アフターコロナ論

Afterコロナ論

■はじめに

新型コロナウイルス感染症は未曽有の深刻かつ重大な影響を世界各地にもたらした。その影響はあまりに大きく、事態生起の初期段階から、社会構造や人々の価値観をも大きく変える可能性などが指摘されている。近年では経験したことがないリスクを前に、少なくとも完全に元の状態に戻ることはないとの認識も識者の間で共有され、中長期的な展望への大きな関心の高まりとともに、Afterコロナ・Withコロナ・Postコロナ・Beyondコロナ(ここでは特に断らなければ全てを総称してAfterコロナとする)など様々な視点と呼称で将来像に関する議論が始まっている。

例えば自民党は、第二次補正予算編成にあたって、政府に対して、第2波、3波の可能性に備えつつ中長期戦も視野に入れ、感染症予防と経済活性化の両立を図りながら「新たな日常」を確立するため、予備費を含めた様々な政策を提言しているが、その際、 Withコロナ」下での新たな生活・仕事の様式、産業形態、産業転換、災害対応のあり方について「Beyondコロナ」も見据えた検討、今後のコロナウイルス第2波、3波への対応、基本的な感染症対策のあり方、についても深度ある検討を進めることとした。

本来、Afterコロナ論は、目指すべき社会像を徹底的に議論し、バックキャストによって実行すべき政策を洗い出すべきであるが、同手法は政策の実行可能性や意見集約などの問題が顕在化しやすく抽象的結論になりがちである。感染症が進行しているなかで、時間的制約もある。そこで、こうした視点も踏まえつつ、コロナ禍の政策を3つの段階に分けて考えることにしたい。第一は、経済回復を含めた危機対処段階であり累次の経済対策で示された経済回復政策パッケージもここに含まれる。第二は、目指すべき社会へ移行する間の期間であり、第二次補正予算提言で示された上記3つの課題はここに含まれる。第三は目指す社会の実現である。第三は目指すべき社会を徹底的に議論しなければならないが、これは第二段階の議論を経て大まかな方向性が明らかになることに期待し、それを起点にしつつ、今後の議論を継続することとしたい。

前もってエビデンス整備の重要性も触れておきたい。コロナ禍の経済的側面をとらえれば、ヒトとモノの移動制限は、消費・投資・供給といったあらゆる経済的側面を毀損するため、通常の不況とは全く異なる様相を呈している。そして経済は感染症の状況と密接に関係し、更に感染症の状況は人々の行動意識に大きな影響を与え、社会経済活動の変容は経済的側面に影響を与える。見落とされがちなのが、そこに媒介する生身の人間としての感情である。政府や自治体がこの状況にアクターとして介入する場合、経済・感染・感情の全てがターゲットとなるため、政策と共にリスクコミュニケーションが極めて重要となり、またそれの正統性や信頼性を担保するためにエビデンスがより重視になる。

■変容する価値観:国際秩序・経済社会環境・企業活動

変容する価値観の類型を政策実行の難易度によって3つに分けておきたい。第一は、コロナ禍以前から既に変容しつつあった価値観で、コロナ禍をきっかけに一気に社会実装が加速化する領域である。第二は、コロナ禍で生まれた新たな価値観で、政策誘導によって社会実装が進む領域である。第三は、コロナ禍で生まれた新たな価値観ではあるが対立する古く効率の悪い価値観があり、相当な政策によるテコ入れで初めて社会実装が可能になる領域である。こうした価値観の累計を念頭に、主に国際秩序環境と経済社会環境の2つの軸について触れていきたい。

国際秩序は、米中対立の激化など国際政治の動向、資本主義の在り方にもかかわる国際経済の動向、そしてサプライチェーンの変化が主だった論点となる。経済社会環境では、各国の財政状況や消費者の価値観変化に伴う経済活動の動向、そして地方の重要性の高まり、あるいはデジタル化の進展によるビジネスモデルの変化や働き方の革新、資本主義の在り方や価値観の変化などが主だった論点だろう。

