インテリジェンス

経済インテリジェンス能力強化の提言を行ってから3年以上が経ちました。当時は経済安保情報の収集分析を念頭においたものですが、政府一体となって情報収集・分析を行う必要から、インテリジェンス体制全体について政府に更なる体制強化を求めたものでした。

これにより、各省庁に経済安保担当の部局が設置され、経済安保情報の内閣情報調査室への集約、官民連携スキーム活用、データベース活用、拡大インテルコミュニティ以外の省庁との連携強化、例えば入出国在留管理庁や内閣府科学技術部門などとの連携が進み、各省庁においては、内閣官房では国際テロ対策・経済安全保障等情報共有センター、財務省は経済安保情報分析センター新設、金融庁ではITサイバー・経済安全保障監理官室などが設置されました。

経済安全保障上の重要政策について(提言)

一方で、人的情報収集(HUMINT)や本格的な体制強化も求めていましたが、伝統的インテリジェンス関係者との集約ができていなかったため、実現に至っていませんでした。そこで、昨夏、党内有志議員の強い思いを受ける形で、経済安保に留まらずインテリジェンス全体の体制強化や外国干渉防止を目的に、今春を目途に党内に国家インテリジェンス戦略本部の設立を画策していたところ、その後に自民維新合意文書で同内容が図らずも明記されたため、同戦略本部を昨秋立ち上げたところでした。(小林鷹之本部長、塩崎彰久事務局長、私は幹事長兼本部長代理)。

政策立案活動は少なくとも3フェーズに分かれます。

まずフェーズ1では司令塔たる国家情報会議の設置法が先に可決成立しましたので、現段階はフェーズ2です。メインターゲットは、自民維新合意にある対外情報庁と外国干渉防止措置です。すでにフェーズ1では、政府有識者会議を立ち上げてもらうよう提言していますので、我々としては同有識者会議が設置される前に、改めてフェーズ2第一歩目の党の考え方を公表させていただく予定です。

今回はその内容をお伝えするというより、インテリジェンス政策がなぜ必要なのかについて、国内外で起きている事実を報道ベースでまとめてみました。念のためですが、事例のすべてを対象に政策立案を行っているということではありません。

■未登録外国エージェント事件

事例1:Paul Manafort事件2018 米 ロビースト対政府影響工作未登録外国代理人

トランプ陣営の元選対本部長が、ウクライナの親ロシア政党「地域党」やその周辺勢力のために、米国内で大規模な未登録ロビー活動を行ったとされる。マラー特別検察官の捜査の中で摘発され、FARA違反を含む複数の罪状で有罪答弁に至った。大統領選幹部が直接関与した外国政党のための活動。近年のFARA積極執行への転換を象徴する事件。

事例2:Eileen Wang事件2026 米 政治家外国情報機関協力(広告宣伝影響工作)

カリフォルニア州アーケディア市の市長 Eileen Wang(王艾琳) が、中国政府から指示を受けて米国内で秘密裏に活動。新疆ウイグル人権弾圧を否定する中国プロパガンダ情報を自らの情報サイトで積極発信。米司法省は、彼女が中国政府の宣伝工作(プロパガンダ拡散)に従事しながら、米政府に届け出なかったとして、18 U.S.C. §951で起訴した。

事例3:Alexander Csergo事件2023 豪 民間人の外国情報機関協力(情報提供)

シドニーの実業家でマーケティング幹部が、上海滞在中にLinkedIn経由で接触してきた中国情報機関員と疑われる2人に対し、AUKUS(米英豪原潜協力)や重要鉱物などに関するレポートを作成して現金を受領したとされる。本人は「公開情報」と主張したが、陪審が連邦刑法「過失外国干渉」で有罪とした。「過失」類型は外国勢力のために行動する明確な意図の立証を要しない点が特徴で、最高刑は15年。豪で2例目の有罪。

事例4:Ji Chaoqun事件2022 米 民間人外国情報機関協力(留学生リクルート)

中国国籍で、シカゴのイリノイ工科大学で電気工学を学んでいた学生が、2018年9月にシカゴで逮捕され、2019年1月に起訴された。中国情報機関の指示で、在米の科学・技術分野の人材を物色・評価したとされる。留学生をリクルーターとして用いる手法を示した事件で、§951の適用範囲をめぐる判例上の論点も生んだ。

