本日、米上院外交委員会でシリア攻撃を認める決議案が可決しました。今後、本会議を経て、更に下院での審議に入ります。報道によると、ケリー国務長官は化学兵器を使用したと判断した国が31、軍事行動参加表明が10カ国以上という状況だと語ったそうです。そしてG20で安倍総理はプーチン大統領、続いてオバマ大統領と会談を行っています。日本もこのシリア問題の対応(支持すべきか否かの議論)を急ぐ必要があります。
半年前、米国の外交関係での最大の関心はイランの核開発問題だという声をよく聞きました。一方で、オバマ大統領は2011年にリバランスを表明したことでもわかるように、世界戦略を見直しアジア太平洋地域を最優先事項の一つと捉える戦略転換を行っています。実際に今年度のアジア太平洋外交関係予算の増額がリバランス戦略の具体化だということが指摘されています(注1)。
(注1)国際開発庁(USAID)の予算要求の中で、アジア太平洋地域への要求は昨年度に比べ7%増となっているが、これはリバランス戦略を支えるものだ、ということをアミ・ベラ下院議員が下院外交委員会アジア太平洋小委員会で指摘しています。
1979年に起きたイランアメリカ大使館人質事件以降、イランとは断交しているアメリカですが、そのイランが核開発を背景に中東での影響力を格段に向上させているのはアメリカにとって非常に痛い話だと想像できます。逆に、イラクやアフガンで満足な状態を作れなかったこと、また、2010年以降、アメリカの中東和平への直接交渉は中断したままであること、ケリー国務長官が頻繁に中東地域を訪問していますが芳しい成果は表れていないこと、などから、米国の中東への影響力に疑問が残るのは否定できません。
そこに来てリバランス。リバランス発言は本来、中東もアジア太平洋も両方見ますよという意味だったと理解していますが、これがアジアシフトのメッセージになり、結果的に中東への影響力低下に拍車をかけてしまっているように見えます。実際にイスラエル情報機関の幹部もアメリカの影響力の低下について指摘しています(注2)。
(注2)
Israel Green, “荒れる中東と向き合うイスラエル,” Myrtos, No.129, Aug., 2013.
アメリカの中東への影響力低下は何を意味するのかと言えば、明らかに中東の混乱を増長する結果になる。アラブの春という地域によって全く異なる背景の紛争暴動がほぼ同時に起きると言う不思議な現象以降、中東情勢は多様化多次元化して非常に混沌としているためです。だからこそ、混乱を収拾しようと、前述の通り、軍事行動に参加を表明した国が多いと考えます。サウジ・UAE・カタール・トルコ・フランスなどです。
そして今、アメリカで最大の外交上の関心はシリアです。シリア内戦はアラブの春の中でも最も激化しているものです。死者は10万人、難民200万人という報道もあります。そして他の地区のアラブの春よりも遥かに複雑な状況に見えます。アサド大統領に対して擁護的立場をとっているのがロシア・中国・イラン。一方、強硬姿勢なのが、アメリカ・イギリス・フランス。更にカタールやサウジ等の湾岸諸国が続きます。前者は親シーア派のアラウィ派。後者はスンニ派です。そして反体制派組織は1つだけではなく多くの組織があり、一応シリア国民連合の下に組織化されつつあると言われていますが、結束が強いようには見えません。
アメリカは反体制派に多額の支援を行ってきましたが、非致死性であり、軍事支援には否定的。ただ、化学兵器を使ったら大変なことになりますよというメッセージは随分前から送っていました。
そして、これ以上、国際社会がシリア問題を放置することは人道的にも国際政治学上もできない状況になっています。放置すれば内戦が激化し、犠牲者が更に増え、さらにシーア派とスンニ派の宗教対立など新しい対立軸が生まれてしまう可能性もある。まさに待ったなしの状況ですが、これだけ死者がでている内戦に対して、なぜこれまで国際社会がなにもできなかったかというと、前述のとおり国連安保理のパワーバランスの問題があるためです。
では国連での対応が困難だから国際社会が放置しておいても良いのかという問題が生じます。そういう背景のもと、化学兵器の使用が明らかだとされ、シリアへの米英仏中心とした軍事介入が話題となりました。Foot Printのない限定攻撃を仕掛けるというものです。軍事による国際社会の介入なしに内戦激化に歯止めがかけられない状況であるという認識です。もし軍事介入しなければ、前述した「化学兵器を使ったら大変なことになるぞ」というメッセージが単なる口だけの脅しに終わってしまい、冷徹に見ればアメリカにとっての中東に対する影響力が更に低下してしまう。そういうロジックだと考えています。
ただ、軍事介入をやりすぎて政権が転覆したら余計に混乱するという状況も考えられます。例えば後述しますが、反政府組織はテロ集団も含め非常に多岐に亘っていますので、政権転覆は反政府組織同士の内紛に発展したり、アルカイダ系のシリアへの流入はロシアにとって第二のチェチェン紛争をもたらす危険性もあることが指摘されています。だからこそ、限定的な軍事介入というのが答えとしてでてきたものなのだろうと考えます。
いずれにせよ日本としても対応すべき課題です。まず明らかなのは、軍事介入の是非以前の問題として、シリア内戦収拾とアメリカの中東影響力強化は中東安定を介して日本の国益であり人道上の理由からは世界の利益であるということです。
問題は以下の点です。
第一に、手段ですが、軍事介入に頼らざるを得ないのかという指摘です。私は人道的な観点からそうせざるを得ないと考えています。
第二に、大儀ですが、化学兵器が体制派によって使われた証拠とか、反体制派によって使われなかった証拠とか、は大変重要な問題です。私自身は種々の情報から、体制派によって使われたのだろうと考えていますが、アサドの指示によるのかどうかということも問題です。しかし、最大のポイントは化学兵器使用は国際社会が絶対に許さないというメッセージが必要なのです。
第三に、目的ですが、一応シリア国民連合の下に組織されつつあるといっても反体制組織が複数存在する状況で、仮に軍事介入してアサド政権が崩壊したとして、余計に混乱したりしないのか。出口戦略は明確なのかということです。つまり、あくまで政権転覆が目的ではなく、化学兵器使用に対する制裁が目的の限定的軍事介入でなければなりません。
第四に、イランの核開発の問題。シリアへの軍事介入は、ともすると折角ロハニ大統領という穏健な大統領になって交渉が少し前進しつつあるイラン核問題を、また暗黒の世界に押し込めてしまう可能性も否定できないという指摘があります。私は逆に交渉力が強化されると考えます。これまでの米国主導のイランへの経済制裁によってイランがよりアサド擁護を強め、それがイランを利していると言う、国際社会にとってのジレンマというか負の互恵関係の連鎖を断ち切れる可能性があると思います。
さらに日本としては、独自に考えなければならないのは、日本にとって軍事介入支持表明は、アサド政権を擁護するロシアとの関係を悪化させる可能性があるとの指摘です。ロシアとは北方領土や資源外交について重要な時期を迎えようとしている時期です。慎重に考えなければなりません。
いずれにせよ判断の失敗は絶対に許されません。