経済安全保障推進法の成立

本日11日、経済安全保障推進法案が参議院で可決成立しました。小林鷹之大臣のイニシアティブに寄るところが大きいのですが、その他、党内政策・国対両サイドの積極的先導があり、また与野党超えて積極的にご審議頂いた賜物だと思います。改めて心から感謝申し上げます。今日は、この法律の中身について、正確性よりも分かりやすさに力点を置いて解説したいと思います(従って、念のためですが政府見解を代表するものでは全くありません)。

■経済活動と安全保障のバランス
本法律は枠組みであって、具体的な規定はこれから集中的に議論し、定めていくことになります(政令や省令)。法律に具体的な事項を記載していないため、新聞紙面上ではあいまいだとの指摘をときどき受けますが、これは国際情勢や技術動向、民間事業の形態などに機動的柔軟に対応していくためであって、今後の具体化作業では可能な限り予見性を確保して参ります。一方で完全に透明にすれば、日本の脆弱性を世界にさらけ出すことになるため、慎重に判断せざるを得ません。

■経済活動の自由
経済活動への制約に対する不安視も一部見受けられますが、経済安全保障を目的化することは決してありません。すなわち、経済活動の制約を強め過ぎて衰退させれば守るべきものもなくなりますので本末転倒です。法律でも明記していますが、明記しなくても経済活動を最大化しつつ安全保障を確保する方針です。経済活動は基本的に自由が確保されるべきものという考え方が土台にあります。

■米中対立との関係
また、米中対立を背景とした、いわゆるグローバルサプライチェーンのデカップリングとの関係についてのご指摘を受けることもありますが、本法律は特定国を対象としたものでもなければ、デカップリングを前提としたものでもありません。あくまで我が国独自の経済安全保障の考え方に基づいてスクリーニングを行った結果として適用が決まるものです。

■自由貿易との関係
また全てのグローバルサプライチェーンを自国回帰誘導するものでもなければ、自国主義を採用するものでもありません。自由貿易推進の旗印は明確に振りつつ、それでも経済安全保障上、自由を限定的でこそあれ制限しなければ秩序確保が困難な領域を対象とするものです。この考え方については、本稿最後に更に深く掘り下げます。

■経済安全保障とは
経済安全保障とは、分かりやすく言えば国益を経済面から確保すること、と小林大臣は説明しています。では国益とは何かと言えば、現行の国家安全保障戦略に定義されている通り、国家の主権独立と国民の身体財産を守ること、経済的繁栄を実現すること、そして基本的価値やルールに基づく国際秩序を擁護し強化することです。

■経済面で国益をどのように確保するか
では国益を経済面から確保するとはどういうことを指すのかと言えば、一言で言えば、他国の動向に左右されることなく我が国が主体的に未来を決定できる環境を整える努力をすることです。例えば他国に過度に依存している重要物資があったとすれば、我が国が主体的に未来を選択できなくなります。すなわち、経済面から国益を守るためには、戦略的自律性の確保、戦略的不可欠性の確保、そしてそれらを通じた国際ルール形成、が中心的な考え方になります。戦略的自律性は字義通りですが、戦略的不可欠性とは、世界にとって日本がなくてはならない存在になる環境を整えることです。

■本法律は経済安全保障政策の一部をなす土台
本法律は、恐らく世界初の一括推進法で、担当大臣の設置も併せて世界から注目されていることを実感します。ただ、一括というのはこれら経済安全保障全体を網羅的にすべてという意味ではなく、あくまで、直ちに法的担保が必要な項目を束ねた、という意味です。従って、本法律は、我々の考える経済安全保障全てをカバーするものではなく、むしろ基礎の一部であって、今後も国民の皆様のご理解を得ながら必要な改正は行っていくこともあるはずですし、法律を必要としない様々な施策も必要となります。

■本法律が対象とするのは外部起因のもの
経済安全保障を要因別に二分すれば、外部起因(外国勢力によるもの)と内部起因(国内事情)に分けられます。本法律で担保したものは、前者の外部起因のものです。外国勢力による経済的手段によって国益が損なわれる恐れがある場合を基本的には対象としたものです。

■本法律が規定する具体的な項目
少し具体的な話に入りたいと思います。本法律では、法的担保が直ちに必要と考える項目、すなわち基幹インフラサービスの安定的提供の確保、重要物資のサプライチェーン強靭化、重要技術研究開発の官民協力、特許出願非公開、について規定しています。

