(写真:IISS地域安全保障フォーラムで)
イランとアメリカの対立によって、イランはエネルギー供給路の要衝であるホルムズ海峡の封鎖を仄めかし、それに対してアメリカは国際社会に向けて同航路の航行の自由を確保するための有志連合の結成を呼びかけています。最近、初めてイギリスが参加を表明しましたが、未だ世界の足並みがそろっていると言える現状ではありません。日本にも呼びかけがあり、参加するか否かも含めて政府は検討しているとのことですが、我が自民党内でも意見は割れており、また、有識者の間でも様々な意見がでています。
議論の論点としては、外交上の米国とイラン双方との関係、自衛隊の法的能力的活動限界などがでていますが、そもそもアメリカが有志連合という政策を立案するに至った背景と彼らの認識を見つめなおさなければならないはずです。アメリカが”結果論的”に提示してきた有志連合へ参加するかしないかだけが論点ではないはずです。
なぜアメリカは有志連合の提案に至ったのかは先にも触れたイランによるホルムズ海峡封鎖言及が中心的な理由ですが、それはイランにとってはアメリカが核合意から撤退し独自経済制裁を始めたからで、ではなぜそうなったかと言えば、アメリカにとってはイランとイスラエルのシリアでの対立に原点があるのだと思います。
シリアと言えば、以前、ISというイスラム過激派が世界を恐怖に突き落としましたが、その活動拠点であるシリアにもアメリカを中心とした有志連合がIS掃討作戦として介入し、クルド人の武装勢力PYDを中心としたSDFを支援する形で掃討作戦が行われ、現在はISはほぼ壊滅、数千人の戦闘員が捕虜として拘留されており、一応終結しています。問題はその後です。
アメリカにとってのシリアでの関心について、ポンペオ国務長官やボルトン大統領補佐官は、イラン軍のシリアからの完全撤退と表明していますが、それは十分条件であって、必要条件は、シリアを拠点としたイラン軍によるイスラエルへの脅威の除去、シリアの安定化、イスラム国の復活阻止、の3点にあるはずです。ところが、昨年12月にトランプ大統領が米軍をシリアから完全撤退すると突如表明し、以降、アメリカのシリア政策が漂流しているように見えます。
実は直後にトランプ大統領は発言を少し修正し小規模部隊を残すことを決定していますが、いくらSDF(シリア民主軍)がいると言っても米軍のプレゼンスなくして政策目的を完遂するのは困難と言わざるを得ません。第一に、SDFはシリア北部に接するトルコがテロ組織指定していたPKKをルーツにもつ組織であって、SDFは北部からの脅威を受けることになること、第二に、南西部はアサド政権のシリア政府軍とロシアがいる。第三に、もともとIS拠点地域であったため、同地区の安定が多少でも崩れると、IS自体の活動が復活するという内部からの脅威にもさらされることになります。そういう状態では、イラン軍がイスラエルに与えている脅威は、除去どころか逆にイラン進駐を認めることになるのではないかと懸念しています。
そもそもアメリカはシリアからの米軍撤退(縮小)を撤回、プレゼンスを維持し、イラン軍のシリアからの撤退などというおよそ不可能な作戦目標を軌道修正し、イスラエルという意味では協調できるロシアを巻き込んで、シリアに駐留するイラン軍をイスラエルから引き離すような政策にすれば、今回有志連合などと言わなくても済んだはずです。
さらに言えば、現在イランはシリアを通じて、有志連合の動きに対抗するかのように、対立しているサウジアラビア、UAE、ヨルダンなどのアラブ諸国と接触をしていると言われています。シリア内戦が始まってから、シリアは米ロのみならず、イランやトルコやロシアと言った非アラブの旧帝国によって運命を左右されており、前述の周辺アラブ諸国は、アラブ国のシリアがアラブ人によって運命を切れられない状態になっていることを警戒し、シリアに接触しようとしていたところ、米軍駐留が仲介役と防波堤になっていたと言われています。
動物園で動物のゲートを、閉めておけばいいのに敢えて開けてしまって、逃げ出した動物を一匹ずつ捕まえるために、住民を巻き込んで働きかけているような気がしてなりません。
もちろん、オバマ政権時代でも、NATOの一員であるトルコに配慮しすぎたためにIS掃討作戦が遅れ大勢の難民が苦しんだ歴史はありますし、過去の中東政策でも和平交渉がなかなか進展していなかったなど、過去の延長線上で絶対的に正しいとは言えませんので、トランプ大統領が一発勝負にでて大きく舵を切り直そうと思ったのは理解はしますが、事態を打開し安定化できる論理的整合性は見えません。
従って、有志連合の前に、米軍のシリアでのプレゼンスを回復させ、核合意のフレームワークに戻る代わりに、イランにはシリア駐留軍をゴラン高原から離れた東部まで撤退させるなどの外交努力を取る方が先決だと思いますし、日本がこうしたアメリカの外交努力に役立つことがあれば、全力で後押しするべきなのだと思います。
ただ、現状、そうした外交努力が実る公算は政治的にありません。我々はこうした背景を理解して行動を決しないといけないはずですし、少なくとも、単純な、アメリカの顔を立てなければならない、とか、イランとも友好関係にあるから難しいとか、法律がないとか、そういう単純な問題では済まない問題だということを指摘しておきたいと思います。
その上で、日本として有志連合はどうなのかと言えば、現状ではアメリカが提案する有志連合には参加せずとも、日本独自の活動を有志連合と連携して行うべきだと思います。そして、他国が意思を表明する前に、日本としての活動を表明すべきだと思います。