現役世代が将来受給するときの水準を考えた年金制度

年金の改革法案の国会での議論が全く噛み合っていません。

それもそのはず、日本経済新聞が言うように、「深まらない議論になった背景には民進党の戦略も透ける。民進党は同日の審議の答弁者に塩崎恭久厚生労働相を呼ばず、質問を首相に集中させた。そもそも政府・与党が掲げる「現行制度の改善」を議論するのが狙いではない」「旧民主党が第一次安倍政権を追い詰めたときのように、年金問題を政権追及の柱に育てる狙い」(10月13日)だからです。

過去の政治が将来のことを考えずに今さえよければ的発想で今までやってきたから現在困っているわけで、改革しようとしないのは今の政治のやることではありません。念のためですが、困っていると言っても、現在の年金制度でも財政的には全くもって安定していて、破綻するなどと言ったことはありません。将来世代の給付水準(と所得代替率)を数%上げたいという「現行制度の改善」が狙いです。

国会の審議では、政争の具にするのではなく、政府が何をやろうとしているのか、を詳らかにし、議論によってより良い制度にすることが目的な筈です。それを願ってやまないわけですが、改めてここでは、日本の年金制度はどうなっていて、これからどうなるのか、を示しておきたいと思います。是非お読みいただければと思います。

詳細に入る前に、簡単に言えば、物価が上がっていて手取り賃金が下がっている場合(もしくは物価は下がっているけど手取り賃金はもっと下がっている場合)、次年度の年金受給額は据え置きで変わらなかった(もしくは物価分しか下げなかった)のを、賃金下落分下げますという法律です。それ以外の物価推移や賃金推移の場合は変わりません。それにより浮いた分を将来世代の支給額改善に回そうというもの。

今日、政府が発表したとされる数字について、新聞報道によれば、新制度を過去10年に当てはめると年金支給額は3%減る、夫婦だと7千円ほど減る(将来受給は7%改善)とのことですが、大切なのは現役世代の名目賃金もそれくらい下がっているはずだということです。若い人も賃金が減って苦労しているのに、年金だけ高いまま据え置きになっていた。皆さんはどう思いますか。ご年配を支える若者が負担に喘いで元気がなくなるから支えるエネルギーがでなくなるとは考えられないのでしょうか。

他党さんも今より年金が減る場合があると喧伝するのはいいのですが、そもそも物価と賃金水準に連動して適切に給付水準を調整しないとバランスが悪くなることは必定なのにもかかわらず、政治的配慮(?)で下方調整はあまりしてこなかったのですから、今こそ少しでも正常な形に戻していくべきです。受給者世代への配慮によって将来世代の受給が減ることを容認するわけにはいきません。昔の政治が将来のことを考えずに今さえよければ的発想で今までやってきたから現在困っているわけで、改革しようとしないのは今の政治のやることではありません。今なら本当にお困りの受給世帯を代替手段で救済できますが、将来につけをのこすとはできません。

ただ1点、多少気にとなるとすれば、景気後退期、GDPの6割を支える消費の内、35%を占める無職年金受給世帯の所得が減れば、消費にインパクトがある点です。年金を経済政策と見るべきでは絶対にありませんが、この種の政治的配慮は裏から見れば経済的に浮揚効果、いわばビルトインスタビライザー的な効果があることは否めません。ここはあくまで余談です。

以下、細かくなりますが、説明します。

1.現状社会保障の全体像と現行年金制度

・社会保障の全体像
社会保障全体の給付は2016年度の場合、118兆円です。年金が56.7兆円、医療が37.9兆円、介護や子育てなどその他が23.7兆円です。この合計118.3兆円をどうやって捻り出しているかというと、現役世代が保険料として国に払う35.6兆円と、事業主が保険料として払う30.7兆円と、国民が税として払う32.2兆円(国税)+13.1兆円(地方税)、そして年金運用基金の運用収入などで6.7兆円です。詳しくは下記まで。
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12600000-Seisakutoukatsukan/0000128232.pdf

・年金保険料は固定される

基礎年金(国民年金)の納付額(国民が保険料として支払う額)は年々上がっていますが2017年より固定され、16900円です。厚生年金も年々上がっていますが、これも2017年で固定され、(その月の報酬)×18.182%を労使折半します。例えば20万円の月給の人は会社が18182円を国に払い、ご当人も18182円払います。これ以上上がりません。つまり負担の上限は決まっています。

・年金給付額の原則

給付はどうなるのかというと、少し複雑です。まず原則論を書いておきます。基礎年金は、65008円×納付した月数/480を受給年齢から貰えます。これをAとします。厚生年金は、平均標準報酬×5.481/1000×被保険者期間(月数)/12です(平均標準報酬はボーナスを含み、過去の賃金は現在価値に評価します)。これをA’とします。

