米中覇権と日本の技術流出防止制度

(写真:科学技術イノベーション戦略調査会と宇宙海洋開発特別委員会の合同会議での政策立案準備の様子)

これから日本をけん引していくのは何かと問われれば、テクノロジーやイノベーションであろうとの見方は大よそ政治の共通認識だと思います。そんなことよりコロナ対処であり社会保障であり経済対策だ、との指摘も受けますが、それはその通りで当然そうした分野にも同様に注力していますが、議論の時間軸が違うだけだと思っています。

テクノロジーやイノベーションの将来像を考えたときに中心軸で捉えておかなければならないのが米中対立です。米中対立は技術覇権に端を発した問題と解釈されますが、その技術覇権が意味するところは、経済安全保障であって、世界秩序に直結した問題になります。

第一に、日本は技術流出防止の制度は存在するものの、他国に比べて厳格ではなく、相当な覚悟で技術流出防止に向けた新たな制度設計を含めた対策を打っていかなければならないこと、また第二に、オープンイノベーションや自由貿易という観点では、技術流出防止の厳格運用は、成長阻害要因ともなりうる問題であって、どのような制度設計にするかの検討にあたっては、コンセプトを明確にしておかないと、方向性を失う可能性がある、ということなのだと思います。

今回は、少し硬い話になりますが、米中対立の技術の側面で見たときの対立の様子と、日本のとるべき対応について触れたいと思います。結論から先に触れれば、貿易管理、外国資本規制、経済諜報サイバー攻撃対処策、クリアランス制度、知的財産保護、特に秘密特許などの制度を拡充強化すべきなのと同時に、自由貿易促進やオープンイノベーション強化を図っていかなければならない、ということについてです。

(サイバー経済諜報活動)
さて、少し旧聞に属する話題ですが、2018年にマカフィーとCSISの合同調査チームが、サイバー犯罪による経済損失は世界で63兆、米国への被害は年間2〜3千億ドル、累積6兆円、GDPに占める損失は1%弱だとの調査結果を発表し、衝撃をもって受け止めたことを鮮明に覚えています。

http://www.csis.org/analysis/economic-impact-cybercrime

サイバー犯罪(技術の持ち出しや不正利用)のすそ野の実態は解明困難なので具体的な絶対値にはそれほど大きな意味はないとはいえ、積算するとこのくらいの規模にはなるという政治的メッセージは大きなものがありました。

(産業スパイ)
2018年と言えば、それまではオバマ政権でしたが、この政権は実に米国らしくない政権で、対抗措置というものをおよそ全くと言っていいほど取りませんでした。実際に、中国政府関与の産業スパイ事件が明るみになっても、スパイを検挙することはしても、中国に対しては、サイバーで知的財産を盗むようなことは止めてね、と言い続けはしましたが、特に対抗措置は採らなかった。

2014年の有名な事件、中国人民解放軍サイバー部隊61398部隊の5人が、産業サイバースパイを米有力企業に行っていたことを米司法省が特定し刑事訴追した事件ですが、これも衝撃的でした。対象企業は、米原子力大手ウエスチングハウス、太陽光パネル製造大手のソーラーワールド、鉄鋼大手USスチール、非鉄大手のアルコアなどです。下記の記事を少し深堀してWEBで調べてみただけでも、こうした企業は、知財流出後に急激に中国企業に追い上げられ、市場を失っていく姿が浮き彫りになってきます。

http://www.nikkei.com/article/DGXNASGM2003A_Q4A520C1FF2000/

中国の知財制度はここ10年で急速に整備されつつありますが、およそ10年前のUSITC米国国際貿易委員会のレポートでは、中国の不十分な知財制度によって、米国の雇用は210万人、1070億ドルの売り上げを失った可能性について、指摘しています。つまりサイバー含めた経済諜報や国際約束不履行なども含めた知財流出全体から見れば、トランプ政権になった直後からの対中強硬路線は手段はともかく十分理解できるものがあります。

http://www.usitc.gov/publications/332/pub4226.pdf

(米国の対中技術流出防止強化措置)
中国由来の経済諜報サイバー攻撃が続く中、2018年11月1日の私の50の誕生日に、米司法省は、経済スパイ活動摘発強化のためFBIと合同で「チャイナ・イニシアチブ」という対策チームを立ち上げたと発表しました。最近では、有名どころだけで、ハーバード大学の学部長でナノサイエンス分野の世界的権威である教授や、カリフォルニア大学サンディエゴ校の中国人研究者などがFBIに逮捕されていますが、その他多くの摘発が発表されており、摘発強化が実際に実行されていることが分かります。NHKは昨年、そうした米中対立を産業スパイの側面でまとめています。

www3.nhk.or.jp/news/special/45th_president/articles/column/article/2019-0206-00.html

