あるべき国家像を求めて(安保法制)

本日の本会議にて一連の安保法制の趣旨説明と代表質問があり、続いて初めての平和安全特別委員会が開催され、趣旨説明が中谷担当大臣からあり、国会内での議論が始まりました。歴史的には、私が議員になるはるか前から行われていた議論であって、骨格が示されてからも継続して党内で議論をしてきたものです。

私の基本ポリシーを申し上げれば、以前にも触れましたが、自分の家があったら、その表玄関は常に開けておき、明るくご近所様にもご遠方からのお客人にも、おはようございます、ご機嫌いかがですか、と言い続ける国であるべきで、ましてや日本がたどってきた歴史を考えるまでもなく、戦争の無い国であるべきですし、平和が第一なわけですが、これは安倍総理もいたるところでおっしゃっている通りです。そして、更には、ご近所様に明るくご挨拶する一方で、裏には始め、きちんと塀は丈夫なものにして、どろぼうに入ろうにも入る気さえ失わせるような環境を創っていかなければならないですし、更には、なんで塀なんか突然直し始めたのか、ご近所様はもちろんの事、家族全員にもちゃんと理解して頂けるように、説明を繰り返ししていかなければならないと思います。これが私の3原則です。

野党さんは当初から徹底抗戦の構えのようですが、本質的に中身で論じようとしているならば、理解は示します。なぜならば、目的は恐らく同じで、見ているものが、こっちからと、あっちから、の差なのだと思っているからです。

だからこそ重要なのは、この一連の法律案の向こうにあるもの、本質的なもの、法案の条文にはあらわれない、国家の目指すべき方向というのがどこにあるのか、という議論をしていかなければ、絶対に見ているものの差は埋まる筈がないのだと思っています。

法律の条文、法律議論に終始してしまうと、見えるものも見えなくなります。本委員会のメンバーとして、こうしたそもそも論をしっかりと見据えて議論に参加していきたいと思っています。

なお、参考までに過去の記述を再掲します。

http://keitaro-ohno.com/?p=2398

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