【善然庵閑話シリーズ】クルド人と中東

クルド人と聞いて、どこのどういう人かを想像できる日本人はそれほど多くないのかもしれません。国家を持たない世界最大の民族で、中東のトルコ・シリア・イラン・イラクあたりに住み、アラブ人・トルコ人・ペルシャ人に次いで人口が多い、クルド語というペルシャ語に近い独自の言語を持つ、主にイスラム教スンニ派の人たちです。その数3千万人とも4千万人とも言われています。

クルド人も歴史に翻弄された民族です。16世紀までは明らかに独自の文化圏を築いていましたが、オスマン帝国の占領によって土地を失い、そのオスマン帝国も第一次大戦で崩壊。このとき、有名なサイクスピコ協定と呼ばれる英仏ソによる密約で、オスマン帝国は人工的に分割され、フランスの勢力圏がシリアに、イギリスの勢力圏が現代のイラクになった。この協定は、アラブ独立を約束したフサイン・マクマホン書簡などとともに、当時の大国の論理による矛盾に満ちたもので、現代まで問題を引きづる原因になる(例えば数年前に世界を震撼させた過激派組織ISはこの線引きを無効と主張)。いずれにせよ、必然的にクルド人居住地域は、トルコとシリアとイラクとイランにまたがることになる。

一方、オスマン帝国崩壊後、英仏の影響下になかったイラクやシリア以外の土地は、現代のトルコが承継します。その際、クルド人達の独立運動が高まり、連合国とオスマン帝国を承継したトルコとの間で結ばれたセーヴル条約では、クルド人はクルディスタンという名前の国家として独立を約束されます。連合国にとってクルドはどっちでもよかったのかもしれません。しかし、同条約がトルコにとって不利であったため、トルコはソ連に近づいて英仏と対抗し、セーヴル条約をローザンヌ条約として有利に改定、トルコの国境を画定すると同時に、クルド人の独立の約束を破棄しました。トルコはクルディスタン独立によって領土を失うのを嫌ったのかもしれません。以降、失われたクルディスタンの夢はクルド人の民族意識として末代に亘るものになり、クルド人は居住地の政府と対立を深める。

半世紀たった1988年にはイラクのフセイン大統領がクルド人に化学兵器攻撃を仕掛けて弾圧したり、またトルコでもクルド語を禁止するなどの弾圧、一方でクルド人も激しい独立運動を起こし、例えば1984年以降のクルド・トルコ紛争では、大勢の犠牲者を出したと言われています。シリアのクルド人も同様だと言われます。そして今世紀に入ってもクルド人の一部はクルディスタンの夢を追い続けて独立運動を継続し、時にはテロ攻撃をしかけ、逆に弾圧を受け続けています。日本にいると何がどうなっているのか良く見えない。

様相が更に複雑になったのが世界を震撼させたテロ組織ISの登場です。今でこそISは掃討されて残党勢力はシリア北東部に収容されていますが、その掃討作戦でアメリカが現地兵力として最大活用したのがクルド人民兵組織です。YPG(人民防衛部隊)やSDF(シリア民主軍)と呼ばれる組織です。当然、クルド人と敵対しているトルコはアメリカと対立し、未だにこの構図は続いています。そして更に問題を複雑にしたのが、昨年のトランプ大統領による米軍のシリア撤退発言です。

アメリカの影響力を背景に活動していたクルド人は、米軍のシリア撤退表明によって後ろ盾を失い、必然的にトルコ政府はシリアのクルド人に対する激しい攻撃を始めました。一方でシリアで治安維持を担っていたクルド人を中心としたSDFは、徐々にトルコ国境へと後退しています。昨秋の話です。この時ほど、クルド人は何を思うのかを聞きたくなったことはありませんでした。

日本も何かできることはないか?昨年、とある中東の政府関係者に聞いたことがありました。なにもない。即答でした。

ちなみに、こういう状況になるとIS残党勢力の収容所周辺の治安が心配になるわけで、事実IS残党勢力が脱走したなどの記事に時々接するようになりました。ISは既に組織力は残っていないと思われますが、最近では東南アジアからISに参加しようとした東南アジアジハーディストが帰国の際に入国を拒否され、そういう勢力と合流しているとかの記事を目にしますので、もしその流れが拡大するようなことにでもなれば、もはや遠い国で起きていることだと割り切ることはできなくなります。

一方で、中東での米軍の影響力が下がったことで、シリアやトルコの後ろ盾となっているロシアの影響力が極端に強くなっているのではないかとの指摘があり、また別件、アメリカとイランの相克問題が昨年から急激に悪化、またイスラエルはイランの影響下にあるレバノンの過激派勢力に悩まされています。イラン・シリア・イエメン・ロシアと、更にはトルコ、それに対する湾岸諸国、そしてイスラエル、レバノン、パレスチナ、そしてアメリカというの複雑な勢力模様は、今後も単純化されることなく暫くは続くものと思います。