方も含めて、複眼的に創薬力強化を進めていかなければならないのだと思います。