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前国会の話になりますが種苗法という法律案が話題になりました。農家さんの植えるタネとかナエの話です。結局、この法律案は成立見送りとなりました。坊主難けりゃ袈裟まで憎いという言葉がありますが、法案審議を聞いていると斯くも曲がった解釈になるのかと思ったことが何度もありました。私自身は知的財産戦略という観点で改正法を脇から注視していただのみで、改正案の立案プロセスには直接参加していませんが、法案の内容からかけ離れた反対運動を見て、今後の冷静な議論を訴えたくなり取り上げることにしました。
元農林大臣、と言っても数か月お務めになっただけなのだそうですが、が大反対運動を展開され、柴咲コウさんも参戦、一般に知れることになったのがこの改正案です。そして柴咲コウさんも困惑している様子が記事になっています。
http://www.j-cast.com/2020/05/27386744.html?p=all
話題のきっかけになったこの柴咲さんの最初のツィートから取り上げます。
上記から再引用すると、「新型コロナの水面下で、『種苗法』改正が行われようとしています。自家採取禁止。このままでは日本の農家さんが窮地に立たされてしまいます。これは、他人事ではありません。自分たちの食卓に直結することです」「種の開発者さんの権利等を守るため登録品種の自家採種を禁ずるという認識ですが、何かを糾弾しているのではなく、知らない人が多いことに危惧しているので触れました。きちんと議論がされて様々な観点から審議する必要のある課題かと感じました」「もっと様々な意見を持ち上げて議論して決めていくことだと思います あらゆる角度から見ないといけませんよね 育成者、農家、消費者」とのこと。
ご主張は、俯瞰的な視点で、何の権利が守られて、誰の自由が制限され、誰がどのような負担を負うのか、きちんと議論しないといけない、もしかしたら農家さんが大変な負担を強いられるかもしれない、ということなのだと普通の人は理解します。
改正案を表面的に見ると、ホームセンターで買ってきた種苗を来年の為に自分で増殖するのが制限される、と一見すると思えてしまう内容なので、柴咲さんの反応は、私は正しい恐れだと思いますし、議論の動機につながる重要な視点だと思います。
ところが、問題は、そもそも反対の為の反対論者が、このツィートを上手に利用し、野党も上手に参戦。「これは大変危険なドンデモナイ法改正だ」、ということになったようで、それが転じて、例えば、ネット上の反対は、「種苗法改正案が成立すると、モンサント(巨大外資で今は存在しない)などの巨大資本が、日本の種苗を根こそぎ買いつくして、日本の農業がダメになる」とか、「遺伝子組み換え食料が消費者の知らない間に出回って、日本の食の安全が大打撃を受ける」と言った調子で、煽りに煽っています。さて、法案のどこにそんなことが書かれているのか、行間を読んでも出てきません。
マスコミも面白いのでしょう。柴咲さんのツィートがきっかけで、疑念のある法案が見送りになる公算、などと報じています。でもね。恐らくこれは柴咲さんの本来の趣旨である、真っ当な議論をしましょう、ということからかけ離れているのだと思います。事実、主要新聞は、真っ向からモンサント懸念とかの遺伝子懸念を”自ら”訴えてはおらず、反対派が懸念を表明しているという記事のスタイルにしています。それはそうでしょう。中身を見ても、どうひっくり返っても、そのようなことは書かれていません。
■議論の経緯
なぜ反対派の主張がでてきたのかというと、この種苗法改正案ではなく、先に成立した、平成29年の農業競争力強化法の成立や種子法の廃止によってです。種子法は、1952年に成立した法律で、国内の優良な種子の安定生産と供給の為に、国と都道府県が負うべき責任を示したものです。つまり大切な日本の種子を国や都道府県で守るのだとされました。ところが時代を経ていくと、折角税金を投入して品種を開発したのに商品化され消費者の手元に届くことがあまりないのは勿体ないではないか、全国一律に規制をかけるのはオカシイくないか、ということになり、種子法の廃止に繋がっていきます。更に、もっと日本の財産として有効活用するために、民間にその知恵を移転することにしたのが農業競争力強化法でした。
そこで反対が沸き起こったのが、外資を含む巨大資本による支配と、それによる遺伝子組み換え食品の流通による食の安全懸念です。それはそうでしょう。これも一見、そうした可能性が高くなるように見えます。しかし、そもそも種子法の対象は稲・麦・大豆のみでしたし、海外企業参入に関する定めはなく、海外企業とは何の関係もなく、それ以前でも海外が根こそぎ買おうと思ったらできたものです。ただ、懸念があるということで、知見を民間に提供するときには、利用目的をよく確認して、利用契約を結ぶことが、ルールに盛り込まれました。現在までに海外巨大資本に買い漁られたことは唯の一度もありません。
しかし反対は続きます。実は種子法が廃止されたことを受けて、都道府県では独自の品種の安定供給の為に旧種子法並びの条例を定めるケースがあったのですが、これをとらまえて、種子法廃止は適切ではなかったのではないか、との批判や、そもそも都道府県の品種開発を国が助成していたのですが、それを打ち切るためではないか、などの反対がありました。ここまでくると、プロのアクティビストとしか思えません。