・年金給付額の調整(複雑ですがここは今回改正の理屈に関するところです)

ここは何を言っているのか分からないほど複雑ですが、お付き合いください。現行制度で上記AもA’も同じ理屈で物価や賃金などで調整されます。ここで物価や賃金で調整と書きましたが、当たり前のことながら念のため書くと、物価で調整するというのは支払う人に寄り添ったポリシーで、賃金で調整するというのは現役世代の負担に寄り添ったポリシーになります。

で、基本的には、年金支給額は物価が上がれば上がるし、下がれば下がります。更に、将来の人口構成や平均寿命を考慮して更に調整をかけています。マクロ経済スライドという名前で知られていますが、単純に0.7%引きます。この数字は毎年調整されます。つまり、例えば物価が1%上昇すれば次年度の年金支給額は1%−0.7%=0.3%上昇します。(もう少し言えば今回の改定で、受給世代への配慮から、この調整によってマイナスになるようなら0と言う下限は維持して、残りは次年度移行の景気回復時にキャリーオーバすることになりました。例えば0.3%の物価上昇でスライド調整が0.7だと本来0.3-0.7=-0.4%ですが、ここは0に維持して0.4%分は次年度以降の景気回復時に0.4%引こうというもの。)

ただ、経済状況が通常とは異なり、名目賃金(手取り賃金)は上がっているけど物価がもっと上がっているとき(実質賃金マイナス)(賃金<物価)は、年金給付を物価水準に従って上げてしまうと、現役世代の負担が増えるので、原則として物価上昇ほど上げずに賃金水準で上げることになっています。賃金上昇が0.5%で物価上昇が2%なら、次年度年金支給額は0.5%上昇するということです。

ここからポイントです。同じ実質賃金マイナスのケースでも、物価だけ上がっていて賃金が下がっている場合は、本来賃金ベースでマイナスにすべきところ、そうすると受給世代の負担が増えるので政治的配慮で据え置きになっています。つまり、物価が+1%上昇で賃金がー1%下落だと、次年度年金支給額は0%変化で変わらないということです。

更に同じ実質賃金マイナスのケースでも、物価は下がっているけど賃金もそれ以上に下落している場合、本来賃金ベースでマイナスにすべきところ、同様に政治的配慮で物価下落分だけ年金支給額を下げる制度となっています。(ちなみに以上の説明は新規受給対象者の場合は若干異なりますが説明は省きます)

2.今回何が変わるのか

野党側から下がる下がると指摘されているのは、上記の”年金給付額の調整”で触れた部分の一部です。すなわち実質賃金がマイナスであって、物価は上がっているが賃金が下がっているときと、物価は下がっているけど賃金はもっと下がっているときです(名目賃金<0<物価、もしくは、名目賃金<物価<0、のとき)。

賃金が下がって物価が上がるのは厳しい状況ですが、現役世代は給料が下がっている上に年金負担が増える(正確に言えばその時の負担は増えないが将来受給する水準が下がる形で負担が増える)ことになります。今までは支給額を減らさずに据え置きでしたが、原則、この状況の時は、年金支給額を賃金水準によって決定しようとするものです。物価は下がっているけど賃金はもっと下がっているという時も、これまでは物価水準で決定していたものを、賃金水準で決定しようとするものです。

改めてですが、今回の改正は、賃金(名目でも実質でも)が上昇基調にあるときは全く関係ありません。変わるのは、名目賃金が下落し、かつ、実質賃金が下落のときです。

3.ついでに

・受給資格は現在25年(今回の改正で10年に短縮)

年金は、受給資格期間である25年以上納付していないと受給できませんが、これを今回10年に短縮しようとしています:年金機能強化法案。

・厚生年金と共済年金は一元化されています

共済年金と厚生年金は既に一元化されています。なので原則として掛け金は後に述べるように一緒です。給付も同じです。ただし、正確に言えば、移行期間が数年分あります。

・厚生年金には所得制限があります

厚生年金(共済年金)の受給には所得制限があります。例を挙げれば65歳以上で年金受給額を合わせて46万円以上の収入のある方は、それを超えた分は受給額が半分になります。例えば月給が35万、厚生年金が15万の場合、合計50万なので、(50−46)/2=2となり、厚生年金受給額が13万になります。詳しくは下記まで。
https://www.nenkin.go.jp/pamphlet/kyufu.files/0000000011_0000027898.pdf

・受給開始年齢

厚生年金の支給開始年齢は65歳ですが、現在60歳から段階的に引き上げています。今ご自身が何歳で男性か女性かによって支給開始年齢が決まります。例えば今50歳の人は男女とも65歳です。なお、基礎年金の支給は65歳ですが、60〜70の範囲で選択できるようになっています。60歳から貰えば3割減、70歳までがまんすれば3割増支給されます。この部分は政府からみれば財政中立です。