世界一安全な日本を創り上げる(保護司の先生方との意見交換)

自民党の政務調査会(政策議論をするところ)に刑務所出所者等就労支援強化特命委員会という会議体が設置されています。要は、2020年のオリンピックに向けて、世界一安全な日本を創り上げることを目標に、平成25年12月に「世界一安全な日本」創造戦略が閣議決定され、その戦略の一つの柱が、再犯防止対策。で、私はこの会議の役員ではありませんが、党所属の香川県選出全国会議員で地元にある刑務所と更生保護施設を視察し、地域の保護司の先生方との意見交換などを通じ、課題抽出してまいりました。

私も全くの門外漢であるので、初めに全体像をまとめておきたいと思います。刑務所の出所者は全国で26000人(内55%が仮出所、45%が満期出所)。内、再犯再入所者は60%。満期出所者の55%が帰る場所がなく、帰る場所がない出所者の60%が1年未満で再犯再入所となっています。もう1つの切り口が、仮出所者の30%が帰る場所がなく更生保護施設に入っており、結果的に仮出所者が更生保護施設利用者の70%を占めており、残り30%が満期出所で更生緊急保護か執行猶予などで利用している人なのだとか。

結果的にどうなるかというと、とにかく帰る場所、居住を確保することが重要であって、更生保護施設も職員体制強化などを行っていかなければなりません。矯正施設である刑務所も全国的に老朽化が進んでおり(全国297施設のうち63施設が旧の耐震基準すら満たせていない)、矯正医官も不足しているという状況が続いています。

高松刑務所の状況ですが、奈良と並んで全国でも老朽化が最も進んでいる施設の一つだそうで、建て替え予定の施設を抱えるものの、実行が伴っておらず、施設の南側1/3はほとんどが昭和40年代に建物で、特に医療棟・外壁(土塀)・被告人用入所棟の整備を急ぐ必要を感じました。雨漏り・畳のカビ・壁表面崩落・電気ケーブルむきだしなど。外壁は近隣住民にとれば災害時崩落等の不安もあろうかと思います。

更生保護施設については、施設自体の喫緊の大きな問題は見当たりませんでしたが、将来の建て替え資金を担保する制度がなく不安を抱えながらの運営であって新規スキームを考える必要を感じました。

また、運営について、現状は利用者人数に応じた交付制度になっており、人件費や事務所費等の固定費について別途予算化されていないので、利用者拡大の努力は常に行っているとのことでしたが、固定費の一部は別途予算化する必要を感じます。また、過去に(3年前程)委託費自体が交付されない年もあったとのことで注視していく必要がありそうです。

保護司の先生方との意見交換を通じて感じたのは、保護観察官自体の人数が足りてない、運営費が常に窮乏している、実費弁償さえ実態としては100%に届いていない(単価問題)、協力企業への出所者受け入れ奨励金が少ない(裏返せばかなり効果のある事業だという認識)などです。地域定着支援センター(再犯率)も重要です。

北方領土と漁船拿捕とメドベージェフとロシア

昨日、ロシアに拿捕されたサケ・マス流し網漁船、第10邦晃丸の乗組員が北海道に無事帰港しました。先般訪問しました北方領土の国後島にて船長にコンタクトさせて頂いたこともあり、またその時期にロシアのメドベージェフ首相の北方領土上陸もあり、改めてこの北方領土について書き残しておきたいと思います。

私が訪問した時期は、8月21日から24日。ご存じの通り北方領土は終戦後にソ連によって不法に占領され現在まで実効支配が続いている地域であって、国際法上も歴史的にも日本の領土であり、アメリカ政府もこれを追認しております。ロシア側は韓国とは違い歴史的に我が領土と主張しているわけではなく、大戦の結果だとの主張です。 日本側としては返還に向けて最大努力してきているわけですが、この状況が続き、元島民も渡れないようでは困るということで、四半世紀前から日露両国間政府の交渉によって日本人がビザなしで現地に渡れるよう枠組みが作られ、私もその枠組みで行って参ったという次第です。

