英国エコノミスト誌「ついに始まる日本の改革:第3の矢」に想う

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掲題の通り、ときどき引用させていただいています英国エコノミスト誌。いつもなら、日本に対しては辛口のコメントと提言が多いのですが、今週号はそうではありませんでした。何か応援頂いているような記事。読んでいて心が躍るような記事でした。今回は紹介だけにとどめます。

昨年、アベノミクス3本目の矢、成長戦略を発表した2013年6月時点のエコノミスト誌のタイトルは、”The Third Arrow of Abenomics Misfire”(アベノミクス3本目の矢は不発)、その後に実行計画を発表した2013年10月時点では、”The Third Arrow, Please”(3本目の矢を放ってよ、お願いだから)でした。しかし、今回は、違うのです。タイトルだけではありません。中身も、完全に期待が込められています。

直接引用させていただくと、

“This week Mr Abe is back with a proper third arrow. There are two reasons for thinking that this time it will hit the target. First, the country has reached a point at which almost all Japanese realise that reform of some sort is needed. Second, Mr Abe is at last pursuing schemes of such breadth that they touch on nearly every area of the economy that demands change.”

勝手な訳をつけると、

「安倍首相は今度はちゃんとした3本目の矢を放ってくれた。今度は的に当たりそうだと思うのには2つの理由がある。第1には、大多数の日本国民が多少の改革は必要だと認識していることである。そして第2には、改革が必要と思われるほぼ全分野に及ぶ幅広い構想を安倍首相が打ち出したことだ。」

さらに、

“Mr Abe’s reform plan is far weightier than its predecessors. It seeks to free up an overly restrictive health-care sector, to ease the way for local and foreign entrepreneurs in Japan and to overhaul corporate governance. Some measures take on deep cultural taboos, such as allowing Japanese households in a series of special economic zones to sponsor foreign maids to help care for children and the old. And more is still to come. Together, all this represents a coherent vision of a more innovative and globally minded society. Part of its strength is its breadth: it is less a single arrow than a 1,000-strong bundle of acupuncture needles.”

「安倍首相の改革案は、どの前任者達のものよりも遥かに重みがある。過剰規制の医療分野の自由化や、国内外の企業家の活動支援、企業統治の見直しを行うとしている。いくつかの政策は、文化的なタブーにも切り込んでいる。例えば、経済特区制度では外国人メイドを雇って子供や高齢者の世話をすることができるようになるなどだ。そして今後もまだまだ改革案は続く。こうした一連の政策は、より革新的で開かれた社会を目指す一貫した戦略になっている。強みは何かと言えば、幅の広さだ。1つの矢というよりも、1000本の鍼灸針と言える。」

そして最後はこう結ぶ。

“The scale of what he has put forward this week is breathtaking. It offers the best chance for many years of revitalising Japan. That is something everybody should welcome.”

「安倍首相の構想は息をのむほどスケールが大きい。日本を活性化させる久々のチャンスが巡ってきたのである。これは皆が歓迎すべきことだ。」

 

自民党香川3区大会~今年は趣を変えて!

下記の日程で自民党香川3区大会を開催いたします。今年は例年とは違い、党本部より石破茂幹事長をお招きし、日本の将来像をご講演頂く予定です。入場自由無料でどなたでもお越しいただけます。ふるってご参加ください。

 場所 観音寺グランドホテル
 日時 7月6日 日曜日
  15:00~ 地元選出議員と知事によるパネルディスカッション
        (入場無料・どなたでも参加いただけます)
  15:45~ 石破茂幹事長基調講演
        (入場無料・どなたでも参加いただけます)

※なお、14:15より自民党香川3区大会総会を地域支部幹部指定の党員で行っております。その案内があった方は14:15分までにお越しください。

私の第186通常国会

通常国会が終わりました。かなり高い法案成立率だったと思いますが、新人である私はその雑用に専念し、相変わらず鼠のように走り回った国会でした。結局国家国民の ために何ができたのかという観点で言えば反省しなければならないこともあります が、私なりにいくつかのテーマにチャレンジしました。いずれも政治が取り組まなけ ればならない絶対必要な中長期課題であると認識しています。

第一に、党本部国家戦略本部で人口減少問題などの中長期課題に取り組んでいます。 自民党はこれまで個別的テーマでの中長期戦略を議論する常設の会議体は調査会とし て存在しておりましたが、政策総動員が必要な骨太の中長期戦略を議論する全員参加 可能な会議体はありませんでした。そこで国家戦略本部で、2030年の国家像を描 き、そこからバックキャスティング手法で現在実施すべき政策を議論することにな り、現在取りまとめ作業にあたっています。

第二に、経済政策として中小企業政策に取り組んでいます。地方の中小企業などあら ゆる産業が元気にならないと経済が本格起動しない。なぜ大胆なマクロ政策を打った のに地方ではそれほど大きな実感がないのかと言えば、サプライチェーンが過去20 年間で分断されてしまったからです。つまり会社関係や人間関係が安売り競争で分断 されてしまった。そこにきて、マクロ政策を打っても、血管が目詰まりしたのと同じ ように、活力とおカネは流れていかない。ではどうすればいいのか。はじめにどこが 目詰まりしているかを把握する。そんな当たり前なことから始めています。ビッグ データを使って。効果的戦略的な中小企業政策を打つことができるようになると思い ます。今年度末には地方でも実感いただけるようになるよう頑張っていきたいと思い ます。

