尖閣諸島

■尖閣諸島問題

○想像力の欠如

外交はともすれば想像力の勝負だと思っています。そして、尖閣問題は、現在の為政者が、これほど中国が強硬な態度に出るとは想像していなかった、ということだと思います(していれば突然釈放はしません)。残念でなりません。そしてとにかく腹立たしく思っています。

この事件は多くの問題を含んでいると思いますので、今回はこのことを書いてみたいと思います。少し長くなりそうですが、是非お付き合いください。

さて、尖閣諸島は、ご存知のように近海の埋蔵天然資源をめぐって中国や台湾がその領有権を主張しておりました。日本は歴史的に、そして外交上の当然の自国の領土ですから、領土問題が生じていることも認めておりません。

ちなみに、領土問題という言葉はある種の外交上の専門用語のようなもので、外交をあまり知らなければ、蓮舫大臣のように「領土問題だ」と発言してしまい、慌てて後で「我が国固有のもの」と修正せざるを得なくなります。政治家であり閣僚でもあるわけですから、外交のこうした基本くらいは知っておいて欲しいものです。

さて、こうした背景があれば、当然逮捕送検という日本の政府の対応は妥当ですが、一方でこうした日本政府の行為に断固として中国が反対してくるのは目に見えています。なぜなら反対しなければ中国のこれまでの主張を中国自身が否定することになるからです。しかも中国は現在、これまでの反日的な教育によって、不毛なナショナリズムが高揚しやすい環境にあります。この中国人のナショナリズムのエネルギが中国政府自身に向いてくることも考えられます。だから中国政府としては日本政府に対して大きな反発をせざるを得ません。

であれば日本政府は次の手を絶対に考えていなければいけません。私は自民党員ではありますが、前原がんばれ、と思っていました。前原外務大臣は、逮捕送検の直後、法にのっとって粛々と処理していく旨、コメントを発していました。従って次の手は当然出してくるものだと思っていました。結局何もありませんでした。

次の手は、絶対に国際世論への訴えかけであるべきだと思います。たとえば盧溝橋事件で勃発した支那事変後、蒋介石夫人・宋美麗がアメリカ各地を廻って「中国はかわいそうな国だ、日本はひどい国だ」とやった。アメリカ議会で演説した初めての民間人としても有名です。そしてその後の国際世論は、アメリカによって形成されていきました。

現在、アメリカだけに訴えても国際世論の形成にはいたりませんが、撮影したとされるビデオを公表し、領土問題はさておき、体当たりをしてきた中国漁船(中国国旗を出していたか甚だ疑問ですが=公海上でも船籍を明示しない船舶は停止検査できる)を見て、各国一般庶民も巻き込んで考えていただくというものです。

さらに、各国の駐在大使に対して、国際世論を形成する努力をせよなる大臣通達をだしても良かったのではないかと思います。それが政治主導だと思います。確かにアメリカに対する交渉をした形跡は見えますが、外交官を使っていない。世論形成できるだけの一般大衆への訴えかけを全くやっていない。もっとも皮肉を言えば、今の為政者は政治主導の名の下に、役人(外交官)の言うことは聞かないことに決めているのですから、しょうがないのかもしれません。

次にこの政治主導について考えたいと思います。

○政治主導の名が廃る

釈放について、官邸は検察の判断だと主張しています。「わしらは知らん」ということでしょうか。一方、検察は「政治的理由」を明言しています。検察が政治的理由を前面に出していいのでしょうか。法治国家の名が泣きます。議会制民主主義が死にます。また、官邸が、困ったことは役人がやった、というのでは、何のために政治をしているのか分からなくなります。

もし最終的に釈放と判断するなら、日本政府として、こうこうでどうだったから釈放したと明言しないと、付け入られるだけです。実際に釈放後に賠償と謝罪を要求されています。