〇国際秩序に関わる課題

コロナ感染者の終息を目標に各国巨額の財政を投じて対策に取り組んできたが、いかに早く終息させるかで今後の国際秩序に大きな影響がでる。早期終息が実現できなければ、コロナによるコストインポーズにより国力が大きく損なわれ、パワーバランスに大きな変化が現れる。更に財政状況の国際的なバランスの変化は国債格付けや為替などを通じて構造問題にもなりかねない。したがって、現段階の経済対策はもちろん、第2波第3波への盤石の備えも今後の国際秩序形成に大きくかかわってくる。

(社会の持続可能性と資本主義)
グローバル化やデジタル化の急速な進展により産業構造やビジネスモデルが劇的に変わりつつある一方で、社会課題が複雑多様で構造化された問題として社会の持続可能性自体を脅かしている。社会課題の解決を、国家財政のみに頼るような伝統的手法だけではなく、社会全体で解決していく重要性が多く指摘され、SDGsやESGなどのように伝統的資本主義の在り方に一石を投じる考え方が広がりを見せつつあった。コロナ禍にあって、国際コーポレートガバナンスネットワークをはじめとしたESG投資家が揃って配当よりも雇用維持を最優先すべきだと表明したことは、間違いなく既に芽生えていた価値観の変化に沿ったものであったが、コロナ事態を機にSDGsの考えがなお一層広がる可能性は高い。この意識変化は個人の行動にも影響を及ぼしつつある。例えば社会的活動への関心がコロナ禍で大きく高まった。こうした企業や個人の意識変化は、コロナ事態対処で各国が財政支出を大幅に拡大し中長期的な政策自由度が多少なりとも縮小されることが予想されるなかで、非常に重要な価値軸になるものと思われる。

(経済安全保障と民主主義)
経済安全保障の側面も見落とせない。経済グローバル化の負の側面として自由主義国家の国内格差や難民問題が顕在化し、それにより政治が不安定化、自国主義傾向が強まり、国家同士の対立激化と国際秩序の劣化傾向、さらには国際システムの機能不全が指摘されてきた。またデジタル覇権を巡った米中対立構造は、経済安全保障に絡めて議論されることが多く、経済安保を新たな領域に持ち込んだと言えるが、そもそもGAFAやBATに纏わる課題を考える上で、覇権政党国家とデジタルビジネスモデルの親和性は高く、いわば既存の民主主義国家と覇権政党国家の生き残り競争の様相も呈している。そうした中、世界的なコロナ禍は、本来まさに国際協調により解決する問題であったにも関わらず、WHO問題や恣意的軍事活動などに見られるように、実際は対立構造が加速化している。国際社会のなかで、デジタルに纏わる流通の制度、課税のあり方、個人情報保護の観点での規制の在り方などの議論を加速して国際ルール形成をリードし、またFOIPに代表される価値観を国際社会の中で死守しなければならない。その裏側で、日米同盟を基軸としつつ、安定した安全保障環境を築くため、次世代の防衛装備体系構築の議論にも早急に着手し、国際政治環境の変化に柔軟に対処できるよう備えるべきである。

(グローバルサプライチェーン)
産業構造上のサプライチェーンリスクにどう備えるのか、特にパワーバランスがシフトしつつある中でキーテクノロジーの漏洩をいかに食い止めるのか、またテクノロジー覇権競争にどう対処するのか、これらは長年の課題でもあった。コロナ禍は、こうした課題への対処に残されていた時間を奪った側面が大きい。知的財産戦略を抜本的にアップデートし、貿易管理制度の精緻化とともにクリアランス制度や秘密特許も検討すべきではないか。特に本格的なサプライチェーン上のグローバルアライアンスが展開されるものと思われる。各産業は、それぞれの経営判断に基づいて、自国回帰か、もしくは国際的に冗長なサプライチェーンを再構築すべきか判断を迫られる。国内回帰の場合には、政府は単なる立地補助も重要だが、本来ボトルネックとなっていたチョークポイントへのイノベーション誘発政策も光を当てるべきだ。一方で、自由貿易推進がFOIPを掲げる日本としての旗手政策であることから、グローバルアライアンスを促す政策を積極的に展開すべきだ。

