
トランプが大統領の座に返り咲き、NATO諸国にGDP5%の防衛費を求めるとともに、ウクライナ戦争の停戦に乗り出しました。トランプの戦争観は、人権とか平和とかではなくて無駄とされますが、政権幹部の性急かつ大胆な言動で、欧州に激震が走っています。トランプの真意がディールなのか本気なのか、誰も分からないことがそもそもの根本的問題で、戦略的対応を求められる課題であればなお、共同歩調をとることが各国にとって困難になっています。
NATOの初代軍事委員会委員長や初代米軍統合参謀会議議長を務めたオマール・ブラッドレーはかつて、「素人は戦略を語り、プロは兵站を論じる」と喝破しました。ウクライナにとっても、目前の戦闘で多くの命が失われている現実を前に、戦略よりも停戦交渉を含む戦闘対処が喫緊の課題ですが、停戦の仕方によっては、ウクライナの将来像のみならず、世界の秩序の在り方そのものにも影を落とす可能性があり、ウクライナにとっても世界にとっても、戦略は極めて重要になります。
そもそも欧州諸国にとって、欧州の将来を欧州が決めれる欧州自決こそが重要で、欧州そっちのけの米露間だけで停戦交渉が進展することは何としてでも避けたいはずです。この状況をヤルタ会談になぞらえる識者もいますが、大戦のころの国際政治でもあるまいし、必然的に思慮に欠けることになるディールによって国際秩序が決まることは、必ず禍根を残すはずです。ディールではなくルールに基づく国際秩序の原則は、我々が地球上で生きていく上で最後の砦なはずです。ついでに言えば、ディールは急ぐ者が不利になり、急がざる者が有利になることを、前提として認識すべきです。
報道にもある通り、昨日ドイツは戦略的視点で防衛力を抜本的に向上させるため、憲法の財政規律条項の改正を果たしました。もちろん日本と違って政治状況に併せて柔軟に憲法が改正される国ですから、我々の感覚とは異なるのだとしても、米国からGDP5%の防衛費を求められたからというよりは、米国抜きでも欧州の安全保障構築に乗り出そうとの意思だと理解でき、まさに歴史的転換点です。ドイツだけではなく、フランスも先日、米国以外の主要各国首脳を集めた会議で、拡大抑止に言及しました。これまでの常識の範疇でものごとを考えることが不可能な時代に入ったということであって、新しい国際秩序を考えなければならない時代となりました。
このことは、遠い欧州の話ではなく、我が事として認識すべきです。
トランプ政権が介入し一部であっても停戦合意ができたことは非常に意義があると思います。ただ、ロシアは2014年のクリミア侵攻後に行われた停戦合意をことごとく踏みにじっており、現在の停戦交渉を単なるディールで終わらせるべきではありません。実効性担保のメカニズムがなければ、すなわち安全の保証がなければ、全く意味はないはずです。現在ロシアはウクライナの非武装化を求めていますが、非武装化したら再侵攻という流れは既定路線であって、流石にもう誰も騙されないわけで、まず受け入れられないことです。
停戦の課題は主に3つとされています。1.ロシアに侵略された占領地の帰属、2.ウクライナのNATO加盟、3.再侵略を認めない平和の保証です。いずれも非常にハードルが高い。
1の占領地帰属については、ロシアは占領地のみならず占領していない地域を含むウクライナ東南部4州の帰属を法的に保証することを求めていますが、誰しもが想像できるとおり、力による現状変更を認めていいはずはなく、断じて認めるべきではありません。
2のNATO加盟については、そもそも論です。2008年、ウクライナはNATO加盟に意欲を示しましたが、独仏が難色を示す中、米国ブッシュ政権は独仏の反対を押し切って、全面支持を表明しました。これを口実にロシアは2014年にクリミア半島奪取に動いたわけですが、現在ロシアが求めるようなウクライナのNATO加盟禁止を法的に確認するなどということを、すなわちNATO諸国がウクライナをロシアに売り渡すようなことを、何の留保もなく単純に認めるわけはなく、トランプ政権であっても、ウクライナ自身に加盟は難しいと言わしめる以外、ハードルが高いはずです。
3の平和の保証については、米国がNATO諸国に求めたものですが、停戦合意の実効性を担保するためには極めて重要だと言われています。英仏は治安維持のための部隊派遣を前向きに検討しているとの報道ですが、完全非武装化を求めているロシアに停戦監視を受け入れさせることができるかが焦点です。
いずれにせよ今後の交渉は極めて難航することが予想できますが、少なくとも主要国の足並みが乱れないように日本としても努力する必要があります。というのも、繰り返しですがこれは決して遠い欧州のことではなく、新しい世界秩序の在り方に大きく影響を与えるものだからで、他国の紛争に何もできないからと言って外交努力を一切しないでいいという訳には全くいかない問題です。少なくとも、歴史が証明しているように、ディールによる国際秩序は大きな禍根を残します。ディールではなくルールに基づく国際秩序の構築に向けたフレームワークの提唱を積極的に行っていくべきです。