社会的課題解決を目指す民間団体を支援しよう!

地域地域には、商店街活性化やシャッターを開ける会、子育て支援や介護支援、地域産品活性化や就農支援などなど、ありとあらゆる社会的課題に対して、NPO職員やらボランティアとして、あるいは事業家として、熱意をもって取り組んでいらっしゃる心の清らかな方々がいらっしゃるものです。

そうした活動は社会的意義が高いものが多いのの、なぜ行政でなくて民間がそうしたことに取り組まざるを得ないのかというと、行政では痒いところに手が届かないからであって、直接関与することに馴染まないからです。

一方、そうした活動家は、当然ですがそれだけで食べていくのは困難な場合が殆どで、大抵の場合は地方自治体から補助金を受けているのですが(もちろんそうでない場合もあります)、補助金で成功しているケースはまれで、これまたほとんどの場合がカネの切れ目が縁の切れ目で、補助金ありきの事業になってしまっているケースも多い。

そうした結果、巷でよく聞くのが、うちの市長は理解がない、とか、うちの町長はやる気だけはあってもカネがない、などなど。

そうした活動家に対して、政治として本当に放っておいていいものかというと、そうではないはずで、何かしらの支援の枠組みができないものなのかしらということになる。補助金はありだとしても、事業家が自ら民間資金を呼び込んで、ある程度のガバナンスをもって、熱意と誇りをもって事業として社会的課題を解決できるような団体に育ってくれたらそれ以上のことはありません。

そうした社会的事業・ソーシャルベンチャーの支援制度の制定を目指し、党政務調査会に特命委員会が立ち上がりました。といっても、10月末のことであって、税制やらなにやらで執筆をサボっていたので報告が遅れました。これも事務局を預かることになりました。

タイトルは、社会的事業に関する特命委員会。会長は伊藤達也先生です。実はこうしたソーシャルベンチャー支援の取り組みは政府も全く行ったことが無いかと言えば何回か試みはありましたが、改めて再チャレンジです。対象はNPOに限らず、事業家も含まれます。これまで5回のヒアリングを行いました。第一回目は、古田秘馬さんに党本部にお越しいただき、役員だけで会議の進め方や方向性などの議論を古田さんを交えて行い、顧問役についてもらうことにしました。

これまで、ETICの宮城治男さん(この道の大家)、坂の途中の小野邦彦さん、宮崎県日南市で商店街活性化を成功させつつあるテナントミックスサポートマネージャの木藤亮太さん、また古田さんも関与しているスペインバスク地方ビルバオ市の人材育成や地域活性化の成功事例としてスローフードビスカヤ名誉会長のマリアーノ・ゴメスさん、寄付文化醸成に熱心に取り組んでいらっしゃるドットjpの佐藤大吾さんや、公共施設を利用した民泊を推し進める丹埜倫さんなどからヒアリングを行いましたが、いやはや大したものです皆様。

いつかまた詳細に内容について報告したいと思っていますが、世の中には発想の自由な人がいることを改めて気づかされます。

 

 

現役世代が将来受給するときの水準を考えた年金制度

年金の改革法案の国会での議論が全く噛み合っていません。

それもそのはず、日本経済新聞が言うように、「深まらない議論になった背景には民進党の戦略も透ける。民進党は同日の審議の答弁者に塩崎恭久厚生労働相を呼ばず、質問を首相に集中させた。そもそも政府・与党が掲げる「現行制度の改善」を議論するのが狙いではない」「旧民主党が第一次安倍政権を追い詰めたときのように、年金問題を政権追及の柱に育てる狙い」(10月13日)だからです。

過去の政治が将来のことを考えずに今さえよければ的発想で今までやってきたから現在困っているわけで、改革しようとしないのは今の政治のやることではありません。念のためですが、困っていると言っても、現在の年金制度でも財政的には全くもって安定していて、破綻するなどと言ったことはありません。将来世代の給付水準(と所得代替率)を数%上げたいという「現行制度の改善」が狙いです。

国会の審議では、政争の具にするのではなく、政府が何をやろうとしているのか、を詳らかにし、議論によってより良い制度にすることが目的な筈です。それを願ってやまないわけですが、改めてここでは、日本の年金制度はどうなっていて、これからどうなるのか、を示しておきたいと思います。是非お読みいただければと思います。

詳細に入る前に、簡単に言えば、物価が上がっていて手取り賃金が下がっている場合(もしくは物価は下がっているけど手取り賃金はもっと下がっている場合)、次年度の年金受給額は据え置きで変わらなかった(もしくは物価分しか下げなかった)のを、賃金下落分下げますという法律です。それ以外の物価推移や賃金推移の場合は変わりません。それにより浮いた分を将来世代の支給額改善に回そうというもの。

今日、政府が発表したとされる数字について、新聞報道によれば、新制度を過去10年に当てはめると年金支給額は3%減る、夫婦だと7千円ほど減る(将来受給は7%改善)とのことですが、大切なのは現役世代の名目賃金もそれくらい下がっているはずだということです。若い人も賃金が減って苦労しているのに、年金だけ高いまま据え置きになっていた。皆さんはどう思いますか。ご年配を支える若者が負担に喘いで元気がなくなるから支えるエネルギーがでなくなるとは考えられないのでしょうか。

他党さんも今より年金が減る場合があると喧伝するのはいいのですが、そもそも物価と賃金水準に連動して適切に給付水準を調整しないとバランスが悪くなることは必定なのにもかかわらず、政治的配慮(?)で下方調整はあまりしてこなかったのですから、今こそ少しでも正常な形に戻していくべきです。受給者世代への配慮によって将来世代の受給が減ることを容認するわけにはいきません。昔の政治が将来のことを考えずに今さえよければ的発想で今までやってきたから現在困っているわけで、改革しようとしないのは今の政治のやることではありません。今なら本当にお困りの受給世帯を代替手段で救済できますが、将来につけをのこすとはできません。

ただ1点、多少気にとなるとすれば、景気後退期、GDPの6割を支える消費の内、35%を占める無職年金受給世帯の所得が減れば、消費にインパクトがある点です。年金を経済政策と見るべきでは絶対にありませんが、この種の政治的配慮は裏から見れば経済的に浮揚効果、いわばビルトインスタビライザー的な効果があることは否めません。ここはあくまで余談です。

以下、細かくなりますが、説明します。

1.現状社会保障の全体像と現行年金制度

・社会保障の全体像
社会保障全体の給付は2016年度の場合、118兆円です。年金が56.7兆円、医療が37.9兆円、介護や子育てなどその他が23.7兆円です。この合計118.3兆円をどうやって捻り出しているかというと、現役世代が保険料として国に払う35.6兆円と、事業主が保険料として払う30.7兆円と、国民が税として払う32.2兆円(国税)+13.1兆円(地方税)、そして年金運用基金の運用収入などで6.7兆円です。詳しくは下記まで。
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12600000-Seisakutoukatsukan/0000128232.pdf

・年金保険料は固定される

基礎年金(国民年金)の納付額(国民が保険料として支払う額)は年々上がっていますが2017年より固定され、16900円です。厚生年金も年々上がっていますが、これも2017年で固定され、(その月の報酬)×18.182%を労使折半します。例えば20万円の月給の人は会社が18182円を国に払い、ご当人も18182円払います。これ以上上がりません。つまり負担の上限は決まっています。