〇経済社会環境に関わる課題

(財政問題)
コロナ禍で各国揃って巨額の財政を投じたため収支は大幅に悪化している。現在のところ、財政悪化による金利上昇や為替変動の環境には全くないが、今後、国際社会でのコロナ終息競争の勝敗によって環境は激変してくる可能性がある。また巨額の財政赤字は成長戦略に大きな影を落とす。成長戦略と併せて償還の在り方の中長期的ビジョンを早急に策定しなければならない。また財政の悪化も国際的な課題であるためG20などのフレームワークで協調して対処する方策を模索すべきである。

(産業構造)
デジタル技術の進展は、例えばC2Cやシェアリングエコノミーがビジネスの供給側のみならず需要側の価値観をも大きく変えているなど、従来のビジネスモデルにはなかったプロセスで社会全体の価値観を変容させており、その結果として産業構造も大きく変化を遂げようとしている。そうした中で、人的移動が極度に制限されたコロナ禍は、WEB会議やECなど人々にデジタル技術に関する大きな気づきと新しい価値の発見を促したといえる。産業構造は、デジタルシフトとともに、パンデミックを嫌気しての地方回帰と立地シフト、製造業のサプライチェーンリスク回避の動きに伴った垂直統合から水平分業やオープンイノベーションへのシフト、更にはコロナ禍による事業承継問題や休廃業加速の問題などの顕在化、などによってサプライチェーン再構築も含めて変化していくと思われる。これらの方向は、おおむねすべて政策誘導によってさらに後押ししていくべき領域である一方で、社会全体のデジタル化に対するリスクには対処すべきである。

(労働市場と勤労意識)
最も重要な国内の社会的課題は雇用環境と労働意識の変化である。そもそも人口減少社会にあって労働人口の減少から、政府は働き方改革を推し進めてきた。60歳を超えても勤労意欲のある高齢者が9割を超える中、高齢者の勤労継続を後押しする政策を様々な面から後押ししてきた。その結果、これまでの経済回復基調のなかで何百万の高齢者が労働市場に流入し、人手不足を補ってきた。女性もしかりで、非正規への流入を通じて正規への流入に移行する時期であった。コロナ禍でこうした方々が大量に労働市場から退出したが、そのほかにも労働市場の構造が変化している。経済回復期に合わせてスムーズかつ合理的に再参入できる環境を整えるべきである。一方で、労働市場のなかで明らかに元に戻らないと予想できるのは働き方である。ネット回線を通じたリモートワークやWEB会議が盛んに行われ、緊急事態宣言解除後でも継続を宣言する企業が少なからず現れている。社会全体のデジタル化に対するリスクには対処すべきである。

(個人の勤労価値観変化)
コロナ禍による個人の意識変化も見逃せない。突然襲ってきたコロナ禍で、休職や失業を余儀なくされ、また事業収入を絶たれるなどして生活苦に陥るケースが多い。通常の不況時などのいわゆる想定内の社会保障制度は、世界の中で相当きめ細かなサービスを提供しているのが日本であるが、急遽づくりのコロナ対処制度はスピードに問題があり、社会不安を生んだ。大学による国民感情分析によると不安に思う国民が9割を恒常的に超え、その期間も長かったことは、これまでにない。そうした想定外の状況を生み出さないよう、あらゆる事態に対しても対処可能なプランBを常時検討すべきだが、より汎用性の高い社会保障制度も模索すべきではないか。例えば、既存の複雑な社会保障制度を組み替えてベーシックインカムを導入することも全く論外とは言えない時代に入ろうとしているはずだ。

