トランスサイエンス(政治と学術)

日本の学術界を代表する日本学術会議に関して、数年前に任命問題を巡り大きく取りざたされた時期がありました。私自身も一時は学術を目指した時期がありましたが、日本学術会議という団体は、一研究者にとっては、それこそ雲の上どころか宇宙の果て程の高い立場の存在で、一言で言えば、各学会の中で一番有名なめちゃくちゃ偉い先生方が属している組織だとの認識でした。正直言えば、当時は、名誉職的でありサロン的なものを想像していました。

日本学術会議は国の機関として設置されていますが、当時は、学術界にご貢献された研究者に国が名誉職的な立場を与えることに違和感を持ったことはなく、むしろ自然だとも思っていました。しかし、政治を目指すようになってから、ある種の違和感を感じるようになりました。

政治を目指した理由はきれいごとに聞こえるかもしれませんが、本当に社会課題を国政という立場から解決したいと思ったからに他なりません。では政治とは何かというと、民主主義という意思決定の手段という側面が一番大きいのだと思います。何にどれほど予算をかけるのか、など、数学のように正しいという答えを出しづらい課題に対して、民主的に決めるというやり方です。

ただ、そうは言っても、政治家が何らかの道しるべなり根拠なりをもって、それを国民に示しながら決めるということになります。であれば、学術界としての答えなり意見というのも極めて重要になります。

一方で、コロナしかり、カーボンニュートラルしかり、社会課題が極めて複雑化・多様化しているなかで、学術的な答えだけでは解決しないことは、学術を多少かじった人間でなくても分かると思います。コロナが始まった当初、専門家会議というのがありましたが、必ずしも決定論的な答えを国民に提示したわけではありませんでした。それは、数学的に解けるような課題ではないからです。

こうした複雑すぎて学術だけでも答えを出しにくい問題を、トランス・サイエンスと言います。であれば、政治の立場からすると、政界と学術界が、すなわち日本の持てる学術の能力の総力を尽くして選択肢を示して頂き、民主的に選択可能かどうかを共に議論し、意思決定を行うということが極めて重要になるはずです。すなわち、政治は学術界を必要としているということです。

もちろん学術が政治の影響を受けるべきではなく、その議論の過程では当然、政治に対して好き放題に批判をして頂いてもいいのです。あくまで論理を貫いて頂くことが重要です。政治と学術に必要なことは、議論の前提条件、初期条件、制約条件を共有することです。分かりやすい例を挙げれば、例えば政策費用の予算制約とか、政策を実施するにあたっての人的リソース、あるいは利害関係の調整などです。

ところが悲劇的なのは、すなわち私が違和感を覚えたのは、日本学術会議が政府の機関である一方で政治からの学術の独立という一見矛盾することを消化しなければならないことです。もちろん運用で解決できる課題です。しかし、独立であることを殊更に強調し、そうした前提条件や制約条件を共有することなく、想像で条件を設定し意見をお出しになると、全く役に立たないということになります。

日本学術会議問題を検討する自民党の会議で、学術界を代表される方々にお越しいただき、ヒアリングをしたことがあります。その時に、フロアから「コロナ対策の提言をだしてない理由はあるのか」との趣旨の質問が飛び出ました。その時に頂いたお答えが、「政府への提言はこれまで沢山だしている。聞くか聞かないかは政府しだいだ」でした。条件のすり合わせが無くなされた提言は、殆ど机上の空論になりはしないのだろうかと疑問に感じました。

政治を殊更遠ざけて、汚いもののように扱い、綺麗な提言を頂いても、現実社会で役に立たないことが多い。我々政治家も、党人として政府に提言を出すときは、政府にヒアリングを重ね、実行可能かどうかを慎重に判断します。大抵は役所はできない理由を並び立てますが、努力して前提条件をあわせ、役所に納得いただく詰めの作業をします。そのプロセスを立法府と行政府の独立侵害などとは言いません。そうしたことを完全に飛ばして、実現可能な政策提言などはできないはずです。

日本学術会議は残念ながら長年こうした状況が続いていたように見えます。昔、政府の諮問機関が、政府からの組織上の独立を提案したこともありました。昨年は我々自民党としても独立を提言しました。

ただ、この状況も少しづつ改善されつつあるように思います。今夏まで政府の一員として日本学術会議問題担当の副大臣も務めました。議論を重ね、結果的には、独立の選択肢は完全になくしたわけではありませんが、少なくとも国民に分かりやすい組織となるよう改革を重ねる方向となりました。

任命問題から大きく揺れた日本学術問題でしたが、本来の合理的な関係になり、社会課題を合理的に解決できるようになればと思います。

日本工学アカデミーという別の学術界を代表する団体と、ここ数年、政治家と学術界の関係について、いかにして社会に役立つ関係を構築できるかを議論してきました。非常に前向きで建設的な議論ができているように思います。繰り返しになりますが、学術界は政治の言うことを聞く必要は全くありませんが前提条件は共有しなければなりません。

先日、日本工学アカデミーの提案で、とある新進気鋭の研究者である、琉球大学教授の玉城絵美先生からインタビューを受け、その記事がネットに掲載されました。ご参考いただければと思います。

http://www.eaj.or.jp/?page_id=6276