量子技術を巡る熾烈な国際競争

量子という言葉を最近よく聞くようになりました。新聞紙面上を賑わす機会が多くなったからですが、何ができるのかを明確にイメージしている人は少ないのかもしれません。なぜならば、量子って言われても良くわからないから。そう、かくいう私も量子はよくわからない。でも、まったく恐れることはないと思っています。例えば半導体の原理を知っているかと言われると、必ずしもそうでもないのに、恩恵は十分に受けているからです。

政治にとってより重要なことは、量子が将来、大きな社会的インパクトを生むことが明らかなことを認識したうえで、国として何を為すべきかという戦略的視点を持つことだと思います。アメリカ、欧州、中国では、政府が国家戦略事項に位置づけ、莫大な予算を投じています。特にアメリカで決定的なのは、民間企業が、びっくりするほどの投資を量子技術の分野に行っていることです。

社会的インパクト?

例えば、量子技術を使った量子暗号通信で、絶対に破られない安全な通信が可能になります。ゲノム解析技術が発達した現在、医療機関の通信の安全は必須でしょうし、金融業界にとってもネット利用が不可欠になりますので、通信の安全が最重要課題になります。国家の安全保障や外交の分野でも必要不可欠な基盤となるはずです。

また、量子センサーを使って、今までは不可能だった計測が可能になります。量子技術を使った高性能な医療検査機器によって、簡単に病気が見つかったり予防できたりするようになるはずです。モビリティーなどに革命を起こすことになるはずです。また、現時点で予想もつかない量子技術を使った材料が開発される可能性もあります。

またもっと将来には、既存の計算速度を圧倒的に凌駕する高性能コンピュータが登場し、人工知能の性能が格段に向上し、現在より遥かに多様なビッグデータ解析が可能になるはずです。逆に言えば現行方式の暗号通信はかなりの確率で破られることになりますので、冒頭述べた量子暗号通信は必須になってきます。

いつごろの話なのか。

実用化に向けた進捗という意味では、技術領域によって格段の差があります。量子暗号通信については、来年にはメーカーが製品化することを予定しており、量子暗号通信方法に関する国際標準も取得しているため、実用レベルに近いと言えます。量子センサーも、例えば医療機器や高性能ジャイロなど、実用化の目途は立っていない者の一歩手前のレベルに到達しているものがあります。量子コンピュータは総じていえば、まだ実用化のレベルには達していません。もちろん、既にカナダの会社が日本の基礎技術を使って製品化したものもありますし、Googleが量子コンピュータの優位性を実証する実験を行って世間を驚かせましたので、着実に進化しているのは事実ですが、実用化には課題が多いのだと思います。

日本は何をしているのか~量子技術イノベーション戦略の策定について

研究開発はこれまでも粛々と続けてきましたが、いよいよ量子戦略と中長期計画を立てる時期に差し掛かっています。戦略は、ざっくりと言えば、Society5.0という社会のあるべき姿を意識しつつ量子技術の担える領域を定め、国際協調すべきは協調し、競争すべきは競争する、という考えに基づいてターゲティングを行い、かつそれらのターゲットについて、何を為すべきかをバックキャストして大まかなスケジュールを定め、そのため直近で必要な措置を講じる計画を立てる必要があります。政府は既にその中間報告を行っています。そして間もなく量子技術イノベーション戦略が発表される予定です。

ただ、私自身は、最大の課題は、社会が未来を見据えて積極投資を行うかどうかだと思っています。思えば、例えば宇宙産業も、日本は官による調達が基調になっていますが、アメリカなどは民間投資が遥かに大きい。官だけ頑張ってもインパクトはそれほど大きくない。官1民3くらいの割合で、未来を切り開いていく必要があるのだと思います。

例えば金融セクター。アメリカのウォール街近郊に、量子暗号通信を使ったベンチャー企業が誕生しているようです。金融界はデータビジネスとの連携が不可欠な世界になっていますが、データセンターは必要不可欠です。その通信の秘密が脅かされる時代がくるのだとしたら、暗号通信技術は必要不可欠です。そのベンチャーはおそらく金融セクターの投資によって立ち上がったのだと思います。官民で未来を築いていくような社会にできたらと思います。