なぜこの4つなのか。経済活動や国民の生活が脅かされる可能性があるとすれば、それは第一に、電気、水道、ガスをはじめとした、これまでも業法規制がかかっているような基幹インフラサービスです。第二には、業法規制はないものの安定供給が確保されなければ重大な影響がでる重要物資の安定供給確保。第三に、そもそも日本独自の戦略技術を保有することを考えなければならず、それが官民技術協力。そして第四に、そうした技術があったとしても技術流出防止を講じる必要があるという観点から、法改正が直ちに必要なものとして特許制度の抜け穴を塞ぐ、という考えです。念のため繰り返しになりますが、法律が必ずしも必要ない措置も、実施しているか実施予定ですし、今後も必要に応じて法律改正を行って参りたいと考えています。

■基幹インフラ
電気や水道などの基幹インフラ事業については、本法律では14業種を指定しています。これらは既に業法規制がかけられている業種ですが、既存の業法規制には他国からの妨害行為に対処すべき義務が課せられていないため、安全保障上の上乗せ規制をしたものです。近年、他国によるサイバー攻撃などで基幹インフラの安定供給リスクが高まっていますが、国民からすれば安定供給が強化されるということになります。

14業種に該当する全ての民間企業が対象になるわけではありません。しかし対象となる範囲を規模などで一律に線引きするのも困難です。それは、規模や地理的分散といった市場構造や、設備の利用形態、また経済活動や国民生活に与える影響程度が業種ごとに異なるからです。

今後、それぞれの業種ごとに、利用者数や取扱量やシェアなどの事業規模や代替可能性について、事業者とよく相談しながら基本指針で基準を定めていくことになります。対象事業者は、特定重要設備をこれから導入しようとする場合、もしくは維持管理を外部に委託する場合には届出が必要となります。

特定重要設備は、外部からの妨害行為の手段として利用され得る設備であってその機能が停止低下した場合にサービス提供に著しい影響を及ぼし得るものとして、具体的に技術内容も含めて業種を所管する省庁の省令で定められます。事業者の負担に十分配慮するとともに国際ルールとの整合性を確保しつつ、念のため事前相談制度も設けています。

■サプライチェーン強靭化
重要物資サプライチェーンについては、一番分かりやすい例が手術で使う医療用抗菌薬など、原材料を特定国に過度に依存していたケースがあり、その場合は首根っこを掴まれているのと同じ事ですから、こうした事態を回避するため、取り扱い事業者を支援するのが制度の趣旨です。すなわち放置すれば、そうした事業者が経済合理性の判断から、供給しないか他国依存から脱却できないなどの状態を改善するための措置です。

特定重要物資の指定の基本的考え方は、今後、基本指針で、また物資毎に支援方法などを取組方針などとして所管省庁の省令で定めることになります。その後、その特定重要物資を供給しようとする事業者が申請を国に提出、国が認定すれば、その事業者には定められた一定の支援が提供されることになります。該当事業者が不在の場合には、特別の場合として国が直接、物資の安定供給に乗り出す仕組みです。

物資指定に当たっては、当然ですがサプライチェーン調査が大前提となります。その調査権限を法的に担保しています。その上で、物資指定の基本中の基本の考え方は、その物資の重要性、供給リスク、外部行為リスク、そして必要性と効果を見て判断する方向です。重要性というのは、国民の生存に不可欠であるとか広く国民生活や経済活動が依拠する物資、幅広く普及利用されている物資、が対象となります。供給リスクについては、特定少数国にサプライチェーンが過度に依存しているか依存するおそれがある物資、であって、その依存度や他国代替性、物資自体の代替性や国内調達の容易性、または影響度と影響範囲などで判断していくことになります。外部行為リスクについては、外部からの影響を総合的に判断していくことになります。そして最後の必要性と効果については、他に担保する制度がないなど、この法律で担保する必要性があることや、本法律で実体的な効果がある場合に絞っていくことになります。具体的な指定は、ざっくりと物資全体を指定することも考えられますが、性質に注目するとか、用途や性能、材料や装置に注目することも考えられます。

支援措置として具体的に何をするかと言えば、冒頭に示したように国内回帰だけを目指したものではなく、物資の特性に応じて、多様な措置を講じるものです。1つはサプライチェーン強靭化として、生産基盤整備、供給源多様化、備蓄、生産技術の導入や開発改良など、また指定物資の依存度低下を図るために、使用合理化や代替物資開発などに対する支援も可能にするものです。具体的には、別途申請に応じて指定する安定供給確保支援法人を介した助成や利子補給、SBICを介した中小企業対象の株式買い取り支援、日本政策金融公庫と民間金融機関を介したツーステップローンのほか、公正取引委員会との関係整理、関税定率法との関係整理などです。支援法人には基金を積むことも可能としています。