印象深かったことが4点。

1つは、四半世紀も日露両国民の交流を続けているため、特に根室あたりの住民との心の交流は相当進んでおり、言葉こそ通じないものの、国後島居住のロシア人と元島民や根室市民などの日本人との間には強い絆が生まれつつあり、根室などとは隣町と形容してもおかしくない状態にあることを改めて実感しました。さらに言えば、四半世紀の活動で島のロシア人住民は日本の考え方と立場を十分理解しており、あくまで平和的解決を志向している方が多く、一方で北方領土問題は政府で決めることであって住民は関係ないとの考えが浸透しています。このことは、歴史資料館に日本統治時代の食器やおひな様が展示されていることや、日本人の墓地を整備したり洗浄してくれていることなどで容易に想像ができます。

2つ目は、特に最近、ロシア政府がクリル発展計画と銘打ってロシアで言うクリル地域に積極投資を行っているためか、想像以上にインフラが整っている印象がありました。幼稚園や小中学校などはそれぞれ4か所づつ程度存在するらしく、また道路も主要部分は舗装され、街灯も整備されていました。その上、いわゆる公民館や図書館も立派なものがあり、粗末な造りながら歴史資料館も設置されていました。町の一角には、年金センター、銀行ATM、散髪屋、日用雑貨店、食料品店が並び、家ではネット環境が整い、Amazonも配達してくれるのだとか。数千人規模の人口の日本の田舎町に比べると、大きく劣るとは言えない生活環境だと思います。聞くところによると択捉島の方がより近代化されているとのことで、上陸前にイメージした北方領土とは様相の異なるものでした。ちなみに、図書館には日本コーナが設置されており、頼山陽の日本外史の翻訳があったのがとても印象的でした。

3つ目が気候。あんな寒い地域に、というイメージを持っていましたが、実際は北海道の山岳部の方が遥かに寒いらしく、これはオホーツク海がもたらす比較的温暖な気候になっているとのことでした。とくに島の西方は東方に比べ5℃以上違う場合もあるとのこと。

4つ目は人口統計が定かでないこと。例えば中心街の古釜布市(フルカマップ)は6500人と言われていますが、水産業繁忙期などには島外から大勢の関係者が訪れるとのことで、そのピーク人口が公表されているだけで、実際にはそれほど大勢の定住人口がいるとは思えませんでした。もちろん私が訪問したこの時期は子供たちの学校が休みに入る時期で、多くの住民が島外にでかけるとのことでしたが、実際にスーパーなどの規模を考えれば定住人口は1000人〜2000人程度ではないかと思われます。

一方で、今回の国後島訪問では期せずして本来の目的とは異なる別の2つの個人的ミッションを感じていました。

1つは、先にも書きましたが、訪問1か月前より、北海道のサケ・マス流し網漁船である第10邦晃丸がロシアにより拿捕されており、国後島に係留されていた件です。兎に角、無線などでお励ましを申し上げ、状況の確認と追加要望などをお聞きしておきたい、そんな思いで現地を訪問しました。北海道選出の稲津議員の強い働きかけで実現したものです。船長さんと短い言葉を交わしましたが、比較的張りのある声でしたが流石に1か月も船内で生活していたため、相当疲労しているとのことでした。兎に角がんばると皆さんにお伝え頂きたい、とおっしゃっていたのが、未だに耳に焼き付いています。11人の乗組員の皆様、帰還されご家族も安心なされたと思います。十分な休養と体調回復を祈念申し上げたいと思います。

もう1つは、メドベージェフ首相の択捉島訪問です。事前には確定していませんでしたがほぼ確実視されていたもので、厳重なる抗議を申し上げる、のは申し上げるのですが、現地の人たちの感想を聞きたいと思っていました。私が接した島民は、日本でも田舎に住んでたとして安倍総理が来たら嬉しいでしょう、との単純なコメント。かといって日本の感情は十分理解している様子でそれ以上領土問題に言及したくない印象を持ちました。なお、以前にこのブログにも書きましたが、要人上陸の際には、ようこそ我が領土に、というメッセージの方が効果があるのではないかと思っていたりします。

以上の感想を持った上で北方領土について雑感を書き残しておきたいと思います。少し脱線したところから書き始めますが、現地では尾崎さんという若い通訳にお世話になりました。私が彼女に関心を持ったのは、サハリンで生まれ育ち、大学まで出たのちに、今から13年前に日本に移ってきたという話を聞いたからに他なりません。 サハリンで生まれ育った日本人にお目にかかったのは初めてであったので、もう少し話を聞きたかったのですが、それはなぜかと言えばロシアという国は何なのだという関心があるからです。