・年金給付額の原則

給付はどうなるのかというと、少し複雑です。まず原則論を書いておきます。基礎年金は、65008円×納付した月数/480を受給年齢から貰えます。これをAとします。厚生年金は、平均標準報酬×5.481/1000×被保険者期間(月数)/12です(平均標準報酬はボーナスを含み、過去の賃金は現在価値に評価します)。これをA’とします。

・年金給付額の調整(複雑ですがここは今回改正の理屈に関するところです)

ここは何を言っているのか分からないほど複雑ですが、お付き合いください。現行制度で上記AもA’も同じ理屈で物価や賃金などで調整されます。ここで物価や賃金で調整と書きましたが、当たり前のことながら念のため書くと、物価で調整するというのは支払う人に寄り添ったポリシーで、賃金で調整するというのは現役世代の負担に寄り添ったポリシーになります。

で、基本的には、年金支給額は物価が上がれば上がるし、下がれば下がります。更に、将来の人口構成や平均寿命を考慮して更に調整をかけています。マクロ経済スライドという名前で知られていますが、単純に0.7%引きます。この数字は毎年調整されます。つまり、例えば物価が1%上昇すれば次年度の年金支給額は1%−0.7%=0.3%上昇します。(もう少し言えば今回の改定で、受給世代への配慮から、この調整によってマイナスになるようなら0と言う下限は維持して、残りは次年度移行の景気回復時にキャリーオーバすることになりました。例えば0.3%の物価上昇でスライド調整が0.7だと本来0.3-0.7=-0.4%ですが、ここは0に維持して0.4%分は次年度以降の景気回復時に0.4%引こうというもの。)

ただ、経済状況が通常とは異なり、名目賃金(手取り賃金)は上がっているけど物価がもっと上がっているとき(実質賃金マイナス)(賃金<物価)は、年金給付を物価水準に従って上げてしまうと、現役世代の負担が増えるので、原則として物価上昇ほど上げずに賃金水準で上げることになっています。賃金上昇が0.5%で物価上昇が2%なら、次年度年金支給額は0.5%上昇するということです。

ここからポイントです。同じ実質賃金マイナスのケースでも、物価だけ上がっていて賃金が下がっている場合は、本来賃金ベースでマイナスにすべきところ、そうすると受給世代の負担が増えるので政治的配慮で据え置きになっています。つまり、物価が+1%上昇で賃金がー1%下落だと、次年度年金支給額は0%変化で変わらないということです。

更に同じ実質賃金マイナスのケースでも、物価は下がっているけど賃金もそれ以上に下落している場合、本来賃金ベースでマイナスにすべきところ、同様に政治的配慮で物価下落分だけ年金支給額を下げる制度となっています。(ちなみに以上の説明は新規受給対象者の場合は若干異なりますが説明は省きます)

2.今回何が変わるのか

野党側から下がる下がると指摘されているのは、上記の”年金給付額の調整”で触れた部分の一部です。すなわち実質賃金がマイナスであって、物価は上がっているが賃金が下がっているときと、物価は下がっているけど賃金はもっと下がっているときです(名目賃金<0<物価、もしくは、名目賃金<物価<0、のとき)。

賃金が下がって物価が上がるのは厳しい状況ですが、現役世代は給料が下がっている上に年金負担が増える(正確に言えばその時の負担は増えないが将来受給する水準が下がる形で負担が増える)ことになります。今までは支給額を減らさずに据え置きでしたが、原則、この状況の時は、年金支給額を賃金水準によって決定しようとするものです。物価は下がっているけど賃金はもっと下がっているという時も、これまでは物価水準で決定していたものを、賃金水準で決定しようとするものです。

改めてですが、今回の改正は、賃金(名目でも実質でも)が上昇基調にあるときは全く関係ありません。変わるのは、名目賃金が下落し、かつ、実質賃金が下落のときです。

3.ついでに

・受給資格は現在25年(今回の改正で10年に短縮)

年金は、受給資格期間である25年以上納付していないと受給できませんが、これを今回10年に短縮しようとしています:年金機能強化法案。

・厚生年金と共済年金は一元化されています

共済年金と厚生年金は既に一元化されています。なので原則として掛け金は後に述べるように一緒です。給付も同じです。ただし、正確に言えば、移行期間が数年分あります。

・厚生年金には所得制限があります

厚生年金(共済年金)の受給には所得制限があります。例を挙げれば65歳以上で年金受給額を合わせて46万円以上の収入のある方は、それを超えた分は受給額が半分になります。例えば月給が35万、厚生年金が15万の場合、合計50万なので、(50−46)/2=2となり、厚生年金受給額が13万になります。詳しくは下記まで。
https://www.nenkin.go.jp/pamphlet/kyufu.files/0000000011_0000027898.pdf

・受給開始年齢

厚生年金の支給開始年齢は65歳ですが、現在60歳から段階的に引き上げています。今ご自身が何歳で男性か女性かによって支給開始年齢が決まります。例えば今50歳の人は男女とも65歳です。なお、基礎年金の支給は65歳ですが、60〜70の範囲で選択できるようになっています。60歳から貰えば3割減、70歳までがまんすれば3割増支給されます。この部分は政府からみれば財政中立です。

人口減少時代の働き方とワークライフバランス

働き方改革、ワークライフバランス、長時間労働是正、という言葉が流行り言葉になっていますが、今回は、このことについて触れておきたいと思います。

人口減少社会にあって労働力が低下することは必至です。ならば、女性の社会進出と高齢者の雇用継続は避けて通れない問題です。日本の労働関係法の不備や慣行によって阻まれる問題を解決しなければなりません。長時間労働慣行が女性の社会進出を阻み、保育所や特養等公助需要を増大させ、非正規労働者の固定化に繋がったりと、大きな問題を含んでいます。昔的な人権という問題ではなく、社会システム全体の問題であって、慎重に早急に環境整備を進めて行く必要があります。

理想の国家像としては、働きたいと思う女性や高齢者が躊躇なく働ける環境、そして世帯の中で自助・共助の精神でお互いを助け合い、困難な場合は保育や特養といった公助がしっかりとサポートをする国家。正規労働者と非正規労働者という区別が意味をなさなくなるような、自らが納得して夢をもって働くことができ、頑張れば納得いく地位が得られるような、多様な働き方を受容する環境が整っている国家です。

○配偶者控除と夫婦控除と世帯控除

環境整備の一つが数年前から議論され続けてきた所得税法の改正です。そもそも所得税改革が議論されてきたのは、出生率に影響する若年層尾世帯の社会保障負担が増え可処分所得が低下していることに端を発したものです。若者の負担を軽くしてあげないと日本がもたない。例えば昨年提出された年金制度改正法案も財政上は安定しているものの将来受給世代の給付水準の引き上げを狙ったものでした。配偶者控除の扱いは主要な議題の一つです。

いわゆる103万円の壁(配偶者が、税の優遇制度上、年収103万円を超えないようにしか働かない)という問題です。現在の制度では、配偶者の所得が年間103万円を超えると世帯主は38万円の配偶者控除が受けられなくなり、条件付きですが103万円~141万円の間であれば配偶者特別控除が受けられますが、逆比例的に141万円に至るまで38万円から0に控除が減額されます。一方で、配偶者自身の基礎控除は、配偶者が65万円以上働いた時点から比例的に控除額が0から比例的に増加し103万円の時点で38万円の基礎控除が受けられます