事例5:Prakazrel “Pras” Michel2023 米 違法な政治献金・ロビー・司法妨害等

元Fugeesメンバーという著名アーティストが影響工作で有罪となった事件。汚職事件の中心人物であるマレーシア実業家から多額の資金を受け取り、未登録のまま、捜査中断を求める裏ロビー活動、オバマ再選に向けた違法な政治献金、亡命希望の在米中国人の中国送還を求める裏ロビー活動(越境弾圧の一形態)、裁判での証人買収と偽証など、FARA及び§951など複数罪状で逮捕・起訴され有罪。

事例6:Robert Menendez事件2024 米 公務員外国政府協力(影響行使)

著名な政治家によるエジプトのための収賄が問われた。司法省は公務員収賄(201)、共謀(371)に加え、(FARAや§951ではなく)公務員外国代理人罪(18 U.S.C. §219)でも訴追した。公判ではエジプトの利益を推進する代理人として共謀した罪で有罪となった。現職上院議員が§219を巡って有罪となった事例。

■SNSを通じた外国干渉事件

事例1:ロシア:Internet Research Agency(IRA)による2016年米大統領選干渉

クレムリンと結びついたサンクトペテルブルクの「トロール工場」(サイバー部隊)が、米国人になりすました偽アカウントをFacebook・Instagram・Twitterで運用し、大統領選でトランプ候補に有利なコンテンツを作成、3000万人超に共有されたとされる。特にアフリカ系米国人を標的に人種など社会的分断を煽ったとされる。25人のGRU将校を含むロシア人とIRAが起訴(FARA・連邦選挙法)、全員ロシア国内のため未逮捕。

事例2:ロシアGRUハッキング+SNS拡散事件2018

ロシアGRUが、国際機関の信用失墜や米国政治の攪乱を目的に、工作員を現地に送り込み、物理的侵入や標的型メールなどで情報を窃取、その情報を内部告発者を装うなどして意図的にSNSで拡散した。米国は7名のGRU将校をサイバー犯罪系の連邦法で起訴したが(不正アクセス・マネロン・個情法)、ロシア国内のため未逮捕。

事例3:ロシア:RT及び治安機関によるX上のボット網2024

米司法省はロシアの治安機関とRT(ロシアトゥデイ)副編集長が関与する秘密工作を摘発。約1,000の架空のXアカウントが米国などで親ロシア的プロパガンダを拡散していたとした。AIを用いてアカウントを量産する手口(Meliorator と呼ばれるツール)が報告され、生成AIの悪用が影響工作の新たな段階に位置付けられた。国際緊急経済法違反(制裁対象のFSBが米国ドメインを購入・変更)で捜査・押収したが起訴には至らず。

事例4:中国:Spamouflage / Dragonbridge2019

Metaは「世界最大の既知のクロスプラットフォーム秘密影響工作」と位置づけ、2023年第2四半期だけで約7,704のFacebookアカウントなどを削除した。数十万のアカウントが各主要SNSに広がり、中国共産党を批判した米国人への嫌がらせや米政治家の信用失墜を図ったとされ、米連邦検察とMetaは中国の公安部(警察機関)との結びつきを公表した。標的には台湾、米国、英国、豪州、日本の利用者が含まれる。

■情報収集能力強化の事例

事例1 真珠湾攻撃(米国、1941年)— 情報の統合分析

一次大戦後に米国は通信傍受機関ブラックチェンバーで能力を構築し、日本の暗号通信も解読していたため、ワシントン海軍軍縮条約の交渉を有利に進めた。一方で、真珠湾の分析に失敗した理由は、断片的な情報が各部署に分散し統合・分析されなかった「情報の縦割り」とされ、その反省が、戦後の国家安全保障法(1947年)とCIA創設につながった。

事例2 キューバ危機(米国、1962年)— 投資と技術開発

U-2偵察機による航空写真がソ連のミサイル配備を発見し、米政府に対応の時間と交渉カードを与えた。技術的収集が国家の死活的判断を支えた成功例。一方で撃墜されパイロットが死亡したことから、偵察技術は宇宙にシフトしていく。