サハリンはご存じのとおり樺太であって、19世紀までは日本人とロシア人が混在する土地でした。19世紀末に日露の領土交換条約によって、樺太をロシアに譲る代わりに千島列島全部を日本に帰属させることになりました。その時も、現在の北方領土4島は歴史的にも日本の領土であるという記述がロシア側にも見受けられます。 その後の日露戦争によって日本は南樺太を割譲されるわけですが、大東亜戦争によってロシアが不可侵条約を一方的に破棄し南樺太と千島列島のみならず日本固有の北方領土4島も占領され現在に至っています。南樺太の現在の法的立場は外交文書上は確定されていませんが、日本政府としては領有権を放棄し、所有権については関知しないという立場をとっています。

ロシアという国は何なのだというので一番参考にしているのが司馬遼太郎のエッセーである「ロシアについて〜北方の原型」です。もちろんソ連時代に書かれたものですし、史実小説ですのであくまで司馬遼太郎の視点に立ったものであって、現在お付き合いのあるロシア人は陽気でオープンな方も多くいらっしゃいますが、大いに参考にはなる本です(今また読み返しています)。

ロシアと言えば、もともと8〜9世紀ころに現在のウクライナあたりに初めて国家の体裁を整えたルーシという国ができるわけですが、そのルーシは常に外的の侵入に恐怖を抱いていた国です。 そもそもルーシという国はスウェーデンあたりのバイキングが南下してきてできる国なわけですが(バイキングのロシア風発音がヴァリャーグで、だからウクライナから中国に渡った空母の名前もヴァリャーグ)、その前からもフン族のアッティラ王の西方遠征でやられています。後にゲルマン民族の大移動を誘発した侵攻であったわけですが、このフン族も遊牧民族であってモンゴロイドであったという記録が残っています。

さらにタタールのくびきという言葉を聞いたことがあると思いますが、ルーシは西から東から侵略を受けます。西からは宗教的には同じルーツを持つキリスト教の集団であって、東からはチンギスハンの末裔のモンゴル人です。このモンゴルの軍事的強さを前にルーシは滅亡します。 モンゴル人の当時の気性は激しく残酷冷徹でした(今は温厚な国民性です)。フン族も同じであったのでしょう。そうした中で、ルーシ(現在のウクライナ・ベラルーシ・ロシア)というのは、こうした外的の繰り返される脅威に苛まれながら存在していた国家であるので、司馬遼太郎はこの国の本質を「病的な外国への猜疑心、そして潜在的な征服欲、また火器への異常信仰(中略)に思えてならないのです」と表現しています。

サハリンに話を戻します。南樺太の帰属はソ連が戦前にヤルタ会談という秘密会議でスターリンが主要国に約束を取り付けたものです(法的拘束力はない)。そのヤルタという町は、先般のウクライナ問題でロシアが力づくで接収したクリミアにあるわけで、そんな歴史の交差点に思いをはせると司馬遼太郎の表現は当たらずとも遠からずなのかもしれないと思ってしまいます(もちろん、ルーシと現在のロシアは国としては2回の分断があったわけで現在のロシアは相当変容しています)。

北方領土返還の道筋を5年以内に実現したいものです。恐らくプーチン・安倍時代に基本的合意を成し遂げないと当面困難という可能性が高いとみる識者も多い。国際法にのっとり平和的に解決をしていくのは論を俟ちませんが、これ以上インフラ整備が進まない間に実現すべきです。かつてエリツィンが言ったように共同統治のステップを経由するのも1つの手であるし、その他種々の手法が考えられると思います。ただし政府の基本方針と違う内容(例えば2島先行とか)を表で声高に叫ぶのは賢明ではありません。あくまで表では返還要求の声だけを出し続ける必要があります(外交現場でいろんな玉を投げるべきですが)。