つまり、税制控除が最も受けられるのは丁度103万円の時で、世帯主の38万円の配偶者控除+配偶者自身の38万円の基礎控除、合計で76万円の控除が世帯で受けられます。これが103万円の壁と言われる問題で、配偶者は自身の所得が103万円を超えないように働くことが得だと思う制度になってしまっています。税制が配偶者の働き方に歪みを与えてしまっている。

であれば夫婦合計の年収に控除を設ける制度にしたらいいのではないかという議論が夫婦控除です。党内ではその他の案も議論されていましたが、夫婦控除という考え方が主流です。党内ではまだ議論が始まっていませんが、報道が先行していて、解散風に飲み込まれたのか、配偶者控除廃止と夫婦控除導入は延期して、103万円の上限を150万円にして世帯主の年収を要件にする方向で検討されていると聞きます。理由は、配偶者控除を廃止して夫婦控除にすると、税制中立(税収が減りも増えもしない制度)だと、減税世帯もあれば増税世帯もあり、世帯主が高所得の場合は特に増税になるのを嫌がったとのことです。報道なので真実かどうかは分かりませんが、本当であれば少し残念です。

もちろん大切なことは税制が働き方をゆがめないようにすることです。しかし一方で、自助共助を促すことも必要です。フランスのN分N乗税制を参考に世帯控除にすれば、核家族化の一定の歯止めになるであろうし、公助負担の軽減に繋がるのではないかと思います。夫婦控除が導入されたのち、この部分は議論を更にしていく必要があると思います。

○同一労働同一賃金

単純に非正規従業員が正規従業員と全く同じ仕事をしているのに、給料が何倍も違うのは理不尽じゃないか、ということに端を発する問題ですが、本質的にはもっと根深い問題があります。もちろん基本的にはこの同一労働同一賃金という言葉がもつニュアンス以上に、雇用形態のみを理由とする不利益取り扱いを排し、客観的な理由のない不利益取り扱いを禁止していかなければならないのは論を俟ちません。

問題は、労働慣行です。日本は職能給(人への報酬)、欧米は職務給(地位への報酬)です。日本は所属部署に関係なく、企業と従業員の契約になりますが、欧米は所属部署との契約。つまり、欧米の真似をすると職が固定される傾向にある。何が起こるかと言えば、A部署は課長以外全員非正規で、B部署は課長以外全員正規。AもBも欠員がでれば社外から募集。そういうことも起こらないとは限らない。これはあくまで例であって、その他に検討すべきことが沢山あります。そうした問題を無理に規制するよりは、いかような労働環境がベストなのかというそもそも論から始めないといけません。同一職種をどう定義するのかにもよりますが、木を見て森を見ずにならないような制度にしなければなりません。

○ワークライフバランスと長時間労働と女性就業率

多くの勘違いがあるのがこの言葉です。単に、個人が仕事と家庭の両立を図って「豊かな生活」を送れるようにすること、と言ったミクロ視点での文脈で理解されがちですが、そもそもこの言葉の意味は、よりマクロ的な視点で働き方全体を国家的に見直して、ワーク(仕事)とライフ(家庭内の介護や育児や教育)の好循環を生むことが本質です。社会全体構造の変革が必要です。例えば、企業が全体の働き方を見直さずに表面的に休暇制度を導入すると、独身者の負担が増え、家庭もちとの対立によって、企業の効率が落ち、企業収益も落ちることになります。また、長時間勤務により睡眠が短くなりミスが多くなると仕事量が余計増え、新しい価値を生む知的活動の時間も意欲も少なくなり、結局生産性が低下します。近視眼的ではない俯瞰的な構造改革が必要との観点は、そもそも私自身、小室淑恵さんの講演を聞いて初めて理解した観点です。彼女の講演の要点(大野のメモ)を付しておきます(もっともこの視点は地方という観点には馴染まない部分もあります)。

・少子高齢化社会ではワークライフバランスが必ず求められる(社会ニーズ)。

少子高齢化人口減少対策として出生率の向上と女性の就業維持を同時に行う必要がある。そのためには男女とも働き方全体を見直す必要がある。
―出生率と女性の就業率は正の相関関係がある。女性が働くほど出生率が高い。
―女性が就業しやすい環境をつくることが重要である。
 ⇒女性が保育と教育の両面で安心して子供を預けられる質の高い保育所を確保し待機児童を解消すること。
 ⇒企業に支援制度を義務付け、守れない企業にはペナルティをかけること。
 ⇒男女ともに労働に規制をかけること。
  ・フランスやドイツでは週35時間労働の規制がある。
  ・EUでは前日帰宅した時間から11時間休養を取る労働規制がある。
  ・国際会計基準では、従業員が積み残した有給休暇は全額バランスシートの負債に算入することになっており、ある種の労働規制になっている。
―真の少子化対策は男性の働き方の見直しだ。
 ⇒出産の最大阻害要因は経済的理由だ。男性の帰宅時間を早めることによって、女性が仕事を辞めなくて済み、共働きによって経済力が増し出生率が向上する。
 ⇒女性が出産で仕事を辞めて再度パートした場合の生涯賃金と、3回育休をとって定年まで働いた場合の生涯賃金の差は、5千万から2億円違う。
 ⇒子供が1人いる家庭で2人目を生んだかどうかと、1人目を生んだ時の夫の帰宅時間や家事育児の参画時間には、綺麗な正相関がある。

・ワークライフバランスは福利厚生ではなく企業の経営戦略だ(企業ニーズ)。
―従業員の人口構成の問題。長年の不況による新卒採用見送りと団塊世代の退職により、仕事が中堅に降りかかり、彼らの労働時間が増え、精神的問題等で生産性が低下する。
―優秀な人材を確保するにはワークライフバランスが必須。労働力人口減少により売り手市場になっているが、その売り手が企業選択で最も重視するのは労働と生活の両立である。
―企業が経済原則で個別に自由に労働時間を設定すべきだという考えがあるが、これは働きたくないと思う人間を増加させるだけで労働力の意味で地盤沈下になる。
―潜在労働力である女性の活用は必須だ。
 ⇒女性の潜在労働力の活用により、日本のGDPは16%向上するという試算がある。
 ⇒女性の働き方のロールモデルが必要。その不在が女性の就業継続の阻害になっている。男性には常に目指したい理想像、ロールモデルが存在する。
―介護も極めて重要なキーワードだ。
 ⇒従業員が主たる介護者になる場合が極めて多い(介護休暇の管理職の例など)。
 ⇒現在の子育て世代は団塊ジュニアだが、この世代は晩産化。つまり介護と育児が同時期になる可能性が高い世代であり、育児・介護・共働きの3重苦となる。

