ウクライナ情勢ー日米同盟

ウクライナ情勢を巡り、バイデン政権の動きがかなり活発になっています。日本も切迫する危機との認識のもと国際紛争の防止に一定の積極的な役割を果たしていかなければなりません。その中心的課題は、価値を共有する国同士の結束を如何に強化し、それによって力による一方的な現状変更の試みを許さないとする姿勢を明確にする方向です。力を背景とした一方的な現状変更の試みは、既存の国際秩序に対する重大な挑戦であって、そういう意味では日本も対岸の火事として眺めて見過ごすわけにはいかない事態です。最大の関心をもって注視していかなければなりません。

そもそもロシアにとってのウクライナは安全保障上の要衝でもあり、ウクライナが欧米協調路線をとってEU加盟の方向に向かっていたことにはロシアは以前から相当に敏感でした。しかし軍事力を行使して他国領域を奪取し、自ら優位な形を築こうとするのは明確な国際法違反であるばかりか、許し難いことです。

時折、ウクライナ有事と台湾有事の直接の連接が指摘されることがあります。本日も、英国ジョンソン首相が、ミュンヘン安全保障会議において、ウクライナ有事が台湾有事に発展する可能性に言及しましたが、その趣旨もウクライナ危機がまさに既存のルールに対する重大な挑戦であって、世界に向けて結束を呼び掛けたものなのだと思います。同会議で出席していた林芳正外務大臣も、侵攻があれば制裁を含めて甚大なコストを招くことを確認したと記者団に語っています。いずれにせよ、ロシアにはウクライナ国境周辺に展開している部隊の撤収と緊張緩和に向けた具体的な取り組みを求めます。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB194HY0Z10C22A2000000/

以上の視点に立ってウクライナの情勢に話を移します。米政府が在留米国人の即時退避を求め領事業務を停止してから1週間が経ちました。大使館には館員の帰国指示とともに通信機器やコンピュータの破壊指示まででていたとの報道もありました。危機が指摘され始めた当初、一時はバイデン政権が戦略コミュニケーション(以下SC)に失敗したように見えましたが、今思えばそれも組み立てられた戦略の一環だったのかもしれません。ロシアに口実を与えないための積極的情報開示とSCは、抑止になっているはずです(抑止が成功するかは別問題)。

そもそもクリミア同様、ウクライナ東部ドネツク、ルガンスクのように親ロシア住民の多い地域では、危機が指摘されはじめた当初から、内紛が発生すればロシア介入の口実にされる可能性がある、との指摘がありました。具体的には1月14日に国防省のカービー報道官が、”false-flag operation”(偽旗作戦)の可能性に直接言及しています。
https://www.bbc.com/news/world-europe-59998988

(写真出典:CSIS-Russia’s Possible Invasion of Ukraine)

遡ること昨年11月、ロシア軍によるウクライナ周辺への9万人規模の部隊展開が報道された当初、一部の軍事専門家はドネツク・ルガンスク侵攻を明確に意識した展開であったとしています。
https://graphics.reuters.com/RUSSIA-UKRAINE/LJA/akvezngkxpr/

これに更に遡ること10月、ロシアが欧州向けガスを供給しているウクライナ経由パイプラインのガスプロムについて、ウクライナ政府が実施した入札にロシアが応じなかった事件がありました。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR189Z80Y1A011C2000000/

この記事では背景までは触れられていませんが、もともとウクライナはソ連から独立してからもロシアの欧州向けのガス供給の経由地として位置付けられており、両国間には緊張こそあったもののガス事業については比較的平穏に継続されていました。ところが2004年の大統領選で対立が顕在化します。この選挙では、親欧米派のユシチェンコと親ロ派のヤヌコビッチが戦い、結果的に親ロ派のヤヌコビッチが当選しましたが、これについてはロシアが露骨な選挙介入をしたとの指摘もあり、最終的にはユシチェンコ側が不正を訴えて再選挙となり当選。ウクライナは急激に親欧州路線に動いていきます。その結果、ロシアはウクライナ経由のガス供給を絞り、一時は欧州でのガス価格が高騰し実際に生活に多大な支障が出始めました。
https://ieei.or.jp/2021/07/special201704027/

実際、2001年当初の欧州ガス価格は100万BTU当たり3ドル程度であったものが、オレンジ革命を経た2008年には13ドル程度に跳ね上がりました。その後、2010年の大統領選で親ロ派のヤヌコビッチが再び当選すると、一気にロシア関係を強化、その結果、国内で暴動が起き、これが端緒となってクリミア事件が起きる。ヤヌコビッチは失脚してポロシェンコが大統領となりますが、ガス価格は2014年のクリミア危機で再度12ドル程度まで跳ね上がりました。そして昨年末から、今回のウクライナ危機に関連して再度高騰、過去最高に達しています。
https://jp.reuters.com/article/power-prices-russia-gas-idJPKBN2J01G7

もちろんコロナによるサプライチェーンリスク要因もあるはずですが、由々しき事態であることには変わりなく、日本も同志国との協議を経て日本割当分を欧州に融通することになりました。この意思決定過程で日本も余裕があるわけではないと反対する向きもあったようですが、欧州が抱える問題に唾するのはどうかと思います。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA094OS0Z00C22A2000000/

また、ガスだけではなくウクライナ情勢は世界経済にも大きくインパクトを与えることになることから、G7は、先日行われた財務大臣会合で、2014年のクリミア危機以降、G7が国際金融市場の安定化のためにIMFと共に480億ドルを超える金融支援を実施していること、そしてロシアによるウクライナへの軍事侵攻があれば、制裁を共同で科す用意があることを発表しました(ウクライナに関するG7財務大臣声明)。また、バイデン政権も単独で10億ドルのソブリン債務保証を表明しました。
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-02-15/R7BUNNT0G1KW01
https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/convention/g7/cy2022/g7_20220214.pdf

侵攻は数日以内とバイデン大統領が明言したとの報道がありました。もちろん抑止に向けたSCでもあるでしょう。数日前からウクライナではクリミア事件の時と同様のDDoSサイバー攻撃が発生しているとも聞きます。切迫していることは事実です。対岸の火事では済まない理由があります。本質的には我々民主主義国家の安定の礎が挑戦されているということであって、対岸に見えても胡坐をかいている状況にはないことは確かです。台湾有事を指摘される方の本意はここにあるのだと思います。

さらに言えば、結束という意味で注目せざるを得ないのは、米国内で顕在化している深刻な政治的分断が今後どの方向に向かうのか、なのだと思います。米国大統領の支持基盤の強弱は、米国が同志国の中心国であるということを考えるまでもなく、米国内だけの話に終わるはずはありません。日米同盟の強化は一昔とは少し違った主体的な意識で臨まなければならない極めて重要な価値なのだと思います。