量子技術

(写真:首相官邸で開催された科学技術イノベーション戦略会議で量子未来社会ビジョン等に関する議論の様子)

林芳正外務大臣が、以前文科大臣をお勤めになった直後に、量子技術の可能性と推進の必要性を訴えて設立されたのが量子技術推進議員連盟。2019年のことで、私は事務局長として参画することになったのですが、当初は研究開発費の拡充を目指した運動に留まっていました。

これまでの技術政策を振り返ると、研究はそこそこの成果を生むものの、産業化や社会実装が明らかに弱かった。そこで、早期から市場創造を目指して、量子技術に取り組むベンダー企業や機関と、将来のユーザとなりうる企業の対話の場を設置し、その議論を通じた課題を政治と官庁で吸い上げて、社会実装と産業化を早期に実現しようと考え、議員連盟のもとに設置したのが、Q-SUMMIT。さらに、昨年の2021年には産業界のイニシアティブで同趣旨のQ-STARという団体が設置され、今年には一般社団法人として再スタートを切りました。Q-SUMMITとQ-STARが両輪となって研究開発から社会実装まで確実に支援する体制が組まれました。

一方で、政府としては、議員連盟立ち上げに呼応する形で2019年には量子技術イノベーション戦略策定を企図、翌年に正式に発表しました。シーズプッシュの技術開発をベースとした戦略で明確に産業戦略を意識したものになっています。具体的には研究開発戦略、産業イノベーション戦略、人材開発戦略、国際連携戦略、知的財産戦略の5つの柱をしたもので、量子技術イノベーション拠点の設置を謳ったところが目玉となりました。

技術領域は3つ。量子コンピュータと関連ソフトウェア、量子通信、そしてセンシングとマテリアルです。量子技術イノベーション拠点は、それぞれの分野をリードする8つの機関が指定されました。(理化学研究所(HQ、量子コンピュータ)、NICT(量子通信)、阪大(量子ソフト)、産総研(量子デバイス)、東大(量子コンピュータ)、東工大(量子センサ)、NIMS(量子マテリアル)、QST(量子生命))。

更に、今年、政府として量子未来社会ビジョンを発表。これは、量子技術イノベーション戦略が、シーズプッシュ型で帰納的視点の戦略であったところ、未来社会のビジョンを描いてバックキャストして必要な政策を実行していくビジョンプル、ニーズプルの演繹的視点の戦略も同時に必要なことから策定したものです。量子技術イノベーション拠点もそれに合わせて2か所追加することになりました。東北大(シーズ・ニーズマッチング)とOIST(人材開発)です。即ち、産業実装、社会実装のための拠点や人材開発のための拠点が誕生することになり、より明確に市場創造による人類への裨益と社会課題解決の実現を意識したものになっています。そして、2030年に目指すべき状況として、量子技術利用者を1000万人に、生産額を50兆円に、またユニコーンベンチャー創出を謳っています。

https://www8.cao.go.jp/cstp/ryoshigijutsu/ryoshi_gaiyo_print.pdf

産業応用の例を挙げれば、量子コンピュータを使った例で言えば、アドテック(WEBブラウザ等で見る広告枠の最適化)、スマートファクトリ(工場等での製造プロセス、人員配置・シフト・搬出・物流等の最適化)、金融(ポートフォリオ最適化)、交通物流(多様なニーズを満たす物流最適化)、スマートグリッド(リアルタイム電力供給最適化)。デバイス分野で言えば、電気自動車用バッテリー(電流等高精度センシング)、次世代環境材料開発(二酸化炭素吸収材料やエネルギー効率の高い電池材料等)、ブレインマシンインタフェース(脳磁計測)、がんや認知症の早期診断治療(高感度MRIやバイオマーカなどによる細胞レベルでの異常検出)、量子通信では金融界などでの期待が高い量子暗号通信などです。

また政府の研究開発プログラムとしては、社会実装を明確に意識したSIPやPRISM、更には飛躍的破壊的イノベーションを目指したムーンショットで量子技術をリードしているほか、量子に特化したQ-LEAPを文部科学省が主体となって実行しています。その中で、次期SIPの量子分野ではプログラムディレクター候補の選定が終了し、新たなプログラムの再設定を急いでいます。その中で、産総研を中心にテストベッドとして具体的な課題解決を実験的に実施することで産業化や社会実装を加速化させることを検討しています。また、人材開発は特に急がれるテーマで、今年を量子ネイティブの育成元年になるよう取り組んでいます。

既に量子暗号通信の分野では東芝が実用化と商用化を果たしていますし、今年中には、中核拠点の理研が国産初のゲート型量子コンピュータの開発を完了する予定になっています(完了の定義にもよりますが)。また、デバイス分野でも研究レベルではありますが、かなりの成果を生んでいます。まさに日進月歩。今後とも、技術開発から社会実装まで加速していきたいと思います。