台湾・馬英久総統と会談

9月9日、有志の同僚議員(津島淳・中川俊直・武部新)と共に台湾を訪問し、馬英九総統と会談を行いました。馬英九総統からは、台湾故宮博物院展、日台漁業協定、TPPやRCEP、日台EPA、東シナ海平和イニシアティブのほか、広島で発生した土砂災害のお見舞いと、日台間の自然災害に対する減災防災協力メカニズムの構築など、非常に多岐に渡るお話を賜りました。

その他、王金平立法院長・李鴻釣台日友好議連会長・李嘉進亜東関係協会会長・羅坤燦同秘書長・簫長瑞台湾銀行総経理(社長)などとの会談や、経済省中小企業所・同エネルギー局との意見交換をして参りました。

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知事選と組閣と地方創生と

要潤さんの上司が決まりました(要さんはうどん県副知事)。先般の香川県知事選挙では浜田けいぞう知事に温かいご支持ご支援を賜りましたこと、こころより感謝申し上げます。浜田知事の1期目の実績は皆様ご承知の通りですが、知事には、これから2期目も持ち前の抜群の行動力で、これまで以上に香川を牽引していただければとご期待申し上げております。

国の方でも、新しい安倍内閣が発足しました。そしてそれに先立ち、丁度各省庁から概算要求が出揃ったところです。新しい内閣と今後順次決まって行くであろう新しい自民党の元、ポイントとなる政策の実現に向けてがんばっていきたいと思っています。

ポイントは、人口減少に正面から向き合う、の一言につきます。そして、そのために、本格的に地域創生と人口流出阻止、そして少子化対策、に焦点を当てることになります。雇用、医療、介護、家族、産業、金融、研究開発、都市、観光といった個別政策を予算や税制で味付けしていくという作業になると思います。

しかし、そうした粛々とした作業と同時に、流れを大きく変える抜本的構造的な改革にも着手していかなければなりません。第二次安部内閣でも過去には不可能と言われた必須の政策を断行してきました。改革というのは、やって喜ぶ人もいれば怒る人もいる。それでも日本という国家と香川というふるさとのために、やるべきことはしっかりやる。まさに、謙虚に真摯に大胆に、丁寧に説明をしながら、ということになります。

今後とも、ご意見をお寄せいただければと存じます。

【善然庵閑話】新聞って恐ろしい

ここ最近、善然庵閑話シリーズ(政治的なブログ記事というよりは、少し政治から外れているか少し柔らかい内容の記事)ばかりで恐縮です。

先日、座右の銘(私は先憂後楽)についての原稿執筆のご依頼を頂き、準備のために、昔自分がどのような表現をしていたのかを改めて調べようとパソコンに向かったときのこと。

「大野敬太郎」「先憂後楽」とGOOGLEに入力して検索して、あぁ、と思わず声をだしてしまった。見つけた記事は、初めて臨む選挙の直前の新聞記事で、各立候補予定者のプロフィールを紹介するものでした。

そういえば選挙前の事。とある御仁のところにご挨拶に伺ったところ、滅茶苦茶ご立腹になっておられる。曰く、「貴様、偉そうに、座右の銘が先憂後楽とは何事だ」と。

先憂後楽で偉そうという意味が分からない。ご存じ、先憂後楽とは、「皆に先んじて天下を憂い、楽しみは皆の安楽を見届けるまで慎むべし」というような意味ですが、その時は、何が偉そうだったのかを真剣に悩み考え、結局なんとなくそうだったかもしれないなと反省しながらも、正確になぜだか分からない、という状態でした。

それが今日分かったのです。

その記事によると、「民に先んじて国を憂い、楽しみは民の安楽を見届けるまで慎む」とある。なるほど!「民」と言ってしまっては見下し感が満載。有権者がこの記事を読めば、この候補者は有権者を見下していると思うのは当然かもしれません。それでご立腹だったんだ!