・働き方を変えないと政府の財政を圧迫する(国家財政的ニーズ)。
―介護と育児と仕事の好循環を生むことこそが大切である。
 ⇒長時間労働により、定時以降の子供の保育と教育の需要が増し、介護に携われないから公的介護の需要が増し、女性が働けないから年金需要が増し、企業は新規雇用を控えるため若者の就業機会が失われ、結果的に公的就業支援の需要が増え、結局すべて公的福祉の需要になって政府の財政を圧迫。
 ⇒増税をしても増税を繰り返さなければならない負のスパイラル構造。
―国民が自助努力する環境を作らなければならない。国民は行政に頼ろうとしているのではなく、時間がないという問題に陥っているだけである。
―したがって、短時間労働が日本を救うことになる。2つだけ戦略を示す。
 ⇒長時間労働を強いる企業は損をするという制度の導入。
 ⇒徹底的に質の高い保育の拡充による待機児童解消。
―この1~2年でこの循環を変えるしかない。なぜならば出産適齢期の女性の人口が減っているからである。

臨時国会が始まりました

臨時国会が始まりました。第二次補正予算、来年度予算、TPP、所得税抜本改革を始めとした税制、憲法審査再開が主だったところですが、今回も多くの法案を抱えてのスタートとなります。

私自身は、引き続き財務金融委員会、外務委員会、地方創生特別委員会に所属し、所掌の案件の審議を行います。

党では、今期から財務金融部会長代理として金融機能強化法など財務金融政策の審議を担当します。その他の政務調査会の会議では、これまでどおり、農林部会、中小企業小規模事業者政策調査会、雇用問題調査会、行政改革本部、宇宙海洋開発戦略特別委員会、知的財産戦略調査会、航空政策特命委員会、を活動のフィールドとしつつ、また新たに立ち上がる会議体である新経済指標検討や社会的起業促進でも活動を始めます。

引き続きご指導ご鞭撻を賜りますようよろしくお願いします。

日銀の新金融政策:イールドカーブコントロール

先週、日銀が新しい政策を発表しました。題して長短金利操作付量的質的金融緩和。年初にマイナス金利というサプライズ政策を導入し、7月にはETF購入倍増を発表し、また新しい政策の発表です。日本の経済に何が起きているのか、を見てみたいと思います。

結論から言えば、経済成長は+1%程度の回復基調に戻るとの予想を私は支持しています。

3年9か月前からざっくり見てみたいと思います。第二次安倍政権発足後のいわゆるアベノミクスで導入した大規模な金融緩和と財政政策によって、金利低下、円安、企業収益の改善、設備投資や雇用環境は改善、名目賃金は上昇、一方、金融緩和要因+円安要因ー原油価格下落要因+消費税導入要因で緩やかな物価上昇、実質賃金を押し下げ(名目賃金上昇が弱い)、消費は後退。

今年に入ってマイナス金利の導入で一段の金融緩和が実施されるも、主に政治要因によって円高。新興国経済低迷も相まって企業業績の多少の弱含み。設備投資も弱含み。総需要の後退と円高要因によって(原油価格上昇要因を吹き飛ばして)物価上昇率低下。結果、日銀が目指す物価2%上昇は未だ達成されていない状況です。

つまりデフレからの回復基調は続いていて、物価が継続的に下落するような状況からは脱出できているものの、力強いわけではない。そして、重要なのは、これは上で述べたようなスタティックなデフレギャップや輸入物価だけが原因ではなく、未だにデフレマインドは根深いということです。昨年、地元のとある製造業の社長さんが、昔はちょっと景気が悪くなっても直ぐに上向くという感覚が体に染みついていたけど、今はアベノミクスとっても、ちょっと景気がよくなったからって直ぐに悪くなるような気がする、と嘆いていたことを思い出します。

従って、処方箋としては積極財政による需要創出と期待インフレ率改善のための更なる金融緩和というポリシーミックスが必要だということになります。

そこで前者に関しては、先月、未来への投資と題して積極財政に転じたので(以前は減税ベース)、総需要がGDPギャップ以上に創出されるはず。残りは期待インフレ率向上のための金融のもう一段の緩和が求められていました。

ただし、金利が下がればいいわけではない。金利を短期から長期まで結んだ曲線をイールドカーブと言いますが(長期の方が金利は高いのが普通なので右肩上がりのグラフ)、今年のマイナス金利導入で短期の下落以上に長期の下落が進み、イールドカーブがかなりフラットになっていました。こうなると銀行運営(貸出減少や収益低下)や年金資産運用で問題がでる。

そこで今回日銀が発表したのが、長期である10年債の金利は0%になるように操作する、短期は更に深堀もあり得る、これによってイールドカーブをスティープ化する、というもの。これを受けて市場も直ぐに反応し、10年金利は0%近くになっています。これにともなって20年債や40年債も上昇しました。さらに、オーバーシュート型コミットメント(というややこしい名前を日銀が付けましたが)、物価上昇率が2%を超えても安定するまでは緩和は続ける意思を明確に示しました。

これによって実体経済としては、先の記事で書いたように、金融機関が貸し出しに積極的になり、中小企業にとってもよい状態になればと思います。

ただ、手放しで喜べるかどうかは見守る必要があります。もうかなり大胆であることは間違いない。黒田総裁の危機感と気迫さえ感じます。

例えば、イールドカーブをスティープ化するということは、ある種のインプリシットなテーパリングではないかという見方もできるし、もっと言えば引き締めになって円高バイアスがかからないのかとか、政府が0金利で資金調達できるヘリコプタマネーに類似するという見方もあるし、0%にするために無制限に国債買い入れを強いられることはないのか、そもそも適切な金利水準はどうなのか、基本的に様々な要因で決まる特に長期金利をうまくコントロールできるのか、はたまた少し将来の話をすれば、既に450兆円も積みあがっている膨大な国債や投信の将来価値が円通貨の信用性にどうかかわるか、オーバーシュート型コミットメントで達成はどう判断するのか、判断して急に国債買い入れを止めたら金利が急上昇しないか、そもそも年限を切るのをあきらめたことになるのではないか、あるいは逆に、これまで日銀はいくらでも国債を買う方針でしたが適切と考えるレンジで買う方針に転換したので場合によっては国債売却インセンティブが低下して買い入れペースが鈍化しないか、などなど。気にし始めたらきりがないですが・・・。

いずれにせよ、この機に経済を立て直さなければならないわけで、放置してもいいわけでもなく、是として注視していかなければなりません。

町の金融と地方創生とお役所

・地方創生は誰がやるのか

結局、地方創生というものは、創生ですから、新しい事をやらなければ成し遂げられないわけで、そのためには、アイディアなりシステムなりの投資をしていかなければいけません。第一の問題は誰がやるのか、ということであって、もちろん国が責任をもってできる環境を整えるということは言うまでもありませんが、国が細部に至るまで地域の実情を把握して、それを纏めて全国一律な施策を打って、全国金太郎飴のように地方が創生発展するなどというのは夢のまた夢です。

では、地方公共団体ががんばらなければならないわけですが、今までのように税金を原資とする公共投資(ハードであろうがソフトであろうが)だけに頼っていたのでは、よいアイディアはそうそう出ないであろう、だったら民間も一緒になって地域の事を考えなければなりません。

国がやってくれるくれない、では全然ダメなのは当然ですが、知事がやってくれるくれない、でも全然だめで、市長がやってくれるくれないでもダメなのです。民間も国も県も市も町も自治会も町民も、全員がやる気にならなければなりません。

