国家目標を定めるべし

人口構成が変わって、これほど稼ぐ人が減り、年金をもらう世代が増えれば、国家財政が赤字になるのは当然です。さらに不況で会社の儲けも少なくなれば、賄えなくなるのは当然です。だから政策の方向転換をしないといけないのは誰でも分かる理屈です。でないと国は滅びます。

だから10年前から行財政改革やら増税やらの議論を国会ではしています。で、今、増税の議論が行われています。しかし税はあくまで政策目的を実現する手段です。

民間会社で、商品が売れずに赤字になり経営が行き詰ったとして、単純に商品の価格を上げるでしょうか。不採算部門を統廃合するなどして社内の効率化を図り、無駄を徹底的に削減するのは論を俟ちませんが、少なくとも将来の儲けが出るように、営業努力を行い、提携を模索し、研究開発を行い、将来の芽をいろいろなところに植えておく努力はするはずです。

もちろん民間会社と国家は全く違います。何が違うかというと、会社は儲けることが目的です(社会責任も果たすこともありますが・・・)が、国家は歳出をすることで政策目的を達成することが目的です。しかし国家の財政健全化は、その目的を達成する重要な手段ですから、やることは同じになります。

まずやらなければいけないのは以下の3拍子です。

1.政治自らの政治姿勢の明示(血を流すこと)による信頼回復と行財政無駄削減の徹底。

2.日本の将来像と国家目標をを明確に示し、それに沿った政策に絞り込む。

3.その上で必要な税を見積り、景気動向を十分勘案して増税を決定する。

つまり、政策決定をする人が信頼されてなければならないのが前提で(自民・民主の話じゃありません、政治全般の話です)、その上で、どんなことをどんなコストでやるのか、ということが理解されなければならないということです。

で、前置きが長くなりましたが、今回は特に2を議論したいと思います。

今、社会保障関連しか議論が聞こえてきませんが、社会保障給付は将来への投資ではありません。どれだけ給付しても将来成長しません。民間企業で言えば研究開発投資の部分の国民的議論が決定的に欠けています。公共事業もこれほど削減していては、将来そこらへんでひび割れビルが立ち並び、水道から赤いさび水がでてもおかしくありません。そんなところに会社が主力工場を建てるとは思えません・・・。などと発想が暗くなります。科学技術関連や必要な将来への投資のための公共事業、そして一番大切なのが人材育成のための教育。防衛も年々削減されていますが、外交に直結する部分です。これ以上の削減は避けなければなりません。

一方で伸び続けている社会保障分野も、どこまで面倒を見ますか、ということを設定しなければなりません。ここも今ないのです。現状の給付を維持するというのであればそれでもよい。しかし、それではコストがかかりすぎる((結果消費税は10%以上ということになる)。だから、もう少し給付を下げていかなければならないと思います。国滅びて給付あり、やら、国滅びて増税あり、は絶対に避けなければならないと思うからです。身の丈にあった補助や給付の出し方をしなければなりません。

小さな政府と財政出動はバランスだ

「もし小泉進次郎がフリードマンの資本主義と自由を読んだら」、というタイトルの本を見かけました。読んではいませんが気になったのでWEBで内容を調べると、小説仕立ての本。近未来。消費税10%を果した政府が、増税による景気悪化によって税収が改善しない状態に直面し、国債発行→国債入札割れと日銀引受、国債暴落と金利上昇→インフレ急加熱→為替急騰とインフレ深刻化、というプロセスを通じて、再度消費税増税が議論→選挙で小泉総理誕生→自由主義政策(種々の補助事業の廃止と給付のカット)を断行し、国家を救う、というストーリ。

無理はありますし納得はできなくても考えさせられる内容です。

フリードマンと言えば、80年代のサッチャーやレーガンなどの新自由主義・新保守主義の経済政策の理論的バックボーンとなった超有名な経済学者です。

私事。30歳前後のとき出張でスタンフォード大学に行った時、大学構内でたまたまフリードマンの講演会をやっていて、入り口の人に「フリードマンってあのフリードマンですか?誰でも入れるんですか?」と突撃聴講したことがあります。ちなみに講演内容はさっぱり覚えていません。入り口の御仁が「フリードマンだから入場はフリーだよ」と冗談を言っていたことしか覚えてません。

