(トルコ大使館での記念式典にて-2019年)
緊迫するウクライナ情勢で、国際経済に大なり小なり動揺が広がっています。先に触れた欧米の利上げ対応では、インフレ懸念とともにウクライナ危機も影響してると考えられます。まずは、何事もルールに基づかない力による現状変更の試みには断固として反対します。一方で、このウクライナ危機の裏側には、ロシアの欧州への影響力の拡大、あるいはNATO側の東方拡大の阻止、ということがあるのだと思います。そうだとするならば、その境目にあるトルコの動向は非常に気になる話だと思います。
そのトルコでは、エルドアン大統領の経済政策が謎なことになっています。物価は前年比2ケタの上昇、景気は低迷、通貨リラは売られに売られて価値は半分以下に下落、いわゆるスタグフレーションの状況にあります。普通であれば、利上げを行って沈静化を図るのが常套手段ですが、上げるどころか、エルドアン大統領は「貿易や輸出の害になるのは金利」(読売新聞)として利下げを断行し続けています。
当然ですがインフレやリラ安は収まらず、大統領選挙を控えて、最低賃金の50%アップや定期預金保護措置などの奇策を連発していますが、根本治療ではないのでインフレは収まらず、支持率は劇的に低下しています。エルドアン大統領らしい決断力ですが、マーケットは良い策だとは見てないようです。そして、報道によれば選挙までの間に支持率改善のために周辺国への軍事挑発を行う可能性まで指摘されています。
実は数年前、トルコ発で世界経済が動揺した時がありました。人口規模も経済規模も全然無視できないサイズの国なので当然です。当時もインフレと為替下落。違うのは、当時はIS掃討作戦に絡んだアメリカとの対立問題だけで、基本的には同じような状況にあったのだと思えば、今回も世界経済への影響を考えなければならないのだと思います。
トルコは日本にとっては友好国です。私もブログで何度か取り上げてきました。歴史的にもエルトゥールル号事件や山田寅次郎の逸話、そしてイランイラク戦争の際のトルコによる邦人救出など、日本とトルコの関係は濃い。テロを抱える国として、その政権運営は我々日本人にとっては想像できないくらい難しいものだとは思いますが、しかし特にIS掃討作戦をきっかけに、諸事情はあるにせよ外交的に反欧米的な言動が多くなっており、国際協調からは程遠い国になってきたトルコを見ると、日本にとって友好国というだけでなくて個人的に興味と憧れがある国として、少し残念な思いをしております。10年前に見たトルコとは全く別の国になっている気がします。
そもそも近代化した以降のトルコは世俗主義をとって親欧米路線を歩んでいましたが、近代軍事政権のもと世俗主義が行き過ぎて腐敗が進み、国民からの信頼が薄らいで治安が悪くなっていたところ、21世紀に入るとエルドアンが周辺部のイスラム教保守主義をまとめて政権を握り、腐敗を撲滅しつつ金融危機後の経済回復を成し遂げ、EU加盟交渉を進めつつ空港や高速鉄道の整備を進めている様を見た時には、まさにアタチュルクを見たような気がしていたからでした。
しかし、徐々に権威主義的な運営が見られるようになり、2014年の大統領就任後には当初標榜していた民主主義路線は影を潜め、ケマルが築き上げた議院内閣制を否定して大統領権限を強め、首相ポストも無くし、メディア規制を強めたりと、残念なことになっています。考えてみれば、日本の政治家も、初当選したときは理想に燃える政治家であったのに、何年か経つと権力に溺れる場合がないわけではない。
そして2020年、トルコと非常に親密な関係にあるアゼルバイジャンと、トルコと歴史問題等で対立しがちなアルメニアの国境にあるナゴルノカルバフで事件が起きる。ナゴルノカルバフ問題の本質は民族紛争です。ソ連時代以前から対立があった地域で、オスマン時代に起きたとされるアルメニア人虐殺を巡る歴史認識でも激しい対立がありました。そして1993年に大規模な衝突を経験しています。このナゴルノカルバフ戦争では、アルメニアがナゴルノカルバフを占領しました。
その後も小競り合いが続き、ソ連が崩壊すると対立が激化表面化。2020年に再び大規模な衝突となったものです。この時、トルコはアゼルバイジャンを前面支援し、軍用無人機を提供、軍事史上初となるほぼドローンのみによる紛争となり、圧倒的な能力でアゼルバイジャンが勝利。世界の軍事関係者に注目されることになりました。その後は大きな紛争とはなっていませんが、当地のアルメニア人とアゼルバイジャン人の間には相当なしこりが残っていると考えるのが自然です。
因みにトルコもアルメニアもアゼルバイジャンも日本にとっては友好国です。アルメニアについて言えば、これもオスマン時代に難民となったアルメニア人を、日本人船長が救った話は今でも語り継がれていると言います。また、トルコと親密な関係にあるアゼルバイジャンも、エルトゥールル号事件の話が伝わっているため親日的な国になっているようで、今世紀から日本語教育にも熱心に取り組んでいると言います。
そして先日、トルコとアルメニアがロシアの仲介で歴史的な和解に向けた交渉を始めたとの報道に接しました。トルコがアルメニアを国家承認したのは1991年のソ連からの独立の時でしたが、直後のナゴルノカルバフ戦争でトルコはアルメニアと国交を断絶。以来、現在まで、トルコはアルメニアと30年近くも国交がありませんでした。
こうしたコーカサス地域の安定は日本にとっても他人事ではありません。EUに対するロシアの影響力がどのように変化するのかしないのか、地域大国トルコがこの地域にどのようにかかわっていくのか。国際政治として見た時にどのようなことを意味するのかは、日本人としても注視するべき問題だと感じています。
(トルコ大使館記念式典にて挨拶―2019年)
(トルコ大使館記念式典にて-2018年)
(トルコ大使館記念式典にて大使と―2018年)
(アゼルバイジャン副首相との意見交換―2015年)