・民間の中心は誰かー地域金融

民間側が進んで地域の創生のために立ち上がっている例も少なからずあります。例えば北海道の稚内。もともと漁業が盛んなところですが200カイリ漁業規制で遠洋漁業が大打撃。もう同じ路線は無理だと立ち上がったのが地域の信用金庫の理事長。空港整備から旅館整備まで、できる事は何でもやった。さもありなん、地域経済がなりたたないと、信用金庫もなりたたない。危機感が強い。

(念のたですが、空港や旅館を作ったから創生したということではありません。信金はこのとき、町全体の産業戦略を描いた上で、それに沿ったかたちで、それぞれの事業者が払う事業再生への努力が報われる環境づくりを、”お金だけではない支援”を通じてし続け、それによって町のありとあらゆる産業が息を吹き返し好循環が生まれた、というところが肝です。空港や旅館を支援すれば地方が創生するという、いわゆる旧来の補助金的な発想ではなく、町全体の好循環を生む環境づくりをしたということです。念のため。)

地域金融にはそういう性質があります。ただ、それだけではありません。地域内に取引先がたくさんありますので、地域の経済状況を俯瞰的に見れる。どこにどのように投資すれば、どういうサプライチェーンを通じてどのようにおカネが回るのかを俯瞰的に見れる。しかも地域外との連携ができる組織力と人脈力がある。だから地方創生の主体としては、地方自治体と並んで町の金融は最も有力であったりします。

少し脱線しますが、兼ねてからこの場でご紹介してきました地域経済分析システムであるRESASは、地銀や信金と同様に行政が俯瞰的に地域の経済状況を見れるようにしようという、国が開発し地方公共団体に提供しているシステムですが、なぜ私がその名前すらついていない開発初期段階から応援してきたかというと、そういうシステムがなければ地方自治体は地域経済を俯瞰的に分析することができないからで、もし地方行政が俯瞰的分析をできれば、見えなかったものも見えるようになり、新しい政策(中小企業支援)が立案できるに違いないと思ったからです。

・過去の評価だけでは未来はない

話をもどすと、稚内の信金になぜそんなことが可能だったのかということですが、信用金庫も慈善事業者ではないのでビジネスにならないと融資なんかできない。よくよく考えてみれば、リスクをとったからです。

と、ここまでは普通ですが、どのようにリスクを取ったかが一番重要です。つまり将来価値の評価をどのように行うか、が勝負だと思っています。旅館があって、その旅館の経営状態が悪く財務諸表がボロボロだから銀行は貸さない、では話になりません。過去しか評価していないからこうなる。過去の評価だけで投資をしていても未来はありません。未来の評価、ある種未来の期待感に投資しないければ、未来はありません。未来の期待感は金融が寄り添って初めて光るものだと思います。

銀行マンが、いろんなツールと人脈をもって、中小企業や小規模事業者に寄り添って、その会社のため、ひいては地域全体の将来価値の為に頑張るようにはどうすればよいのか、ということになります。

この部分、すでに国は2年前から大きく舵をきっています。金融業界の所管官庁は金融庁ですが、金融庁と言うと、規制省庁。これだめあれだめという官庁ですが、そういっていては、上に述べたことが成し遂げられないので、規制官庁から育成官庁に大きく舵を切りました。私自身、この変貌ぶりを実感したのが2〜3年前にマイクロファンドの議論をしたときです。以前であれば、どうやって悪さしないように、あるいは市場に悪影響がでないように”規制”するかが視点であったはずの金融庁が、どのように民間活力が生まれるのかという”育成”に力点が移っていたことをはっきり覚えています。

・なにが問題だったのか

結局、過去の金融行政の問題は、20年前の金融危機下で不良債権処理が最大の課題であった時代の哲学をそのまま続けていたことです。もちろん、この間に同趣旨の問題は指摘されておりましたし、改善するために試行錯誤がありました。しかし、地方創生が国家の戦略になった時点で抜本的にその哲学が変わったと言えます。

例えば金融検査マニュアルというのがあります。金融庁が地域金融に課す検査です。もともとの哲学が不良債権処理なので、保守的検査内容になっていたのは当然です。金融業界はこれに通りさえすれば、あとは国債と大手に大規模におカネを投じれば、ビジネスとしてはやっていけてました。ここに、リスクをとる必要もなにもなく、なるべく過去の評価が高い優良企業に融資すればよかったわけです。銀行に目利き能力が失われたと言われるのは、こうした制度的問題があったわけです。これはおかしいということになりました。

地銀や信金の一部には、行員の人事考課につき、ノルマを課すことを廃止したところもあるようです。ノルマというのは、企業側からしてみれば借りたくもないのに借りて欲しいという銀行に付き合うわけで、そういう企業は過去の評価が良いところであるので、再生にはつながらないし新しい企業も生まれにくい。ノルマ評価を廃して、経営困難な会社でも寄り添う姿勢を大切にする方が、当然目利き能力も向上するでしょうし、活力につながる筈です。

結局、そうした本当に頑張る地銀・信金を高く評価する金融行政にすべきであって、実際に今では事業性評価という未来の評価を行うシステムになっていますが、引き続き改善していく努力が必要です。

また、評価だけではありません。信用保証制度というのがありますが、地銀は信用保証協会から保証枠をもらって融資すれば、ほとんどリスクを負う必要がないわけで、不良債権処理時代には資金繰りに困る企業救済のための制度でしたので必須でしたが、現状にマッチしている制度であるとは言えません。今後議論すべき課題の一つとして挙げられています。

今年の年初に日本銀行がマイナス金利を導入しました。国債に頼るところが大きかった地銀信金も、このままではやっていけない。そこで合併し更にボリュームの拡大に乗り出す地銀も現れましたが、本来は、地域の経済を担う中小企業や小規模事業者が、チャレンジをしようと思ったときに寄り添ってくれて、そこで健全にビジネスができる町の金融であるべきです。

先ほどの稚内の例は先端事例&特殊事例であって、同じことを全ての地銀・信金ができるわけではありません。しかしスピリットはこうあるべきであって、なぜそうなってこなかったのかと言えば、金融行政が、現状の変化を直視せず、過去のシステムを20年もひきずったままだったからと言えます。

・金融機関の視点

これまで行政の視点を書きましたが、一方で金融機関サイドからみた直近のビジネス視点も書いておきたいと思います。(この部分は初稿から後日追記したものです。)

地域金融目線で、なぜ昔はリスクを取れていたのか。行政視点ではない単純な理由があります。それは、今の低金利(マイナス)金利時代とは違って、昔は小口融資でも利ざやがあったので、リスクを取ってでも全体のリターンが計算できた、しかし、これだけ利ざやがなければ小口だと土台儲けが計算できない、小口をやる管理費さえ賄えない。つまり、低金利時代、しかもマイナス金利の時代になると、儲けの算段ができないからリスクを取らなくなっただけ、という視点です。つまり、地銀信金にすれば、需要もないのに低金利にすれば小口融資なんてもっとできなくなるじゃないかとなります。

ではなぜマイナス金利になったのかと言えば好景気ではないからです。資金需要がなく、銀行も貸そうにも借りてくれない。なぜ需要がないかと言えば、事業者がチャレンジしなくなったからです。なぜそうなったかと言えばリスクをとれなくなったからです。で、ここまでは行政視点でも金融業界視点でも同じです。問題は、直近のビジネス視点だけで行けば、既述の通り融資リスクはとらない。すると、事業者はチャレンジできなくなる。悪循環です。