その記事は、各候補者全員に対して比較的好意的な書き方なのですが、恐らく担当記者さんは、どこからか先憂後楽の意訳をひっぱってきたのでしょう。悪意は全くなかったのだと思います。

改めて、こういうところまで、気を付けないといけない世界なんだなと実感した日でした。

 

【善然庵閑話】80年間大事にしまっておいた一枚の写真

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先日、よく存じ上げている方で、銭湯を経営されている御仁のお宅でご不幸があり、葬儀に参列できなかったため、改めてお悔やみを申し上げにお伺いをしたところ、ひょんなことからご両親の話になり、重い想いの詰まった一枚の古い写真を見せてくれることになりました。その御仁は既に90歳。先日93になる奥様を亡くされた後でした。これほど想いの詰まった写真は見たことがありません。

その一枚の写真によって、私は一気に、部屋ごと80年余前の世界に投げつけられました。右端の学生が御仁であり、真ん中の長兄の出征に際して、長兄の右の父親と下の母親、そして両側の3姉妹と一緒に、高松のご実家で撮った写真とのことでした。

お気づきだと思いますが、80年ということは、シナ事変での出征です。ご自身はその後、陸軍に入隊し善通寺の第11師団に所属。第11師団は全員満州に派遣されたとことでしたが、19年頃に満州駐留の第11師団は3派に分けられ、1つは満州、1つは南方、1つは本土防衛であったそうで、その御仁は本土防衛に当たられることになった。

満州隊はご承知の通り終戦後はシベリア送り、南方隊は直後に輸送船毎撃沈され、御仁は本土防衛隊であったから生き延びることができたのだとしみじみおっしゃる。もし南方であったらなどと今でも思うことがあるのだそうで、生きていることと生かされていることに最大感謝されているように見えました。

ご両親はその間、高松が空襲に遭ったとき、向かい合って話でもしていらしたのであろう、抱き合うようにして亡くなられたのだとか。更に当時は物資不足の時代、棺の調達が間に合わず、ご夫婦で1つの棺に納められたのだとか。御仁はこの棺のエピソードを何度も何度も繰り返され、心からご両親を愛していらっしゃるのだなと思わずにはいれませんでした。

80年間大切に保管をされた貴重な写真。時代に翻弄された人生。そして愛の詰まった人生。そんな話を聞かされて改めて眺めるこの写真に、なんとも奥深いもの感じるのは私だけではないはずです。

介護施設!個室か相部屋かの論争

いわゆるご年配の方のための介護施設をご覧になった方は多いと思いますが、最近の施設はとても綺麗で快適、個室が完備されていて、過ごしやすそうだと思われた方も多いと思います。今日は、その特別養護老人ホーム、いわゆる特養について書いてみたいと思います。

結論から言えば、国は個室型を随分と政策誘導してきましたが、一部報道にもあったように、ここにきて、少し軌道修正をかけ、相部屋型も認めることを検討しているようで、私自身は大変喜ばしいことだと思っています。

なんのことか。そしてなぜ喜ばしいか。

国の分類だと、特養には、多少型(相部屋型)とユニット型(個室型)があるのですが、10年ほど前から、国はユニット型に誘導をしてきた。理由は単純明快。入居者にも豊かな生活とプライバシーが必要だとの考えです。

それはその通りです。何年も他人と同一の部屋で過ごすことになるわけですから、できれば個人の空間が欲しいと普通は思うでしょう。この理由は全く否定しません。少し深堀して考えれば、多くの場合、どうするかという判断は、入居希望者ご自身というよりは、ご家族が判断されるということも考えなくてはいけません。

「個室に入れてあげたいけど、そうすると先立つものが・・・」とお考えのご家族が多くいても不思議ではありませんし、その結果、費用の安い多少型を入居者が余儀なくされ、入居者の尊厳が守られないということは、注意して慎重に考えなければなりません。

しかしだからと言って、すべてユニット型だ、ということにしてしまうと、一体、入居者やご家族、そして国民の負担はどのように考えれば良いのか。「できれば個室がいいけれど、そんな高額なら、相部屋でもいいわ」、とか「そんな高額な負担を家族にかけられないわ」、と思われる入居者もいらっしゃるはず。

「孤独や寂しさよりも人の息が聞こえる状態の方が落ち着くわ」という方もいらっしゃる。また入居者のご家族がすでに年金受給者である場合も少なからず見受けられます。入居者が高額の個室を余儀なくされ、ご家族が年金で負担する、そんな状態に違和感を感じざるを得ません。

他にも問題は感じます。例えば事業者は、多床型とユニット型を併設して、入居者のご希望になるべく添えるように頑張る。当たり前でしょう。私が事業者であってもこう考えると思います。ところが、この二つ、全く別のルールで運用されているので、極論すれば全く別々に運営しなければならない。例えば介護職員は兼任できないなどです。同じ目的だろうよと思うのですが、こんなことで大丈夫かと思っています。