■官民技術協力
重要技術の研究開発を推進するための官民協力の枠組みを法的に担保するための規定です。例えば、AIや量子、バイオなどです。バイオは今後幅広い領域で社会に重大なインパクトを与える技術とされていますが、例えばコロナワクチンでは、我が国は他国に完全に依存する状態を2年以上に亘って続けています。逆に日本だけがワクチンを作れたならば、戦略的不可欠性を確保することになります(必ずしもワクチンを指定するということではありません。ワクチンは既に別のプログラムで推進しています)。こうした日本の強みを伸ばし、ひいては日本が世界の中で必要不可欠な存在とされるような技術を戦略的に強化していくことを狙ったものです。

今までに決定的に欠如していた仕組みが研究開発サークルの情報保全の制度化です。民間企業や研究者と政府が、それぞれ会社の営業秘密や公開したくない独自の研究手法や機微情報などを、相互に安心して円滑に交換する枠組みを創設し、研究開発、成果創出、社会実装の加速を狙ったものです。情報保全については当然ですが、官民の関係者が協議会を構成したのちに、協議会が必要と判断した場合にだけ保全義務がかかりますので、突然政府が民間研究者に保全義務をかけるわけではありません。対象は、先端的な技術であって、使用技術情報が外国に悪用されれば安全が損なわれるような技術です。基礎研究というよりは、技術成熟度が一定程度あるけれども社会実装までには至らないレベルを想定しています。

また国際的な研究動向や国際情勢を内外調査機関と連携しながら分析し、必要な政策提言を行うシンクタンクを創設することとしています。所望の機能を発揮するには時間がかかりますが、何よりも人材育成が必要であり、そのためには相応の権限を付与することも考えられます。

■特許出願非公開制度(技術漏洩防止措置の一環として)
日本の特許制度には欠陥がありました。特許は当然、公開が原則です。特許制度の本質は、発明を公開することで知恵を共有し社会発展を促す代わりに、その代償として発明者には期間限定の独占的な権利を付与するものです。だから公開は大前提になります。一方で、悪用され得る技術も世の中多くあります。従って、多くの国では、例外として出願を制限していますが、日本にはその制度がありませんでした。

制限と言っても、出願公開の手続きを留保し情報保全する措置なので、期間が過ぎれば出願手続きが再開され、通常プロセスに乗りますので、決して突然政府から秘密指定されて蔑ろにされ闇に葬られるような制度ではなく、主要先進国と同等の制度になるだけです。

具体的には、今後、まずは対象となり得る技術分野を指定します。基本的には国家国民の安全を損なう事態を生ずるおそれが大きい発明ということにしておりますが、それでは広く網がかかり過ぎてしまい産業の発達に及ぼす影響が大きくなりすぎる場合があるので、軍事技術に限定するなど付加要件を付すことにしています。対象分野については外国出願制限がかかることになります。

特許庁は、受理した出願をその特許分類を用いて機械的にスクリーニングし、対象となり得る出願であれば、本人に通知するとともに内閣府に出願を回送、出願人に出願を維持するかどうかを確認した上で、本人了解のもと守秘義務をかけたのちに保全審査のプロセスに入ります。保全審査では産業に及ぼす影響と安全保障上の影響を判断した上で、保全指定をします。期間は原則1年で更新可能としています。保全指定までの審査期間は本則特許制度との関係で10カ月以内としています。

もちろん出願手続きの制限をかけるわけですから、因果の範囲内でそれなりの損失補償を想定しています。また、たまたま同一の出願を先願者の存在をしらずに行った時の権利関係についても念のため規定しています。この辺りはマニアックな話となりますので割愛します。

いずれにせよ、この措置にて特許制度を通じた技術漏洩に蓋が閉められることになりますが、これで完全に漏洩が防げるものではありません。あくまで、特許制度という国の制度を介して公然と技術流出が行われる理不尽さに対処するための法整備です。