第三に、若手数人の法人税減税検討チームで、法人税減税に取り組んでいます。いろ いろな抵抗が予想される課題でしたので、若手でムーブメントを起こそうとしたもの で、何度も議論を重ね、関係大臣や税制調査会に談判しにも行き、嫌味をたくさん言 われながらも、結果的に大きなムーブメントをおこすきっかけに繋がりました。詳細 はこれからですが、引き続き頑張っていきたいと思っています。なんどかこの場でも 書いていますが、ポイントは経団連などがよく言う減税したら立地競争力が上がって 経済がよくなるなどというものではないと思います。産業構造全般の見直しにポイン トがあると確信しています。

第四に、若手4人で漁業政策を定期的に議論しています。魚種によっては魚価が極端 に低下し、漁業者の収入が極端に低下しているという問題です。これに対し、これま で燃油対策とか漁業共済保険などを駆使してきました。所得補償のようなものです。 しかし本質的にこの方向では漁業が商売として成り立っていかない。そういう文脈 で、漁獲管理という手法の検討を行っています。今後、中長期的に漁業が産業として 元気に成り立っていく方策を提言して参りたいと思います。

第五に、航空政策に取り組んでいます。日本の成長戦略の主要な課題だと思っていま す。世界の航空需要の変化は目覚ましく、特にアジアの需要を如何に取り込んでいく かが課題です。お隣の国は何年か前から相当緻密に国家戦略としてのハブ空港戦略に 取り組んでおり、世界の活力を積極的に取り込んでいます。日本もその流れを取り込 めなければ世界のヒトモノカネの流れを逃すことになります。先日ようやく航空政策 特命委員会で政府の方向性が出されました。これからもしっかりと議論していきたい と思っています。

第六に、外交安保政策に取り組んでいます。今取り組んでいるのは、端的に言えば如 何に国際世論を形成するツールを如何に持てるかについてです。そのツールとはもっ とも単純でもっとも困難なもの、つまり相手国の議会対策です。国際世論形成には もっとも有効なツールの一つです。もちろん自らも進んで現場に足を運んで参りまし た。米国シンクタンク研究者や海外学生との意見交換、そして米シンクタンク招聘プ ログラムで渡米し米政府要人との意見交換を積極的に行いました。さらに議連での活 動も私が担当する国のアレンジに奔走いたしました。

第七に、政調の宇宙政策小委員会で宇宙政策を取りまとめつつあります。現在安全保 障上の理由で宇宙空間の利用意義が拡大しており、その対応を議論しています。アメ リカも現在始めようとしている海洋状況監視(MDA)を日本としても取り組まなければ ならない、など、課題は多いのですが、取りまとめ作業を進めています。

第八に、政調のIT戦略特命委員会の下でマイナンバー利活用推進小委員会の主査とし て、社会保障と税に革命を起こせる可能性のあるマイナンバーの将来の民間利活用と 普及対策の検討を行っています。このままだと住基ネットの二の舞になる。そんな危 機感から、便利で有用、と言ってもらえるような制度を提言しようと思っています。 これももう少しで取りまとめが完成します。

第九に、これは予算委員会の分科会で菅官房長官に質問させていただいた内容です が、内閣府と内閣官房の組織が肥大化している問題です。というかどちらかといえ ば、あるべき司令塔機能の議論をしていきたいと思っています。今後、党の行政改革 本部で議論に参加することになると思います。

そのほか、安全保障調査会と国防部会にてグレーゾーン事態対処や集団的自衛権を含 む安保法制の議論や、雇用問題調査会やテレワーク推進特命委員会で雇用環境改善に 向けた議論、科学技術イノベーション戦略調査会でSTAP細胞の案件やあるべき科学技 術政策の議論などを行って参りました。

閉会中は殆ど地元にいると思いますが、政策については少しじっくりと地に足をつけ て考えていきたいと思っています。

人口減少問題と地方

今更な感じも否めませんが、改めて人口減少問題について触れておきたいと思います。

そもそも誰もが意識しながらほとんど誰も危機感を持ってこなかった問題ですが、私が初当選して直後のアベノミクスが持てはやされはじめてから、20年後30年後の未来予想を論じる書籍が目立つようになり、その流れで私も主査を務める自民党国家戦略本部でもたびたびこの問題を取り上げ、最終的に元総務大臣の増田先生が昨年末に論文を発表してから国民全員の共通した中長期的課題となりました。

現状認識

・出生率は最悪の1.26から1.41に回復したが、出生数は最悪を更新。出産適齢期の女性の数が減少しているため。ただちに出生率を2以上にできたとしても人口が安定するまでには1〜2世代以上かかる。

・高齢化と言えども高齢者人口は2040年にピークとなる。地方のピークはもっと早く、自治体によってはすでに高齢者人口もピークになっている。現役世代は団塊世代のリタイヤにより劇的に減少。

・若者が雇用などを求めて地方から都会に移動する。都会はそもそも出生率や結婚率が低いため、事態を悪化させている。

・地方は人口減少が著しく、そのため産業生存確率が低下する。例えば高齢者のための医療や介護現場が少なくなるが、そうした施設は若者の雇用環境を悪化させ、若者はますます都会に移動する。

・価値観の変化と将来不安によって子供をもうけることに躊躇する場合が多い。

・人口減少した地方は、住民1人あたりの行政コストが低下し、財政状況が悪化する。なんら対策を打たなければ2040年には半分の自治体で行政運営に支障をきたすという報告もある。同報告では、出産適齢期の女性人口も半分の自治体で半分になる。

・地方が存続できなくなるほど疲弊すると、都会への人材供給源が断たれ、都会も将来的には活力が失われる。

・同時に都会は急速に高齢化が進み、行政コストが増大する。

考えられる対策を大きく2つに分けると、人口を減少させないことと、人口減少という現実を直視して対策を立てること。

第一に、人口減少を食い止める努力については、今般、政府の骨太方針でも示される予定の出生率改善策を目標に掲げあらゆる政策を講じることです。目標は、2030年までに徐々に出生率を2にできたとして2060年頃に人口を1億人程度で安定させることができるというもの。

