国産ワクチン遅れとインテリジェンス

コロナでなぜ国産開発に遅れたのか、もそうなのですが、結局、自省も込めて言えば、ワクチン開発は早くて2~3年かかる、というのが常識とされていて、他国の状況を把握することなく、開発着手も極めてのんびりとした雰囲気のなかで進んでいったのが本当のところだと思います。もちろん、ワクチンや治療薬の開発は政治の議題に上るのですが、国際社会にどれだけお金を拠出している、という話が政府の回答の中心的なものでしたし(例えば国際的官民連携パートナーシップCEPI)、国内開発支援についても、その額から見ても気合の入ったものではなかったのだと思います。すべて自省を込めた話です。

そしてその後のファイザーによるワクチン開発成功は大きな喜びであると同時に衝撃でした。1年経っていないのですから。ふたを開けてみれば、mRNAという日本では全く主流ではない最先端の開発方法。私も専門家ではないので正確ではないかもしれませんが、コロナウイルスを遺伝子解析してデータ化し、悪影響を及ぼす部分を改変して伝送、データから試験製造する。本当のウイルスを加工するわけではなく、データ上で加工するため、開発も早く、安全だといいます。政府も議会もそういうやり方があることが話題になることはありませんでした。

ワクチン敗戦と言いますが、恐らく情報収集能力の欠如によるところがかなり大きいのだと思います。創薬力世界最先端のアメリカの動向を収集できなかったのか、mRNAとは言いませんが、不活化ワクチンなど日本がやってきたやり方以外の方法に目を向ける情報は取れなかったのか。悔やまれて仕方ありません。そしてこの反省を骨の髄まで自らに沁み込ませなければならないのだと思います。つまり、ワクチンに限らず、全ての危機管理は、情報収集能力の強さで勝負が決まっていくことが多いはずです。すなわち、見える化への努力です。

戦時中、日本は情報を軽視したことが敗戦の原因の一つだと言われます。戦後生まれの私らは、ミッドウェー海戦敗北は南雲中将の判断ミスであったと思わされていますが、戦後の米軍資料からは戦力で言えば米側が勝ったのは奇跡に近いことが分かります。すなわち、情報戦で負けたことはほぼ間違いない事実です(解読されていた)。結局、過信か諦めがあると情報は軽視される、ということにつきます。ワクチンで言えば、日本は研究開発力を過信していたのではないとすると、2~3年という諦めであったのではないか。

もちろん経験済の事がらに対する備えは日本は強い。災害であれば、日本は幾多の困難を乗り越え、その情報収集能力と対処能力は、恐らく世界一になっているのだと思います。事実、政府内で働いていた際に、緊急参集として発災後1時間で会議をやると、既にきれいに整理されたアリトアラユル情報が提示されていることに驚かされました。電力や水道や地方自治体機能に始まり、コンビニや携帯サービスの状況などです。問題は、経験してないことに日本は滅法弱いことです。東日本大震災の際の原発事故もしかりです。議会に身を置いて痛感するのは、起きていない事柄に対して全力を傾注して備えを図っているのは、安全保障分野のみであることです。

いずれにせよ、国家の情報収集機能の強化は、今後の多難な時代を乗り切るためには、避けて通れません。インテリジェンス機能の強化を叫ぶと、少し前の時代ならば、旧軍時代の復活だとイデオロギーを振りかざす方々が出てきますが、これは大きな間違いです。戦前、と言っても2つの時代に分けなければなりませんが、特にその後半の戦争に突入していく雰囲気を作った時代では、国家のための国民という発想であった。当然ですが、今は国民のための国家です。そして国民と国家はそもそも不可分の存在ですから、必要な機関は同じになります。ただ、根底に流れる哲学は真反対であって決定的に異なる。従って、意識も運用も制度も異なってきます。結果的に、情報機関は戦前とは全く異なるものになります。

現在、日本政府は、外務・防衛や警察・公安のほか、経産・金融・財務・海保など、様々な情報を内閣官房内閣情報調査室(通称内調)に集約し、総合分析を行った上で、内閣情報会議や合同情報会議などの会議体に集約し、官邸首脳に伝達する仕組みになっています。しかし十分とは言い難い。常に危機に直面している国家は情報収集に一番力を注ぐのは世界共通ですが、日本は戦後日米同盟に胡坐をかいてきたため危機意識が欠如しているのだとも言えます。こうした事情で、これまで何度かインテリジェンス機能の議論が与野党を超えて議論される機会が何度かありましたが、結局実現には至っていません。令和の時代は尚更です。米国とタメを張るくらいの力をもった国が国際秩序の挑戦者として実在することを我々人類は経験したことがない。少なくとも、現状の機能強化は図るべきなのです。

そして情報収集は情報保全にも必要な機能です。例えば、多額の国民の血税を投入して大学等で最先端の研究が行われていますが、簡単に他国に情報が渡されていると疑われても仕方がないケースが多い。情報保全とはきわめて厄介なもので、情報コミュニティ―やサークルにいる人間か若しくはその存在意義を理解している人間は別として、それ以外の人間は保全すべき情報か否かを区別すること自体にも疎いのが普通です。

インスタントコーヒーで使われるフリーズドライ製法がバイオ兵器製造に使われるとか、カーボンシャフトのゴルフクラブの製法がロケット技術に使われるとか、はたまた潜水艦火災事故が最高度の機密であったりすることを、直観的に理解する人は多くはありません。一番厄介なのが、意図せず最高レベルの情報を意識せずに扱っている人たちであったりします。

こうしたことにまで目くばせしなければならない時代になったことを残念に思いつつ、しかしながらそれだからこそ、本格的にインテリジェンス機能強化の議論を進めていかねばならないのだと思っています。