-sIMG_4814.jpg-sIMG_4868.jpg
(左)上陸直前第10邦晃丸船長と交信 (右)国後島の幼稚園の様子 -sIMG_4831.jpg-sIMG_4971.jpg
(左)古釜布の宿泊所  (右)港から邦晃丸の様子を伺う -sIMG_4935.jpg-sIMG_4952.jpg
(左)同僚辻代議士と知床の見える浜辺で (右)古釜布湾の様子 -sIMG_4923.jpg-sIMG_4880.jpg
(左)日本人墓地に参拝した時の様子 (右)国後島の図書館の様子 -sIMG_4866.jpg-sIMG_4940.jpg
(左)小学校のパソコン教室の様子 (右)歴史博物館に陳列されていた日本の人形等

戦後70年談話に想う

戦後70年という節目の年にあたり、先日、安倍総理から談話が発表されました。50年目には村山談話が、60年目には小泉談話が発表され、今回はその延長線上にある70年目にあたっての政府の先の大戦に対する考え方を改めて発表するものとなります。私自身も議員外交の現場にでれば必ず問われた話題であって注目をされていた談話です。

この談話について各国の反応は全体的に好意的ですが、厳しい反応が予想された中国韓国からは、予想よりは比較的温和な反応であったと理解しています。

米国:「安倍首相が痛切な反省を表明したことを歓迎する」「70年にわたり日本は平和や民主主義、法の支配を実証してきた」「世界の国々の模範となるものだ」。

英国:「70年以上にわたる日本の平和への貢献が継続することは喜ばしい」「日本と近隣諸国の和解にプラスとなることを希望する」

オーストラリア:「第2次大戦での豪州や他の国々の苦しみを認めている」「よりよい未来への日本の関与を他の国々が受け入れやすくし、日本との友情をより強くすべきものだ」。

フィリピン:「平和に寄与するという安倍総理の談話を支持する」「戦争の惨禍を繰り返さないとする日本に同意する」。

インドネシア:「安倍総理が歴代内閣と同じように2次世界大戦関連談話を発表したことは肯定的」「平和に寄与するという安倍総理の談話を支持する」。

中国:「戦争責任に対して明確に釈明をし、被害国の国民に誠意ある謝罪をすべきだ」としましたが、これは外交筋を通じて日本側に伝えたもので、直接的批判を避けて立場を伝えるポーズであって関係改善と立場の中間をとったとされています。

韓国:「残念な部分が少なくなかった」と記者会見上表明しましたが、「歴代内閣の立場は今後も揺るぎないと表明したことに注目している」「新しい未来に共に進むべき時だ」とも言及して日本に一部理解を示したともされています。

一方各メディアの反応はより幅が広い。例えば、もっとも激しいのは韓国主要紙で、「直接のお詫びがない」としながら対日政策について今後の韓国政府の対応に注文を付ける形になっています。朝日新聞は、「植民地支配」「侵略」「痛切な反省」「心からのおわび」などの注目された文言は盛り込まれたが間接的引用が多かったと批判。WSJも「率直な謝罪は避けた」。タイムズも「日本の罪にきちんと向き合わなかった」などとしている。

一方、ワシントンポストは「融和的な内容」。AP通信は、周辺国に計り知れない損害と苦痛を与えたこととそれに対する深い悔悟を総理が表明したこと、将来の世代に謝罪を続ける宿命を背負わせてはならないとしたことを紹介するなどニュートラルな報道。

よその評価はおいておいて、私が思うのは、過去の村山談話や小泉談話と比較してみて明らかに違うのは表現の魂の入り方。是非比べてみて欲しいと思います。官邸に内閣府参与の肩書をもつ総理の補佐役でスピーチライターもされている谷口さんによると(実は香川県出身)、この談話は総理自ら延々と推敲を重ねたものだとか。

もちろん文言について最後には関係国や関係者との調整があったものとは思いますが、日本国総理として、現在の日本を歴史軸と外交軸で見つめた時に発信すべき内容がバランスよく入っていると思います。米議会での演説に次いで良かったと思っています。感情論ではなく理性で考えて最高の内容だと思います。外交上の配慮、海外諸国民に対するメッセージ、自国民に対するメッセージとして、国際的平和への貢献、過去の反省などがバランスよく入っているという意味です。特に思うのが過去の反省に立った上で未来に繋いでいかなければならないとする部分。

