
中東情勢に端を発したホルムズ海峡経由の原油・ナフサ供給途絶で、政府は情報提供窓口・中小企業庁経由で「目詰まり」(流通の偏り・行き渡り不足)を個別に特定し、石油・石化各社に系列を超えた安定供給を要請しつつ、ガソリン補助や補正予算で対応しています。具体的には、例えば政府は石油連盟・石油化学工業協会等に系列を問わない安定供給を要請し、ナフサや溶剤について医療用途等に留意した安定供給を文書で要請しています。
一方で、ナフサは代替調達でほぼ従来と同水準まで回復し、年度を越えて供給継続が可能となる見込みと発表されていますが、依然として川中・川下の中小事業者への行き渡りには摩擦が残っています。
こうした状況下でこれまで党の議論では、政府が直接需給調整等によって直接介入に乗り出すべきではないかという意見もありますが、実際に供給が不足している段階であれば検討の余地はありますが、現時点では実はその必要性はほぼなく、むしろ副作用がメリットを上回る可能性の方が大きいと断言できます。
では何もしないのか。まずは政府の現有権限を確認した上で、1970年代のオイルショックの時代に政府が行った施策と失敗に触れた上で、考え得ることを書き残しておきたいと思います。
■政府の現有権限
安定供給に必要な政府の権能としては、既に1970年代の石油ショック時代に作られた既存法(物価三法+石油需給適正化法)で足り、本当に必要になれば新たな立法措置をせずとも発動が可能です(繰り返しですが、政府が行使しないのは、後述の大きな副作用を伴うからだと理解しています)。
具体的にこの物価三法等で何ができるかをまずは確認しておきたいと思います。基本的には、これらは物価高騰またはそのおそれがある場合等における生活関連物資等の価格・需給の安定を目的としています。
国民生活安定緊急措置法(国生安法)は、物価高騰その他の異常な事態に対処するため、国民生活との関連性が高い物資・国民経済上重要な物資の価格及び需給の調整等の緊急措置を定めるもので、手段は強度順に、標準価格・特定標準価格の設定(価格対策。特定標準価格超過には課徴金)割当て・配給、使用・譲渡の制限や禁止などです。
物価が著しく高騰しまたはそのおそれがある場合に、生活関連物資等の供給が著しく不足し、需給均衡の回復が相当期間極めて困難で、国民生活の安定・国民経済の円滑な運営に重大な支障が生じ又は生ずるおそれがあると認められるときに、政令で物資指定して発動できます。
買占め等防止法(生活関連物資等の買占め及び売惜しみに対する緊急措置に関する法律)は、指定物資の買占め・売惜しみに対し、在庫報告徴収・売渡し指示等を行えます。
そのほか、物価統制令では、他の措置でも価格等の安定確保が困難なときに限り発動される「最後の砦」で、実務上は公衆浴場入浴料くらいにしか使われていません。
石油需給適正化法は、名前の通り石油・ナフサ関連の法律で、我が国への石油の大幅な供給不足が生ずる場合に、石油の適正な供給確保と使用節減の措置を講じて需給を適正化することを目的とし、対象の「石油製品」は揮発油・灯油・軽油その他の炭化水素油及び石油ガスで政令で定めるものです。ナフサは「その他の炭化水素油」に該当し得るため、政令指定すれば、生産・輸入・販売計画の届出、供給目標の設定、割当て・配給、標準価格設定までこの法律で対応できます。今回のような石油起点の事案では、一般法たる物価三法よりこちらの方が筋が良い場面が多いと考えられます。
ただ、繰り返しですが、強制権限(割当・配給・価格統制)は、抜けば抜くほど副作用が大きいとされています。現在政府が実行している、法的強制力を伴わない要請(行政指導)・補助・目詰まり解消は、現状に鑑みれば妥当だと言えます。
■オイルショック時代の失敗と反省
