(公債残高の累積 出典:財務省)
日本は1000兆円を超える累積財政赤字を抱えています(政府の公債残高は900兆弱)。金利が高ければ大変な負担を残すことになりますが、びっくりするほど金利は安定しています(日銀がさせています)。しかし安定しているからよいということにはなりません。が、直ちに累積赤字が問題ということでもない。つまり、財政健全化原理主義でも困るし、経済成長原理主義でも困る、ということであって、景気の動向をしっかりと見つつ、財政再建の道筋を確立し、時代の変化にマッチした制度改革と成長戦略を確実に実行しながら、バランスよく計画的に機動的に予算フレーム(※1)を決めなければなりません。(どんなことでもバランスと計画と機動性は重要であって昔の原理主義的政治手法(声でかいとか)は葬り去らねばなりません)。
ここでは、現状、国家の予算構造はどうなっているのかを”解説”することを目的としたいと思いますが、最後に安直な原理主義がダメなことを触れたいと思います。
〇財政構造は明らかに改善しているが今後も努力が必要
6年前(政権交代直前)、国は毎年21兆円借金返済し、毎年47兆円新たに借金していました。つまり毎年26兆円、累積赤字が増えていたということです。雪だるま26兆円。一方、今年度予算を見ると、23兆円借金返済し、33兆円の新たな借金をしているので、累積赤字は10兆円増える。雪だるま10兆円。つまり、毎年の新規借金は47兆円→33兆円と劇的に減らし、借金返済を頑張って21兆円→23兆円とし、結果、累積赤字の増加額は6年前と比べて、26兆円→10兆円と16兆円も減った。
なんでこんなことが可能になったかというと、税収が劇的に改善したからです。再度6年前と比べると、税収は44兆円→59兆円と15兆円増えている。6年前は、税収(44)よりも借金(47)の方が多かったという恐ろしい状態でした。今は、税収(59)の方が借金(33)より2倍近く多い。健全性という意味での劇的改善です。歳出に占める税収の割合も、45%→60%と劇的改善です。(そりゃ消費税増税したからじゃないかと言う方もいらっしゃるかもしれませんが、6年前に直ちに増税していれば明らかに景気はもっと冷え込み、消費増税以上に所得税等からの税収が減っていた可能性は高いと思います。)
ただ、雪だるまは増えています。雪だるまの増減を専門用語でプライマリーバランス(PB)などと呼んだりしますが(PBは正確に言えば財政収支から純利払いを除いたもの)、現在のPB黒字化の目標年限は、管政権時代に打ち出された2020年目途というものです。当時の経済状況でなぜこの目標が打ち出せたのかは不明ですが、少なくとも現状でこれを達成するのは非常に困難です。一方で、野放図かというと全く左にあらず、安倍政権下での対GDPのPB赤字半減目標達成が2015年であって、年率0.46%。この調子が続くとすれば、2024年までにPB黒字化が視野に入ります。
いずれにせよ、経済状況を見ながらという前提ではあるものの、歳出改革と無駄撲滅、成長促進、税収改善、の全方位作戦が必要になります。
歳出改革と無駄撲滅は必須です。が、何が無駄なのかを議論しなければならない領域に入ってきたので、何百億円規模の事業の削減はなかなか困難になりつつあります。よく忘れられがちなのは無駄は時間の関数だということです。例えば、科学技術予算。無駄じゃないとしたら確実に民間が投資しています。ただ、放置すると確実に無駄は増えていきますので、毎年厳しくチェックしていく必要はあります。
社会保障も聖域ではなくなりつつあります。一時は毎年1兆円近く増加していた社会保障費は、今年は0.5兆円の伸びに収まった。これは本来あるべき姿ではありませんが、国家の基本構造の持続性を考えれば致し方ありません。社会保障は増えるのだからしょうがないという原理主義性を前提にすると非効率を生みますので、合理化できる領域が必ずあって効率化を促す意味で抑制するが、どの程度できるかを見える化し説明できるようにして合理化していくべき問題です。(ちなみに古代ローマの初代皇帝アウグストスは、必要に応じて税をとるのではなく、とれる税から必要な事業を決定すべきだという哲学を持っていたそうですが、少しは見習うべきだと思います。ただ対象領域は限定されるべきですが)。