しかし、当時からフリードマンやハイエクが唱えていた思想、つまり自由こそが繁栄の礎、というか、小さな政府というか、政府の関与が経済をダメにする、といった問題意識は理解しております。

ただ、私は、不況のときの景気刺激についてはケイジアンです。

謹賀新年

新年、あけましておめでとうございます。

旧年中は何かとお世話になりありがとうございました。

私事で恐縮ながら年末は毎年違うところにお邪魔しています。今年は豊中の本山と、多度津の白方にお邪魔しました。例年に比べて少し暖かくは感じましたがそれでも寒さは厳しいものがありました。

元日は、朝4時に眠い眼をこすりながら朝起き会なるものにお邪魔し、そこから初日の出を見る会や各地の元旦祭など、結局、丸亀→丸亀→多度津→丸亀→観音寺→丸亀→観音寺→三豊→丸亀と動き、年始から少しグロッキーな元日を過ごしました。

皆様はどのような年末と元日をお過ごしになられましたか?

今、日本がやるべきは政治の信頼回復です。自民や民主ではなく、政治自らが血を流し範を垂れ、心を示すことです。国民に対して、嘘をつかない、大風呂敷を広げない、間違いは素直に詫びて正す。さらに自らの周囲を叩いて自分が偉くなった気にならないことも必要です。

もちろん政治家同士は別の話です。口八丁手八丁でも政策をまとめていかなければなりません。どれほど正しいと思われる政策でも纏められなければ政治ではありません。政治とはそんなものです。山本五十六の名言、「やってみせ、言って聞かせて、やらせてみて、ほめてや・・・」るだけで動くのは組織上の話だけであって、それでは政治家は動かず、騙しすかして説得し、集めて演説し、持ち上げたり脅かしたりしなければ動かない場合も結構あるのです。

しかしそれはあくまで政治家のための政治です。とにかくみんなのための政治は真摯に謙虚に当たり前のことを大胆に実行する必要があります。

そういう姿勢で今後も頑張って参りたいと存じますので、今後ともご指導ご鞭撻を賜りたく何卒宜しくお願い致します。

蝶々撃退、あるいは知の欠乏

 
年末まであと10日を切りました。人間は言い訳する動物なのかもしれません。だから動物から人間になるために言い訳をなるべくしないようにしております。が、全てというわけにはいかないので、少なくとも「忙しい」という言葉は使わないようにしております。

そして、1つ自らに課している課題があります。本をなるべく読むこと。そして、自分で選ぶ本だけでは偏るので、人にお勧めいただいた本は必ず読むこと。

しかし大して読めてはいません。

さらに、1つの本を読んでいる途中で、人に奨められてたりして違う本を読み始めたりで、途中まで読んだ本が、私の寝室にぱらぱら転がっていたりします。そういう状態の本を私は蝶々と読んでいます。読んだところで開いてひっくり返して机に置くから蝶々のように見える。

ですから、蝶々を撃退するのが日課になっています。

西洋絵画の本、純文学、1日で分かる○○シリーズ、エッセー系、時事論評物、軍事戦略本、本当に雑多な蝶々が寝室の脇にころころと転がっています。

どれも全く役に立ってはいません。実は読んでも結構忘れてしまいます。が、総じて言えばいろんなジャンルが横断的に繋がることがあります。例えば森鴎外と戦後政治、横山大観と国際政治、古代ローマ人と税制などなど。

ただ、これらも役に立ちはしませんが、頭の体操のようなものです。

だから、蝶々撃退。できなければ知の欠乏です。

戦後を終わらせねばなりません

12月8日と言えば真珠湾攻撃。ことしで70年になりました。そして、先日の共同通信の配信で知ったのですが、4日にはハワイで真珠湾攻撃に関するシンポジウムがアメリカ内務省主催で行われ、私が大変お世話になった元海上自衛官(海将)が講演をされたとのことでした。