具体的には、

・結婚・妊娠・出産・育児のすべてのサイクルで必要な支援をこれまで以上に行うことです。特に私は以前から申し上げていますが、第三子以降の出産に対して重点的に支援することが奏功すると考えています(例えば第三子には年間100万円支給など)。

・年金制度は確実にマンデートを実行すると同時に、医療介護制度についても安定した制度に改革し、若い世代の将来不安を払しょくすることも大切です。マイナンバー制度により効率的な社会保障制度の運用も可能になるので新しい視点で設計することが必要です。カフェテリア方式の社会保障制度も推進していく必要があります(自分で選ぶ保障・使わなければ使わないほど得する保険)。

・そもそも自信を取り戻すための教育改革を継続して断行することも忘れてはなりません。

・家族制度を見つめなおし、根源的問題である核家族化を回避するため、例えばN分N乗税制なども真剣に検討することも必要だと考えます。ポイントは、トータルで減税措置ではないこと。小家族ほど負担が増え大家族ほど負担は減る。一緒に住んでいなくても近くに住んでいればいいなど運用を考えられないか。

第二に、人口減少が現実のものであると直視することです。

具体的には、

・地方はコミュニティーデザインから始めなければなりません。効率のいい行政運営と産業活性化のためにコンパクトシティー構想の進化バージョンの構造を全国で展開すべきです。一次産業から三次産業までトータルに考えた土地利用を考えなければなりません。

・地方の産業政策を戦略的に再構築すべきです。地方のお金をしっかり地方で回し、地方が自ら世界と戦える構造を構築し、地方独自の明確な産業戦略に基づくものならインフラも今のうちに整備すべきです。その際、新しい資金調達方法も大胆に導入すべきです。

・外国人材の活用も慎重に丁寧に議論すべきです。戦略なき移住には反対ですし、なんでもかんでも外国人材を導入することには私は慎重ですが、一定の基準と範囲でならば議論をすべきだと考えます。

・都会に必ずしもなくてもよい産業は積極的に地方に移転することを検討すべきです。例えば大学など、産業とは言えませんが、必ずしも大都市になければならないわけではありません。また、大学自体については、例えば海外の著名な大学の分校か講座を地方に誘致することも考えるべきです。若者が地方で就職する際のステータスを与えることも大切だと思います。

・世界の人口は増加すると予測されています。富を海外から稼ぐ、いわゆる国際収支構造が悪化していますが、死活問題であるため、あらゆる施策を講じて改善する努力を行わなければなりません。私はいくつかある施策のうち、現在は法人税の議論と航空政策の議論に積極的に参加しています。

少し散文的に書いてしまいましたが、そのほかまだまだアイディアは無尽蔵にあると思います。これから年末にかけてしっかりと議論してまとめていきたいと思います。

【善然庵閑話】やがて哀しき外国語

もう10年以上も前、ちょうど同時多発テロが起きた2001年、私は飛行機に乗りサンフランシスコを目指していました。本来、2001年の9月に渡米する予定でしたが、911の直後であったので渡米自粛勧告。その直後の、まだ日本では連日のように同時多発テロの分析をする番組が特番で組まれていたときでしたが、勝手に判断して12月に渡米。現地についてみると、何事もない日常でした。

そして未だに覚えているのが、到着初日に近所にあったSafewayというスーパーに買い物に行ったときのこと。レジのお姉さん、”That’s it”と聞かれたこと。直訳すると、「あれはそれ?」。当方も、「あれはそれってなにがどれ?」(What are that and it?)。レジのお姉さんは、「なに?」(What is that?)。私「私が聞きたい」「I am asking what is that?)。結局なんだかわからないまま、その後、”Paper or plastic?”(紙かプラスチックか?)と聞かれ、混乱が混乱を呼び、とりあえず、”paper”(紙)と答え、無事買い物終了。

That’s it?とは、「以上ですか」、という意味だと分かったのは暫くたってから。Paper or plasticは買い物袋の種類だったのは、直後にすぐわかりました。しかし、なぜ中学校の英語の授業でスーパーでの会話を教えないのかと中学校の先生を恨んだところでしょうがありません。

まだまだ続きます。1週間後、アパートも決まり、入居した直後に同居人に遭遇。その方がアメリカ文学の第一人者で、奥さんが暫くしたら入居してくることは、大家さんから聞かされていた。

簡単な挨拶をと思い、”your wife has arrived?”(奥さんもう着きました?)と私。すると、その御仁、少し妙な表情を浮かべつつ軽く笑顔で”She’s fined.”(捕まりました)。え?捕まった?そう思い、私は、”When?”(いつですか?)。するとその御仁、外国人特有の呆れたときにする、両掌を天に向け、去って行ってしまった。そこで既に混乱。なんで怒ったのかわからない。

部屋に帰って考えた挙句に暫くたって気づいたのは、要は発音が悪かった。つまり、恐らく、私は、「奥さん着きました?」と言ったつもりが、御仁にとっては、「奥さんは生きていますか?」(Your wife is alive?)に聞こえ、「元気ですよ」と御仁は半ば冗談返しで言ったつもりが、私には「捕まりました」(She is fined.)に聞こえ、私から「え?いつですか?」と言ったとしたら、恐らくそれはいつ亡くなるのかと聞こえたかもしれないわけで、ほとんど赤面の漫才。

それから発音の練習を一生懸命やったのは当然ですが、いずれにせよ、後段の部分は私の勉強不足だとしても、前段のthat’s itなどは、なぜ日本の中学校でこうした簡単な日常を生き延びれる実践英語を教えないのでしょうかね。