(経済価値観の変化)
コロナ禍にあって社会的意義のある活動に関心が集まった。経済社会構造もこれまでフローばかりを追い求める資本主義社会であったが、数年前からSDGsなどに代表されるように社会的意義と持続可能性が大いに議論され、資本主義の在り方にも一石が投じられている。しかし、寄付金や政府による補助金等による財政支援で活動するスタイルよりも、ESG投資なども併せて自ら事業として成立させつつ社会的課題を解決するスタイルこそが新しい資本主義の流れとなりつつある。こうした社会的事業に対して環境醸成の支援を積極的に行うことが中長期視点で行政コストを低減させることにつながる。

(個人情報保護とデータ利活用)
経済対策や個人給付、あるいは感染症や医療機関状況把握など、コロナ事態対処における政府のデータ利活用については、国ごとに国民の評価が大きく二分した。最も早く対処した民主主義国家では、事態生起とほぼ同時に、国民への情報提供と情報収集を、個人の携帯デバイスを通じて実施し、リスクコミュニケーションに成功したと言われる。事態終息後に個人情報の取り扱いを巡って一部で批判があったが、個人にとって感染リスクを避けるという利益が個人情報提供の不安を上回ったために登録者数が増えたと考えるのが自然である。コロナ事態がデータ利活用と個人情報に関する国民の意識と価値観に影響を及ぼしたかどうかは、Society5.0の実現を目指すうえで非常に重要な視点になるはずだ。個人情報保護には当然配慮しつつ、政策の進め方については大いに見直すべきだ。その際、規制改革もデジタル社会に併せて徹底的に検証し、見直すべきは見直し、そもそもの法体系の在り方の議論にも踏み込んでいくべきだ。

(リスクコミュニケーションと政策ダッシュボード)
世界各国で国民はコロナ危機に関する政府の対応や情報に注目した。賛否は各国で分かれるものの政治や政治指導者に対する関心は大きく高まった。世界中で発生するような巨大な危機を前にそれぞれの国民はそれぞれの政府に対応を委ねた。言い換えれば政府に対する依存度を高めたが、一方で、政府が想定外の事態に的確に対処できたかは国民の評価が分かれる。一言でいえば、国家が何を何の目的でどういうプロセスで何時頃やろうとしているかという基本的なことが、国民に全く伝わらなかったことは大いなる反省であろう。営業が不得意な飯伏銀の職人がグローバルマーケットに参入できないのと同様に、リスクコミュニケーションは政策と同様に、あるいはそれ以上に重要な要素となる。特にコロナ禍は、経済・感染・感情の全てがターゲットとなるため、それらすべてに訴えかけるコミュニケーションが必要であり、その正統性や信頼性を担保するエビデンスも重視となる。国家運営に資する政策指標ダッシュボードを早急に整備すること、また政治指導部に対する平時からの専門家意見具申システムの整備も急務である。

■第2波第3波に備えて

社会に甚大な影響を及ぼしている新型コロナウイルス感染症について、政府は緊急事態宣言を全面解除し、新しい生活様式の目安を公表した。緊急事態宣言の期間は1か月半に及んだが、その前後も含めて、感染の被害あるいは脅威に晒された国民の不安は大きく、また経済活動の停止に伴う経済的重圧も加わり、更には日本の経済状況にも著しい影響を及ぼしている。今後、社会経済活動が段階的に再開されることとなるが、第2波第3波の到来は必至との思いで、事態対処に万全を期す必要がある。医療崩壊に至らないよう最悪シナリオの立案を、通常インフルエンザの同時到来などのストレステストを加味しながら、万全の体制を整えるべきであるが、一方で経済的負担も相当なレベルに達していることから、感染者数抑制に最も効果のある緊急事態宣言の在り方とオペレーションについて、シナリオに基づいたより深い分析を行う必要がある。政治から見て失業率が1%上昇すると自殺者が3千人程度増加することに直視しなければならない。こうした観点でみても、ダイナミックなオペレーションが可能となる政策ダッシュボードは必要不可欠である。