事例3 第四次中東戦争(イスラエル、1973年)— 情報適正評価・反対意見の制度的検証

エジプト・シリアの奇襲を許した最大の原因は、「アラブ側は当面攻撃しない」という固定観念で、警告情報を過小評価したことだった。これを機にイスラエル軍情報部は反対意見を制度的に検討する仕組み(『悪魔の代弁者』部署)を設け、後の米国もレッドチーム政策を導入するなど、このころから情報収集と分析評価の関係が注目されはじめた。

事例4 イラン革命・パーレビ政権崩壊(米国、1979年)— 独自情報の必要性

米国は同盟国だったイラン王政の崩壊を予測できなかった。体制側への過度の依存と、宗教指導者や反体制勢力に踏み込むヒューミントの欠如が原因とされ、英国でも反対分析が情報部門幹部で根拠なく否定された。相手政権に頼らない独自の人的収集網の必要性が示され、CIA組織改編が断行された(3層の教訓:手段・制度・評価)。

事例5 米同時多発テロ(米国、2001年)— 情報の統合

CIAとFBIの間で情報が共有されず、断片的な兆候を結びつけられなかった反省を踏まえ、DNI、NCTC、DHSの新設と省庁横断の情報共有改革につながった。

事例6 イラクの大量破壊兵器(米英、2003年)— 分析能力・情報の政治化防止

確証の乏しい情報をもとに『WMDが存在する』と過信し、誤った政策判断を招いた。収集源の検証や分析手法(トレードクラフト)の改善、収集と分析の過度の分離(分離すべきは役割と任務であって情報ではない)、異論の過小評価も指摘され、情報の政治化を防ぐ重要性を示した。多くの改善提案がなされた後、ネプチューン・スピア作戦(ビンラディン)では、情報統合の集大成となった。オバマ大統領に提示された成功可能性は、レッドチーム30%、分析チーム60%であったが、作戦は断行された。意思決定の在り方を示す事例だと言われる。

事例7 クリミア併合(西側諸国、2014年)— ハイブリッド戦の情報

2014年のロシアによるクリミア併合では、軍事行動と非軍事手段を組み合わせたハイブリッド戦が展開された。正体不明の「緑の小人」と呼ばれる武装集団の投入に加え、ウクライナ政府機関へのサイバー攻撃、通信妨害、SNSを通じた世論操作が同時進行で行われた。これによりウクライナ側の意思決定や情報発信が混乱し、ロシアは短期間で支配を既成事実化したとされる。情報空間と物理空間を統合した現代戦の典型例として注目された。

事例8 ロシアによるウクライナ侵略(米英、2022年)— 秘密情報の戦略的公開

2022年のロシアによるウクライナ侵略では、英米が秘密情報の戦略的公開(インテリジェンスの先制開示)を積極的に行った。ロシアの侵攻計画、偽旗作戦の準備、部隊配置などの機密情報を事前に公開し、国際社会にロシアの意図を可視化することで、情報戦で主導権を握った。これによりロシアの「正当化の物語」を封じ、同盟国の結束を強め、ウクライナ支援の政治的基盤を固める効果があったと評価されている。

事例9 ハマスによる10月7日攻撃(イスラエル、2023年)— 技術過信と固定観念

2023年のハマスによるイスラエルへの大規模テロ攻撃(ハマスは多数の民間人を殺害した暴力的過激組織であり、深刻な人権侵害を行ってきた組織です)では、イスラエル情報機関の警戒網に重大な欠陥が露呈した。ハマスの通信管制や低技術手段による秘匿行動を過小評価し、ガザ情勢を「安定」と誤認したことが致命的だった。また、政治的要因から軍・情報機関間の警告が十分に共有されず、分析の多様性も欠けていたとされる。イスラエルはその後、早期警戒の強化、情報統合の改善、思い込みを排した分析体制の再構築を進めている。