■(余談)自由と管理・社会とコスト
経済活動と国際秩序が密接な関係にあることは歴史が証明しています。自由貿易による国家同士の相互依存が国際秩序の安定化に資することは近年までの常識でした。過去に人類は、経済活動の制限が、国際秩序の不安定化に繋がり、大戦に至った経験をしました。しかし最近では、新自由主義と過度なグローバル化が各国国内の賃金格差を生み、国内政治の先鋭化とともに自国主義への傾倒とブロック経済化を通じた国際秩序の不安定化も経験しています。従って管理された自由とバランスが必要なはずです。WTO改革しかりDFFTしかりです。例えば自由貿易と一言で言っても、自由貿易にもルールがあり、ルールが国際秩序形成にマッチしていないのであればルールを改革するとも言えます。問題は同じルールに乗らない勢力が複数存在することです。

先端技術に多額の投資を行い富を享受している国があったとして、それが外部から搾取され富が遺漏しているのだとすれば対価を要求するのも当然と言えます。経済的外交圧力によって影響力行使を試みる勢力があったとするならば、それに備える努力をするのも当然です。違法に行われているのだとすれば管理するのは当然です。国際社会としての問題は、その行き着く先がどこにあるのか、最終的に社会にとってプラスになるのかマイナスになるのか、管理すべきだとしたらその対象はどこで、どのようにバランスをとるのか、であって、それらを慎重に分析すべきです。そしてより本質的には、どのような社会を目指しているのか、本法律案の施行を通じて、どのような国際ルールを形成するのか、社会にどのようなインパクトを生じさせるのか、社会の思考パターンがどのようになるのか、を注意深く考えていかなければならないのだと思います。

一方で、経済安全保障政策の一部は、カーボンニュートラルや防災BCPとならんで、単純に考えれば民間企業にとってはコストと映る課題です。これを時間軸のROE積分値の最大化と考える社会にしていかねばなりません。経済学的には外部不経済の内部化であって、新しい資本主義にも通ずる考え方であり、国際社会の潮流であるとも思います。

グロティウスと国際秩序

ロシアの侵略を受けるウクライナで悲惨な状況が続いています。兎にも角にもかかる事態を収束させるために最善の努力を日本もしていかなければなりません。日本政府としてはロシアに対する経済制裁を強化しています。これについて一部から批判があることも承知ですが、国際社会と歩調を合わせた形での制裁強化は当然です。先日のG7会合の結果を受ける形で、今日も、その一環として、暗号資産の抜け穴を塞ぐための外為法改正を岸田総理が表明しました(マネーロンダリング対策としてFATF勧告を受けて既に準備はしていたものの一つでもあります)。
一方で、ロシアのウクライナ侵略の意味合いは、国際法違反の非道な侵略行為であるとともに、戦後に人類が築き上げてきた紛争防止の国際システムそのものに対する重大な挑戦であることも極めて重要な課題で、改めてこの国際システムを改革する数少ない機会なのだということを認識しなければなりません。さもなくば、一気に瓦解する可能性を秘めています。

侵略が始まって以降、国連安保理常任理事会で幾度の対ロシア決議の試みがなされましたが、常任理事国であるロシアによってことごとく否決されています。いわゆる拒否権の発動で、5大国がもつ強大な権限です。拒否権が5大国のみに付与されたのは歴史的背景に寄り、秩序を維持するためにあえて清濁併せ呑んだ結果ということになるのですが、あえて意味づけをすれば、この5大国が国際秩序を維持していく正義の番人だということになります。ただ、5大国の全てが常に国際政治の正義の番人であると万人に認識されていないのは明らかです。

念のため一瞬脱線します。正義の番人と言う言葉を軽々に使いましたが、結構深い。そもそも国際政治の世界には正戦論(正当な戦争と不当な戦争を区別)とか無差別戦争観(戦争に不当も正当もない)と言う言葉があり、紛争防止のために理想主義と現実主義を行ったり来たりしている歴史を持っています。17世紀あたりまではローマ皇帝のような正義の絶対的裁定者の存在を基軸とした正戦論の考え方がありましたが、宗教改革後に正義の裁定者が消滅し、代わりに人間に内在する理性に基づく自然法を基礎とする国際法の根本原則が確立されます(ウェストファリア体制)。

しかし国家間紛争の裁定者がいない中でナポレオン戦争が勃発。その反省から各国君主同盟を裁定者と見立てた正統主義への復活と戦争に訴える権利も含めた戦争のルール化(勢力均衡)の考え方が支配していきます(ウィーン体制)。しかし理念が欠如していたため第一次大戦が勃発。人類は未曽有の被害を経験し、その結果、一切の戦争を不正とし対抗手段としての自衛権を認める考えが支配的となりました(ベルサイユ体制)。