今、日米関係が非常にぎすぎすしています。普天間問題で関係が揺らぎ、周辺国には軽く見られ、TPPで釘を刺され、日本はアメリカから貿易の非関税障壁しか念頭に無いとまで言われてしまっています。トリガになったのは普天間問題、つまり米軍再編問題です。

戦後、日本が再軍備再軍国主義化しないように軍を徹底的に否定した教育を導入したのはアメリカです。受け容れたのも日本人。当時の吉田茂。私の尊敬する政治家の一人ですが、まさに吉田にとって苦渋の選択だったと思います。それによって戦後日本人の思想に軍というものに対するアレルギが根付きました。結果、日本人として在日米軍にアレルギーがあるのも当然かもしれません。

まず恒久平和の誓いを立てた上で、自衛隊という我が国の防衛という崇高な使命を担っていらっしゃる方々には敬意と感謝を申し上げたいと思います。その上で自衛官の先輩方である、我が祖国を如何なる理由があったにせよ身をとしてこの祖国を守ってくれた英霊の皆様にも最大の感謝を申し上げ、 その英霊に恥じない日本にしないといけません。

かつて安倍首相が言ったように戦後レジームからの脱却をいつか果たさねばなりません。

年金制度ちゃらにする!

 
どう考えたって今の年金制度は持ちません。年金扶養比率(1人の受給者を何人の現役が支えているか)は、私が生まれた頃は厚生年金で40人を超えていたのですが、今は2.5人になっています。

もし仮に現行制度を改善して年金制度を維持するのであれば、どう考えても給付を減らして負担を増やすしかありません。そんなことはほぼ全国民が分かっているはずです。しかしそれをどうしても我々国民が受け容れられないのは、決める側(政治・行政)の痛みが無いからです。

ここは政治が定数削減や公務員改革をさっさとやって(私はこれが本質的に日本のためになるとは思えないのは以前にも書きましたが)政治のスタンスを示し(ノーブレスオブリージュ)、もって具体的プロセスを明確にしたうえで、改革を断行するしかありません。

基礎年金は全額税で賄う制度に。納税者番号を早急に導入し給付改革。消費税増税(時期は景気を見て慎重に)。厚生年金と共済年金の一元化。厚生年金は確定拠出にして民間運営。細かいことを言えば、年金関係の税制改正などの微調整が沢山ありますが・・・。やることは多い。

できないのなら、一度ちゃら、と申しますか、解体して再構築するくらいでないといけないのかもしれません。もう放っておけません。

普天間と沖縄の心

残念な事案が発生しております。防衛相の発言です。過去にこの場で何度も私の考えを申し上げていますが、基本的には閣僚発言の一つ一つで政局が左右されるべきではありませんし、ことさら取り上げることは慎むべきだと思っています。

しかし。今回だけはどうしても許容範囲を超えてしまいます。95年の沖縄で発生した痛ましい事件はそれ自体も実に腹立たしい事件であすが、同時に、歴史的に日米安保体制の本質に大きな影響を与えた事件であったのは、安保問題を多少かじっただけの私でも重要性を把握しているつもりです。

仮に、仮に内容を正確に知らなくても、知らないと軽々に言える問題ではありませんし、まして閣僚が、仮にそれほど詳しくなくても正直におっしゃってはいけない問題であることは間違いありません。

普天間問題の原点になっている話だからです。95年以降日米安保は大きく議論されました。日米の安全保障協力体制の指針、いわゆるガイドラインが制定され、橋本政権下で普天間移設が基本合意でき、周辺事態の安保体制が議論され、そして有事関連法が制定され、現在に至っています。

ただでさえ機微に触れる問題。しかも過去の2首相の沖縄にまつわる失態をカバーしようとして現政権が懸命に何人も昔自民党が行っていたような根回しを閣僚クラスを投入して努力している最中の事案であるだけに、本当に取り返しのつきません。

普天間は困難かもしれませんが、問題の本質は、何度か申し上げておりますが、現状の飛行場を直ちに移設することにあります。このままでは辺野古には移せなくなってしまっています。2段階方式も視野にいれ、批判覚悟で前に向いて奨めていかなければなりません。