いずれにせよ、半年もたてば、何とか喋れるようになるわけですが、英語を多少操れるようになっても、分かり合えたと思える場面って結構すくないことは、やがて気づく。そんな時に、ものすごく哀しい思いをすることになる。

でも面白いことに、そのうち哀しみの反動なのか、分からなくてもいいやという自暴自棄さが発現し、英語で冗談をいう自分がいた。私が当時から使っていた、スピーチでの冒頭の受け狙いは、”My name is Ohno. It sounds like Oh! No!, but I would say Oh! Yes! to you, today.”(私の名前はオーノと言いますが、オーノーと聞こえると思う。だけど、皆さんにはオーイエスと言いたい)。結構受ける。怒られるかもしれないですが、そういうことを言ったほうが意外と分かり合えるような気がする。

しかし、驚愕の事実を知るのはその2年後に親父の秘書として政治に飛び込んだとき。親父も全く同じ冗談を言っていた。恐ろしいものです。

実は私は2歳から6歳まで、親父の仕事の都合で、スイスに住んでました。全く記憶はありません。当時は私もフランス語をしゃべっていたそうで、姉貴ともフランス語で喧嘩していたそうな。今ではさっぱり忘れてしまいましたが、そんな理由で大学での第二外国語はフランス語を選択。落第ぎりぎりで単位をとりました。ただ、発音は多少はまともに聞こえるそうで、今でもフランス人がやってくると片言のフランス語をしゃべってみる。すると何が起こるかと言えば、フランス語がしゃべれる日本人に会って嬉しいのか、めちゃくちゃ早口のフランス語でしゃべりかけられる。遮るのも申し訳ないので、暫く黙ってOuiなどと言ってごまかしたあとに、最後にごめんなさい、フランス語は分かりません、というと、大多数のフランス人は大笑いする。理由は定かじゃない。でもなんだか通じ合えたような気になる。

結局語学なんてものは滅茶苦茶重要なことではないような気がしています。一番重要なのは、お互いに分かろうとしていることなのかと思います。最近、何人かの在京大使館の方々と接していて、ふと思ったことです。

NSCと情報発信力と慰安婦

以前も触れましたが、外交上の情報の取り扱いについては、発信・収集・管理の3つの要素は基本であり、その一つである発信力の強化は、国際社会に生きる国家として、特に日本のようにこれまでわかってくれるまで黙ってたほうがいいという戦略(?)をとっていた国としては、間違いなく次に力を注ぐべき不可欠な要素であり、現在自民党としても、外交上の情報発信力の強化が盛んに議論されています。

ここまでは間違いなくいい方向です。しかし、問題は、発信すればいいということになってはいないか、独りよがりの情報発信になっていないかということです。情報発信が必要なのは、国際世論形成のためであり、独りよがりではだめなのです。

例えば慰安婦問題。海外に行って議論したことがある人ならだれしもわかっていると思いますが、慰安婦問題は出したが負けの世界です。もちろん、調査によると、軍が強制連行による直接関与をした事実は確認できないわけで、そうした事実はなかったか、あるいは、あったとしてもごくわずかであろうと思われます。これについては、秦郁彦の慰安婦と戦場の性に詳しい。

しかし問題は、そうした歴史を、現代的普遍的価値に基づいて客観的に測った時に、議論の初っ端として切り出す内容として、いやあれは強制性はありませんよ、ということが正しいのかどうか、なのだと思っています。

例えば、アメリカには奴隷制という忌まわしい過去がある。それをアメリカ人に問いただすと、大多数は、あれは極めて遺憾な過去である、と答えるでしょう。もし、あれは商売で奴隷を売買する商人がいたからであってアメリカは関係ない、という人がいたとすれば、極めて違和感を覚えるひとが大多数なのではないでしょうか。

だから、遺憾な問題なのです、と答えるべきなのです。もちろん、では補償の話になれば、いわゆる論理としてのこうした事実を述べればいいのだと思います。

より大きな視点での問題は、中国は、アメリカとの新しい大国関係を築こうと懸命ですが、これはうまくいっていない。逆に普遍的価値で囲い込まれてしまっている。残る戦略は、おかしいのは中国ではなく、日本なのだ、日本を孤立化しよう、という戦略なのであって、日本は普遍的価値と言いながら歴史事実を捻じ曲げようとしている、というキャンペーンをやるわけです。これは日本が本質的に悪いと宣伝したいわけではなく、国内事情+外交世論形成という戦略なのです。

だから慰安婦問題という中国にとっては格好の材料があれば、日本こそが普遍的価値に対抗しようとしている国だというキャンペーンが張れる。だから韓国への接近が戦略上ツールになるわけで、安重根記念館をわざわざ韓国の大統領の要請を受けて作った。

韓国に、何の得があるかと言えば、アメリカと中国と両方仲良くできる。岡本行夫さんによれば、それは慰安婦カードを切って日本を切り捨てたからできた。慰安婦の宣伝をすることだけで中国を満足させられる。

いずれにせよ、何が言いたいかと言えば、韓国も中国もそれなりに戦略はあるわけで、その戦略を受けて、日本の戦略を考えなければならない。話したいことを話すのは戦略ではない、ということです。そして、こうした文脈での日本の戦略は、力を背景とした現状変更を試みる勢力に対抗するための安保戦略と、日本人の自信と誇りを取り戻すための教育改革は、全く違う文脈ですよ、ということを説明することなのだと思っています。

 

産業構造の革新と中小企業政策

先に産業構造の革新と法人税減税について書きましたが、そこでは経済政策の主力商品である成長戦略について、ありとあらゆる政策を総動員して日本の活力とお金の循環をよくしていくことが必要なこと、そして法人税改革の意味を書いたつもりです。