成長促進は重要です。が、これも原理主義では困ります。相変わらず、財政出動による景気浮揚策が主軸だとする論が未だにあるのは不思議ですが、一方で、公共工事不要論という原理性をもった政権がもたらした結果を見ないでも明らかですが、インフラは重要です。ただ、そうした旧来的な時間軸の概念のない直接的景気対策は、現在は主軸ではない(将来的な産業戦略に基づいたインフラ等はやっていくべきです)。主軸は、生産性向上に資するような将来の国家構造の刷新のための施策です。人口減少と社会保障制度と産業構造革新をやり遂げなければならないからです。人づくり革命(幼児教育無償化・保育介護人材確保・高等教育無償化など)、生産性革命(中小企業投資促進、賃上げ促進、イノベーション、自動運転など)などです。
税収改善。来年10月に消費税の増税を国民の皆様にお願いしています。よっぽどのことがない限り上がる筈です。この消費税の増税について、世の中的には選挙的文脈で語られることが多いのですが(今増税すると政権ダメージだとか選挙が厳しくなるとかなど)、私の中では、経済にどれだけ悪い影響が出るか否かだけが判断基準です。負担増なので決して嬉しい政策ではない。しかし、増税を通じて政府の財政基盤が安定し、必要な事業を政府が行えるようになり中長期的に行政サービスが良くなれば、中長期的には望ましい政策となるからです。そして、現在の経済の一つのポイントは、消費改善です。今の経済、金融政策で労働市場が相当タイトになり、ようやく賃金も上昇しつつあり、企業の設備投資も相当よくなってきました。残るは消費の改善だけでしたが、これも悪くない状況になりつつあります。問題は、この消費税増税というのが、消費に直接的なインパクトを及ぼすということであって、注意が必要です。ただ、日銀が先日発表していたように、来年の消費増税の家計へのインパクトは、前回(5→8%)や前々回(3→5%)の消費税増税の時に比べて遥かに小さいものだと試算されています。具体的に言えば、前々回の家計への負担は8.5兆円、前回は8兆円、そして今回の家計へのインパクトは2.2兆円と試算されています。1/4の規模です。
〇金利は安定しているから累積財政赤字は気にしなくていいのか
ここでは財政再建の問題が原理主義が入る隙も無いほど複雑だということを書いておきたいと思います。
今年度末の政府公債残高は883兆円と見込まれています。この累積債務を国民一人当たりに直すと700万円もあるじゃないか、財政再建は必須だ、とご主張される財政再建原理主義の立場からの主張に対しては、否、それは正しいたとえ話ではないとまずはお返ししておきたいと思います。2つの理由が言えます。1つは、そもそも世代間の公平性への担保の問題。1人当たりに直すと、という例え話は、問題のフォーカスに時間軸が入っていません。政府の累積債務そのものの存在意義として、世代間の不公平さを吸収するバッファであるということが挙げられます。今、全力で財政再建するのは、過去世代の付けを今現在の世代だけが負うことになる。政府の累積債務は負担を中長期の時間軸で平準化することに意味があるのであって、1人当たりの例え話をすればその個人の前後数世代の負担の平準化の話は全くフォーカスされません。だから、バツ。しかしだからと言って放置すればいいという問題ではないのは、その額の大きさです。従ってもう1つの持続性の問題が重要になってきます。では持続性の議論をするにあたってなぜこのたとえ話がバツなのかというと、端的に言えば700万円の借金の貸方は国民も担っているからです。国債を誰がもっているかというと、ざっくり言えば日銀が4割、国民が5割(銀行・生保・個人・年金基金等)、海外が1割。つまり、国民保有の5割というのは国民の資産でもあるので、家計に例えたときの累積の借金は半分ということになります。つまり350万円。更に言えば、日銀が4割ですが、これは国民が間接的にしか債務を負わない中央銀行から政府が間接的に借りている構図です。従って甘い認識をすれば、金利その他経済状況が安定していれば増えても直接的に影響はでない。残る1割の海外からの借金が本当の借金であって70万円です。だから家計に例えればというのは、問題を分かりやすくしたようで、分かりにくくしているように思います。本当の問題は、日銀分の4割+海外の1割。ここは先にも書いたように、金利その他が安定していれば、という前提の部分です。
