党機関紙に防衛装備品移転に関する記事が掲載されました

10年前から防衛装備品移転の政策に強い思いをもっていましたが、ようやく理想的な政策となりました。小野寺五典前安保調査会長も2014年改定の際に防衛大臣として取り組まれてからの想いであったと思いますし、また今回の改定では小野寺会長はもちろん本田太郎安保調査会事務局長とともに進めてきたものです。実は個人的には、7年前に同趣旨の検討会を浜田靖一現安保調査会長に相談して立ち上げた経緯もあります。それほどこの問題は、党としての一貫性のあるもので、突発的に改定をしたものではなく、長い年月の議論の末に、かなり論理的にも実務的にも、整合性のある結論となっています。

党機関紙:「仲間」を増やす
党機関紙:「仲間」を増やす

防衛装備品のルールは、歴史的にロケットと密接に関係しています。戦後、日本は独自の宇宙ロケットの開発に成功しました。それが糸川教授グループの「ペンシルロケット」で、世界からも大きく注目されていました。一方で、戦後直後の日本は、国際社会への復帰が国家の最大の目標でしたが、不可欠性や優位性をもって国際舞台に立たなければ、誰も相手にしてくれない状況でした。そうした背景のなかで、ロケット技術を引っ提げて国際舞台に名乗りを上げたのが、世界の科学者達による国際地球観測年計画で、政治的にも大きな成果を残しました。

ところがその後、改良型である「カッパロケット」がインドネシアやユーゴスラビアに輸出された際に、軍事転用されたのではないかとの指摘を受け、佐藤内閣が1967年に表明したのが狭義の「武器輸出三原則」で、その後の1976年に三木内閣によって、武器の定義も含めた「武器輸出三原則」が一旦は確定されました。

しかし事実上、装備品の輸出はこの原則によって極めて困難となり、見直しの必要性がたびたび国会で話題となりました。例えば民主党政権でも、鳩山内閣と野田内閣はその必要性を明言しています。こうした背景で、安倍内閣が実際に見直しを行ったのが、現在の「防衛装備移転三原則」です。

この三原則は画期的で、ようやく合理的なルールになったと誰しもが思ったものですが、しかしながら公明党との協議で埋め込まれた罠が、この三原則を運用するに当たって定められた「運用指針」なるものでした。この運用指針では、5つの類型に合致するもののみが移転可能とされたため、せっかく本体の「三原則」が合理的になったにもかかわらず、その細則で5類型「救難・輸送・警戒・監視・掃海」に限定するとされ、結局は殆ど効力を生まない骨抜きが行わたことになります。

例えば「掃海」には機雷を破壊するという本来的目的が含まれますが、その目的を達成する手段までもが「破壊」装備品だとして不可と指摘されたこともありました。そもそもこの三原則は、正確に言えば輸出管理を司る「外為法」の運用指針のはずで、実務的には形状や属性などの外形的な審査に用いられるはずなのですが、部隊のミッションを外為法に持ち込んだために、非常に政治的な行政文書となっていました。

2年前にも大方の改定を行いましたが、残った最大の論点が5類型でしたが、今回の改定により、概ねほとんどの問題点が解消されたことになります。