中国の金融システムについて

中国は5年前あたりから人民元のデジタル化を検討し、昨年から実施に向けて本格的に動き出しました。そして昨秋には暗号法が制定され、今年に入り必要な標準化作業は順調に進んでいると発表しました。デジタル人民元が発表された際、巷では中国による通貨覇権をめぐっての人民元の国際化戦略ではないのか、という見方がありましたが、それは正しい見方なのか、また、暗号法はブロックチェーン技術を中核とした情報保全策の推進が主要目的だと思いますが、背景に別の意図があるるか、また金融の自由化を進めつつ不透明さも残る中国の金融市場ですが、その他にシャドーバンク部門の不透明な不良債権問題、金融危機の指摘など、今後はどのようになるのか、 今回は、中国の金融政策と通貨について触れて見たいと思います。結論から言えば、日本は中国の金融状況を丁寧に分析評価しつつ、世界への余波を避けるため中国が金融危機に陥らないよう協力できるところは協力し、また潜在成長力の高い中国の金融市場に積極的に関与する方向を目指しつつ、一方でデジタル円と暗号通信を含むデジタル情報保護の環境整備の検討に早急に着手すべきだということです。

中国のキャッシュレス事情

中国は、政府が主導しなくても、キャッシュレス化が進んでいる国の一つであることはご存知だと思います。主要都市に行くと、現金を扱っていない小売店が殆どで、最近でこそ外国人旅行者でもスマホ決済ができるようになりましたが、昨年までは外国人旅行者にとっては不便でさえありました。ここまでキャッシュレス化が進むのは、現金の信用性が低いからだという話も聞いたことがあります。あまりにキャッシュレス決済が進み過ぎて、中国人民銀行(中央銀行)が国家の唯一の公式決済手段である現金を扱うよう通達をだしたとの話も伺いました。

キャッシュレスやフィンテックの進展と通貨デジタル化

こういう状況でしたので、デジタル人民元の検討は中国当局にとっては自然な流れだったはずです。むしろ中央銀行は既に市場で進展しているデジタル化対応を行っていたわけで、デジタル人民元は国内対応の目的が専らであったのだと思います。通貨のデジタル化自体は、物理的な運用上の合理性もありますが、流通コストが極めて安いため、悪貨は良貨を駆逐するという言葉に理論的な裏付けを与えているグレシャムの法則にも示されている様に、通貨政策上の流通と信認の意味でも合理的なのだと思います。そういう意味では、スェーデンやカナダも導入の検討を表明していますし、各国の中央銀行も否定的ではない。むしろ逆に市場でデジタル化が進む中で、中央銀行のデジタル化対応の遅れによって、経済社会の成長の足を引っ張ることを懸念する声も大きい。

デジタル人民元は通貨覇権戦略か

一方で、デジタル人民元政策が国際社会にとって通貨覇権を巡った刺激的な国際化戦略として見られることもあるのは事実です。ただ、この見方は専門家の間では一般的ではありません。それは人民元自体の流通量が未だに世界の1%弱程度(日本円は10%程度)で、信認性も高いわけではなく、市場からは中国市場の透明性の問題が指摘されているからです。基軸通貨には程遠い。だからデジタル化しようが本国の制度改善を行わない限り国際戦略だとしても限界があると考えるのが普通だと思います。

例えばIMF(国際通貨基金)は、加盟国への補完的な準備資産としてSDR(特別引出権)という通貨バスケットを用意していますが、SDRに中国人民元が採用されたのは僅か4年前。金融政策の透明性が指摘されていたにもかかわらず採用したのは、もちろん経済的影響力もありますが、金融の自由化を積極的に進めていた中国を国際金融秩序に組み込むことが目的であったのだと思います。割当量は1%程度。その当時から一時は通貨流通量は増えましたが、逆に最近は下がっています。

では透明性とはなにかと言えば為替や資本移動の規制などです。中国の金融システムはつい最近までは非常に脆弱で、むしろ外国資本にむしり取られないよう保護することに懸命だったように見えますが、ここ数年で急速に自由化を進めています。しかし、それでも資本移動の自由は確保されていません。確保されないのは国家意思として確保していないのもありますが、そもそも金融政策の論理的帰結なのかもしれません。

