善然庵閑話:日食と婆ちゃんと敬太郎

私には普通に2人の婆ちゃんがいました。2人の婆ちゃんは全然違うタイプでしたが、どちらの婆ちゃんも私にとってはかけがえの無い婆ちゃんでした。

母方の婆ちゃんは私が物心ついたときにはほとんど東京で一人暮らしでした。私は香川にいましたのでめったに会えませんでしたが、話好きで、お袋とはとても仲が良く、会うと親子で延々と何時間も、世間のシキタリ、近所のこと、買い物のことから、時事問題などまで、いろんな話を深夜までしていたのを今でも覚えています。

私が大学に進学した後は、家が大学に近かったせいもあり、よく転がり込んで甘えていました。一緒にご飯を食べながらよく世間話をしました。私が背伸びをして偉そうに経済の解説をして見せても、ふんふん、と話を聞いてくれましたし、会話を楽しむようにいろいろ質問も出してくれました。

ある日、月食の話になりました。恐らく理屈は知っていたであろうに、不思議ねぇ、どうなっているのかねぇ、と言うので、得意になって真顔で解説している自分がそこにいました。今思えば風情の話をしているのに私は馬鹿だなと苦い思い出になっています。結局、太陽がなくなったら世の中暗くなって大変だから、あってよかったね、という話で終わりました。

先日の日食を見ていて、そんなとりとめも無い話をふと思い出しました。

婆ちゃんついでに、実は敬太郎という名前は嫁と姑の合作だとお袋から聞いています。今度は父方の婆ちゃんの話です。

父方の婆ちゃんは姓名判断に凝っていたようで、親父の名前も今時のパソコン版姓名判断に入力すると結構いい点数をはじき出します。そして、私が生まれたとき、名前は太郎にしないさいという提案が婆ちゃんからあったそうな。

ところがお袋が、太郎では市役所の書類の書き方見本みたいで余りに可哀想だ、と抵抗し、それでは太郎の前に何か一文字つけてもよろしい、ということで、敬太郎になったとか。お蔭で、私の名前もパソコンに入力すると、存外良い点がでるのです。