土地の利用制限

安全保障上重要な施設や国境離島など、その機能を阻害するような土地利用を制限するための法律、重要土地等調査法案の法案審議に入りました。思えば5~6年前に党に設置されていた「安全保障と土地法制に関する特命委員会」で立法化を目指して議論していた時代とは隔世の感があります。当時は政府に賛同者が殆どなく、行政からはできない理由が並べられ、その後に辛うじて重要施設周辺の調査は行われるようになったものの、規制に至ることはありませんでした。今回の法案は、思った以上の内容で大きな前進であると認識しています。

ただもちろん、この法案が成立したからといって直ちにバラ色になるということはありません。投資促進とのバランスや抜け穴突破抑止もこれから運用で注視していかなければなりません。少しでも正しい方向に進むことが大切だと思っています。

(背景)
私が議員になる前、日本はスパイ天国だ、と言っていた知人がいました。曰く、通常他国には安全保障条項という例外規定が様々な法律にあって、安全保障上の理由によって権利が制限されることがあるのが普通なのに日本には殆どないのだと。土地もそうで、基地の真横であっても堂々と状況観察ができる。一時はこの問題が大きく報道された時期もありました。これも性善説をとっている憲法の平和主義の産物で、私権制限を極めて嫌う日本独特のものです。しかし悪意にはしかるべき手立てを講じておくのが国家というものです。(土地だけではなく考え得る必要な措置は講じておくべきだとも思います)。

(立法議論の歴史)
もともと2010年、自民党が下野していた時代、高市早苗代議士や新藤義孝代議士など複数の閣僚経験代議士をコアメンバーとする有志の先輩方が発起したもので(そう考えると私が参加したのはごく一部)、当初から10年以上に及ぶ長期にわたって主張を続けてこられた佐藤正久先生や山下貴司代議士など関係幹部の先生方には心から感謝とご慰労を申し上げたく思います。

当初の困難は、専らと言っていいほど立法事実がない、ということでした。つまり、なぜその法律が必要なのか、に答えられる客観的な社会的・経済的・科学的事実が必要だということであって、単に○○の恐れがある、というだけでは法律は作れないとされています。

(立法事実との闘い)
しかしですよ。一般論はそれでいいのですが、全ての事柄が事後対処的でいいのか、というのは甚だ疑問なのです。大きな事故や災害などが起きて初めて法律が強化されたりします。皆さんもそうした報道に接したことがあると思います。起きてしまってから行動するという政治には耐えられない。何も災害や事故などのリスクだけではありません。イノベーションなども、新しいテクノロジーが生まれて事業化しようとしても扱う法律がない場合、会社がないから困ってる人もいない、だから立法事実がないとされてしまいます。まさに鶏と卵の話です。今回、本法律案が議題に上ったのは国際環境の変化と共に経済安全保障の必要性の高まりがあるのだと思います。しかし、立法事実という考え方をこの際、整理しておくべきなのだと思います。

(基本的な考え方)
念のためですが、法案審議はこれからですので、以下の記載内容は審議過程で変わることもあります。また審議に影響が出ない範囲での記述ということもご理解賜ればと思います。その上で、この法案の基本的考え方ですが、重要なことは、いたずらに規制することが正しいわけではなく、健全な投資を呼び込むことはむしろ歓迎すべきであって、邪な考えの土地取得こそが厳しく規制されるべきだということです。今回の法案も、根柢の流れる哲学がそこにあります。

(対象区域など)
その上で、安全保障上の観点から、日本人だろうが外国人だろうが、重要施設や国境離島などの機能を阻害するような土地などの利用を制限しようとするものです。ただ、具体的にどの土地が対象になるのか予見性をある程度確保しておかなければ民間活動に影響がでますので、対象区域を事前に2種類指定しておきます。注視区域と特別注視区域です。

前者は例えば自衛隊の施設や海上保安庁施設または重要インフラ、後者はそのうち司令部機能など特に重要性の高いものです。重要インフラというのは例えば発電や鉄道や放送や空港など国民保護法で想定されるような生活関連施設が考え得るのだと思います。今後政令で具体化されることになるのだと思います。そして区域とは具体的にはそうした重要施設から概ね1km以内というのが目安になります。もちろん、これは十羽一絡げに決まるものではなく経済活動とのバランスに配慮して適切に決められるべきところです。

また以前メディアでも話題になった水源地や領事館などはそれ自体が対象施設とはされていませんので対象区域になっている場合に対象となる可能性があるということです。それらは別の法律で担保されることになります。

