遠藤周作の狐狸庵閑話(こりゃあかんわ)をもじって時々駄文を書き記している善然庵閑話(ぜんぜんあかんわ)ですが、いつも遠藤周作とまったく関係ない内容ばかりになっているので、作品「侍」で扱われた支倉常長(はせくらつねなが)について今日は書いてみたいと思います。
そんな気になったのは、つい先日、自民党総研の外交研究会でキューバをテーマとした議論をし、そこで話題になったからに他なりません。ほう、キューバにも立ち寄ったんだと。
支倉は江戸初期に伊達政宗の命で欧州貿易開拓のために慶長遣欧使節団を率いてヨーロッパから中米を7年かけて渡り歩いた武士です。その前は文禄慶長の役にも加わっていたらしい。渡航中に洗礼を受けて、ドン・フィリッポ・フランシスコという洗礼名までもらっていますが、結論から言えば派遣目的は達成できなかった。しかし、この時代の航海というのは、果てしなくロマンを感じるものであって、例えばアメリカのジョン万次郎、ロシアの大黒屋光太夫など、波乱万丈というか人間万事塞翁が馬というか、数奇な運命をたどる人が多く、支倉常長も御多分に漏れません。
支倉について現代人の心に深く突き刺さるのは、歴史の因果の折り重なりの中で生まれた史実であることです。結果、外国人の手による多くの肖像画や書物が残されていること。なんでそんなことになるのか、強くドラマ性を感じます。
伊達政宗の目的は貿易とも倒幕とも言われていますが、よくわからない。ただ、言えることは当時の日本はキリシタン弾圧国。キリスト教国の欧州によく思われるわけもなく、さらに言えば、貿易をさせてよと言ってきた未開の地であって、主目的であったスペインなど当時は無敵艦隊時代のイメージがまだまだ残っていたであろう世界最強国であったことを想像すると、とても相手にされそうな気がしない。
どうやらソテロなる人物が暗躍したらしい。支倉が同行させたソテロという宣教師は徳川家康によって投獄・死刑宣告をされていたものを、伊達政宗が嘆願して救い出し、遣欧使節団として支倉に同行することになった。自国に帰れることになったソテロは、都合のいいように支倉の言葉をフェリペ3世国王に伝えたのかもしれません。しかしいずれにせよバレル。そこで支倉はローマに行き、教皇の口添えを頼むことにするわけですが、なぜかそこで大歓待を受けることになり、アジア人唯一のローマ市民権を得た人物にもなり、そこで肖像画など多くのことが歴史に刻まれることになります。
例えばローマには現在でも多くの足跡が残されています。イタリア大統領官邸であるクイリナーレ宮殿の王の間には、支倉やソテロ含めた使節団のローマでの様子がフレスコ画で描かれていますし、ボルゲーゼ美術館(支倉のローマ滞在時の世話役になった貴族)にも、等身大の肖像画が残っています。またローマ生まれのアマティという歴史家が1615年にかなり詳しい使節記を残しています。
実は幕府とスペインの交流は、この派遣の前に、スペインのフィリピン提督が帰国途中に座礁し、今の千葉県御宿で地元住民に救助されたのち、徳川家明日の命で三浦按針が建造した船でスペインに送り届けられたことがきっかけとなり、始まったそうなのですが、これを知って興味をもったのが伊達政宗だったのだとか。やはり普通の大名とはセンスが相当違ったのでしょう。
この船、出航したのが伊達藩の管轄した今の宮城県石巻市月浦。現在、そこには慶長使節船ミュージアムがあり、復元船が展示されています。ご存知の通り、石巻は先の東日本大震災で被災しました。そしてその影響で復元船の痛みが激しいとのことで、見学中止、解体を余儀なくされているとのこと。
あくまで復元船なのではありますが、何か心に突き刺さるものがあります。それは被災者の誇りのシンボルがなくなりつつあることに対してなのだと思います。だからこそ、被災者にとって最善の政策を実行し続けなければなりませんし、もっとも大切なのはココロなのだと思います。そういった意味では、先の大臣発言は遺憾でした。
歴史のロマンが奏でる誇りという支柱は、被災地の皆さまにとっても、地元の方々にとっても、あるいは史実をご存知の日本人にとっても、普段は全く気に留めることがなくても、大きな拠り所になっているのではなかろうかと思います。であればこそ、我々の世代も未来の日本人に残さなければならないのは、誇りであろうかと思います。
今の日本は歴史的転換期を迎えています。変えるべきものは変えなければなりません。人口増加の社会と人口減少の社会で同じシステムを続けることは困難です。だから改革が必要になります。そして改革とは、誰かが賛成し、誰かが反対するものです。改革を断行するためには、何かを捨てて何かを守らなければなりません。何を捨てるかで誇りが問われ、何を守るかで愛情が問われます。その問われるものを判断するのは人間だからこそ、人間は常に歴史に学ぶべきものだと思っています。