既存の金融で資金供給できないということになれば、それ以外で可能性があるのはマイクロファイナンスであって、小口はそちらにシフトしていかざるを得ないのかもしれません。もし仮に、それだけで地域経済が回るようになれば、金利の正常化を通じて、リスクテイクも増えていく。

マイクロファイナンスの分野はそれはそれで力を入れてでも推進すべき手法であって、事実私も応援してきているつもりです。マイクロの利点は、1つのファイナンスの規模が小口なので参加者が気軽に行える。結果的に、財務諸表などの過去の評価だけではなく、期待値という未来の評価によってもファイナンスが行われるからです。

しかし、当たり前ですが知財のアレンジや人物紹介などの周辺支援を金融支援と同時に行う総合支援は難しい。そうした総合支援が事業の創出には必要だと思います。結局、金融界も地域全体の経済を底上げする音頭をこれまで以上にとっていかないといけないのだと思います。

最後に目利き力衰退論について、念のため触れておきたいと思います。昔はリスクテイクできた環境にあったから必然的にリスクをとっていたことは述べました。リスクの取り合戦を同業他社とやっていたということです。これの裏をかえせば、取ったリスクを管理するために、総合支援をしっかり行っていたと言えます。つまり融資した取引先が焦げ付いてほしくないから懸命に寄り添っていた。それが取引先を強くしていた側面もあるし、目利き力を磨いていた側面もあります。今はリスクをとっていないので、総合支援の必要性もなくなってきたので、結局目利き力が弱くなったと言われるのだと思います。

つまり因果の分析をしっかりしないと政策を誤ることになります。

暫くこの分野でいろいろとやってみたいと思っています。

 

 

東京ForumK勉強会―松尾豊先生をお招きし

少し前の去る9月5日の話になりますが、連日のようにメディアに登場される人工知能研究でご活躍の松尾豊先生(丸高・東大)をお招きし、ForumK勉強会を開催しましたところ、ご参会賜りました皆様には心から厚く御礼申し上げます。お礼が遅くなり恐縮です。しかし高校の同窓生の活躍は嬉しいものです。

オーストラリアと資源と産業と歴史

先日、自民党総研メンバー11人(総研は党のシンクタンクで主任研究員は民間出身の精鋭)、同僚議員2人とともに、オーストラリア(以下豪州)を訪問して参りました。日本にとって豪州は、インド、韓国、ニュージーランドとともに戦略的に非常に重要な国であって、その重要性は極めて高くなっているのが現状です。東アジアの安全保障上の観点からだけでなく、EPA、TPP、農業、資源開発、安全保障、歴史、中国問題などに関して、共通の関心を有しています。今回の訪問は、今後の日豪関係を模索するために自民党総研として企画し、訪問したものです。報告書・提言書をまとめて党に具申する予定です。

私の問題意識は以下の2つでした。

・対中国外交を日豪友好関係という切り口で見つめなおすこと。戦争の歴史の乗り越えてきた日豪友好関係の歴史を再確認し、歴史問題を外交戦に使う中国との関係を考えること。そして戦時中に尊い命を捧げられた日豪双方の英霊の御霊に哀悼の誠を捧げること。
・日豪の新しい経済協力関係を模索すること。初めてとなる日本主体の資源開発現場や、豪州の農業漁業最先端現場を視察し、新しい日豪関係を模索すること。

ちなみに今回の訪問で一番印象に残ったことは、豪州最初の捕虜が香川県三豊市高瀬町勝間の出身者であって、現在では日豪友好のシンボル的な扱いになっていること。後述します。

まず、ざっと日程から触れます。

1日目は、シドニー到着後直ちにキャンベラへ。Minerals Council of Australia(ブレンダン・ピアソン理事長)、National Farmer’s Federation(トニー・マーハー理事長)、そして草賀大使との意見交換。

2日目は、グレッグ・ハント産業イノベーション科学大臣、ゲイ・フロッドマン影の内閣サイバー国防副大臣、ゼット・セセルジャ社会サービス多文化問題副大臣との意見交換の後に、戦争記念館を訪問し、その後、夕刻ダーウィンへ。

-sIMG_6888
グレッグ・ハント産業イノベーション科学大臣との会談
-sIMG_6902
ゲイ・フロッドマン影の内閣サイバー国防副大臣との会談
-sIMG_6918
ゼット・セセルジャ社会サービス多文化問題副大臣との会談

3日目は、ダーウィンにて、最近中国企業と港湾の長期リース契約を結び米国から注文がついたことで世界的に話題になった北部準州政府との意見交換。そして農業や漁業者の現場視察と意見交換。北部準州政府主催の夕食会。

4日目は、日本の資源開発企業であるINPEXが主体となって開発を進める日本初の天然ガス田イクシスの視察と意見交換。午後にはシドニーへ。

5日目は、クッタバル海軍基地で英霊に献花。日本からの進出企業2社の現場視察と意見交換を経て、総領事館との意見交換。夜に日本に向けて帰国。

1.オーストラリアってどんな国(おさらい)

ご存じのとおり、豪州は先進国の中でも高い成長率を維持している国であって、その理由の一つとされるのが資源が豊富であること。輸出の6割が資源関係。ただ、よくよくみると、輸出のGDPに占める割合は高々10数%なので、もちろん資源があるのはプラスですが、他の成長要因も大きいはずです。例えば資源で言えば、資源そのものよりも他国の資源開発に伴う投資で儲けているとも言えますし、またサービス産業もGDP内訳では旺盛です。

逆に言えば、よく指摘されるのが、中国の経済成長鈍化による資源需要減少によって豪州の成長は鈍化するのではないかという指摘がありますが、前述の観点で言えば騒ぐほど甚大ではないのかもしれません。

人口規模は2300万人程度で、世界第6位の国土に比して少なく、マーケットとしては魅力に欠けると言われます。ただその数は年々増加。積極的移民受入政策で毎年12万人を超える人々を受け入れています。この積極的移民政策は、国家のアイデンティティと歴史認識という観点で少し別の議論ができます(後述します)。

しかし一方で、物価と労働コストが異常に高いのは少し気になるところです。一人当たりのGDPが10番には入るようになった豪州。日本の1.5倍から2倍です。しかし最低賃金が17ドル(1豪ドル80円位としても高い)。このことは、豪州の製造業の可能性に影響します。私が豪州訪問したときに新聞の記事に、高級官僚の給料が8000万円以上と首相より高くなるのはおかしくないか、という記事が載ってました。現地の人に聞くと、バスの運転手も給料が年収1500万円というのはいるそうで、少し異常にうつります。

2.産業構造転換は成功するか

どのような分析にせよ、資源を有することが豪州の強みですが、こうまで物価が高く労働コストが高くなったのはここ10年以内の話。資源開発競争が進み、労働者を確保することが困難になった結果、賃金と福利厚生がどんどんと向上。これが豪州全体の賃金上昇に繋がり、経済を回している反面、海外の製造業は豪州に工場を建ててもメリットが少なく、トヨタなども撤退を表明したところです。

つまりイノベーションという付加価値の創造がなければいつかは成長が鈍化する、そんな危惧を恐らく政府は抱いているのでしょう、農業でも漁業でも、資源開発でも、イノベーションという言葉が常に出てきます。資源と言っても、オーストラリアは資源開発を自ら行ってそれを他国に売って儲けているというよりは、もちろんそれもありますが、他国に資源開発投資をしてもらって労働者も雇ってもらって儲けの一部は税金で儲けようという感じです。