以前、集団的自衛権の限定行使の法案審議の時に、この法律は戦争をするための法案だ、と断じたグループがあったり、マイナンバー法案のときに、国民の個人情報を国家が管理するためのものだ、と断じたグループがあったりしました。例えば、引っ越しをしたとして周囲ご近所にご挨拶に行ったら主が包丁をもって出てきたとします。殺される、と思う人もいれば、料理中だったのかしら申し訳ない、と思う人もいる。仮に前者と認識したとしても、常識人であれば、状況把握に努めるはずですが、いきなりあの家の人オカシイ人だと言いふらすようなことはしないはずです。どのような議論も、懸念を表明することは重要だと私は常に認識していますが、内容を吟味せずにミスリードや扇動を行うことは、弊害も大きいと指摘せざるを得ません。
■種苗法の中身
まずは農林省の種苗法改正案の説明文書の3ページ目をご覧頂ければと思います。
http://www.maff.go.jp/j/shokusan/attach/pdf/shubyoho-6.pdf
事の発端は、日本の官民の汗と涙の末に素晴らしい品種が開発されても(例えばシャインマスカットやサクランボ)、それが簡単に外国人の手に渡り、海外で増殖されて、その地の富になっていることをどう考えるべきなのか、というところにあります。
実際に、苦労の末、おいしい品種を開発した農家さんもいらっしゃいます。彼らの苦労は関係ないと断じることは絶対にできないのだと思います。
冒頭に提起したように、例えば、アーティストの楽曲が、無断で大量にCDにコピーされて売られていたとしたら、それは放置していい問題なのでしょうか。農業だからといって放置されてしかるべき問題ではありません。そして放置されてきたからこそ、競争力がなくなり、良い品種の更なる開発に対するインセンティブが阻害されてきてしまったのではないか。その可能性は税によって支えられてきたとしても、限界があるのではないか、という視点です。そこで出てきたのが知的財産保護の仕組みです。品種開発した農家さんにその労力に見合った対価が払われるべきなのだと思いますし、そこに反対する人は聞いたことがありません。
こうした考え方に対する反対はどこにあるのかというと、知的財産として保護された品種を勝手に増殖できなくなると、農家はどうやって生きて行けばいいのか、というものです。ここに誤解があるのだと思います。以下の保護される主な品種は、上記の資料の2ページ目にあります。また、特設サイトも農林水産省によって用意されています。一言で言えば、制限されるのは高品質品種でそもそも増殖が簡単にできるものでもなく、実際農家が増殖を普通にしているものではありません。なぜならば増殖するのにかなりのコストがかかるので、その品種を作りたいと思えば買ってきた方が安いからです。全部が制限されるものでは全くない。
http://www.hinshu2.maff.go.jp/
そもそも自己増殖は改正されなくても制限されていました。法改正案ではその範囲が拡大されることになりますが、それでも全体の1割程度の特に付加価値が高いものです。コシヒカリはどちらでしょう。巨峰は?デラウェアは?野菜などはもともとF1なのでそもそも種子による自己増殖はできないと言われています。つまり、在来種や品種登録されたことがない品種もしくは品種登録期間が切れた品種は、一般品種であって、自己増殖の利用制限は全くありません。また対象となる登録品種でも育成者許諾を得れば可能です。
よくある反対意見が、自己増殖は今まで無料だったのにカネ払えというのか、というものです。そもそも、いくらかご存じなのかしら、と思ってしまいます。農林省が参考例を提示していますが、とある作物の10a(1反)あたりの種苗代が1600円だったときに、許諾料は2.56円程度なのだそうです。念のためですが、一般品種は無料。付加価値の高い登録品種がこの登録料です。
反対はつづきます。
そもそも海外持ち出しは制限できないじゃないかというもの。いいえ。刑事罰の対象になりますし、海外での品種登録を進める事ができます。持ち出されてしまえば取り締まれないではないかという反対もあります。では何もしなくていいのですか、ということと、国際ルールをつくっている最中だということは指摘しておきたいと思います。
反対はつづきます。
巨大資本が日本で品種登録したら高い許諾料を払うことになるではないかというもの。既に述べましたが、在来種はもちろんのこと、一年以上流通している品種は品種登録できません。海外資本が新品種を登録しても、何もそれを使わなくてもいいのではないかと思います。国産の方が上手い。
反対はつづきます。
都道府県は許諾料の範囲でしか品種開発ができなくなるのではないかというもの。都道府県は現在でも許諾料だけでなく国の補助金や独自の農業予算で開発を進めています。法改正とは何の関係もありません。
参考までに農林省がQ&A集を作っています。
http://www.maff.go.jp/j/shokusan/attach/pdf/shubyoho-5.pdf
真っ当な議論ができる環境をつくっていくことが重要なのだと思います。繰り返しになりますが、反対することを否定するものではなく、議論ができることは重要なのだと思いますが、原理主義的反対は、健全な議論を阻害します。
様々な視点で種苗法について議論されていらっしゃる方がいますのでご紹介します。「種苗法」でネット検索してでてきたものをご紹介しているだけなので当方とは全く関係ありませんが一読に値します。
smartagri-jp.com/agriculture/1406
しかしそもそも政治の信頼不足からくるものであるとすれば、その政治の信頼を回復することのほうが、はるかに重要なのだと思っています。だから、腐敗は徹底的に排除、などは当然だとしても、李下に冠を正さず、も重要なのだと思います。