具体的には、釈放の理由を官房長官が発表する。内容は、1.漁船が故意に衝突してきたことは極めて遺憾。2.尖閣は日本の固有の領土である。3.武力紛争を回避するために大きな政治判断した。4.今後も不法操業は逮捕する。5.継続して発生する場合は、しかるべき対応をする。6.海保巡視艇の損害賠償を請求する。と、このくらいは政治が言わなければ話になりません。

政権交代によって一体日本がどこまで譲れてどこからが譲れない線なのか、新政権として明確に外交メッセージを出していかないといけないはずですし、特にここ2年で国際政治環境が大きく変っていますので、中国にとっては試している部分も大きくあります。はっきりと毅然とした態度で、「これ以上来るとまずいですよ」という線を示さなければなりません。

次にそもそもの領土問題について考えたいと思います。

○領土問題に格上げ?

簡単に言えば、日本の主張は、「もともとわしらのもんやし、それでみんなも納得したやんか」、という「無主地の先占」と、「ほんじゃそういうことで日本のものでええですな。」という、戦前戦後の諸外国との外交による確認を根拠にしています。中国の主張は、「わしの国のこの文書に釣魚島と書かれておるがな」という歴史文章と、「大陸棚としてみれば、釣魚島は中国大陸とつながっとるがな」という、大陸棚条約を根拠にしたものです。

中国の主張のうち、前者は外国に発信されたものではなく、全く国際法上正当ではありません。後者についても、国際法上、当事国の同意による境界策定が求められているわけで、一方的に策定しているのは不当と言わざるを得ません。つまり、「やから」に近い。

今回、政治が船長を釈放した上で検察の判断として逃げてしまいましたが、逃げたことが大きな政治メッセージとして発されました。中国からすれば、押して押して押し捲れば、もうすぐ日本は領土問題だと認めるだろう、ということです。そうなる前に、正しい外交メッセージを発していかなければなりません。

○国際政治環境の変化

日本の相対的地位の低下が、中国に付け入られる隙になったのは間違いありません。地位低下の主要因は米国との関係です。米国からみれば、1.普天間などの問題により米韓関係の方が日米関係よりも優先するようになっている、2.中東以外の火種を抱えたくない、3.国内政治経済が何よりも優先している、ことを考えれば、何でもいいから問題を起こされたくないということ。端的に言えば、アメリカから見れば、尖閣なんてちっぽけな島ごときで、大きな争いはしてくれるな、ということです。

アメリカは兎に角、安保上危険な可能性のある中国をアメリカの安全保障体制にいかにして組み入れるかに心血を注いでいる時期です。

とすれば、釈放に至ったのは、アメリカから、「尖閣は日米安保の範囲内と言ってあげるから、事態を早急に解決して頂戴」、との提案があったものと考えるのが妥当です。「へいへい」とのって「釈放」して、「役人のせい」にしてしまった人の顔が見てみたいとはこのことです。

今回の事件で、普天間に続いてアメリカから突き放される可能性が益々高くなりました。日本は外交上の大きな「へた」をうってしまったわけです。

ちなみに「尖閣諸島は日米安保の対象範囲」という言質は、すでに過去に確認済みのこと。釈放をこの言質と引き換えに実行したのであれば、これも想像力の欠如です。

○想像力を豊かにして次なる展開を考える

中国の国内情勢を考えれば、尖閣の実力支配も考えられます(こんなことも現政権には想像して欲しいです)。上に書いた理由で、アメリカは牽制のために空母部隊やイージスを近海に派遣はするでしょうが、武力衝突には絶対に介入しないはずです。その状態で中国が尖閣に居座ったとします。そこまできたら、日本は武力で奪還することはできません。日本は空騒ぎするしかないのです。

だからこそ、上記に示したように、官邸自らメッセージを発出すべきでしたし、今でも遅くはありません。もう一度書きます。

1.漁船が故意に衝突してきたことは極めて遺憾。2.尖閣は日本の固有の領土である。3.釈放は武力紛争を回避するためになした大きな政治判断である。4.今後も不法操業は逮捕する。5.継続して発生する場合は、しかるべき対応をする。6.海保巡視艇の損害賠償を請求する。