一方で、豪州は海外の研究開発イノベーション拠点事務所を、シンガポールやイスラエルなど5~6カ所においているのですが、日本にはおいていない。日本が作ろうとするイノベーションハブに参加頂ければと思うのですが、豪州の思うイノベーションというグローバルサークルにさえも日本が入っていないというのが現状です。今一度、豪州のイノベーションマーケティングをおこなった上で、何が協力できるのかをもう一度模索すべきなのかもしれません。

いずれにせよ、今回視察した、資源プラントのイクシスと、現地政府お奨めであった漁業の具体的報告をしておきたいと思います。いずれも北部準州ダーウィンを訪問した時の事なので、次節で北部準州政府幹部との会談からふれたいと思います。

3.北部準州政府幹部との意見交換・新しい漁業・日の丸資源プラント

基本的に南西部に大都市が集中する豪州国内よりも地理的に近い東南アジアをマーケットの中心として考えているとのことで、日本の地方の視点とはスケールが違い、もっともっと日本の地方は海外に目を向ける必要があると感じています。
一方で、米海兵隊も駐留する重要港湾であるダーウィン港の中国私企業への長期貸与問題も、こうした地方政府の視点を物語っているような気がします。国際政治と経済は両輪であるので、バランスが必要だという事は、訴えて参りましたが、彼らも十分に認識しているようでした。

-sIMG_6962
北部準州政府幹部の皆様と

また、彼らは農業漁業、資源開発、などの可能性を深掘りしようとしていて、とある養殖業者を紹介していただき、視察をしました。これがめちゃすごい。養殖業は昔からダーウィンでは盛んであったそうですが、最近は経営難でほとんどが撤退。その中で元気なところ。成功の秘訣は、やはりイノベーションもあるとか。25セントで買ってきた稚魚を育てて売る。しかも陸地。川から良質の海水が得られるとか。で、魚はIT管理されてて、魚の状態をセンシングしながら自動的に餌付けするとのこと。今もその他の研究をしているのだとか。しかもここは昔は小さな家族経営漁業者だったのだとか。日本の一次産業も可能性は無限大。最初から諦めてる人が多いような気がしてます。すべてはイノベーションとチャレンジングスピリッツです。

-sIMG_7012
先進的な養殖業経営者の皆様と

4日目に視察に行ったイクシスに触れておきたいと思います。イクシスは、日本のINPEXが天然ガス開発を進める建設中プラントですが、日本が主体となって開発する初めての天然ガスプラント。建設総額は兆のオーダ。日揮や千代田と言った日の丸プラント建設ジャイアントがど真ん中で活躍してました。全部で数千名が建設に従事。日本からは数百名が滞在。来年の操業に向けて多くの人が汗をながしています。

とにかく何でもスケールがでかく、例えばプラントの電力は、取ったLNGを使った施設内発電で賄うとのことで、その発電量が50万kW 。北部準州の都市部電力需要が70万kWなので、いかに巨大発電かがわかります。

そして物もでかければ、心まででかい。豪州は労働者の権利が強いのか、賃金が高く待遇が良い。経営者から見れば労働コストが高い。なんでこうなるのかと思うくらいのことが多い。これは、一般論で言えば先ほど触れた資源開発競争による労働市場の窮迫によるものだと理解されることが多いのですが、私個人的に違う分析を敢えてすれば、究極的に言えば人が良いからではないかと思ってしまいます。

何がすごいかというと、数千人の労働者の宿泊施設を近くに作っているのですが、これが豪華。ヤシの木なんぞ生えていて、どこかのリゾートホテルのような様相です。聞くと質の高い労働者を確保するためとのこと。その施設の充実ぷりは形容しがたい。

システムもリゾートホテルなみです。労働者は3~4週間働き、1週間休むと言うパターンなのだそうですが、最初のチェックインのときに、その宿泊施設の管理棟(ホテルのロビーのようなところ)に行き、チェックインしたらカードを渡され、それで部屋の出入りから買い物まですべてできる。かと言っておろらくお金は使う必要もなさそうです。食事は無料。映画館、音楽演奏スタジオ、ジム、ビリヤード、バスケコートからプールまで、なんでもござれで無料。おそらく夜のバーは有料だとは思いますが、本当に住みたくなるくらいです。

ただこのままではよろしくない。資源開発路線を続けるとしても、もっと生産性を上げなければいつまでも続くわけではないと考えるのが正しいと思います。1日目に面談したMinerals Council of Australiaのピアソン理事長も仰ってましたが、資源は無いけど技術力の高い日本ともっと協力して、新しい可能性を模索することが必要だと感じています。

4.歴史問題

御存知の通り、日本は戦時中に豪州を攻撃しおり、少なからずの犠牲者がでています。豪州国家の為に尊い命を捧げられた方々に哀悼の誠を捧げるために、今回訪問した各都市のキャンベラ・シドニー・ダーウィンで豪州戦争記念館や追悼施設を訪問し、黙とう・献花をして参りました。現地の人たちに怨嗟・憎悪の類の感情は殆ど無いらしく、感覚的にはこれは過去の話であって、互いにとって悲しい過去だったから二度とあのようなことにならないようにしましょうね、的な雰囲気を感じます。確かにアボット前首相も記者会見で中国首脳の発言に対して「日本は過去のみで評価されるべきではない」という趣旨の発言をされています。

-sIMG_6929
シドニー戦争記念館にある追悼施設にて黙とうを捧げる
-sIMG_6986
ダーウィンの戦争記念公園にある追悼施設にて黙とうを捧げる
-sIMG_7060
シドニーのクッタバル海軍基地にある追悼施設にて黙とう後献花。岸田外相も先般訪問されたとか。

この豪州からみると中国韓国の言動は過剰にウェットに映るらしく、逆になぜ日本の要人が靖国神社参拝に固執するのかは奇異に映るらしく、日豪友好の進展の歴史からみれば、日韓日中の関係がいかに情に支配されてしまっているかが対比としてよくわかります。

ダーウィンの戦争記念公園に立ち寄った時、2つの感慨深い事実に接しました。

1つめ。ダーウィン港を攻撃中のゼロ戦が被弾し不時着。豪州で最初に捕虜になった人がいました。後に収容先のカウラの脱走劇の首謀者となり、結果的に日豪友好のシンボルとなった人ですが、その人こそ、わが地元香川、お茶で有名な高瀬という町の勝間という地域の出身者でした。オーストラリアでは知る人ぞ知る豊島一です(ネット検索しても英語で検索した方が資料は多く発見できました)。

豊島は捕虜として拘束されてからカウラと言う町の収容施設にいたとのこと。戦争が続くにつれて捕虜の数も増え、最終的には、豊島は約1000人の捕虜とともにカウラにいたとのことでした。豪州は当時、捕虜や死者を丁寧に扱っていたという史実が沢山残っていて、例えば潜水艦侵攻で亡くなった日本人兵士の遺体を、赤十字を通じて丁寧に日本に送り返したりしています。