少し前、未来永劫日本は周辺諸国に謝り続けるべきだと某政党のとある議員さんは仰っておられる現場に居合わせたことがありました。もちろん、戦争の反省と悔悟の念は持ち続けるべきですが、将来の世代に永遠と謝罪を続ける宿命を負わせ続けるのは政治じゃないわけで、歴史を正面から捉えて反省し、その上でプラスの循環を作っていくのが政治な訳ですから、それを明確に発信したことは私は大いに共感するものです。

農地バンク

農地中間管理機構、いわゆる農地バンクですが、簡単に言えば、国や地公体が、農地の貸し手と借り手のマッチングをとることで、農地の利用促進を図りましょうというもの。昨年法律が施行された始まった制度です。香川県は頑張っている度ランキング15位だそうです。

実はこれは先般書きましたシェアリング・エコノミーそのものです。が、今日はその話ではなく、あくまで機構の話。

機構がやるのは農地の貸し借りの中継ぎ、その為の借り受けた農地の整備支援や貸し借りに奔走する職員の確保とか貸し手の協力支援です。

目標は、今後10年間で、認定農業者や集落営農者などの担い手が利用する農地を全農地の8割にしようというもので、現在は5割。具体的には全農地が450万ヘクタールで担い手利用面積が220万。それを360万にしようというもの。

10年で140万増やす必要がある。なので1年で14万ヘクタール。一方で去年の実績は、機構が借りたのが2.9万、貸したのが2.4万。え?全然少ないじゃないかという指摘も多々あってごもっとも。もう少し頑張らなければならないと思います。少し掘り下げたいと思います。

正確には、目標集積面積は149,210ha。で、どのくらい実際に担い手農地が増加しているかと言うと62,934ha。ですから目標達成度は42%です。で、その内どのくらい機構が寄与したかというと、機構の貸付が23,896ha。なので、増加分の寄与度は38%、と言いたいところですが、担い手から担い手に転貸している場合もあるので(この部分は集約に寄与していますが)、純粋に担い手農地が増加した分となると、7,349ha。ということは、12%程度になります。ということは、目標値に対する寄与度は、僅か5%。

では問題はどう頑張るか。当たり前ですが個人の持ち物なので無理やり引っぺがして張り付けるわけにはいかない。それぞれの所有者と担い手が考えた結果として増えていく必要があります。そこには、やるき満々の機構職員や行政職員、農業委員などの関係者が必要になってきます。しかし年間14万ヘクタールというと結構な面積。

最大の問題は農地整備。ご存じの通り、数年前に戸別所得補償制度で農家に1兆円をばら撒いた。やる気満々の農家だけに限定していたのであれば理解できないでもないのですが全戸にやった。どうやって予算を作ったかと言うと、土地改良事業などをばんばん切って行った。コンクリートから人への美名のもとに、農地整備予算がどんどん切られていった。その結果、農家にしてみれば、所得が多少補償されるけどそれはわずか1.5万円/10aであって、一方で農地整備は自分でやってねというに等しい事になってしまった。

つまり、個人プレーを助長する制度であったとも言えます。

土地改良予算は旧自民政権時代の5,722億円から2,129億円程度に決定的に減額されたのちの政権交代で3,588億円まで復活しましたが、農地の実態を見ればまだまだ不足しています。かといって予算が足りないと騒いで財務省から分捕ってくるのも一つやらなければなりませんが、ちゃんと何を重点にするかということを考えておかなければならないと思っています。

そのうえで、そうした土地改良などの基盤整備予算と、中間管理機構の連携がより強くなるような仕組みを促進していかなければなりません。つまり、機構通じて貸し借りするなら整備はどんどんやりましょう、という使い方ができるかどうかです。現在でも、そうした連携は存在しますが、今年度から機構のみを対象にした農地耕作条件改善事業が立ち上がっています。

農地ナビと言われる農地の活用状況が一目瞭然で分かるシステムも現場の方に積極的に利用いただくことが必要です。

http://www.alis-ac.jp/
http://www.maff.go.jp/j/keiei/koukai/kikou/pdf/siryou4.pdf