ただ自衛権の解釈拡大など理想論が現実の前に破綻し、第二次大戦という甚大な災禍に見舞われ、最終的には理想と現実の両面を民主的統制をベースとして採り入れたリベラルオーダーを人類は国連というシステムによって構築したと理解できます。前者は常任理事国、後者は自衛権です。ただ、常任理事国が正義を裁定できるのかを考えたら明らかなように、未だに未完成なシステムなのです。

秩序は理念と論理だけでは完成しません。生ものを扱う国際政治の世界で直ちに理想論に突き進むのはかえって秩序を乱すことになるのは明らかです。その点、正義の裁定者の存在をある種否定したルターの宗教改革の後の世界にあって、近代国際法の父と呼ばれるグロティウスが正戦論と勢力均衡論をバランスさせようと論理を展開したことは目を見張るものがあります。

小難しいことを書きましたが、現時点で取りうる国連改革の方向は、一歩前進させることです。考えうる具体策の一つは、岸田文雄総理が表明した拒否権の制限です。過去にフランスも試みたもので、自衛権との関係で言えばこれ自体も一筋縄ではありません。あるいはもっと遥かに大胆なオプションを用意しておくのも手かもしれません。いくつかこうしたオプションは考え得ると思います。挑戦していかなければなりません。二度とかかる侵略を許すべきではありません。

侵略が始まって直後の2月26日、ロシアが虚偽の主張を行って軍事行動を行ったとして、ウクライナはロシアを国際司法裁判所に提訴していましたが、3月16日にその要請に基づいて、同裁判所は暫定措置命令を発出しました。報道にもあったとおり、法的拘束力は明確にあるものの、ロシアは同裁判所には管轄権がないとして従う可能性は低いと見られています。こうしたことも併せて考え、日本がまさに国際秩序を維持強化する国際ルール形成に主導的役割で貢献すべき時であると認識しています。

再びウクライナ情勢について

前回、ウクライナ情勢に関する記事をブログに書いた直後に、ロシアがウクライナに侵略を開始しました。改めて、ロシアの軍事力行使に対して最大の非難を表明いたします。力による一方的な現状変更は許されざる暴挙です。連日報道されていることから国民の皆様の関心と不安は極度に高いと感じています。

孤立化するロシア。SWIFTからの排除などの経済制裁に加え、主要クレジットカード会社による締め出しなど民間活動からも排除されつつあります。ロシアは資本流出を避けるために金利を20%に引き上げたとのことですが、ロシアの経済状況は悪化の一途を辿るはずですし、今後の状況次第では更なる経済制裁が行われる可能性もあります。一方、返り血コストの議論もありますが、武力衝突コストを考えれば軽微なはず。コロナ後の経済回復を目指そうとしていた時に誠に遺憾ですが、その遺憾を吹き飛ばす程の遺憾な事態を生じさせているのがロシアのウクライナ侵略です。国際秩序の安定化は何よりも重視すべきであって、そのコストには配慮こそすれども覚悟して臨むべきだと考えます。

その上で、前回も触れましたが、ロシアに関連した中国による台湾侵攻の可能性も、国民の皆様の関心事だと感じます。結論から言えば、ロシアにとってのウクライナと、中国にとっての台湾は、共通点と相違点があり、直接の連動はないけれど注視すべきと考えています。共通点は、侵攻が民主主義と権威主義の衝突、法の支配と銃の支配の衝突、既存の国際秩序への挑戦という地球規模の問題を意味すること。相違点は、中国にとって台湾は国内問題だと中国自身が内外に主張していますから、中国から見ればロシアのウクライナ侵攻とは決定的に意味合いが異なること、そして米国には台湾関係法があることです。これらから、今回のロシアによるウクライナ侵攻が直ちに中国の台湾侵攻に繋がるということはないとみるべきですが、その共通点から想像できるとおり、間接的には同根の問題ですから大きく関連するものであって、ウクライナ情勢の結果次第では蓋然性が低いと言い切れるものではないということを念頭に置きながら注視すべきなのだと思います。