また、外国資本規制の審査運用を強化するため、FIRRMAという外国投資リスク審査近代化法を2018年に成立させ、CFIUSという対米外国投資委員会の権限を強化しています。

http://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2018/27b7f0d176ff32cf.html
http://www.jetro.go.jp/biznews/2019/08/fbecd9c4ef1f17d1.html

また、貿易管理の側面でも、同年にECRAという輸出管理改革法を通過させています。技術の発達とデュアルユース性(安全保障にも民生にも使える技術)に鑑みて、インスタントコーヒーの製造技術であるフリーズドライ方式が化学兵器製造に使われる可能性もある世の中で、輸出規制すべき技術をリストアップしていても、いたちごっこになる問題をどう解決するのかが注目されています。

http://www.jetro.go.jp/world/n_america/us/ecra.html

更に、知的財産保護制度についてです。主要国は機微技術流出による国際紛争リスクを回避するために秘密特許制度を設けていますが、日本は完全公開原則で運用する国際的に見ても稀有な存在となっています。例えばIAEA指定理事国中で秘密特許制度を設けていないのは日本だけです。そのため、過去には某大学の研究者が大量破壊兵器の製造方法の特許を取得し、公開原則ですからWEBで自由に閲覧できるようになっていた時代がありました。基本的には研究機関が国のガイドラインに沿って独自にチェックする方式になっていますが、制度的には罰則もなく、ルーズな研究機関であれば公開され、従ってテロリストが安保リテラシーの低い優秀な研究者の成果を簡単に入手できるのが日本ということになります。

https://www.cistec.or.jp/service/daigaku/data/1411-01_tokusyuu02.pdf

つまり、日本は、貿易管理、外国資本、経済諜報サイバー攻撃対処、セキュリティークリアランス制度、知的財産保護、秘密特許制度の更なる強化を図っていかなければなりません。これらの一つ一つについて書き始めると長くなるので、別の機会にしたいと思いますが、正に喫緊の課題であると認識しています。以下、ざっくりとした全体認識だけ示しておきたいと思います。

第一に、ステークホルダです。大学や研究機関、大企業から中小企業、投資家など、多様に存在し、しかもそれらのアクターは基本的に今後は境目が希薄化する社会になっていくものと考えるべきです。従って、民間も併せて目的が達成される制度にしていかなければなりません。そのためには、制度構築のみならず運用が合理的になされる必要があり、更に言えば制度の目的意識が完全にステークホルダの間で共有されなければなりません。

第二に、厳格な制度にすればするほど民間の負担は増えます。緩やかな制度にすれば目的が達成できない恐れがあります。負担を合理的に解釈しうるエビデンスを収集し公知すべきです。例えば、同制度がなければどの位の富が流出し業界毎にどの程度の損失になっているかなどです。大学などに対しても推定すべきであろうかと思います。

第三に、冒頭にも指摘したオープンネスの重要性との矛盾をどのように克服するかです。例えば、政府は外国からの投資促進を、また国際研究者の国内拠点化、また自由貿易や自由で開かれたインド太平洋構想を謳っていますが、それと全く矛盾しない制度設計を行う必要があります。

第四に、こうした政策を遂行するため、アカデミアの意見は貴重ですので、現場の研究者達も納得するようなアカデミアを代表する機関が必要になります。

第五に、国際金融システムもこの範疇で議論をしておくべきです。

第六に、国際的基準との平仄を合わせる必要があります。少なくとも特許制度に他国と同様の秘密特許制度を設けるべきです。従来国際協定によって担保される場合もありましたが、海外から見ると、法的に担保されないものは脆弱とみられます。同様に、機微技術流出防止を国内法によって罰則をもって制度的に担保しておかなければ実行できない共同技術研究開発などもあります。

いずれにせよ、お化けが出るぞ、と言わんばかりにイノベーション論を旧態依然としたイデオロギー論に結び付けたがる方も時にはいらっしゃいますが、時代は既にイデオロギーではありませんので、等身大の現実と本質を見据えた議論をしていきたいと思うばかりです。

(参考)
business.nikkei.com/atcl/report/16/082800235/102500010/
http://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/tsusho_boeki/anzen_hosho/pdf/20191008001_01.pdf