2012年以降、いわゆるアベノミクスの一環として黒田総裁率いる日銀は、異次元緩和を続け、市中の国債を日銀が大量に買い取る路線(念のためですが直接引き受ける路線ではありません)を歩んでいます。長短金利操作付きの金融緩和です。これが始まる前は、累積債務は、先にも触れましたが結局日本国民が貸し出しているのだから国民金融資産を超えるまでは大丈夫という楽観的な説明がなされることもありましたが、日銀が金利操作をしながら国債を買い取る路線になったので問題が少し変わった。現在までのところ、安定金利の元、予想インフレ率は上昇し、思うほどでもないけれど物価も上昇基調になり、結果的に為替も円安になり、景気回復基調にのり、株式市場も活性化し、国民金融資産も増えることになりました。これまでは良し。
ただ、今後が問題です。目標のイールドカーブ(金利)を形成するには国債買い取りを続けなければなりませんが、日銀が買えば買うほど市場の存在感は低下(流動性低下)、市場機能が低下し、また財政に対する信用力が低下して金利に上昇圧力が加わり、結果的に日銀は金利操作のために更に国債を買わなければならなくなる。しかし市場の機能が本当に低下しているとするならば、本当に市場から買い取り続けられるのかは疑問です。走り出したら止められない、のは分かりますが、どうやって歩みを普通に戻していくのか、金利のみならず、物価、債券、株式、為替、政府予算などなど、あらゆるところにインパクトを与えるものであるがゆえに、ダイナミクスを考慮した戦略を考えておかねばなりません(国会の権能ではありませんが)。現状、直ちに歩みを止めるべきではありませんが、いつ、何が、どうなったら、どうする、的なことは日銀の中でしっかりと検討してしかるべきだと考えます。日銀は最近、国債市場から撤退しつつあるように見えなくもない。日銀の基本政策は年間80兆円をメドに国債の買い増しを進めることにしていますが、ちょっとずつ減る傾向にあります。つまり出口を考えている様にも見えますが、これだけは日銀総裁以下金融政策決定会合のメンバーの頭の中を覗く以外に、どうしようとしているのか分かりません。現時点で金利をしっかりとコントロールできているのは事実なので、現時点ではまぁよくできた政策だということにはなりますが、果たして本当に将来的に大丈夫なのかというのは、よくわからない(考えすぎかもしれませんが)。
ついでながら、もっと単純な話をすれば、財政規模に比して累積債務残高が増えると金利が上がらなくても利払いが増え、結果的に政策経費が圧縮されるので、政府の事業に対する自由度が失われるという問題もあります。また逆に、純債務(債務から海外政府資産を引いたもの)で見るべきだ、借金はしているけど資産も沢山あるじゃないかという指摘もありますが(確かに政府資産は世界一であって日本は世界一の借金王にして資産王の国なのですが)、しかし純債務で国際比較しても、日本はGDP比120%でレバノンに続く2位の債務を抱えていることになります。レバノン・・・。また、これだけの累積債務がもたらす国民の将来不安の増長、例えばこれだけ国の借金が増えるということは年金貰えないんだよねと若者が思い、チャレンジング精神が失われるという問題もあると思います。
つまり、現実を直視すると、景気と財政(と将来生産性向上や人口減対策等を含めた政府事業)を両にらみでバランスよく改善していく以外に手はなく、大岡越前的解決方法はない。現在実施している政策以外に道はなく、若泉敬ではありませんが、他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス、という状態です。
いずれにせよ、累積債務について、金利が安定しているからというのは、理由にはならなくて、今、雨降ってないから傘いらなくね、的なことはすべきではないと思っています。そしてこの財政再建というお題目にとって最もやってはいけないのが、原理主義的政策決定だと思っています。
※1)現在、国家予算は98兆円
収入は、借金33兆、税収59兆、その他6兆
支出は、返済23兆、一般59兆、地方交付税16兆
(一般歳出59兆円の内、社会保障は33兆円)
※2)社会保障
社会保障の予算は120兆円。2040年には190兆円と試算されています。
120兆円をどうやって賄っているかというと、保険料と税で6対4の割合で負担しています。保険料は被保険者と事業者で折半しています。税は国と地方で7対3の割合での負担です。支出は、年金:医療:福祉で5:3:2で給付しています。社会保障費の対GDP比は現在21.8%です。
| 120兆円 |
| 年金(56.7) | 医療(38.9) |福祉(24.8)|
5 : 3 : 2
| 健康保険(68.8) | 税(46.3兆円) |
6 : 4
|被保険者(36.6)| 事業主(32) |国(32.7)|地方(13.6)|
5 : 5 7 : 3