■非伝統的分野の情報収集能力強化の事例

事例1 OPM(米人事管理局)情報流出(中国、2014〜15年)― 公務員情報流出

中国が米連邦職員・申請者約2,150万人分の身辺調査記録を窃取。約1年未検知。史上最悪級の防諜上の損失。侵入検知能力とCI収集の抜本的強化が必要だと総括された。

事例2 NotPetya(ロシア、2017年)― 産業攻撃と社会混乱

ロシア軍により、破壊型マルウェアがウクライナ起点で拡散、海運や製薬を直撃し約100億ドル規模の被害。早期警戒と迅速なアトリビューション能力が必要とされた。

事例3 SolarWinds(SUNBURST、ロシアSVR、2020年) ソフト供給網リスク

ネットワーク管理ソフトの更新にバックドアが仕込まれ、米政府機関や企業多数が侵害。民間企業が発見。ソフト供給網の脅威情報収集と検知能力が必要とされた。

事例4 Volt Typhoon(中国、2023年〜) 事前配置リスク

中国の国家支援アクターが、エネルギーや通信など米国の重要インフラに、独自マルウェアではなく正規ツールに紛れる「環境寄生」手法で潜伏。諜報目的ではなく台湾有事などの際にインフラを妨害するための事前配置だとされた。能動的な脅威ハンティング。

事例5 Salt Typhoon(中国、2024年〜) 通信防諜

中国の国家支援グループが米通信大手に深く侵入、著名な政治家のリアルタイム通信データを収集。米法執行機関の監視対象が筒抜けになりかねない深刻な防諜上の含意が指摘された。結論として、通信分野の防諜・収集能力の強化が必要とされた。

事例6 レアアース輸出制限・対日本(中国、2010年) チョークポイント(レアアース)

2010年、尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件後、中国が日本向けレアアース輸出を事実上停止した出来事。レアアースは日本のハイテク産業に不可欠な資源であり、中国による経済的威圧とされ、世界から注目された。禁輸は約2か月続き、日本は供給源多角化を進める契機となり、日本の経済安全保障意識の出発点となった。

事例7 THAAD対韓国威圧(中国、2017年) マーケットパワー(観光・小売り)

2017年、在韓米軍のTHAAD配備に反発した中国は、韓国に対し経済的威圧を実施した。中国は韓国向け団体旅行を禁止し、韓国企業への営業停止や不買運動が広がり、観光・流通・自動車など多くの産業が打撃を受けた。韓国銀行はGDPを0.3%押し下げたと試算している。

事例8 対オーストラリア経済威圧(中国、2020年) マーケットパワー(石炭・牛肉)

2020年、オーストラリアが新型コロナ起源の独立調査を提唱したことに中国が反発し、大麦・ワイン・石炭・牛肉・木材・ロブスターなど幅広い品目に高関税や輸入停止を課した。特にワインには200%超の関税がかけられ、石炭は港で長期留め置きされるなど事実上の禁輸となった。豪州はWTO提訴や輸出先多角化で対抗し、中国の威圧は期待した政策転換を生まなかった。

事例9 対リトアニア通関封鎖(中国、2021年) マーケットパワー(貿易全般)

2021年、リトアニアが「駐リトアニア台湾代表処」の設置を認めたことに中国が強く反発し、同国産品を税関登録から削除して通関を事実上封鎖した。木材や農産物などの輸入が理由なく停止され、多国籍企業にもリトアニア製部品の排除を要求するなど圧力が拡大した。EUや米国はリトアニア支援を表明し、中国の経済的威圧が国際問題化した。

事例10 ガリウム・ゲルマニウム等の輸出規制強化(中国、2023年~) チョークポイント(重要鉱物)

2023年以降、中国はガリウム・ゲルマニウム・黒鉛・アンチモンなど半導体関連の重要鉱物に対し輸出許可制を導入し、レアアースについても軍民両用品目として管理を強化した。特に2023年8月のガリウム・ゲルマニウム規制、同年12月の黒鉛関連規制は各国の供給網に大きな影響を与えた。さらに2024~2025年には中重希土類7元素(ジスプロシウム、テルビウムなど)が永続規制対象となり、2026年には日本企業向け審査厳格化も実施された。これらの措置は米中対立の高まりを背景に、戦略物資の管理を通じて中国が供給支配力を強化する動きと評価されている。