災害関連死ゼロへの道のり—防災DX提言の理想と現実

このたびの熊本地震で被災された皆様に、心よりお見舞い申し上げます。

先月取りまとめた座長を務める自民党防災DXプロジェクトチームの提言(事務局長は山田太郎さん)。その冒頭に掲げられた「災害関連死ゼロ」という言葉が、今、一層の責任感とともに浮かび上がります。決して「今こそこれを実現すべき」と急かすものではなく、また正当性を誇示しようと試みるものでは決してなく、むしろ、現地の皆様が直面されている苦労の中で、「こうした理想的な対応がいかに難しいか」を改めて思い知らされる中で、改めてこの提言の意義を静かに問い直してみたいという思いから書き残しておきたいと思います。

■目標は「災害関連死ゼロ」——理想と現実の間で

提言が掲げる「災害関連死ゼロ」。これは、避難所の環境悪化や医療の中断、精神的ストレス、孤立などが原因で亡くなられる方々を、いかにして守るかという課題に向き合ったものです。

2016年の熊本地震でも、その後の能登半島沖地震でも、この問題は繰り返されてきました。今、年々高齢化が進む社会では、その重みはむしろ増しています。

しかし同時に、我々は知っています。現地の皆様が今、直面されている困難の中で、理想的な対応がいかに難しいかを。停電、通信の寸断、人手不足——こうした制約がある中での対応には、想像を絶する努力が必要です。

「災害は自然現象だが、関連死は防げる」——この認識は正しいでしょう。ただ、その実現には、長年の準備、制度の整備、そして何より現場での継続的な工夫の積み重ねが不可欠なはずです。

■「防災データスペース」——情報の壁を取り払う

提言の核としたのが「防災データスペース」という概念です。行政、病院、福祉施設、流通事業者、保険会社など、各機関が保有するデータを、それぞれが管理責任を保持しながら、必要に応じて安全に連携・活用できる環境を構築するものです。

現状では、被災者情報は市町村に、医療情報は病院に、生活支援情報は福祉部局に——と分散したままです。この情報の「壁」が、迅速な支援を妨げ、対応の漏れを生み出しています。

新規システムの構築ではなく、既存システムの相互運用化を目指すという方針は現実的です。しかし実現には、全国統一の標準化、セキュリティの厳格さ、個人情報保護との両立という、極めて困難な課題が立ちはだかります。

■リアルタイム被害把握とAIによる意思決定支援

被害把握の迅速さが、対応の成否を左右します。提言で掲げたのは、全国にドローンポートを配置し、発災後10分以内に現地映像を収集するという目標。加えて、衛星画像、車載カメラ、センサーデータといった多様な情報を統合するというものです。

これら膨大な映像・データをAI(特にVLM=視覚言語モデル)で処理することで、「どの地域に被害が集中しているか」「どこから対応すべきか」「何が緊急に必要か」といった判断を、従来の数十分から数分の単位で提示できるようになります。

さらに「デジタルツイン」技術により、現実の街をデジタル上に再現し、被害シミュレーションや避難計画の検証を事前に積み重ねることができます。これは、発災直後の情報不足の中でも、先手の対応を可能にする極めて重要な基盤です。

■「場所の支援」から「人の支援」へ——個別対応の実現

従来の防災支援は「避難所をどう運営するか」という場所ベースに偏っていました。一方、個々の被災者が何を必要としているかは、見過ごされることが多かったというように思います。

提言は抜本的な転換を求めています。高齢者、障害者、在宅医療患者、子ども——要配慮者の医療履歴、経済状況、家族構成といった情報を、平時から関係機関が連携して把握しておく。発災時には、この情報を活用して「この方には医療継続が必須」「この家族には住宅支援が第一優先」といった個別対応を即座に実行することも可能なはずです。

プライバシー保護と効率性の両立は、極めて慎重に進める必要があります。しかし、現行制度下では対応できない人たちが確実に存在する。その現実と向き合うことが、真の被災者支援につながります。

■無人化・自動化・省人化——二次災害を防ぐ

大規模災害の現場は、極度に危険です。倒壊建物、崩落土砂、感染症リスク——災害対応従事者自身も被災者である中、さらなる人命喪失を避けねばなりません。

提言が掲げる無人化・自動化・省人化は、決してロボット万能主義ではなく、戦略的な人員配置の問題として捉えるべきです。AIロボット、ドローン、無人運搬機が瓦礫撤去、捜索、物資搬送といった定型業務に当たることで、限定的な人員を「人間にしかできない判断と対応」に集中させようとの思いからです。

また、災害対応職員自身が過労死する事態も珍しくありません。デジタル・自動化ツールによる負荷軽減は、職員の命を守る側面も持つはずです。

■平時と有事の融合——「フェーズフリー」の実装

防災システムが機能しない根本的な理由の一つが、「災害時だけのシステム」という性格です。普段使われないものは、いざという時に動きません。

提言が提唱する「フェーズフリー」とは、防災インフラを平時から日常業務に活用する設計を意味します。地理空間情報、ドローン、AIといった基盤を、インフラ点検、物流最適化、地域福祉の見守りなど、平時の公共・民間サービスに組み込む視点が重要なのだと思います。

その結果、システムは常に運用・改善され、職員は平時から使いこなし、民間企業も事業基盤として参画する。防災を「緊急時の対コスト」ではなく、「地域価値を生み出す投資」へと転換する戦略的思考が重要なはずです。

■グローバルな責任と機会

提言は日本国内にとどまりません。ASEAN等の新興国・途上国では、自然災害リスクが極めて高い一方、リスク情報やデータ基盤が不足しているのが実情です。

日本が蓄積してきた「衛星×AI×ドローン」の防災DXソリューションを、現地ニーズに合わせてパッケージ化・展開することは、人道的責任であると同時に、日本企業の競争力強化にもなります。

防災という普遍的課題に向き合う中で、日本発の技術と知見を国際展開する。それは、単なる「ビジネス拡大」ではなく、世界中の被災リスク軽減に貢献する取組なのです。

■提言の実現に向けて——長期的視点と現地への配慮

提言は野心的です。実現には、法整備、継続的な予算確保、高度な人材育成が必要です。何よりも、国・自治体・民間が平時から信頼関係を構築し、データ連携の仕組みを作り、訓練を重ねる——そうした長期的な準備が欠かせません。

ただ、今この瞬間、熊本の皆様に求めるべきことは、提言の実装ではなく、一日も早い安全確保と生活再建への支援です。被災地の皆様は、既に自らの対応で精一杯のはずです。

提言が示す防災DXの実現は、むしろ、被災地の皆様の現在の苦労から学び、それを踏まえて、国全体で長期的に構想し直すべき課題なのです。

防災庁設置の準備が進む中で、この提言がどのように具体化されるか、関係者の皆様の取組を見守ることになります。その過程で大切なのは、「理想を急がない」ことかもしれません。現地の声に耳を傾け、可能な改善から着実に進める。被災された皆様の現在と向き合い、その上で、未来の防災を考えていくこと——それが、本当に必要な歩みなのだと思います。