日韓外相会談で合意された慰安婦問題について

戦後70年、日韓国交正常化50周年の年の、年末にあたり、大きなニュースが飛び込んできました。慰安婦問題合意の報です。慰安婦問題は、両国間の棘であるばかりか、東アジア安全保障戦略上も極めて暗く重い影を落とす問題の一つでした。

今回の合意は、一見意外であったものの、大いに評価できると思っています。その理由を含めて、思ったことを書き残しておきたいと思います。

 日韓外相会談は先日28日午後2時より行われ、続いて夕刻5時48分から15分間にわたり日韓首脳電話会談が行われました。その際に重要な発表がありました(余談ですが、私のところには29日午前3時10分に正式な連絡がありました。仕事納めであったはずのその日、その時間まで頑張っている外務省職員にはご慰労申し上げたいと思います。)

第一に、日本は外交に戦略がないと指摘されて久しいですが、ここ最近の戦略は目を見張るものがあるということを申し上げておきたいと思います。例えば今回の合意も本来大変な困難を伴うものであったはずです。なぜ可能だったのか。勝手な妄想ですが、第二次安倍政権が発足した当初の国際社会が懸念していた安倍総理の右イメージというのものを逆手にとって、米議会演説、日米関係強化、中韓軟化、70年談話での国内向メッセージ「子孫に謝罪させる運命を負わせない」をつくり、外から見ると一見大きく右に遠回りしてきたけど、結局原点に戻ってきただけで、気が付くと、いろいろなことが解決されている。戻れたのは途中のプロセスが全て一貫していて、「日本の誇りを取り戻す」ことと「現在の安保環境に対処する」であるからです。

ちなみに、2次政権発足以降、ご存じの通りNSSが発足していますが、それが有効に機能しているためにこれほど戦略的に事を進められているのだとしたら、それはそれで素晴らしい話です。もちろん安倍総理や岸田外相のリーダシップによるものではありますが、国家として外交戦略を今後どう担保するのかというのはそれとは異なる次元の重要な問題です。

第二に、では何故、日韓関係を早急に正常化しなければならないのかですが、ひと言でいえば東アジアの安保環境の変化に対処するためです。これまで日韓関係は完全にこう着状態。国会での対韓国外交に関する雰囲気について触れれば、安保戦略上あまりに重要な隣国の割に、あまり日本人の心が韓国人に届いていないのか、あまりに韓国側の感情的発言が多く、暫く放置しておいた方がよいのではないかという雰囲気でした。ただ、安保環境に鑑みれば日米韓関係というのは日米印・日米豪と合わせて非常に重要な3国関係ですので、放置しても前進しなければ意味はありません。いつかは前進しなければいけない。

第三に、では一見意外とはどういうことかについて触れたいと思います。まず、韓国とはこの問題については、国交正常化された1965年に締結された日韓基本条約で(正確にはそれに付随する日韓請求権協定で)、国や国民の間の請求権が「完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する」とされ、日本側の一貫した立場でした。つまり、韓国側が主張する日本軍の組織的計画的強制を示す客観的事実は明確に確認できないものの、何らかの関与は当然あるので道義的な責任は当然あって、戦時中にご迷惑をお掛けしたことは心からお詫び申し上げる、この部分は一切変わらないけれど、請求権となると、もう解決してますよ、というのがスタンスでした。

ですから、今回、最終的かつ不可逆的に解決される、という文言は、ほんじゃ前のものは何だったの、ということになるわけです。ここはおそらく誤解されやすいところだと思いますが、今回の電話会談でも総理から「日韓請求権協定で最終的かつ完全に解決済みとの我が国の立場に変わりないが、今回の合意により、慰安婦問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを歓迎」と伝えられています。今回の合意を私なりに解釈すれば、日韓請求権協定での日本の立場は何ら変わらないけど、その枠組みとは別に改めて両国で解決していきませんか?ということになる。ここは理屈の世界になるので少しわかりにくく、もう少し分かりやすく説明することが必要だと思います。
 
第四に、いずれにせよ、会談の内容の履行をどう担保するのか、が一番重要なのだと思います。改めてポイントだけ示しておきます。

○日本側表明
・改めて元慰安婦の方々への謝罪
・「元慰安婦の方々の心の傷を癒す措置を講じる。韓国政府が財団を設立し、日本の予算で事業を行う。支援のための予算措置はおおむね10億円」
・「(上記措置を)着実に実施するとの前提で、この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する」
・「国際社会で本問題について互いに非難・批判することは控える」
・「韓国政府は、ユネスコでの記憶遺産登録申請に加わることがないと認識」
・「韓国政府は、旧民間人徴用工問題について、求権協定によって法的に解決済みだとする韓国政府の従来からの立場は変わっていないと認識」
○韓国側表明
・「日本政府による表明と発表に至るまでの取り組みを評価」
・「大使館前の少女像について適切に解決されるよう努力」
・「(日本政府が表明した上記措置を)着実に実施するとの前提で、この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する」
・「国際社会で本問題について互いに批判・批難することは控える」
・「韓国政府は、第三国での慰安婦の石碑・像の動きを支援することはない」

最後に、この問題の私自身の基本的な考えを書いておきたいと思います。最も重要なことは日本人の心が正しく韓国に伝わることです。現代的価値観でみれば、戦時中に発生した慰安婦問題は、いかなる経緯があったにせよ二度とあってはならぬことであって、強制があったかなかったかに関わらず、そうした現代の日本の価値観を韓国を含め国際社会に伝えなければなりません。仮に日本が何も語らずいきなり最初から強制はなかったなどと言えば感情論に発展するばかりです。そして仮に韓国が何も語らず謝罪が足りない強制はあったなどと言えば、これも感情論に発展するばかりです。であれば、過去に日本政府がそうしてきたように道義的責任のもと元慰安婦には心からのお詫びを申し上げるのは当然ですが、一方で、総理が70年談話で触れたように、未来永劫謝り続ける宿命を日本人の後代に課すことは絶対にさけなければなりません。かかる観点から、いたずらにお詫びを続けることにどのように終止符を打てるかが問題です。であるならば、お詫びが実行として担保されるためには、国際社会と協同して二度とこのようなことが無いよう未来志向で取り組む姿勢が望ましいのであって、日本も率先して取り組むべきと思います。

その上で、あくまでその上で、何が事実であったのかをこれからも引き続き検証していくべきです。”なかった”ことを”なかった”と立証するのは非常に困難ですが絶対に必要なことです。”なかった”ことを”あった”と言う人がいれば、”あった”と主張する側に立証責任があるのでしょうからそれを追求すべきです。立証できていないものに”あった”と言う人のことを又聞きして”あったあった”と騒ぐ人が現れれば、丁寧に逐一立証できていないことを説明していくべきです。すべては我々の子孫のために。

※初校から一部加筆訂正いたしました(2016年1月1日)