ここでは、地域活性化の必要性、中小企業政策の重要性について、書いてみたいと思います。過去に、中小企業が輝けば日本が光り輝くという趣旨のことを書かせていただきましたが、それを戦略的に実施するにあたっての具体的な話です。

ここで、戦略的と申しあげましたが、過去の中小企業政策は戦略がなかったとまでは言いませんが、必ずしも描いた戦略の実効性が高いものではありませんでした。

理由は単純です。それは中小企業群の商構造がミクロレベルで把握できていなかったからに他なりません。ここでご紹介したいのは、昨年より中小企業庁と取り組んでいる、ビッグデータを活用した中小企業産業構造の見える化の話です。

個人的には、このプロジェクトによって、初めて中小企業産業構造が把握できるため、初めて戦略的に中小企業政策が打てるということになります。

詳しくは今年度白書に記載されていますので、ご参照ください。

http://www.chusho.meti.go.jp/pamflet/hakusyo/H26/PDF/13Hakusyo_part4_chap3_web.pdf

単純に言えば、サプライチェーンを可視化するというもの。例えば個社にとって、営業回り先の企業の経営状況が分かっても、その会社の取引先の企業までは分かりにくい。さらに言えば、その先の企業はもっと分からない。実は、そうした先の先にある企業が元気になれば、芋づる式に自社が元気になるというのは想像できると思います。

そうした商取引ルート、サプラーチェーンには、中核的な役割を担っている企業があります。そうした企業の経営状況や取引状況を仮に俯瞰的に把握することができれば、どこに支援策を講じれば、その会社に関係する会社群が元気になるかは一目瞭然です。

そうしたサプライチェーンの見える化、可視化を通じて、中核企業(コネクターハブ企業と呼んでいます)や関連サプライチェーンに直接施策を講じれば、関連産業全般の活性化が可能になります。さらに、産業ごとのレイヤーや地域ごとのレイヤーに分けて施策を打つことも可能になります。

こうした、これまでにない、全く新しい、本当の意味での戦略的中小企業政策によって、地域をいかに活性化できるか、現在真剣に考えているところです。中小企業と申しあげましたが、一次産業やサービス産業などを含め、全産業に関係する話です。いろいろ課題もありますが、地方が輝けば、そして中小企業が輝けば、日本は光輝く、という信念をもってこれからもがんばって行きたいと思っています。

 

産業構造の革新と法人税減税

消費税が8%になり、約2か月となります。一般生活者としてのインパクトは私自身も実感するところですが、経済に対するインパクトは予想を上回るものではなく、景気は比較的順調に推移しています。そして何度か触れていますが、この景気回復を本物にしていくためには、確実に成長戦略を実行していかなければなりません。ではその成長戦略とは何か。

規制改革と産業競争力、という話は以前にもしたのでここでするつもりはありません。これをやれば絶対だというものはないと思っています。ありとあらゆる政策を総動員して日本の活力とお金の循環を良くしていくことが必要だと思っています。

その上で私なりに注力している大物課題はいくつかありますが、その中の一つに法人税減税があります。

とにかく法人税減税をやるんだ、ということで間違いないのですが、正確に言えば物事それほど単純ではありません。政治的ムーブメントを起こすためには単純化は必要で、表面的にはそう行動することが求められましょうが、中身もちゃんと考えておかなければなりません。

第一に、何のためにやるのかという目的の問題、第二に、やるにしてもどんなリスクがあるのかという問題。そして最後の第三に、代替財源の設計という手段の問題。

第一の目的は、成長であり、立地競争力の強化です、と言いたいところですが、もう少しブレークダウンしないと見えてきません。単に対内投資を促進するとか空洞化を阻止するということだけでは見えてこないものがあると思っています。ポイントは、産業構造の革新と言ったほうがいいのかもしれません。抜本的に企業活動の重点ポイントを見直すことが、新しい企業活動のきっかけに繋がるものだと思っています。

第二に、リスクの話ですが、やるにしても当然に代替財源は必要です。なぜならば、税や財政は、財政規律に対する信用リスクが常に付きまとうからです。金利上昇リスクをコントロールできるだけの、説得力のある具体的な財政戦略と計画が必要です。

第三に、では代替財源をどうやるか、という手段の問題です。

基本原則は、第一に、目的にも書きましたが、成長です。代替財源が金額的に確保できればいいというものではなく、業種や地域の実情という水平軸にしっかりと光を当て、その水平軸の面内でバランスを取る必要がある。第二に、単年度の静的なつじつま合わせは排除し、時間軸、つまり垂直軸の中で、動的経済推定に基づく工程設計と管理が必要です。

この水平軸と垂直軸の中でバランスをしっかりと確保することを考慮して、よく言われる外形標準課税や欠損金繰越控除制度、租税特別措置の見直しなどを行う。その際、なるべく簡素な税制にするべきです。これによって、本業で頑張る企業と、国際市場で富を稼いでこれる企業の後押しをすることです。

外形標準課税などの課税ベースの拡大を行っても、法人税減税分との差が景気回復による売り上げ増でカバーして余りあるような、つまり、中小企業がエビで鯛を釣れるだけの具体的な税制設計にしなければ、実行は困難です。あるいはエビがなくても鯛が釣れる税制設計になるよう努力しなければなりません。租税特別措置の中には歴史的な役割を終えたもの、あるいは終えようとしているものもあります。しっかりと議論しなければなりません。繰越欠損金制度についても、必要な制度ですが、あまりに欠損会社が多い。産業の新陳代謝の問題もありますから、しっかりと実情を把握し、内容を精査して、見直すべきは見直さなければならないと思います。

