【善然庵閑話】朴槿恵と李舜臣

韓国国会で弾劾訴追された朴槿恵大統領が、過日、憲法裁判所によって大統領の職を罷免されました。裁判官8人の全員一致であったそうです。全会一致でなかったとしても韓国憲法裁判所では初めてのケースだそうです。正直、韓国の憲法構造や法律体系に疎いのでよくわからないところが多いのですが、良いとか悪いとかではなく、先の産経新聞ソウル支社長の拘束事件のときも感じた、韓国の司法の基盤の脆弱性を今回も感じなくもありませんでした。いずれにせよ、他国の事をどうこう言う資格は私にはありません。今回、記事に起こそうと思ったのは、一連の事件を見ていて、ふと李舜臣のことを思い出したからに他なりません。

先の山田虎次郎に続いて、立て続けに取り留めもないことを書くのもなんですが、韓国ではだれでも知っている彼の地の英雄、将軍、李舜臣(イ・スンシン)について、善然庵閑話シリーズとして書いてみたいと思います。

16世紀半ばの李氏朝鮮時代に活躍した将軍であり、文禄慶長の役(秀吉の朝鮮出兵)において日本側を相手に戦った戦略家にして知将・勇将の李舜臣。現在でも韓国国民にとって一番の英雄であって、韓国国会の入口や市街中心部で石像を見かけます。

文禄慶長の役というのは相当おかしい出兵であって、どう考えても秀吉が狂っているとしか思えないのですが、いずれにせよ歴史は動いた。この出兵で有名どころは加藤清正と小西行長。それぞれ何万という大群を連れて、一番隊、二番隊として釜山から平壌あるいはもっと内陸部まで侵攻することになるのですが、この二人途中から仲が悪くなる。

日本側は内陸部に侵攻するほどに補給路も必要となり、日本海の海上優勢確保が必要となりますが、水軍支配域を確立できないほど日本船団はやられにやられた。その敵が李舜臣であって、数年たったころには総司令官ほどになっていたほど、大出世を遂げました。日本側としてはその名将ぶりは大いに知られ恐れられることになり、後の日露戦争に出撃する海軍将官の一部は、仇敵であった李舜臣に武運を祈ったものがいるとされるほどでした。

日本で言えば山本五十六なのでしょう。しかし、ここからが日本では考えにくい。そういうヒーローにして人望もあった李舜臣は、一瞬のうちにして疑いをかけられ投獄される。上からの命令違反の疑いとしてです。何があったのか。

文禄慶長の役の休戦期間中に、加藤清正が再開戦後の優勢体制を敷くために再度韓国釜山を秘かに上陸したときのこと。同僚小西行長がそのことを秘かに朝鮮側に漏らした。李氏王朝は直ちに攻撃に行くように李舜臣に命令を下すのですが、李舜臣はそのことを日本側の罠だとみて、全く相手にしなかった。そのことを後に命令違反だとして咎められ、投獄されたのです。

朝鮮にとっての不幸は、この李氏朝鮮というリーダの戦略眼のなさ、あるいは優秀な部下の意見を聞き入れる度量のなさにあるのかもしれません。哀れ拷問を受け、死罪を言い渡されましたが、なんとか生き延びた。

李舜臣が現役を退いた後の海戦は李氏朝鮮にとっては悲劇以外のなにものでもなかったのでしょう、折に触れて李舜臣は李氏王朝から再登板を依頼されています。しかし、李舜臣もなかなか頷かない。あたりまえです。もうそんなメンドクサイ人たちは相手にできない。しかし結果的に再登板する。命の危険を感じたのかもしれません。

最終的には秀吉の死によって日本側は撤退をするのですが、その撤退の追撃の際に、李舜臣は戦死したと言われています。ヒーローには哀愁的要素があると益々美しくなりますが、李舜臣は生まれながらにしてヒーローになるべき運命だったのでしょう、何か心に大きく突き刺さるものを残してくれます。

朴槿恵。あれだけ国民の大いなる支持を得て登場した大統領と現在の彼女のイメージのコントラストが激しすぎて、どうも簡単に飲み込めそうもなく、単純に事実として理解するしか術がありません。コントラストの強さが国民性なのかもしれません。そして念のために申し上げますが、個々の韓国人にはそういうところをほとんど感じません。総体としてのなせる業なのだと思います。

次に大統領になられる方は、必然的に、とても反日急先鋒になられるのだと思います。東アジアの安全保障上、日韓関係は極めて重要ですが、今後はさらに混乱が増すでしょう。日韓関係は悪化の一途をたどるでしょう。もはや交渉の余地もなくなるものと思います。なぜなら我々が話をしようとしても、韓国側が受け入れないからです。必然的に何も解決することはできなくなるはずです。そうなれば、日本側としては直接的にはしばらく何もせず放置し、国際社会を通じて接するのが正しいでしょう。であるならば、韓国には最低でも地域の平和と安定のために米韓関係強化以外の中長期的な戦略を立ててほしいと思っています。

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