ミサイル阻止力

北朝鮮が新型のミサイル開発を進めており地域の不安を増長しています。こうした背景もあり、先に行われた総裁選では、安全保障分野の特にミサイル防衛に関する考え方が注目されました。

その一つがミサイル阻止力です。ん?聞いたことないぞ、と思われるかもしれませんが、総裁選で話題になった言葉は、敵基地攻撃能力です。ミサイル阻止力と「ほぼ」同義です。

この能力を保有すべきか否かの議論は非常に重要なのですが、本来であればそれと同時に、なんで必要なのか、の議論が深まるべきです。しかし時間が限られた総裁選なのでそこまで深まらず、巷で誤解が生まれているように思います。。

そこで、「なんで」を私なりに解説し、思いを書き残したいと思います。なお、私はミサイル阻止力は保有すべきだと考えています。つまり、政府はこれまでもそうした能力を保有することは禁止されてはいないが保有しないとしてきました。これを改めて保有するとするべきだという意味です。

(定義:ミサイル阻止力と敵基地攻撃能力と先制攻撃)

まず、「ほぼ」同義と書いた理由ですが、敵基地攻撃能力の定義が定かではないためです。マスコミの論調を見聞きすると、国際法上も、日本の法体系上も、保有も行使もできない範疇の能力が含まれた概念に見えます。少なくとも誤解を生んでいる。

一方でミサイル阻止力と言った時には、党で昨年提言したもので、「憲法の範囲内で、国際法を遵守しつつ、専守防衛の考え方の下、相手領域内でも弾道ミサイル等を阻止する能力」のことです。

そして「性能上専ら相手国国土の壊滅的な破壊のためにのみ用いられる、いわゆる攻撃的兵器を保有しないなど、自衛のための必要最小限度のものに限るとの従来からの方針を維持」することを敢えて付記したものです。

(現状認識:アメリカはいつ何時でも守ってくれるのか)

必要だと判断するに至った状況認識について触れます。主に2つです。

1つは技術力。高度化でやたらと様々な装備品が登場し困っているということです。弾道ミサイルであれば従来の放物線を描いて飛んでくるものは迎撃できる可能性がかなり高いのですが、ふらふらと変則軌道を描いて飛んでくるものなどは簡単ではない。そして経空脅威はミサイルだけではありません。

もう1つは国際安保環境の劣化です。日米同盟全体で考えてみても常時持続的に日本全体を防護するには課題が残っていることです。すなわち、アメリカはいつでも守ってくれるのか、ということもありますが、アメリカは日本をいつでも十分に守れる力を未来永劫持ち続けられるのか、というのも重要な視点になります。

そもそもの日米同盟の役割分担は日本が盾(タテ)、アメリカが鉾(ホコ)が基本なので、アメリカに頑張ってもらえばいいんじゃないの、ミサイル阻止力は日本には要らないんじゃないの、と考える方もいらっしゃいます。しかし鉾が無限に強いのが前提の他力本願の論です。阿弥陀仏に失礼ですが。

(目的:先制攻撃?撃たさないこと?)

相手領域内で阻止する、となると、先制攻撃じゃないの、と思われる方もいますが、それがそもそもの誤解の本丸です。先制攻撃は国際法上も日本の法律上も行使できません。

専守防衛の自衛権の範囲内ですから、相手が撃ってきたときしか使えない。問題は、相手がまさに撃とうとしていて、もし撃たれたら大被害になるような場合です。撃とうとしている状態のことを専門的には武力攻撃の着手と言います。(※)

着手の認定はその時々の情勢によるので一般化は困難です。従って、実際には相手が一発何かをしでかしてから行使するのが分かりやすい。しかし法理論上は撃たれる前でも場合によっては撃てるぞとなっていて、そうしておかないと抑止が働かない。そして実際に相手にとっては一発撃ったら撃ち返されることが分かっているので抑止に繋がるという理屈になっています。

目的はあくまで撃たさないことです。その為に、日米全体で抑止力を高めなければなりません。その有力な結論がミサイル阻止力ということになります。なお、専門家による抑止力の概念整理に、懲罰的抑止と拒否的抑止があり、これらのどちらに該当するのかを問われることがありますが、定義や考えは既に述べた通りで、この概念整理に当てはめる必要は必ずしもないと考えています。

なお、私は能力保有の整理が必要だという立場ですが、具体的にどのようなアセットが必要なのか、またそのアセットに応じてどのような機能や体制が必要なのかは別問題です。

過去の記事を参考に添付しておきます。

日米同盟とミサイル阻止力
ポストINF条約と日本の役割
必要最小限度の自衛力/グレーゾーン事態対処の問題点

(※)少し専門的になりますが、ミサイル阻止力は専守防衛の自衛権の一つです。自衛権は、防衛出動が下令された場合だけ行使可能なものです。その防衛出動は武力攻撃があったと認定された場合にのみ下令されます。そしてその武力攻撃には着手が含まれます。従って、先制攻撃はできませんが相手領域内での阻止は法的には可能とというのが政府の一貫した立場です。