金融自由化は成功するのかあるいは戦略的制限付き自由化なのか

金融の世界には金融のトリレンマという定説があります(マンデルフレミングという理論の拡張と言われています)。これは、資本移動の自由、安定為替相場、金融政策の自由度の3つは同時達成することはできないという定説です。中国は、この3つを同時に達成しようと努力しているように見えます。基本的には国内の金融政策の自由度を優先しますが、為替や資本移動の規制を適宜調整することで、絶妙に海外資本を取り入れ成長してきました。しかし、内外金利差と為替の相互作用が強まり、市場にとって政府の規制調整介入は予見性に欠けるものになっています。恐らく為替政策の根本方針を変えないといけないのではないかと思います。

例えば外貨準備高。中国は高い経済成長によって2014年くらいには4兆ドルというとてつもない額の外貨を積み上げていきましたが、経済の減速傾向が強まったことを背景に、2015年に基準金利を引き下げ金融緩和を実施します。すると内外金利差が縮小し元安圧力が高まったため、急激な資本流出を起こし始め元安が更に進行します。そこで政府は外貨を使って元を買い支えるのですが(中国は固定相場制ではなく管理フロート制をとっています)、その額はなんと1兆ドル。この状態で為替相場の安定を維持する能力が疑問視されはじめたため、2016年に政府は資本流出規制を強化します。これはメディアでも相当取り上げられたので覚えていらっしゃる方も多いと思いますが、市場の透明性に対する疑問が呈されるようになりました。それ以降、資本流出は止まり、逆に株式や債券の対内投資規制が緩和されたため、収支は流入超過に戻っています。

いよいよデジタル人民元発行か、環境整備は進んでいるのか

Facebookが独自の暗号資産であるリブラを発表してから暫く経ちますが、G20から賛同を得られる状況には全くありません。国家が独占して持つ通貨発行主権を冒すばかりか既存の金融システムにとってリスクとなるからです。またマネーロンダリングの懸念がある。リブラは独自の通貨バスケット方式でFacebookとは独立して運用することが謳われていますが、各国の通貨当局としては金融システムに混乱を生じさせかねないとの見方をしているようです。

そうした中、恐らく今年中か遅くても来年までにはデジタル人民元が実際に発行されることになるのだと思います。確かに民間発行の暗号資産とは次元の異なるものであることは事実です。また冒頭示した暗号法は、デジタル化を推し進める中国にとっては極めて重要な位置づけになるのだと思います。暗号法の骨子は公表されていて、ざっくり言えば、暗号を国家機密情報に該当するコア暗号や普通暗号と、商用暗号に分けて、商用暗号については健全かつ秩序ある市場を創造しようというものです。

暗号法だけではなく、同じ昨年末には、中国人民銀行はブロックチェーン、AI、ビッグデータなど17分野の金融機関に関する標準化に着手することを宣言、今年初には標準化は進んでいることに言及しました。極めて独自のデジタル金融国家となっていくものと思われ、先行利益によって世界も追従せざるを得ない可能性もあります。

中国は量子技術に莫大な国家予算を投じて研究開発を進めていますが、こうしたコンセプトが裏にあるからなのだと思います。今でこそ量子通信技術は日本が先行、昨年末には日本政府は量子技術戦略を発表、今春にはメーカから製品も発売予定とのことですが、中国では量子通信の中継拠点を軍事施設に配し、主要拠点からは衛星量子通信を行うといいます。量子技術の研究開発を今後も積極的に進めていかなければならない理由はここにあります。

そもそも中国の金融システムはどのようなものなのか

ただ、デジタル化を進めたから全てが良くなるという問題ではありません。健全な金融システムが整っているかどうかが本質的な課題だということは既に述べました。そこで次に中国の金融システムについて触れておきたいと思います。中国の金融については、PHP新書から発売されている「中国金融の実力と日本の戦略」(柴田聡著)に詳しい。私のような素人でも分かりやすく解説してくれています。

中国は折に触れて過重債務やシャドーバンキングの話が話題にのぼりますが、実態はどうなっているのか。中国の金融システムは、銀行偏重で直接金融の比率が1割程度と言いますからバランスが悪いと言えば悪い。日本のバブル期も全く同様な状況でした。中国株式市場ができたのは1990年代です。そしてその市場の構成は、厳しい規制で外国資本が殆ど入っておらず、個人が9割弱、機関投資家が1割で一般法人は数%。その結果、相場が大きく乱高下することで知られ、投機の場になっている。今後は、外国資本の出資規制という岩板規制が段階的に撤廃されていますので、直接金融は健全化されていくものと思います。