1973年に発生した第四次中東戦争で、アラブ産油国は原油の生産・輸出削減を打ち出し、原油価格が4倍強に高騰しました。日本への打撃は深刻で、しかも当時は景気過熱でインフレが進行していた中で、原油供給不安の心理が重なり、混乱が混乱を呼んだとされています。政府は、要請から始め、徐々に買占め規制、更には標準価格へと、段階的に市場介入を強めました。
1.緊急体制の構築と「石油緊急対策要綱」
政府はまず内閣総理大臣(田中角栄)を本部長とする緊急石油対策推進本部(司令塔)を設置し、「石油緊急対策要綱」を閣議決定しました。
2.省エネルギー・消費規制(需要側の物理的抑制)
次いで政府は、石油・電力の使用を実需面で絞りました。具体的には、広告ネオンの消灯、ガソリンスタンドの日曜休業、深夜テレビ放送の自粛、エレベーター停止、暖房抑制などの「省エネ運動」が官民で展開されます。企業側でも石油・電力の消費規制によって工場の生産調整を迫られ、原材料の納入削減も相次いだほどで、規制は産業活動に直接及びました。
3.法整備 ―― 石油二法と買占め防止法
更に政府は、前述の買占め等防止法のほか石油二法(石油需給適正化法・国民生活安定緊急措置法)を成立させました。石油需給適正化法で供給確保・使用節減の枠組みを、また国生安法で価格・需給調整の権限を、という二段構えをとれる体制ができあがったことになります。
有名な「トイレットペーパー騒動」は、政府がテレビで「紙の節約」を呼びかけたことが「紙が無くなるらしい」という噂に転じ、大阪のスーパーでの買い占めが報道されて全国に波及。洗剤・砂糖・塩・しょう油まで店頭から消え、トイレットペーパー価格は1.5倍に上昇しました。そこで政府は、トイレットペーパー等の紙類4品目を、買い占め等防止法の法律に基づく特定物資に指定しました。
4.標準価格の設定(価格への直接介入)
その後、更に混乱する市場を前に、政府は価格対策を一段強めます。紙類4品目を翌年には国民生活安定緊急措置法の指定品目に追加し、標準価格を設定。これらの施策を受けてようやく騒動は収束していきますが、灯油・LPガス・洗剤など生活必需品にも標準価格指定が広がっていきました。
5.総需要抑制策(マクロのインフレ対策)
一方で深刻な物価暴騰そのものには、金融・財政の引き締めで対抗。石油緊急対策要綱とともに「総需要抑制策」が採られ、大型公共事業は凍結・縮小、インフレ抑制のため公定歩合の引き上げ(最終的に9%)にも踏み込み、企業の設備投資を抑制。需要を冷やす狙いでしたが、景気を急減速させる大きな副作用を伴いました。
価格暴騰は「狂乱物価」と呼ばれ、消費者物価指数(前年比)は危機前の4.9%から1973年11.7%、1974年には23.2%まで急伸。1974年は戦後初のマイナス成長となり、高度経済成長がここで終焉を迎えました。危機自体は1973年12月に産油国が生産削減を緩和し、1974年3月に対米禁輸解除等で一応終結します。
6.今回との対比で見えること
当時の石油ショックの対応は、物理的な使用規制(省エネ)、買占め規制、標準価格、総需要抑制(金融引き締め)をフルパッケージで政策を投入した、いわば強制権限を実際に抜いた事例ですが、成長期を終わらせてしまうと言う甚大な副作用を伴いました。
当時しばしば指摘されたのは「実は石油は足りていた、本質は価格ショックだった」という点です。総需要抑制と引き締めの遅れがかえってインフレ心理を煽ったという経済学者の批判もあり、強制介入が常に最適だったわけではない、という教訓を残しています。今回、政府が配給・価格統制を温存して目詰まり解消と代替調達を優先しているのは、この反省も踏まえた選択と読めます。
■「考え得る策」はあるのか
上記で見てきたように、政府介入には必ず副作用が伴うと言うことを忘れてはなりません。そのことを踏まえた上で、今後事態が深刻化したとして、あるいは沈静化したとしても次の事態に備える必要があると言う意味で、何ができるのかを整理しておきたいと思います。もちろん実施するかどうかは慎重な判断が必要ですが、あえて考え得る策を書き残しておきたいと思います。