もしユニット型に固執し続けるのであれば、そのユートピア的論法を続けても結構ですが、その負担の試算を明確にしなければなりません。

そして最大に重要なことは、ころころ制度設計を変えない事。そのたびに現場は混乱しているのです。混乱しているだけではありません。実際に、方針変更で巨額の金銭負担を強いられた事業者もいらっしゃいます。注意しなければなりません。

だからこそ、これから、介護は真剣に、根本的な制度設計をしていかなければならないと感じています。

全国戦没者追悼式

去年同様、靖国神社に昇殿参拝し、武道館にて行われた全国戦没者追悼式に、参加してまいりました。今年の皇居の草木も、生き生きとした緑色を発し、セミの鳴き声は力強くて眩暈を感じるほどでしたが、おそらくあの時代、将来の日本を案じて散華された我々の先陣先達も、この草木やセミと同じ声と緑を見て感じていたのではないかと思います。

今年も、時空を超えて様々な人々の思いを繋いで頂いたことに感謝しつつ、英霊のやすらかならんことを祈念し、不戦と平和をお誓い申し上げました。

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【善然庵閑話】横山大観「正気放光」

先にご報告申し上げたように、広島原爆忌の式典に参加してまいりました。その際に、呉の海上自衛隊幹部候補生学校と第一術科学校にもお邪魔してまいりました。その際に教育参考館で目にしたのが、横山大観の正気放光です。

大きく深くうねった雲海と、荒れ狂う太平洋に囲まれた富士山を描いた作品で、開戦前の世界の中の日本の状況を描いたものとされています。

横山大観は水戸の出身なので、正気放光というのは、恐らく幕末の志士たちに大きな影響を与えた、水戸学の雄である藤田東湖の詩からとっているのだと思いますが(未確認)、その原文を意訳すれば、世の中上手くいくときもあれば行かないときもあるけど、正気をもって頑張れば光り輝く、というような趣旨だと思います。

以前にも触れましたが、横山大観の目を世界に向けさせたのは、東京芸大の創始者である岡倉天心。

https://keitaro-ohno.com/?p=61

だとすれば、この正気放光を横山大観に書かせたのは、藤田東湖+岡倉天心ということになります。その心は、世界観を以って自分を理解する、に尽きるのではないかと思います。

もちろん横山大観は戦前戦中に御用画家であったとする理解の仕方もあります。横山大観の本心を知る由もありませんが、ただ世の中を俯瞰して見るという精神は大切にしなければなりません。

【善然庵閑話】最愛の大地

国際政治の狭間のなかで、女優のアンジェリーナ・ジョリーが国連の臨時大使をつとめるなど、幅広く活躍をされています。私は映画好きに属する人種で、今は残念ながらほとんど見れませんが、これまで彼女が出演する作品には数えきれないほど接してきました。先日、彼女の初監督作品「最愛の大地」のトレーラと本編の一部を見る機会がありました。

この映画は、ボスニア・ヘルツェゴビナの紛争を描いた作品ですが、彼女の最大の訴えは、民族対立による内紛などで一般人に甚大な被害が発生した際の国際社会の介入の在り方、そして紛争下の性暴力根絶を、視聴者が深く考えるきっかけになれば、というものでした。

結論から書けば、この2つのテーマは非常に重要な問題で、日本人一人ひとりが深く考えなければならないものです。前者は、集団安全保障の在り方、後者は昨年国連で採択された紛争下の性暴力根絶行動宣言に直結する話です。

第一の集団安全保障の問題は、目下話題になっている集団的自衛権の限定行使解禁というレベルの議論ではなく、世界でどのような肌感覚で紛争が起きているのか、ということを理解しなければならないという問題です。例えばこのボスニア・ヘルツェゴビナの紛争はジェノサイドが発生した。結局NATOが介入して停戦合意に至りましたが、介入までに長い時間を要している。その間に甚大なる被害が発生したというのが彼女の訴え。私自身も随分昔から考え続けている問題です。そして私はこのことについては、国益とは何かという議論から始めなければならないと考えています。

第二の紛争下の性暴力根絶の話は、私自身、今年に入って躊躇した経験を持っています。今から数か月前に、是非当該問題について意見交換したいとのお申し出が英国大使館からあり、参加したときのものでした。もちろん根絶すべきだと思ってきましたが、実務となると、どこか日本には直接関係ない話だと無意識に思っていたんだなと改めて認識しました。

世界にはまだまだあり得ないほどの悲惨な現実が存在している。イラクもしかり。そしてアフリカもしかりです。日本ができることはなにか、日本がすべきことは何か、そしてすべきでないことは何か、一人一人が考えるべき問題です。