複雑な税制になっているため、営業活動や製品開発に心血を注ぐより節税対策に心血を注いだほうが収益が上がるということではいけない。本業でがんばる企業が報われるという社会を実現すべきです。

いずれにせよ、繰り返しになりますが水平軸と垂直軸の中で、具体的な戦略と工程表と推計を作るべきです。

なお、企業の内部留保について、よくある勘違いが法人税減税によって大企業の内部留保がさらに増えるだけに終わるというもの。現在の景気回復の最大の関心ごとは企業の設備投資を喚起することであって、法人税減税で浮いたお金のうち、内部留保に回るものの一部は設備投資に向かいます。というか、向かわせるような政策を打っていかなければなりません。いずれにせよ内部留保とは決して全てが企業が懐に持っている現金預金ではありません。

資産効果もありますから最低でも30%以下の法人税実効税率を目指すべきだと考えます。

法人税減税については有志の議員で勉強を重ね、麻生大臣や菅官房長官などに申し入れております。

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集団的自衛権

最近外交安保系の書き込みが多くなってしまって申し訳ありませんが、集団的自衛権を巡って議論が加速化していますので、これまで何度か集団的自衛権については書いてきましたが、今一度書き残しておきたいと思います。

なお、最初に書いておかなければならないのは、現在の議論の範疇で、自衛隊が海外の紛争に正面から介入することはありません。海外に出て行って集団的自衛権を行使せざるを得ない状況で想定されるのは、邦人救出やPKO活動です。PKO活動は停戦合意できた場所ですから、紛争になれば撤収するという理屈になっています。撤収するまでの危機に備えての話です。それ以外はあり得ませんので、報道で報じているような、海外に出て行って戦争するということは全くありません。

まず、集団的自衛権の行使については、私個人として憲法を改正し集団的自衛権の行使を明記したのちに(自然権である自衛権を明記するのには少し違和感もあるのですが)、政策判断によって可能な範囲を限定するのが望ましいと思っています。しかし、現行憲法の解釈を変更し限定された領域の集団的自衛権の行使を可能にすることも許容する立場です。

もう少し詳しく書けば、憲法9条には自衛権のことは書かれていませんが、戦後直後の解釈は自衛権すら許容していない。竹槍をもって自分を守る程度のことは認めるし、その方法はかなり有効だ、と法制局長官が答弁するという笑い話のような史実が残っています。その後、自衛隊創設に伴って政策判断によって必要最小限の自衛権が認められるようになった。当時の国際情勢から、自衛権のうち集団的自衛権の行使までは必要最小限の範囲外となった。ここから泥沼の神学論争が始まるわけですが、とにかく論理的に言えば憲法改正によってでしか集団的自衛権が認められないということでは全くないわけです。あくまで政策判断で憲法解釈は変わっている。

当然と言えば当然で、憲法はそもそも自然権としての自衛権は否定していない。繰り返しますが、政策判断によって集団的自衛権行使は必要最小限を超えると判断してきたわけで、それが現在の憲法解釈になっている。だから論理としていえば必要最小限の範囲ならば解釈を変更することは全然可能です。問題は安定性だけです。安定性について議論があるのは十分理解できます。なので、憲法改正によってしっかりと明記し(もう一度言えば明記するのは違和感がありますが)、範囲を政策で限定するのが政治的に、そして国民感情的に望ましい。でも論理で言えば解釈変更は可能だということです。

ここに、いくら総理でも勝手に憲法解釈を変えるのなんてけしからんという議論がでてくる。もし、一般論としての集団的自衛権の行使をどんな場合も可能にしようとするものであれば、感情論としては、その議論は是でしょう。しかし、ポイントは必要最小限とはなにかということで、それは自国の防衛であるかどうかということです。過去は自国の防衛は個別的自衛権だけで対処できた。自国の防衛に集団的自衛権の行使の必要性が全くなかった。しかし、国際情勢の変化によって自国の防衛の概念の中に集団的自衛権が入らざるを得ない状況になった。つまり、自国の防衛の概念が変わったのでもなく、集団的自衛権の概念が変わったのでもなく、まして個別的自衛権の概念が変わったのでもなく、変わったのは国際情勢なのであって、国際情勢の変化が、対処すべき自国の防衛の範囲を広げたということです。だから解釈の変更は、自国の防衛に必要最小限の範囲で可能になるということだと理解しています。

さらに言えば、仮に解釈変更ということになったとしても、それを具体化するためには法律が必要になります。法律がなければ何も変わりません。何も動きません。もし、解釈変更が憲法違反だということになれば、違憲訴訟を通じて正されます。

しかしそもそも、この集団的自衛権の議論に虚しさを感じるのは、本来自衛権は自分の国を守るための権利なのにもかかわらず、自ら進んで戦争しに行く国になるかもしれないと、自分自身に疑いを持ち続ける是非から議論しなければならないことです。

朝日新聞の意見に代表されるように、私とは全く反対の意見があることもわかっています。ただ、申し上げたいのは、どの立場の人でも、平和を願っているのに変わりはない。決定的に違うのは、現実を、どのくらいの時間スケールで、どのように直視しているのかなのです。

今も平和で、将来も何も起きないで平和であろうし、もし何かあってもアメリカが助けてくれるからやっぱり平和が続くので、このままが一番いいと考える人。アメリカの助けもいらないと思う人。今は平和だけど、中国が本気だから何かしないといけないけど、それほど急がなくても、じっくりと憲法改正も視野に入れて議論するべきだと思う人。今そこにある危機だから、のんびり議論できないから徹底的にできることをやろうとする人。そこまでいかなくても、今そこにある危機に対応すべき必要最小限のことは直ぐにやっておこうとする人。

