需要サイドから供給サイドの経済政策へ

■今必要な政策は何か

所得税減税が取りざたされています。岸田総理は「経済・経済・経済」と言いましたが、立憲さんは「給付・給付・給付」と言い、国民さんは「賃上げ・賃上げ・賃上げ」と言いました。折に触れて申し上げていますように、現下の物価上昇は、円安等による生産コストの上昇によるものです(コストプッシュインフレ)。そしてコストプッシュインフレに対峙するための最大の政策は、賃上げであることは間違いありませんが、賃上げするのは企業であって、ただでさえ生産コスト上昇で体力が削がれている企業が賃上げまでするには、結局のところ、生産コスト上昇と賃金上昇を企業が売値に転嫁できる構造を作らなければできません。

つまり、コストプッシュインフレに対する最大の政策は、価格転嫁の促進ということになります。元請けが積極的に転嫁に応じてもえる環境作りが必要になります。しかしこれまで30年間、デフレという名のコストカット経済に慣れた商慣行のなかで、十分かつ適切な転嫁構造を作ることはそれほど容易ではなく、地域の中小企業では転嫁が十分に浸透していません。全ての業種、全てのサプライチェーンで、積極的かつ適切な価格転嫁構造を作る必要があります。

■転嫁構造には2つある

その上で言えば、転嫁構造には2つのルートがあるはずです。1つは、生産・流通・販売を通じた通常の民間ルートの転嫁構造で、賃上げによって最終消費財の上昇分をカバーしようとするものです。ただ、忘れがちなのがもう1つの政府ルートです。最終消費者が行政のものです。行政が調達コストを抑えたままであるのは、このルートでいう最終元請けが転嫁に応じていないということに等しい。であるならば、政府は民間に転嫁や賃上げを働きかけながら、自らは転嫁に応じていないということになります。もちろん、現実には建設業などではスライド制といって物価に柔軟に対応できる調達の仕組みを導入していますし、公定価格もそれなりには柔軟化しています。しかし、こうした転嫁構造で見ていないので、本来目標とする物価や賃金上昇率に設定すべき公定価格が、未だ後追い設定になっています。時限的な措置として、物価上昇に見合った公定価格等の物価先取り設定を行うような、コストプッシュ下に限定した転嫁構造促進を主眼に置いた財政運用をすべきです。賃上げは、賃上げと言うだけでは実現せず、産業構造全般の構造変化を促さなければならないので、こうした政府歳出主導の転嫁促進も必要です。

■でも財源は?

一般論から入りますと、国家の財政は物価に対して基本的にはニュートラルにすべきです。物価が上がると自動的に政府税収は増えますが、公共発注や年金介護医療薬価などの公定価格なども物価に応じて上げなければ、税収上振れ分だけ政府は得をすることになります。物価で政府は得してはいけないということでもあります。そこで目下議論中の所得税減税についてですが、本来公定価格等に反映し転嫁を促すべき税収増分を、別ルートの所得税減税分の財源にも使おうというものです。ここは議論の1つのポイントになろうかと思います。

■需要サイド政策から供給サイドの政策への転換が必要

もう1つは、マクロ運用です。現在、デフレギャップが相当改善しています。統計にもよりますが、プラスに転じているデータもあります。また企業にとっては人不足という構造的な問題もあります。従って、需要サイド政策から供給サイドの政策に転換していくべきタイミングです。需要サイドを単に底上げすると、更なる物価高になって跳ね返ってくる可能性もあります。もちろん需要サイドの政策でも、価格転嫁の後押しとなる政策はしっかりと打っていくべきですが、来年にかけて本格的な産業政策や生産性向上などの供給サイドの政策が必要になります。それが賃上げを作り上げることに繋がるはずです。ここが2つ目の議論のポイントになろうかと思います。

■海外への所得流出を補う政策を

加えて少し論点を変えると、マクロの観点で言えば、円安によって日本は富を海外に流出しているはずです。ご存じの通り、現在の日本は貿易赤字を所得収支の黒字で補っていますが、キャッシュフローの観点で見るのはそれほど簡単ではありません。しかし、最低5兆円程度の流出とみていいのではないかと思います(30兆円との試算あり)。この流出を政府はカバーしていませんので、民間がこの損を被っています。産業が転嫁を進めないと産業が被ることになり、産業が賃上げしないと消費者が被ることになります。したがって、このギャップ分の分析を精緻化して供給サイドの政策を打つことが一つの答えになるのだと思います。