広島69回目の原爆忌

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69回目となる広島原爆忌が厳粛に執り行われるにあたり、今回は中川俊直代議士のお取り計らいで広島の現地で参加をさせていただきました。娘の13回目の誕生日でもありますが、第一子をこの日に授かった意味を改めて噛みしめながら、改めて、平和と核兵器廃絶をお誓い申し上げる次第です。

理論的にも感情的にも思想的にも私は日本が核武装などということをすべきではないと思いますし、議論でさえもすべきではないと思っています。核兵器は駄目よと北朝鮮に向かって力説しているアメリカの横に立ち、口にするのも憚れるような凄惨な体験をもとに絶対に嫌だと語る原爆被害者や関係者の前に立って、核武装なんぞ、どこにそんな必要性があるのか私にはまったく理解できません。

今年の原爆忌は、1971年以来43年ぶりの雨となりました。もしこの雨が、あの黒い雨であったら、現代に生きる我々は何を感じたのでしょうか。現場で起こったことは時が経つとなかなか机の上だけで感じとることはできません。69年前と今を繋ぐこの雨に、深い意味を感じたのは私だけかもしれません。世界のどこであろうと、こうしたことが起きないように努力すべきなのです。

そしてその69年前や43年前では到底考えることさえ難しかったであろう米国大使の参列ですが、前大使のルース氏から引き継ぎ、ケネディ大使も初参列いただきました。そのケネディ大使の2列前に私は席を頂きましたが、私に注がれているはずもない大使の視線を背中で感じながら、遺族の皆様が目の前で献花されて通り過ぎたときに、大変複雑な思いとともに、苦難を乗り越えて我々は前に進まなければならないのだということを、改めて感じた一日となりました。

選挙区割りと人口減少

1票の格差をどのように考えるべきなのでしょうか。私は最終的には国民投票で判断すべきだと考えます。司法が格差を違憲だとし立法機関の在り方を正すのは正しい。そして立法機関がその是正を議論することはそれ以上に正しい。

しかし、人口減少という構造的問題を抱える日本にあって、人口流入が著しい都会の議員を増やして、人口流出が著しい地方のことを考える議員の数を減らすことになる区割り変更は、それを国民が望むのであれば別ですが、正しい結論だとは思いません。決して地方出身議員の保身の話ではありませんし、議員定数自体を見直せという議論は当然としてもここの文脈とは異なる問題です。

地方の声が届きにくい議会になれば、東京への人口移動は益々加速します。増田寛也先生は、人口減少の対応として、大きく2つのことを言っていますが、1つは少子化対策、そしてもう1つは東京への人口流入の阻止です。これをやらないと、人口は100年で3000万人になります。今の1/4です。

つまり、私が申し上げたいのは、区割り変更して人口動態が劣化して、人口が維持できない国家となった場合、いったい誰が責任をとるのだろうか、ということなのです。それは司法でもないし、マスコミでもない。基本的には立法機関が責任を負うべき話なのです。そして、極論すれば、司法は人口が減っても一人一人の一票の価値を大事にすべし、と結論付けている。その結論は極めて重いものだけれども、国家の在り方が正しいのかとは別の次元だと考えられます。

人口減少がこれほど騒がれた現時点で、果たして司法は全く同じ判断を下すのか、見てみたいものですが(裁判官だって人間ですから)、いずれにせよ、立法府は将来の結果にも責任を負うので、1票の価値か、国家の存続か、に結論を出さなければならない。しかし困難なのは、このことが、司法に従うか反目するか、に直結していることです。通常の政策は、立法機関が決断を下して選挙で責任をとるわけですが、この問題は、国家の存続に傾き過ぎると、司法の判断を立法機関が否定することにもなりかねない。

であれば、こうした問題は、国民が自ら責任をもって判断するしかない問題だと思うのです。

従って、立法機関は、司法の判断に従って、専門家や有識者の意見を聞きながら区割り変更案を国民に提示し、それが是か非かを国民投票にかける、が正しい結論になるのではないかと思うのです。

先日、伊吹文明議長が専門家・有識者で構成される諮問機関の選挙制度調査会の委員を発表しました。区割り案が出てきて議会で議論されたときには、是非このことを主張してみたいと思っています。

皆様はどう思われますか。

ちなみに、本来、一票の格差是正に時間を頂けるのであれば、極論すればですが、区割りで格差を是正するのではなくて、人口移動で格差を是正するという方法で解決したいですよね。と言ってもすぐには困難ですが・・・。本当に日本という国家の在り方を考えなければならないと思っています。