実はこのシステムは発展可能性はとても高いものだと思っています。このことはまた別途書いてみたいと思っています。

さらに、全国で機構をうまく利用している例が多々ありますので、それを横展開することも重要です。

http://www.maff.go.jp/j/keiei/koukai/kikou/pdf/yuuryou_jirei.pdf

その他、いろんな方向で努力していかなければならないと思います。農業の発展の為に。

TPPについて

外交・経済連携本部とTPP対策委員会並びにTPP交渉における国益を守り抜く会の合同会議が先日自民党本部で行われ、先週末行われた閣僚会議についての説明がありました。

ご存じの通り先週末に大筋合意が見込まれましたが最終的な妥結には至りませんでした。TPP交渉の分野は21に亘るのですが、ほとんどの分野で合意に至っています。例えば物品市場アクセスや法的制度の未解決部分の大多数は合意に至り、また知的財産についても課題であった地理的表示などを含む未解決部分は合意に至っています。

ただ、知的財産の特に新薬に関するものなどと、物品市場アクセスの乳製品などに関するもの、の2つについては、決定的な開きが残っているとのこと。また、法的制度的事項については、もちろん前文と最終規定は未だですが、現時点で残っている課題は4つ、そのうち3つはほぼ決着しているとのことでした。

準備を整えたうえで今月中には再度会議を開催したいというのが各国共通の認識だとのことです。交渉担当者にとっては大変骨の折れる作業だと思いますが、国益を守る交渉結果となるよう引き続き頑張っていただければと思っています。

図解:限定的集団的自衛権と憲法

集団的自衛権と憲法

ものすごく基本的なことで、え?そうなんですか?知らなかった!、と驚かれることがあるので、念のためもう一度書きたいと思います。

図を作りましたのでそれで説明したいと思います。

真ん中の円で示した⑤より内側が個別的自衛権。その⑤と①の間が一般的な集団的自衛権です。そしてそれは③の自国防衛と④の他国防衛に分けることができます。正確に言えば国際法上③も④も他国防衛ですが、③は自国防衛に資するような他国防衛という意味です。

現在議論中の限定的集団的自衛権は、③だけです。つまり、やられている他国を助けないと、自分の国が危機的状況に陥ることが明らかなときのみに、発動されるものです。

これは法律にも明記されています。だから自分と関係ない外国での戦争に参加することはあり得ない。

そして今後どんな内閣が表れてもこれ以上解釈の拡大は起きようがありません。

そもそも憲法が言っているのは、②であって、それは自分の国を守る必要最小限のことは認めます、ということです。あくまで自国防衛。

で、昭和40年代当時、図にある旧国際環境に対応するために何が必要最小限かが議論され、どう考えても③も④も不要だから、③+④はセットで否定されていた。いわゆる集団的自衛権は憲法上許されないとされていた解釈です。

ところが、時代が変わり新国際環境になったとき⑥が問題となってきた。これに対応するための必要最小限は何かを議論すれば、③も認めざるを得ない。そしてこれは②の範囲内なのです。

だから、今後どんな内閣が表れても、国際環境が②のラインを突き抜けたとしても、憲法解釈でそれ以上できるようにはならないのです。憲法の限界だからです。

もし⑥の領域が更に広がっても、②を突き抜ける解釈は論理がありませんので憲法改正を行わなければ絶対に対応できない。

ちなみに、③は個別的自衛権でも対応できると言う人がいます。確かにできる場合もあります。しかしそれは国際法違反の可能性が高い。当たり前です。他国から見たら集団的自衛権だからです。

さらに言えば、民主党政権下でも、総理の諮問機関は集団的自衛権は必要だと結論付けています。

解釈の変更は軽々にするものではありません。しかし全くできないという性質のものでもありません。過去に例が何度かある。自衛官が文民かそうでないかも一例です。自衛権の有無もそうです。その当時の一内閣がそれをやってのけた。安保以外で不作為も併せれば、もっとその例はあります。

立憲主義の否定というのは誤りです。なぜならば、上で説明したとおり、論理があるからです。論理があるから立法準備ができているわけです。明々白々に違憲なのを無理やり解釈変更し立法化しようとすれば立憲主義の否定にあたります。野党が星一徹のようにこうした論理を全否定するのは政局睨みだとしか思えません。

 