見ている現実が全然違う。例えば湾岸戦争の直前、少ない報道情報から実際に紛争になると確信した人がどれほどいるのかという問題なのです。

外交は、想像力を豊かにして次の一手、その次の一手を確実に打っていかなければなりません。それが戦略です。

ついでに申し上げれば、集団的自衛権の行使を一部でも可能にしたとしたら、自衛権の発動3要件のうち、1番目は少なくとも変える必要がでてきます。これについては、別に書いてみたいと思います。

マンスフィールド財団フォーリー議員交流プログラム初代メンバーとして参加

まず、是非皆様に知っておいて頂きたいのは、本当の意味で日本を友人と思い日本に関心を持っているアメリカの議員は実に少ないということです。もちろん、それが自分の選挙区に日系企業があるとかで関心をもっているという人は少しは増えるかもしれません。多少の改善の兆しは、一昨年の訪日米国議員数は20人強。昨年は50人くらい。今年はその倍のペースで伸びているということ。アベノミクス効果です。本当の親日派を作らなければなりません。これは、シンクタンクでも、国務省でも、一般国民でも、同じこと。

さて、出張にあたっての雑感をエッセー調で書き残しておきたいとおもいます。

いわゆる重鎮と言われる人たちはどの世界でもいますが、重鎮とは、現実的人間世界の基本単位であるグループにあって、比較的長く皆に知られ、発言すれば説得力があり、かと言って理詰めだけではなく情緒にあふれ、そうした総合的人間力によって慕われるといったタイプ。ただそうした重鎮でも長く在籍すると陰口が聞こえて来たりするものです。

しかし、ごく稀に、例えば10年に一度くらいは、誰もが尊敬を持って長く長として迎え入れ、だれも文句を言わない類の人たちがいます。国会でもそうです。そしてアメリカにもそうした重鎮の国会議員がいます、否、いました。マンスフィールド、フォーリー、モンデールといった人たちがそうです。

そして面白いことに、彼らは駐日大使として日本に滞在し、世界にとって、そして日本にとっても、長い目でみれば多大な貢献をしました。

マンスフィールドの功績を称え、その名前を冠するマンスフィールド財団が、モンデールを財団会長に迎え入れ、さらにフォーリーの功績を称えた日米議員交流プログラムを今年創設し、その初代交流事業に参加させて頂く機会を得たことは、私にとって誠に光栄なことです。

外交にしろ安全保障にしろ、というかそれ以上に根本的に人間社会にとって何が一番大切かと言えば、ごくごく当たり前な話ですが、人的交流です。山本五十六がアメリカに留学し世界をその目でみて来たからこそ現実を知っていた。その現実を教えてくれたのは山本が作った人脈に他なりません。

さらに言えば、アメリカと人脈を作っただけではまだまだ池の蛙。しかし当プログラムは計り知れないほどの世界的人脈形成ツールとして機能することを、参加してみて改めて感じ入りました。

2014年4月30日。初当選後1年半しか経っていない自分としては、党命とは言え、当然のごとく地元の行事を優先すべきとの想いの裏側で、世界と日本に貢献できる肥を貯められるチャンスでもあり、複雑な気持ちで飛行機に乗り込みました。

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機中、寝ればいいものを、いろいろ覚えなければならないこともあって資料に目を通すこと6時間、寝れずにもがくこと3時間、映画を一本見て、結局睡眠を全くとらないまま、昼に出発して12時間後にまた昼からスタート。ちなみに機中で手に取ったTIMEに世界に影響を与える100人の1人として安倍総理が他の誰よりもデカデカとのってました・・・。

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まずは出資者であるマンスフィールド財団の新しい代表である、バイデン副大統領やケリー元外相の補佐官も務めた経歴の持ち主であるJannuzi所長、アーカンソー州で国会議員に立候補した経歴を持つBoling副所長と合流し、昼食を兼ねたブリーフィング。彼らはこれまでも政権の中心にいた人たちですが、同世代ということもあり、すぐに打ち解けました。その後、NewseumというワシントンDCの新しい名所に案内されました。報道のあり方をきちんと考えさせられる作りになっており、メディア関係の皆様にも是非見ていただきたい場所です。何れにせよ、おそらく財団としては自由・民主主義・法の支配・人権と言った普遍的価値について言いたかったのであろうと勝手に想像しながらNewseumを後に。

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夜はJCIEが主催する日米関係者を招待した立食レセプション。昔に知己を得たWashigtonDC近郊在住の皆様に久しぶりにお目にかかれた喜びとともに、彼らがどのように繋がっていて、それが故に物事がどのように動いていたのかを知るにつけ、人脈の大切さを改めて痛感。ちなみに、当プログラムに名前が冠されているフォーリー大使のご夫人も参加されておりました。実は10年ほど前にとある会合でたまたま隣に座らせていただいたのがご夫人。当時、だれだか分からないまま、どっかのおばはん、と話をして終わり、直後にこのおばはんが誰かを第三者に教えられ、赤面した記憶が蘇り、このことをお詫び申し上げてみましたが、そんなことはご記憶にないとのこと。まぁそれもそうか。先方にしてみれば、馬の骨ですから。

さて、その後、たまたまお誘いいただき、石破幹事長らと合流。シンクタンクや元大統領外交アドバイザーやら戦術論の大家やらと言った、所謂政権中心にはいないけど陰に陽に影響力のある方々との夕食会。やはり幹事長の表現力はすごいなと勝手に思いながら、偉ものの会なので黙っていたところ、最後に何か若者もしゃべれという話になったので、若者でもないけれど、恐縮ながら持論を結構しゃべってしまいました(通じたかしら)。

