岡倉天心と日米関係の新しい価値の創造

中長期的観点から、日本から見た日米関係の新しい価値を早急に考えていかなければならないと強く思うに至っています。このことは少し近現代の歴史観に触れざるを得ないので少し長くなりますがお付き合いください。

大変恐縮ながら余談から入ると、先日、ASPENというシンクタンクでの議論で、岡倉天心の「東洋の理想」が話題になった。東洋の理想とは、ご存じのとおり、Asia is one(アジアは一つ)で始まる岡倉の東洋美術思想に関する論文。当時の日本では軍国主義的勢力によって大東亜共栄圏の思想的支柱として利用されたこともありましたが、何を言っている論文かと言うと、アジアのものの考え方は基本的に似ていて、西欧にあるような誰かが誰かを支配するのではなく、インドラの宝玉が縦横の宝網でつながってお互いに光り輝く様に、偶然と必然の中で原因と結果があってそれらが相互に関係しあっている、と考えるのがアジア人だというもの。

で、ASPENで議論になったのは、この文章はいったい誰宛に書かれたものなのか、ということ。で、インド人だと見立てると、なるほど理解できますね、ということになった。

インドと言えば申し上げるまでもなく元々イギリスの植民地。岡倉天心はそのことを憂い鼓舞したかったのかもしれません。論文発表の直後には日露戦争があって日本の勝利によって民族自決の運動が高まる。インドは第二次大戦では連合国として参戦したけれど、そういう歴史感から、日本に対しては好意的であったし、今でもそうあり続けています。戦後の極東軍事裁判でパール判事が唯一日本擁護の演説をしてくれ、世界で初めて日本の円借款を喜んで受け入れてくれ、現在でも驚くことにインド国会で広島原爆忌平和記念日に追悼式をやってくれている国です。

そんなインドには、麻生財務相もよくおっしゃるように、アンダマン・ニコバル諸島という戦略的に重要な諸島があります。マラッカ海峡をインド側に抜けた目の前に鎮座する諸島です。この領域を仮にISが占領したとしたらと考えるとシーレーンは完全に失われる。そういう歴史観と戦略観で言えばインドは間違いなく最も近い友人として我々は接しなければなりません。

このアンダマン諸島のことを考えたときに、もう一つ思い浮かべるのが、時代はさかのぼるものの、朝鮮戦争時代の台湾。アメリカにとって当時は戦略的に非常に重要な場所でした。なぜかと言えば、朝鮮戦争初期は共産勢力の北朝鮮があっという間に南下してきてプサンくらいしか残らなかった。日本でも左翼思想の過激グループは九州を独立させるべしという運動すらあったとのこと。そのときにアメリカは、朝鮮半島が共産勢力下に置かれることを恐れたし、日本は最後の砦だったはず。戦争に勝って占領していたのだから。そう考えれば台湾というのはシーレーン確保の要衝であったし戦後の食糧供給基地でもあったので重要というわけです。

いずれにせよ、そういう理由で経済的にも国際政治的にもアメリカは、戦後の特に朝鮮戦争時代以降は徹底的に日本を支援し日本に関係あるところを支援するようになる。日本が早々に先進国の仲間入りができたのは経済発展ですが、その背景にはアメリカの徹底的支援があった。対日感情の悪かった欧州勢の反対意見に対峙し日本を国際社会の一員に導きいれた。

徹底的に叩き潰された側の日本としてはなぜアメリカがそこまで支援をしたのかはこうした国際政治環境が分からなければ分からなかったのかもしれません。だとしても当時の普通の日本人にしてみればアメリカというのは全てにおいて優れた先進国。蛇口を捻ればお湯がでることに感動し、ほとんどの家庭に冷蔵庫がある。まさに憧れの国だったと今の70代80代の方はおっしゃいます。

こうした歴史観を持たない人が仮に現在の日本で政権についた場合、中国と同盟を組みましょうと言い始めるかもしれません。それは国際関係に劇的変化があれば別でしょうが明らかに間違いなのです。中国とは友好的に戦略的互恵関係を築く必要があるのは明らかですが、共通の価値観に基づく同盟というものでは少なくとも今はない。韓国が少し似たような失敗を犯しているようにも見えます。

国際関係というものは、おそらく歴史観に基づく国際戦略に則ったものでなければならない。問題は、国民の中で必ずしも歴史観を共有できないくらいに平和が続き、立ち位置も見えなくなってきた場合、政治が理屈としての国際政治学上の日米同盟の有用性を説いたところで国民に理解されなくなる可能性をどうすればよいのか、ということです。

現在の20代30代の日本人に現在のご年配世代が抱いていた様なアメリカへの憧れの感情はもはや高くはないのだと思います。今後、そうした世代が社会を代表するようになったときに、政治がいくら国際政治学上の日米同盟の有用性を説いたところで国民は理解してくれなくなるような気がします。国民はいったい日米関係にどのような価値を見つけていくべきなのか、誰にでも分かりやすい理屈以外の価値観それを見つけ出す必要があると強く思うに至っています。