丁寧に扱われた豊島その他の日本人捕虜。恐らくは非常に複雑な思いに駆られたのでしょう、この1000人の日本捕虜の一部が1944年に脱走を試み、結果的に失敗。その時の首謀者というかリーダが豊島です。豪州側4人とともに、日本人側も231人がなくなっています。豊島もそうですが名誉のための自決が多かったのだとか。その時の死者も豪州側は非常に丁寧に扱っています。

その時の生き残りが戦後に交流を始め、豪州側が日本人死者を丁寧に扱ったことを意気に感じた日本人が感謝の行事をし始め、豪州側も呼応。結果的に同カウラ市では公園や桜通りができるほどになり、今では、豪州人捕虜の収容施設があった新潟県の直江津と平和友好都市となっています。ダーウィンの戦争記念館のプレートに豊島一の記述が写真と共にあり、そこに”hero”という文字があったことを私は一生忘れることがないでしょう。

日豪はお互いに命を賭して戦った関係ですが、こうした心の交流がある事は、戦後世代としては余計に熱いものを感じます。あらためて、恒久平和の誓いとともに、豪州というかけがえのないパートナーとともに、平和を祈るだけではなく具体的に実現するための、戦略的かつ具体的な政策を継続して実行していかなければなりません。

2つめ。ダーウィン沖に日本の潜水艦が沈んでいるのだとか。それを引き上げて日豪交流の輪を広げようと現地人が動いているのにもかかわらず、そして潜水艦を作った会社がいまダーウィンで資源開発をその真横で行っているにもかかわらず、日本にそんなムーブメントが起きていないとか。考えさせられます。

もちろん最近ダーウィンでは観光ブームで、豊島一についても空爆ツアーなるものが旅行会社のパンフレットになっていたりするので、引き揚げられたからといってどのようになるのかは分かりません。そして、船乗りは船が沈んだらそこが墓場だと思っていると聞きます。確かに戦艦大和の引き上げ論議を国会でしたときも同趣旨の論議になりました。慎重に考えるべきですが、ただ、豪州人のその思いは嬉しい限りです。

-sIMG_7028
空爆ツアーのパンフレット。最近登場したとのこと。表の意匠はそれとなく旭日旗になってますが日本の文字は裏面にたった一回しかでてきません。

一方で、ダーウィンでちらほら聞くのが、韓国人による慰安婦像の設置運動。実はシドニーでは既に少女像が設置されたのですが、経緯を聞くと、シドニーの教会に韓国人信者が多く、教会での運動を通じた設置に繋がっているそうです。そしてその同系列の教会がダーウィンにもあり、ダーウィンでもそのような運動がなされているとのこと。少し安心したのが、住民はその手の運動に辟易としているとのことです。我々日本人も辟易としています。

こういう運動、誰も得しないんのですけどね。

もっと未来志向でいきたいものです。

-sIMG_6941
駐豪州日本大使館駐在武官の皆様と戦争記念館の前で。同記念館は連邦議会から川を挟んで3~4km程度に位置し、双方から双方の正門が十分見える設計にしているとか。議会は軍隊を動かすなど国家運営の際には常に戦争記念館のことを意識すべしという意味と、戦争記念館側からは国家が常に哀悼の意を表しているという意味の双方があるのだと教えてくれました。
-sIMG_7086
シドニーのクッタバル海軍基地司令官(女性)と。日本の潜水艦(勝機なしとして湾内で自沈)の一部胴体が同基地歴史遺産センターのど真ん中に展示されており(その他はキャンベラ戦争記念館)、亡くなった日本人搭乗員を健闘を称え哀悼する文面が掲載されています。戦時中、当時のシドニー港司令官であるグルード少将は国内の反対を押し切って海軍葬を日本人乗員4人に対して行っています。その演説がしびれます「このような鋼鉄の棺桶で出撃するためには、最高度の勇気が必要であるに違いない。これらの人たちは最高の愛国者であった。我々のうちの幾人が、これらの人たちが払った犠牲の千分の一のそれを払う覚悟をしているだろうか。戦死した日本軍の勇士の葬儀を我が海軍葬で行うという私に、非難が集中していることは承知している。けれど私は、あえてこの葬儀を実行する。なぜなら、もし我が国の兵士が彼らのように勇敢な死を遂げた場合、彼らにもまた、同様の名誉ある処遇を受けさせたいためである。」(Wikipediaより転載)。

陛下の生前退位について

天皇陛下がお気持ちを表明されてから半月が経とうとしています。

第一に、そもそも皇室典範は、天皇が身体的精神的に天皇としての責務を果たせなくなった場合には摂政を置くことを想定しているわけで、そうすることで事足りるのではないか、という意見があります。天皇の事務的な行為は確かにそれで事足りますが、その他の象徴的行為、例えば震災の際に被災者に声をかけるとか、戦没者慰霊祭に参列されるとか、は、摂政では全くその意味合いが異なってきてしまいます。であるので、私はこの際、改正を議論すべきだと考えます。

第二に、陛下の意思に基づいて皇室のあり方が決まるのは、天皇の政治行為に関わるから憲法の趣旨に反するのではないかとの指摘があります。まず、あり方を変えられるのは国民の意思のみですから、前提が間違っています。

一方で、もし仮に、陛下のお言葉は影響力があまりに大きいので、国民の意思が歪められ、もって政治行為に繋がるという主張なら、少し慎重に考えなければなりません。ただ、憲法に示された天皇の国事行為の権能を援用すれば、今回の表明は内閣の助言と承認という内閣の責任において行っているわけで、勝手になんでも表明できるわけではないので、この点についても問題はないと考えます。

第三に、では生前退位を可能にする方法ですが、皇室典範を改正する方法と、その特別立法を制定する方法と、憲法改正をする方法が報じられています。私は何よりも重要なのが安定性と考えます。

過去の政権がずっと生前退位については否定的であったように、恣意的な退位は政治的安定性にも影響するため、生前退位の一般化を単純に認めることは困難です。

ならば今回の件は国民の圧倒的支持があるから特別法という議論もあるようですが、今後、同様な件があるたびに特別法にするのも安定性に欠ける。何故ならば、国会の過半数、つまり政権与党の意思で決まるからです。

であれば、皇室典範そのものを改正し、要件を国会の2/3として与野党の広い信任を得ることとして一般化した方がはるかに良いと考えます。

最後に憲法改正ですが、私はこれは違和感を感じます。まず生前退位の必要条件でない。さらに、憲法に書き込みとすれば、現在の皇室典範に書かれている同ルベルの皇室のあり方も憲法に書かないとバランスが悪い。憲法改正論議には馴染まないと考えます。

なお、少し余談ですが、そもそも皇室典範の即位の規定は明治憲法時代からの踏襲です。明治憲法では、天皇が政治を直接司っていたので、法体系上、皇室典範の改正は憲法の改正と同レベルの重要性をもつ案件でした。つまり、退位と即位が政治に直結していたので、その要件が極めて厳しく制定されていたとも考えることができます。そもそもこうした観点では、明治憲法と同レベルの規定でいいのかという議論もできなくはないように思います。

第四に、では具体的に生前退位を可能にしたとして、退位後の立場をどうするのか、など、より細かい議論が必要になります。

いずれにせよ、今後、国民的議論を経ながら、かつ、皇室の発展と安定、国家の安泰と繁栄を深く深く考えながら、議論していきたいと思います。