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5月1日。本格的な会議が始まる。朝食ブリーフィングは、財団理事会のCharles Lake理事長(アフラック社長)とJannuzi所長、Boling副所長。Lakeさんは親父の時代からの知り合い。奥様が日本人で日本に住んでいらっしゃるので日本人以上に日本語が上手で閉口しますが、改めて今回のプログラムの意義を再確認。

その後は国務省から。アジア担当のZumwalt国務次官補や昨年もお目にかかったKnapper日本部長と米国のリバランス政策を中心に議論。アメリカのリバランス政策については、その背景も含めてよく理解しているつもりですが、時々混乱するような言動が政権幹部から出てきます。そのことについて触れたら、いや意外。リバランスは複雑なんだよね、という答えが帰ってきました。後はTPPについて。TPPは実はこの日の夜から合意案が出ているとの噂があちこちから耳に入ってきました。2日後の新聞紙面を飾ることになる報だとは全く思いませんでしたが…。

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充実した国務省での1時間の会議の後、そのTPPの交渉窓口である通商代表部、通称USTRでの会議。日本にとってはいつもハードな交渉相手ですが、そのナンバー2でタフネゴシエータとして知られたCutler女史。この道25年以上だそうな。TPPの中身なんて問いただしてみても喋ってくれるはずがないので、25年の歴史を振り返って、現在のアジアを通商交渉責任者として見た時にどのように感じているかを中心に議論(写真はUSTR応接にてJannuzi所長と)。

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昼食はWashingtonDC駐在の日本企業の方々と。流石にWashingtonDCだけあってそれぞれ多様な人脈をお持ちで、そこから紡ぎ出された世界観も重厚。たまたま隣り合せになった方からは本当にいろいろとお教え頂きました。

午後。実は当初は、Menedez上院外交委員長やあのMcCain上院議員といった大物との会談予定だったのですが、急遽キャンセル。楽しみにしていたのですが、まぁこれはしょうがない。自分らも国会都合あるしなぁ。ちなみに日本では無茶な国会日程を改善するなどの国会改革が叫ばれています。我々新人仲間でも声を出し始めていますが、国会の日程については、アメリカの方がひどいとのこと。一度勉強しなくてはと思っています。

で、この間、急遽、Brooking研究所の中国や朝鮮半島の大家で著書も多数お書きになっているLiberthal氏との意見交換。面白い提案を頂きました。詳しくは書きませんがとりあえずちょっと否定的な回答をして帰ってしまいました。Liberthal先生ごめんなさい。

続いて、本部マンスフィールド財団事務所にて、Michael Green副所長(CSIS)、Nick Szechenyi日本副部長と議論。ここでは集団的自衛権、リバランス、TPP、アベノミクスなど、結構幅広い議論になりましたが、安全保障面については流石に十分にご理解いただいている感があり安心して議論できました(少し日本人同士で議論になってしまった感があり申し訳なくおもっていますが)。

夜は財団主催のパーティ。広大な敷地で開催されましたが、現在の所有者は日本人夫婦。財団の理事でもありますが、Kuno先生。生命科学系の研究をされていた研究者で、若くしてアメリカに渡り一財を築いた方です。アメリカンドリームですね。でもこういう精神は今日本が一番必要としているのかもしれません。さて、このパーティでは、かのMondale元副大統領やScieffer元大使も出席。その他、実に多彩な人間が集う会で、結局思い返して見たら、人脈形成という意味では一番有意義であったかもしれません。(写真左はScieffer元大使、右はMondale元副大統領)。

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5月2日。パネルディスカッションのためキャピトルヒルに(国会議事堂)。一番のメインイベントは、訪米中の石破幹事長の講演会。マスコミのカメラマンが図々しくも私の目の前に陣取り、奥することもなく立ったままだったので、幹事長の言葉より、この御仁の尻が気になってしかたありませんでしたが、それはさておき、ここでも幹事長の言葉の選び方は大変勉強になりました。内容は報道の通りです。

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このほか、Jannuzi所長やMondale元副大統領、Schieffer元大使、Posen教授やSolis先生など、それぞれ元老練政治家や専門家のパネルディスカッション。少し奇妙さを感じたのが、アメリカ人がアメリカ人の視点から見た日本の政策を語るのを日本の国会議員がただ見ているということ。そしてそのアメリカ人の視点は昔からあまり変わっていないということ。一貫してぶれない、と言えばぶれないのですが、もう少し中に入って、日本の土埃の匂いを感じて頂くと、少しは気分も変わるのではないかと思うのですが、難しいところです。

シンポジウムを終え、一転、国防省に。ヘーゲル国防長官補佐官のLippertとの会談。実はこの日丁度、韓国大使への転任が発表され、一同お祝いを申し上げました。41歳とのこと。日本では考えられない人事です。閑話休題、Lippertからは国務長官の先のアジア歴訪についてのブリーフィングを受け、主に、大国間関係という新しいモデルを模索している中国の見方、MDAという海上監視システムについての日米協力のあり方をはじめ、宇宙・サイバーなどの観点での意見交換を行いました。

最後は、ドイツ駐在大使も務められた元財務副長官のKimmit。ここは非常に有意義な議論ができました。というのは、先方から唐突に日米関係強化のための具体策の提言があったためです。米国に投資している日本の企業は、関連する地域の上下院議員を日本に招待したらどうかとのこと。仕事とかロビー活動とか献金とかは一切なし。日本の要人にあって話をして飯食って帰ってもらうだけ。いいこというなぁ。少しは働きかけをしてみようと思います。

以上、すこしだらだらと書きましたが、とにかく充実した出張でした。しかし本当に充実したするかどうかはこれからこの人脈を確かなものにできるかどうかだと思っています。