経済的威圧と国際秩序の行方

笹川平和財団が主催する統合安全保障と題されたプログラムの一環で、4月29日から5日間の日程で、米国ワシントンを訪問、政府関係者、シンクタンクとの議論に参加をして参りましたが、その際に強烈に感じたのが、国際社会の経済的威圧に関する関心の高さです。日本では、昨年末に改定された国家安全保障戦略でも明記され、党内では経済安全保障推進本部で議論を進めていますし、また政府内でも検討が進んでいるものと思いますが、経済的威圧に対する対策の重要性を改めて実感しました。

経済的威圧とは、経済力を背景として、相手国に対する貿易投資制限、企業活動制限、個人身分制限、情報戦など不透明な影響力行使など、経済的もしくは非経済的手段によって、自国に有利な環境を作ろうとする行動で、全てとは言いませんが基本的には国際ルールを微妙に無視したものです。有名な事例が、中国が2010年に日本に対して行使したレアアースの禁輸です。レアアースはバッテリーやモーターなど現代を生きる我々にとっては必要不可欠な製品の基礎的な材料ですが、埋蔵量や精錬量で圧倒的に強みを握る中国が禁輸と言う手段で日本に揺さぶりをかけた事例です。

こうしたサプライチェーンのチョークポイントを狙い撃ちする供給網型(売らない圧力)のほか、圧倒的な市場力(購買力)を背景とした市場力型(買わない圧力)もありますが、例えば、ノルウェーはサーモンの輸入制限、フィリピンはバナナの輸入制限をかけられたことがありました。また、韓国は中国内にある韓国系スーパーの営業制限をかけられたり、モンゴルは、貨物の国境関税手続きの恣意的遅延を受けたりしたことがあったとされます。

いずれにせよ、多種多様な手段を用いた経済的威圧を、国際社会と連携して抑止していくことは極めて重要です。かつて、イギリスの前首相トラス氏が、経済的威圧への抑止策として、経済版NATOを創設すべきだと主張したことがありましたが、集団的対抗措置は必要なのだと思います。G7等で議論が加速されると思いますが、私自身も党の議論を加速していきたいと思います。

ただ、よく考えておかなければならないのが、国際秩序の構造です。以下、そのことについて触れたいと思います。最近、新興国や開発途上国を意味するグローバルサウス(以下、新興国)という言葉が頻繁にメディアを賑わせるようになりました。新しい言葉ではありませんが、新しく注目されるに至った言葉です。この言葉には、現在の国際秩序を強烈に表す意味が込められています。

国際秩序という意味で、世界には3つの視点があると言えます。1つはG7を中心とした世界観。もう1つは中国の世界観。最後は新興国の世界観です。現在、国際社会はこの3つの世界観を適切に管理(マネージ)できるかが問われています。G7も中国も、新興国の支持を最重要視していますが、新興国はG7か中国かという二分論を迫られることを嫌っています。

G7の世界観は、自由、民主主義、人権、法の支配といった基本的な価値観を最重視する世界観です。日本の国家安全保障戦略の第一章でも描かれていますが、既存の民主的秩序に対する挑戦者である権威主義国家群とどう向き合うのかを問うています。すなわち、民主的国家群VS権威主義国家群の世界観です。ロシアによるウクライナ侵略、特に核兵器の使用を示唆したことは、到底受け入れられるものではありませんし、また、中国の台湾に対する平和原則を無視した言及や、南シナ海での国際法を無視した活動、貿易取引ルールを無視した経済活動などは、到底受け入れられるものではありません。

一方で中国の世界観ですが、中国はこれまでアメリカによる安全保障秩序に正面から反対してきました。アメリカによる先進国を中心とした力による秩序ではなく、国連を中心とした秩序が重要なのであって、民主的秩序よりもむしろ経済による秩序がこれから重要なのだと主張しています。すなわち、中国を含めた開発途上国や新興国VS先進国の世界観です。国連中心の秩序観なので同盟国を作ることはせず(北朝鮮だけが例外)、自主独立の外交方針を貫いています。また軍事行動は経済秩序を守るためのものであって、武力による秩序を作ろうとしているわけではないと主張しています。例えば一帯一路構想というのは、自国内の秩序作りでもありますがそうした世界観の表れでもあり、双循環に基づく発展戦略(※)もその表れです。そして、こうした中国の国際秩序観を、中華民族の偉大なる復興の夢という国家観とともに、建国100周年にあたる2049年までに実現するとしています。(※外国からの技術移転を通じた自国の産業レベルの強化、自己完結型サプライチェーン構築、他国の対中依存の強化。)

また新興国の世界観は、と言っても新興国が組織化されているわけでもなく、それぞれの国にそれぞれの事情がありますから統一された世界観があるわけではなく、十把一絡げには決してできませんが、大雑把に言えばG7の世界観や中国の世界観に完全に属することを嫌う傾向にあると言えるのではないかと思います。

では、そうした新興国に対して中国はどのようなアプローチをとっているのか。中国による新興国政策は、G20や上海協力機構(SCO)、中央アジア諸国、太平洋島嶼国、BRICS、AIIBと言った枠組みを活用し、経済力を背景にG7等の先進国を牽制しながら、地域の特徴を踏まえた援助や協力を個別的に行っていると言えます。東京大学の川島真享受によると、ASEAN諸国に対しては、アジアの一員を強調して自主を促し、アメリカに追随しないように求めています。また、中央アジア諸国に対しては、そもそも先進国に追従する環境にそれほどないこともあり革新的利益を含む共同宣言を採択するなど、踏み込んだ対応をしています。また、太平洋諸国に対しては、寛容な態度を見せて援助を申し出て協力を得ようとしています。また、上智大学の渡辺柴乃教授の調べによると、二国間関係も交換文書のレベルでみると濃淡があって、戦略的な協力関係にあるのは当然ロシア。それにパキスタン、カザフスタンが続き、中央アジア、ASEAN、太平洋諸国、EU諸国などが続きます。このことは、機会があればまた触れたいと思います。

いずれにせよ、こうみると日本がとってきた方針は実に先見の明があったように思えます。それは新興国の重要性が注目されるようになる遥か前から、アメリカと強力な同盟関係にありながら、包摂的な世界観をもって外交方針を定めてきたからです。かつて安倍総理が提唱し現在でもG7各国の基本的考え方となっている「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」構想というのは、自由や法の支配という世界観を基本的には推進するものですが、提唱した当初から、中国も含めて全ての国に開かれている、ということが強調されていました。新興国へのアプローチという意味では、今年に入ってから提案されているFOIPの新しいプランは、結果的に新興国各国の目線に併せて寄り添う姿勢を示したものになっています。

いずれにせよ、先進国も中国も新興国をかなり意識した外交を展開していますが、援助によって支持を得ると言うことは一つの切っ掛けにはなりますが本質的な支持には繋がらず、むしろ本質的に新興国諸国とともに生きる道を示すことの方が重要なのだと思います。

ちなみに、日本で新興国の認識が強く意識され始めたのは、ロシアのウクライナ侵略後を巡った国連でのロシアに対する決議における各国の投票行動の結果からだと思います。以前にも触れましたが、決議の内容によっては賛成票より反対+棄権+無投票が多い場合もありました。中国やロシアによる影響力行使が背後にあったのではないかとの指摘も識者からなされていますが、冒頭触れた経済的威圧に関する対抗手段については、こうした国際社会の構図を十分理解しながら、スマートな設計をすべきだと考えています。