シェアリング・エコノミーの可能性

シェアリング・エコノミーと言うと、なんのこっちゃ、と思う人もいるかもしれませんが、海外では信じがたい勢いで急成長している領域です。そして実は地方創生とも関係する概念です。

名前の通りですが、みんなでシェアー(共有)する、ということに尽きます。例えば、家でも車でも、これまでは所有することが中心でしたが、共有することもしっかりと考えていかなければならない。つまり、ストックとフローの隙間を利用したサービス産業ということです。実は農業分野で導入されている農地バンクも貸し借りのマッチングですのである種この概念の中に入ると思います。
 
そしてなぜ地方創生に関係するかというと、新しいストックをつくり続けるよりも、ストックの有効活用を考えた方が、地方はより好循環を生む可能性がある。例えば空き家があって、そこを少しでも貸し出す努力をする、とか、過疎地域で既存サービスも存在しない地域であれば、低額のサービスを提供できる、などです。

問題3つ。 

既存のサービスを提供する業種と競合し既存産業が衰退しないかという視点。それは困ります。共存できる範囲を模索する必要があります。1+1=1になっては困るわけで、1+1=3にしなければなりません。マッチングビジネスが栄えるとビジネスチャンスは増えるわけで、既存産業も得するという明確な計画が必要です。実際に米国では既存業種形態の売り上げも伸びているという話も聞きます。既存業種が納得するものでなければなりません。

もう一つはストック関係産業がサービス産業の中に組み込まれることになる。つまりストックというモノ作り産業が衰退しないかという問題。しかし、よく考える必要があります。例えば携帯電話は携帯電話というモノ、それを利用して通話するというサービスがあります。昔は携帯電話というハードで儲けていたものが、携帯電話そのものがほとんど無料になって、サービスで儲けるというビジネスモデルが20年くらい前から主流になっている。コピーという事務機器も本体価格は極端に安くなってコピーというサービスで儲けるモデルが主流。しかし、ごくごく最近では更に発展していて、サービスや周辺技術を完全オープン化し、ハードのコア技術を徹底的に知的財産によってクローズにして、このコア技術で儲けるというビジネスモデルが興隆しつつあります。皆にただで使わせて普及させ、それが無ければ困る社会を作った後、ハードで儲けるということ。アップルのiPhoneは実はサービスで儲けているわけではなく、ハードで儲けています。シェアリングという、ストックをフローに繋ぐ概念を、練りに練ったオープンクローズ戦略でビジネス化すれば、ストック産業はより発展する。IoTやCPSやビッグデータという新テクノロジーによる社会大変革の時代、世界が仕掛ける戦略に飲み込まれてはなりません。

もう一つは、見ず知らずの人と共有するわけですから、トラブルが発生しないか、という視点。誰でもいいということは絶対あってはならないので公的個人認証などを有効に使うことがまず考えられますが、いずれにせよ必要なルールは導入しなければなりません。ただ重要な視点は、トラブル回避するインセンティブを導入強化しトラブル処理のルール作りにエネルギーを割く方が健全だと思っています。まずはマッチングビジネスのルール作りから始めるべきです。

以上からすれば、既存の規制を撤廃することよりも、まずはプラットフォーム事業者のプラットフォームを作ることが先決だと思います。

ただ、政治は30年後くらいを見据えて社会のありかたを考える必要があります。国家、であるならば、どこでも産業を育成し消費者を保護するための規制というものがありますが、日本の場合、できることをやたらめったら細かく書いてある。だからその中で生きる既存産業はその中である限りは温室で生きていける。反面、IoTやビッグデータなど新しいテクノロジーが出現して新しいビジネスを展開しようと思ったら、必ず規制に引っかかる。一方で、ニュービジネスが発達しやすいアメリカはどうなっているかというと、規制こそありますが、細かくないか、むしろやったらダメなことが書いてある。だから、やろうと思えばなんとかビジネスを興せるわけですが、トラブったら訴訟するというコストが発生する。つまり、平たく言えば、明確な産業戦略を国家が把握している場合は、前者の方が産業活性化しやすいわけで、一方で民間の活力とか多様性を頼りにするならば、後者の方が活性化しやすい。牧歌的にアメリカンスタイルを導入することを排し、日本らしい社会の在り方、規制の在り方を、しっかりとした国家観をもって、じっくりと議論していかなければ、日本は世界の戦略に飲み込まれてしまいます。