(調査)
対象地区の土地の所有状況や利用状況の把握をしてないと何も始まりませんので、まずは国による調査です。どんな人がどこにどういう目的でどのくらいの期間所有していて普段何をやっているのかなどです。ここもどこまで調査するのかなど様々な論点があるので今後注視していきたいと思います。少なくとも土地だけに限らず調査能力の向上は必須なのだと思います。

その上で、今、実は国は個人個人を管理把握することはまったくしていませんので、不動産登記簿や住民基本台帳など、それぞれの省庁が所管しそれぞれ別々の目的で存在している公簿も使いながら状況調査を行います。場合によっては報告徴収を罰則付きで求めます。罰則は例えば国土調査法並びのものになろうかと思います。一方で国に立ち入り調査権限は付与されていません。この部分は要件を厳格化しつつ一部権限を付与することを今後検討していくべきだと思います。なお、調査は当然ですが必要に応じて複数回でも行われることが予定されています。

(利用制限)
調査も重要ですが利用制限をどのようにするのかがミソになります。調査に基づいて機能阻害になると判断されたもの、若しくは明らかにその恐れがあると判断されたものについては、まずは他の関連法に基づいて制限できないか検討します。例えば低潮線保全法違反や農地法違反などです。関連法規制がなければ、利用中止の勧告を出し、応諾がない場合は罰則付きの命令となります。罰則は消防法の構造違反並びになろうかと思います。例えば電波妨害とかライフライン供給の阻害、あるいはそもそも施設機能に支障をきたす構造物が設置されていることも要因になるのだと思います。

ただ、利用制限というと私権制限ですから、国への買い入れ請求ができるなど、補償的措置も講じられています。なお、国の介入について、本来事柄の重要性に鑑みて応諾義務も検討すべきとは思いますが、現在は盛り込まれていません。応諾義務を課すと強制収用という極めて強い規制になりますが、現在の日本の強制収用は公共工事の例で明らかなように途轍もない時間を要することになります。従ってまずは根本的に収用の考え方を整理しておく必要があるのだと思います。

(事前届出)
重要注視区域の場合、特に重要なので、一定の面積以上の土地の売買については、売買双方に事前届け出の義務を罰則付きで求めることになります。罰則は国土利用計画法並びになろうかと思います。一定の面積は後日決まりますが概ね200㎡が想定されています。届け出内容は、氏名住所土地所在や面積と利用の目的などになると思います。その届け出に基づき必要であれば国は追加調査を行って、更に必要であれば売買契約の間に割って入ることもあります。その際、国が直接買い取ることも想定されます。なお、事前届け出ということですので、土地取引の事業者にとって事務手続きが煩雑にならないよう配慮すべきところです。

(その他取得制限は?)
安全保障上重要ならば取得制限をかけるべきではないのかとも思いますが、要件明記が困難であることから運用で注視し必要ならば今後措置を講じることになります。重要なことは、何が起きているかをまずは炙り出すことです。

(その他機能阻害とは?)
機能阻害という行為の中身ですが、ここは特に今後注視していくべきところです。現在の法案条文上は下記のとおりですが、具体的行為のあてはめをどのようにするのか、運用の問題を注視していきたいと思います。特に国境離島の機能とは何かなども含め具体的にしていくべきなのだと思います。

8条1「内閣総理大臣は、注視区域内にある土地等の利用者が当該土地等を重要施設の施設機能又は国境離島等の離島機能を阻害する行為の用に供し、又は供する明らかなおそれがあると認めるときは、土地等利用状況審議会の意見を聴いて、当該土地等の利用者に対し、当該土地等の当該行為の用に供しないことその他必要な措置をとるべき旨を勧告することができる」

8条2「内閣総理大臣は、前項の規定による勧告を受けた者が、正当な理由がなく、当該勧告に係る措置をとらなかったときは、当該者に対して、当該措置をとるべきことを命ずることができる」。

(おわりに)
長い議論の歴史の結果に生み出された法案です。以前はWTO内外無差別原則に反するなどの反論も聞かれたのですが(この法案は日本人だろうが外国人だろうが行為を対象としているので無差別原則準拠)、今思えば何だったのかと忸怩たる思いはあります。経済行為を阻害するようなことでは全くないので、早期に成立することを祈ります。一方で、上で述べた通り運用面で今後明らかにしていくべきことが多々ありますので、注視していきたいと思います。