お弁当の日

四国4県のPTAの会があり、我が娘の親として参加してきました。竹下和男先生という県下の元校長先生の講演会がありました。抜群に心を打たれました。全国各地で講演をされているようです。子供達(小学校5〜6年)に子供達だけでお弁当を作る日を月に1回くらいは設けてあげようというもの。これが心の教育に繋がります。心が豊かになります。詳細は竹下先生の講演をお聞きいただくしかありませんが、この弁当の日のムーブメントは香川県から、全国に広がっています。

http://bentounohi.kids.coocan.jp/

これは単純にいいものだと感じました。

大阪が変わる

橋下・松井両者の圧勝でした。気持ちいいくらいでした。

実に面白い選挙でした。戦国時代か明治維新のドラマを見ているような感覚です。

私は基本的に大阪都構想はよく分かっていません。

平松さんの大都市圏州構想もよく分かっていません。

分かっていませんが、

都構想は、大阪市を潰して大阪圏を良くするもので、
州構想は、大阪府を潰して都市連合で大阪圏を良くするもの

であったと思っています。

残念ながら報道は、既存システムを守る陣営 対 変える陣営 という構図になっていました。

ここは本質的には違います。市メインか府メインか、の戦いが本質論だったと思います。

マスコミが誤誘導しました。

どちらも変えようとしている。2つの陣営の政策をきちんと比較して説明さえしていない。これではますますパフォーマンス政治になってしまいます。

中身で言えば、私はどちらがいいのか分かりません。時代の流れで言えば州構想です。しかし、大阪市は大きすぎるというのは一利ある。そして政治家としてみれば、説得力とエネルギー、オーラは、圧倒的に橋下さんでしょう。どのような素晴らしいアイディアでもリーダがいなければ実現できない。

いずれにせよ大阪が選んだ選択です。是非これで良い大阪を築いていただければと思います。

そして、これを契機に国としては地方分権を推進していかなければなりません。

わが町の保育所がなくなる?

一部でその手の議論があるという程度の話ですが、それでも気になる報道に接しました。保育所運営費の廃止です。

私立の保育所の話です。

ここ最近、厳しい財政状況とも相俟って、何でも民営化は良いことだ、という風潮が見え隠れする世知辛い世の中になりました。皆様どうでしょうか、公的な事業でも、おカネの切り口だけで物事を判断されることが多くないですか?しかしおカネだけの切り口だけで全ての公的事業を判断するのは難しい。だから政治が必要だと思っています。例えばミサイル。要るかといえば私は要ると答えますが、使わないから無駄だとお答えになる頓珍漢もいらっしゃる。スパコンも同様。まだ成果があったからすくいもの。

そして今回は保育。

これまで国は保育所に4000億円の運営補助を出していましたが、来年から始まる新設児童手当の財源がないからという理由で、これをカットしようという案が出ているとのこと。正確に言えば、住民税の扶養控除が来年から廃止になり地方の増収につながるのですが、新設児童手当の財源を、これに求めたところ、地方から相当の反発があったので、保育所補助カット案がでてきたとのことです。

カットされたて保育所はどうなるかと言うと、地方税控除廃止分の増収分を、一般財源として、保育補助でもなんでも好きに使ってください、地方の時代ですから、ということのようです。

一番気になるのは、地方分権の推進に繋がると考えていること。

それはまずいでしょう。外交安保・教育・社会保障など国家に必要最小限のことは国がやるべきで、国がやる最低限のことの上乗せを各地方が独自にやるというのは分かりますが、全部まる投げは国家感の無さを露呈していると思います。

しかも住民税の年少扶養控除ということは、山間部の田舎ほど子供は少ないわけで、廃止に伴う税収増が少ないわけですから、子供の多い都会ほど増収が多い。益々若者は都会に出て行き、地方分権の本来の趣旨ともかけ離れる。国はこうしたところにちゃんと関与して、地方分権の本質的な形を作るべきだと思っています。