実はそもそも中国はロシアのウクライナ侵攻を忌々しく思っているに違いない、と多くの有識者が当初から見解を示していますが、確かに東欧ではロシアへの批判を避ける中国に対する警戒感が強まっているのだと言います。ロイターが報じた下記の記事にもあるとおり、東欧は中国の看板政策である一帯一路にとって重要な地域であって、ウクライナもまさにその要衝となっています。

jp.reuters.com/article/breakingviews-china-russia-idJPKCN2L109C

また、侵攻が始まる前の1月末に、シャーマン米国務副長官が、もしロシアが侵攻を開始したらオリンピック中の中国は快く思わないだろうとの見解を示していますが、最近報じられたところによりますと(中国は否定していますが)、中国はロシアに対して、侵攻するならオリンピック後にするよう要請していたとのことですので、米情報当局はその情報を1月末時点で把握していたのかもしれません。あるいは直後の2月4日のプーチン大統領と習近平主席の会談に合わせたメッセージだったのかもしれません。

jp.reuters.com/article/ukraine-crisis-china-olympics-idJPKBN2K01LQ
http://www.nytimes.com/2022/03/02/us/politics/russia-ukraine-china.html

いずれにせよ巷で言われるほど一枚岩ではありません。しかし、繰り返しになりますが冒頭に示した共通点の中長期的な意味合いは決して日本としては忘れてはなりません。そして更に、気にしなければいけないポイントはあと二つあり、それはトルコとイランです。

トルコは先日もこの場で触れましたが、直近のナゴルノカルバフ問題で更に存在感を高めた国ですが、EUとロシアの結節点にあります。先日もプーチン大統領とエルドアン大統領の電話会議が行われたようですが、仲介役として最も注目すべき国です。

もう1つがイラン。仲介役ではなくエネルギー供給の意味での注目国です。市場関係者は今後の原油価格を1バレル100ドル前後と見積もっているようですが(最高150というのもある)、トランプ前米大統領が離脱したイラン核協議も焦点となります。ウクライナ侵攻がなければイランは単純に核合意復帰を目指していたのかもしれませんが、少し風向きが微妙です。

日本としては、今後、国際秩序の安定化に貢献するための更なる具体的な方策とともに、サプライチェーン上のインパクト低減、国際経済の悪化への備え、そして押し迫るであろう物価高に備えた経済政策を断行していかなければなりません。

(当ホームページの運用指針に記載しております通り、当ホームページの記事は全て、個人としての見解であり政府や所属政党である自民党を代表する意見ではありません)

ウクライナ情勢ー日米同盟

ウクライナ情勢を巡り、バイデン政権の動きがかなり活発になっています。日本も切迫する危機との認識のもと国際紛争の防止に一定の積極的な役割を果たしていかなければなりません。その中心的課題は、価値を共有する国同士の結束を如何に強化し、それによって力による一方的な現状変更の試みを許さないとする姿勢を明確にする方向です。力を背景とした一方的な現状変更の試みは、既存の国際秩序に対する重大な挑戦であって、そういう意味では日本も対岸の火事として眺めて見過ごすわけにはいかない事態です。最大の関心をもって注視していかなければなりません。

そもそもロシアにとってのウクライナは安全保障上の要衝でもあり、ウクライナが欧米協調路線をとってEU加盟の方向に向かっていたことにはロシアは以前から相当に敏感でした。しかし軍事力を行使して他国領域を奪取し、自ら優位な形を築こうとするのは明確な国際法違反であるばかりか、許し難いことです。

時折、ウクライナ有事と台湾有事の直接の連接が指摘されることがあります。本日も、英国ジョンソン首相が、ミュンヘン安全保障会議において、ウクライナ有事が台湾有事に発展する可能性に言及しましたが、その趣旨もウクライナ危機がまさに既存のルールに対する重大な挑戦であって、世界に向けて結束を呼び掛けたものなのだと思います。同会議で出席していた林芳正外務大臣も、侵攻があれば制裁を含めて甚大なコストを招くことを確認したと記者団に語っています。いずれにせよ、ロシアにはウクライナ国境周辺に展開している部隊の撤収と緊張緩和に向けた具体的な取り組みを求めます。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOCB194HY0Z10C22A2000000/

以上の視点に立ってウクライナの情勢に話を移します。米政府が在留米国人の即時退避を求め領事業務を停止してから1週間が経ちました。大使館には館員の帰国指示とともに通信機器やコンピュータの破壊指示まででていたとの報道もありました。危機が指摘され始めた当初、一時はバイデン政権が戦略コミュニケーション(以下SC)に失敗したように見えましたが、今思えばそれも組み立てられた戦略の一環だったのかもしれません。ロシアに口実を与えないための積極的情報開示とSCは、抑止になっているはずです(抑止が成功するかは別問題)。

そもそもクリミア同様、ウクライナ東部ドネツク、ルガンスクのように親ロシア住民の多い地域では、危機が指摘されはじめた当初から、内紛が発生すればロシア介入の口実にされる可能性がある、との指摘がありました。具体的には1月14日に国防省のカービー報道官が、”false-flag operation”(偽旗作戦)の可能性に直接言及しています。
https://www.bbc.com/news/world-europe-59998988