まずは歪みが小さい供給側で、事態収束を模索することが先決です。ナフサ等の輸入関税・諸税の時限免除や還付(ナフサは元々免税還付制度あり)、元売りへの助成、危険物保管・品質規格・通関手続きの時限緩和、代替調達ルートの政府保証・買取保証などもあるでしょう。
需要側の調整を行わざるを得ない状況というのは、既にかなり事態は深刻になっているものと考えられますが、大口ユーザーへの使用節減・需要平準化要請、医療・食品包装など必須用途への優先供給の調整が考えられます。さらに、価格対策として、現状の補助に加えて、国生安法の標準価格もスコープに入ります。
最終手段としては、これは絶対に避けるべきものとの認識ですが、直接介入です。買占め等防止法による売惜しみ規制、その後に国生安法26条や石油需給適正化法による割当・配給、更に進展すれば物価統制令などが考えられます。
加えて構造的枠組みとして、経済安全保障推進法の特定重要物資としての供給確保計画支援、影響を受けた製造業への雇用調整助成金などがあります。食料分野では類似の枠組みとして食料供給困難事態対策法が整備済みで、石油需給適正化法・国生安法・買占め等防止法・物価統制令を価格/需給/配給の各局面に割り当てる設計思想が示されています。
■行使すべきなのか
判断の分かれ目は 「目詰まり(流通の偏り)」なのか「絶対的供給不足」なのかです。三法・石油需給適正化法の強制条項は、本来「絶対的不足+価格暴騰」用に設計されており、従って当然ですが発動要件が極めて高くなっています。今のように総量が85%まで戻り「目詰まり」が主因なら、配給はむしろ過剰で、逆に流通を固めて闇流通・横流しを招きかねません。その上で、「抜くべき」条件を整理しておきたいと思います。
まず買占め等防止法ですが、転売・投機目的の売惜しみ・在庫滞留が「目詰まり」の原因だと確認できたときです。これは今の局面に最も親和的な道具で、在庫報告と売渡し指示で滞留在庫を必須用途に吐き出させられます。「人海戦術で目詰まりを特定」している作業は、実はこの法律の発動準備(証拠固め)と地続きになっています。
続いて国生安法の標準価格ですが、これは極めて慎重であるべきですが、医療用プラスチック・包装材・溶剤など生活必須の川下品で価格が著しく騰貴し、要請・補助でも抑えられないときなどが目安となるはずです。
国生安法や石油需給適正化法の割当・配給も、極めて慎重であるべきですが、代替調達が行き詰まって総量で著しく不足が続き、回復困難で医療・食品など必須用途すら満たせなくなったときには検討する余地はあるはずです。「必須用途優先の配分」が目的になる局面で初めて正当化されることになります。
最後に物価統制令ですが、これは今のところ全くと言っていいほど念頭にはありませんが、上記すべてが効かないときに、国民生活維持が困難となることが明白ならば、抜くことも全く検討外れではないと思いますが、現状の射程ではまず出番はないと断言できます。
すなわち、(1) 石油需給適正化法でナフサを政令指定して計画把握・供給目標の枠組みに乗せる、(2) 売惜しみが疑われる箇所には買占め等防止法を準備・限定発動する、というのが、副作用を抑えつつ既存権限を使う筋の通った順序になります。配給・価格統制は、総量不足が客観的に深刻化するまでは温存、ということになるのだと思います。
■中長期の構造的対策
以上、対処的な視点で整理を試みましたが、本質的には市場との対話が極めて重要です。従って、どのようなときにどのような対策を行いうるのかを、事前に市場と擦り合わせておくということも必要だと考えています。例えば、今後予想される事態を何段階かに分けて整理しておき、それに応じた対策案を例示、事態が深刻化しないために市場と協力する姿勢というのが何よりも重要に思います。