一方で銀行は、先進主要国が低金利政策をとっている中で、外資規制と経済成長による抜群の環境にある市場で、いまだに3%程度のスプレッドを維持できていて、貸せば儲かる業界になっています。その結果、銀行資産規模は、GDP比で300%を優に超え、これは新興国の100%弱の3倍にもなっています。銀行の表面上の不良債権比率は1%台で日本と大して変わらず、BISのバーゼル規制にも参加しているどころか、それよりも高い自己資本比率を実現していたりします。また過剰債務については、数年前に国際社会から金融危機の可能性を指摘されてから債務を圧縮、現在ではクレジットGDPギャップはほとんど解消しています。ではなぜ昨年から金融危機が指摘されたり、地方銀行の破たんや取り付け騒ぎが話題に上っているのかというと、後述のシャドーバンク部門の膨張にあります。

他の金融セクターはどうなのか。たとえば生命保険市場は現在世界2位の巨大市場に成長していますが、1人当たりの保険料収入は日本の1割程度、またその内容も短期リターン型商品が殆どを占めていることから、質と量の両面での潜在成長力は極めて高い。損害保険も同様です。

特に注目されるのがフィンテックを成長の柱とした保険会社の成長です。昨年深センを訪れた時、高速道路上でたまたま事故渋滞に巻き込まれたのですが、お互いにスマホで事故状況を撮影している姿をバスの中から見て、何しているのかを尋ねたところ、最近提供開始した損保サービスだろう、スマホで撮影するだけで保険が下りる制度を使っているのではないか、という答えが返ってきて大変驚きました。後日、日本の損保会社もそうしたサービスを提供開始するという話を聞きました。

巷で噂のシャドーバンク問題と経済の減速傾向

いわゆるシャドーバンクというのは、名前が怪しいので最近ではノンバンク仲介と呼ぶのだそうですが、闇でも違法でもない非伝統的な銀行以外による信用仲介のことです。具体的には銀行や信託、保険会社などの金融機関によるファンドで、その規模は1600兆円(100兆元)にも達し、銀行セクターの預金残高の6割にも匹敵する額なのだそうです。特に急成長しているのはMMFで、それは2013年からサービスを開始している彼の有名なアリペイが、個人口座にチャージされた資金を自動的にMMFで運用するサービスを付与したことで急拡大したのだとか。MMFはそれ以降5年で13倍の120兆円に達しているのだそうです。

そのファンド資金は様々なルートを通じてインフラや不動産などの資金需要は旺盛だけれども脆弱なセクターに向かっています。何故なら銀行融資だと規制が厳しく旺盛な資金需要を満たせないためです。特に地方政府はインフラ需要にあてるために、ファンドの受け皿となる融資平台という特別目的会社(SPC)を設置しています。これが厄介で、例えば中国の全企業債務残高は昨年末で2100兆円(GDP比152%)でしたが、その3割がこのSPCよるものです。中国の貸出金利は大体5%程度なので、企業は年間に100兆円(GDP比7~8%)の返済を負担していることになり、この地方政府のSPCはその3割を担っていることになります。そしてこの地方のSPCが脆弱なインフラ系企業セクターに資金を供給し続け、経済の減速傾向と相まって不良債権が増えていると言われています。そしてこのSPCにぶら下がる地方銀行の取り付け騒ぎが話題になったりするのだと思います。

またシャドーバンクという資金ルートは複雑で統計も未整備であると言われています。実際にファンドへの流入額1600兆円と末端調達額総計800兆円に大きなギャップが生じています。規制官庁による監督手段も確立されていません。金融システムにとっての最大のリスクの一つだと言われています。そして国際金融システムのなかで中国の規模は到底無視できるものではなく、世界のリスクともなる可能性があります。慎重に協調しながらリスクを分析評価していく努力をしなければならないはずです。

以上見てきたように、中国の金融システムは、トリレンマ定説からくる当局の金融政策のジレンマと、経済減速傾向で鮮明になりつつあるシャドーバンクの不良債権問題で、未だ脆弱な構造になっています。金融危機が著しく高い状況にはありませんが、仮に生じれば、世界経済へのインパクトは計り知れません。バブル崩壊を経験した日本として、危機回避に協力できるところがあれば協力すべきです。発生しなければ、金融部門の潜在成長力は極めて高く、人口減少フェーズに入るころには公的年金制度の整備と相まって金融システムも相当整備されているはずです。そうした時代を迎える中国を隣国にもつ日本は、時代を見据えて各種環境整備を進めていくべきです。