ウクライナ戦争が始まって半年が過ぎようとしています。国際社会の一員として停戦に向けた努力の必要は論をまちませんし、我が国自身の抑止力と対処力を質と量の両面で抜本的に向上させていく必要は当然ですが、そもそも国際秩序の安定を目的の一つとする国連が機能不全に陥っているのは明白で、今こそ再び力強く改革を進めるべきです。国連は発足時から理想と現実の妥協の産物であったのだから、変わるために生まれたと言っても過言ではないはずです。
今回のロシアのように、国連安保理の常任理事国が紛争当事国の場合、拒否権によって安保理は何の機能も果たさなくなります。これは憲章27条に基づくものですが、実はこの条項には但し書きがあって、「紛争当事国は、投票を棄権しなければならない」とあります。ではなぜ拒否権を行使し得るのか、まずはこの辺りから触れたいと思います。
安保理は常任理事国5か国と非常任理事国10か国で成り立っています。で、いわゆる「手続事項」は9か国の賛成を要する単純多数決なのですが、「実質事項」は常任理事国を含む9か国の制限多数決によります。つまり後者は常任理事国が賛成しないと決定されない(欠席の場合は慣行上無効となることが確立されている)。これが拒否権です。
では何が手続事項で何が実質事項なのか。実は明確な境目が示されているわけではありません。手続事項は、理事会の開催の時期と場所、補助機関の設置、議長の選任方法、手続規則の採択、利害関係国の参加と紛争当事国の参加の勧誘、紛争又は事態についての理事会の審議の開始の決定などとされ(*1)、実質事項は手続事項以外の全てですので、国際平和と安全の維持の他、国連加盟、権利停止、除名処分、事務総長の選任など安保理の勧告に基づく手続きは含まれ得るとされ、実質的には非常に広範囲にわたっています。
安全保障ど真ん中に関わることで強制力を議題とするものであれば間違いなく実質事項になりますが、その他はグレーな議題も存在し、安全保障に関わると言われたら関わってしまうことになる。少なくともここはルールをより明確にするか、事後の評価の仕組みを整備するとかは必要なはずです。更に言えば、手続事項か実質事項かは議長が裁定することになるのですが、その決定に拒否権を行使して実質事項に持ち込み、再度拒否権を行使して議題を葬ることも過去にあり(二重拒否権問題)、濫用を制限するための運用が現在は行われてはいるものの、緊急動議の処理手続きを援用した慣習的に確立された運用なので、明文化する必要はあるはずです。
因みに冒頭に触れた棄権ですが、答えを言えば残念ながらこれは国際紛争の平和的解決(6章、52条3)というソフト路線の場合のことなので、ハード路線である加盟国の権利停止や除名、強力的解決(5条、6条、7章)の場合は、紛争当事国であっても棄権する必要はないとされています。
いずれにせよ拒否権は強大なわけで、多岐にわたる分野に拒否権を行使することが可能となっています。拒否権は表向きは迅速な解決のためとされていますが、やはり発足当時から問題視されていて、歴史上何度も改革の提案がなされてきました。
例えば理事国数を増やす、拒否権対象を7章の安全保障に限定する、拒否権は2か国以上の場合とする、拒否権が行使された場合は再決議するなどです。ただ、常任理事国にとっては絶大な権限の制限につながるこれらの議論は受け入れやすいものではなく、また18章で示されているように、憲章の改正には総会の3分の2の賛成を要し、常任理事国含む3分の2の批准が必要になるため、抜本的な改革は非常に困難です。
ただ、国連改革だけに限りませんが、制度改正が不可能だからと言って何もできないわけではなく、運用で改善していくことは十分に可能なはずです。そして運用改善がなされ、安定してきたときに制度改正を検討すればいいのだと思います。
少なくとも国連総会は、10条や11条にあるように、制限はあるにせよ憲章上のあらゆる事項を審議し加盟国や安保理に勧告する権限をもっているので、こうした総会の権限を有効利用することも考えられます。実質的効果がないにしても、国際世論への喚起は後々の拒否権運用改善にも大きなインパクトとなるはずです。