  -sIMG_8315.jpg -sIMG_8316.jpg

 

国際金融の世界で起きていることーバーゼル規制

現行の国際金融秩序は完全無比なものかというと、必ずしもそうではない。だからこそ、安定した秩序にするために努力を重ねる必要があるのであって、例えばリーマンショックが起きたらそれを教訓としてやれることをやるべきだとは思います。これは行き過ぎた新自由主義を世界が反省しなければならないということだと思います。

バーゼル規制委員会の議論もその方向でなされているのですが、出発点として、今一度原点に立ち返ってみる必要があると思っています。それは、規制の強化がかえって不安定さを助長することになってはいないか、また、経済的悪影響を及ぼす遠因になっていなか、という視点です。さらに言えば、国ごとに環境が違うものを一律の規制にすることによって、個別の国が割に合わなくなる可能性を政治も関心をもっておかないといけないという視点です。

つまり、リーマンなどの金融危機が起こらないための大きな流れでの規制は必要ですが、国に産業が興るためにはリスクマネーの供給は必須であって、そうしたローカルな資金の移動に影響を及ぼすような規制であってはならないはずです。

バーゼル規制の柱は3つから成り立っており、第1は、有名な自己資本比率規制によるリスク管理。第2は、銀行の自己管理と各国の規制監督省庁に委ねる方法によるリスク管理。第3は、情報開示の徹底によって市場の自浄作用を求めるリスク管理です。

現在議論中のバーゼル3では、リーマンショックを受けて、再証券化商品など高度に複雑化した金融商品が絡む信用リスクをどのように評価管理するのか、例えばこれまでのように外部格付けで評価していいのか、という問題や、金利上昇などの市場リスクをどのように評価するのか、などが主要な関心事になっています。その他にも多くの論点がありますが、一言で言えば、リスク評価の精緻化を行おうとするもので、2013年から2019年にかけて段階的実施がうたわれています。

例えば日経新聞が定期的に報じていますが、自己資本規制で国債のリスクも評価対象にするから大変だ、というのがありますが、それは上記の一環の話です。つまり、リスク評価対象が増えるということは、貸出を減らして自己資本を積み増すか、国債を含むリスク資産を売却して分母を減らすかしなければならない。売却が進めば金利は上がるので大変だというわけです。

こうした報道は実際は当たらずとも遠からずではあります。国債は信用リスクと市場リスクの両方にかかってますが、前者については全くあわてる必要もなく、外貨建ての国債でもない限りデフォルトの可能性は低く、信用リスクに積み増す必要はありません。実際に2柱の範疇で取り扱われています。一方、市場リスクの方は、まさに議論ど真ん中。9月11日までにパブコメをまとめ来年には最終化される見通しです。

具体的には、金利リスクを1柱の範疇で機械的に評価して資本の積み増しを求める案と、2柱の範疇で当該国の当局が銀行を監督するやり方が議論されています。欧州勢は1柱案に固執していますが、これはギリシャなどを抱えるから、日米は2柱案を支持していますが、これは国債保有比率が欧州勢に比べ高いからです。これだけ国によって違うのであれば、1柱案で提案のあった単純な評価方法では十把一絡げに扱うのは無理だし、それを単純に受け入れることはできません。

一方で、信用リスクの評価方法の変更検討についても注意深く見守って行く必要があります。前述したように、これまでの信用リスク評価は専ら外部格付け機関によっていました。確かにそれだけでいいのかというのは大いに疑問がありますが、健全な与信先への貸付に負の影響がでるようなことは避けなければなりません。

例えば、法人向け債権は従来外部格付けを参照しリスクウェイトを20%〜150%、無格付けは100%に設定していました。中小企業など小口与信先は一律75%です。協議中の内容は、法人は売上高とレバレッジの水準を参照してリスクウェイトを60〜130%(債務超過は300%)。中小企業などリテール向けは旧来と変わらず75%とされています。中小企業の定義と為替の関係が気になるところです。

これだけではなく、先立つ記事に書いたように、中露の動向など国際金融体制の大きな流れも考えあわせて、変なことにならないように注意深く見守って行こうと思います。