(写真出典:CSIS-Russia’s Possible Invasion of Ukraine)

遡ること昨年11月、ロシア軍によるウクライナ周辺への9万人規模の部隊展開が報道された当初、一部の軍事専門家はドネツク・ルガンスク侵攻を明確に意識した展開であったとしています。
https://graphics.reuters.com/RUSSIA-UKRAINE/LJA/akvezngkxpr/

これに更に遡ること10月、ロシアが欧州向けガスを供給しているウクライナ経由パイプラインのガスプロムについて、ウクライナ政府が実施した入札にロシアが応じなかった事件がありました。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR189Z80Y1A011C2000000/

この記事では背景までは触れられていませんが、もともとウクライナはソ連から独立してからもロシアの欧州向けのガス供給の経由地として位置付けられており、両国間には緊張こそあったもののガス事業については比較的平穏に継続されていました。ところが2004年の大統領選で対立が顕在化します。この選挙では、親欧米派のユシチェンコと親ロ派のヤヌコビッチが戦い、結果的に親ロ派のヤヌコビッチが当選しましたが、これについてはロシアが露骨な選挙介入をしたとの指摘もあり、最終的にはユシチェンコ側が不正を訴えて再選挙となり当選。ウクライナは急激に親欧州路線に動いていきます。その結果、ロシアはウクライナ経由のガス供給を絞り、一時は欧州でのガス価格が高騰し実際に生活に多大な支障が出始めました。
https://ieei.or.jp/2021/07/special201704027/

実際、2001年当初の欧州ガス価格は100万BTU当たり3ドル程度であったものが、オレンジ革命を経た2008年には13ドル程度に跳ね上がりました。その後、2010年の大統領選で親ロ派のヤヌコビッチが再び当選すると、一気にロシア関係を強化、その結果、国内で暴動が起き、これが端緒となってクリミア事件が起きる。ヤヌコビッチは失脚してポロシェンコが大統領となりますが、ガス価格は2014年のクリミア危機で再度12ドル程度まで跳ね上がりました。そして昨年末から、今回のウクライナ危機に関連して再度高騰、過去最高に達しています。
https://jp.reuters.com/article/power-prices-russia-gas-idJPKBN2J01G7

もちろんコロナによるサプライチェーンリスク要因もあるはずですが、由々しき事態であることには変わりなく、日本も同志国との協議を経て日本割当分を欧州に融通することになりました。この意思決定過程で日本も余裕があるわけではないと反対する向きもあったようですが、欧州が抱える問題に唾するのはどうかと思います。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA094OS0Z00C22A2000000/

また、ガスだけではなくウクライナ情勢は世界経済にも大きくインパクトを与えることになることから、G7は、先日行われた財務大臣会合で、2014年のクリミア危機以降、G7が国際金融市場の安定化のためにIMFと共に480億ドルを超える金融支援を実施していること、そしてロシアによるウクライナへの軍事侵攻があれば、制裁を共同で科す用意があることを発表しました(ウクライナに関するG7財務大臣声明)。また、バイデン政権も単独で10億ドルのソブリン債務保証を表明しました。
https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-02-15/R7BUNNT0G1KW01
https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/convention/g7/cy2022/g7_20220214.pdf

侵攻は数日以内とバイデン大統領が明言したとの報道がありました。もちろん抑止に向けたSCでもあるでしょう。数日前からウクライナではクリミア事件の時と同様のDDoSサイバー攻撃が発生しているとも聞きます。切迫していることは事実です。対岸の火事では済まない理由があります。本質的には我々民主主義国家の安定の礎が挑戦されているということであって、対岸に見えても胡坐をかいている状況にはないことは確かです。台湾有事を指摘される方の本意はここにあるのだと思います。

さらに言えば、結束という意味で注目せざるを得ないのは、米国内で顕在化している深刻な政治的分断が今後どの方向に向かうのか、なのだと思います。米国大統領の支持基盤の強弱は、米国が同志国の中心国であるということを考えるまでもなく、米国内だけの話に終わるはずはありません。日米同盟の強化は一昔とは少し違った主体的な意識で臨まなければならない極めて重要な価値なのだと思います。

コロナ感染状況


図1.感染者数(青)に対する要入院者数(赤)


図2.感染者数(青)に対する重症者数(赤)


図3.感染者数(青)に対する死亡者数(赤)


図4.実効再生産数


図5.感染者数(青)とワクチン接種率(1回目・2回目)(赤)


図6.感染者数(青)と人流(赤)


図7.感染者数(青)と病床使用率(赤)


図8.感染者数(青)とPCR検査陽性率(赤)


図9.感染者数(青)と感染経路不明者割合(赤)


図10.感染者数(青)と日経平均株価(赤)


図11.感染者数(青)と労働賃金(赤)


図12.感染者数(青)と企業DI(最新でプラス群)(赤)


図13.感染者数(青)と企業DI(最新でマイナス群)(赤)


図14.感染者数(青)と企業倒産件数(赤)


図15.感染者数(青)と雇用調整助成金支給決定件数(赤)


図16.感染者数(青)と消費者物価指数(赤)


図17.感染者数(青)と為替相場(赤)


図18.感染者数(青)と緊急搬送困難事案(赤)

注意)これらのグラフは政府や関係機関のオープンデータから細心の注意を払って作成したものですが、誤りがある可能性もありますので、あくまで参考程度にご利用ください。正しくは、政府の公式ページをご覧ください。

創薬力の強化

「mRNA特許出願、米が5割」との報道(2月6日の日経)がありました。以前もご紹介した私も注目しているアスタミュゼという会社の分析によりますが、これによると、mRNAに関係する特許の件数は、米国が48%、ドイツが12%、中国とスイスが同列で8%、日本は7.7%。また、特許と言うのは保有してるだけでは意味がなく、実社会上での価値がどのくらいあるのかというのも重要になりますが、その評価で言えば日本の大学も結構いい線行っているようで、記事では「一定の競争力があると言える」と結論付けています。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC195ZZ0Z10C22A1000000/

日本の創薬は、世界でも競争力がある分野でした。でした、というのがミソで、競争力が残っているのは従来型の低分子の分野であって、これからの創薬はバイオなど中分子だと言われています。事実、mRNAも新しい製法の医薬品で、これも低分子ではなく中分子医薬です。そして日本はバイオ等の遅れが指摘されています。mRNAワクチンがこれだけ世界に普及するなどと言うことは、コロナ発生直後の日本では誰も想像していませんでした(正確に言えば数名はいらしたそうです)。新しい創薬手法(モダリティ)に対して、成功を信じて前進するという意思が低かったということになるのだと思います。では意思とは何かというと、竹やり突撃のような精神論であってはなりません。その重要な中心的考え方は官民連携です。特にコロナのような安全保障上の脅威に対しては尚更です。だからこそ産業政策が必要なのだと思っています。

前段の報道はこうした重要な示唆を含んでいます。そして現在、創薬は厚生労働省が握っています。成長期のように民間の力が強いときは、規制官庁として万全の安全性だけをしっかりと見ているだけで事足りました。しかし、国際戦略や産業戦略、知財戦略などを駆使して官民連携して安全を担保しながら、または担保するために産業を育てるという発想は、想像の通り強いとは言い難い。例えばパンデミック等に備えて薬事承認プロセスを柔軟化するために今国会に薬機法改正案を提出しようとしていますが、ここもしかりだと思います。

念のため繰り返しですが、産業政策が重要なのは、産業が育たないと安全を担保できない、という理由に基づくものです。例えば現在、第二のドラッグラグという言葉が創薬界隈に出てきています。(第一の)ドラッグラグは、国の承認プロセスが遅く医薬品が世に出てくるまで時間がかかることを指します。実は、数年前に厚労省の努力によって承認プロセスは世界でも最も早い部類の合理的な制度に生まれ変わっています。では第二の、というのは何かというと、これも市場に出るのが遅いことを指しますが、原因が違う。製薬メーカーにとって日本の市場の魅力が落ちているため、早期に日本市場に投入してもコストを回収しにくく、そこでまずは海外市場に製品を投入し、回収してから後に日本の市場に出すことになるため、結果的に世界の中で最も市場に出回るのが遅くなることを言います。事実、その傾向が少し表れ始めていると聞きます。

薬事政策の中で産業政策が主要な項目として考えられていないのだとすれば、創薬力強化を謳ったとしても基礎研究だけが伸びることになり、必ずしも社会に役に立たない状況が続くのではないか。であれば本末転倒です。社会に裨益しないので研究費が回収できない為、相対的に研究力も下がります。現在、研究開発に国費を投入していますが、研究のために国にを投入しているような状況です。基礎研究が主目的のものは文部科学省がやっています。これを社会に裨益するための構造にしなければならない、という思いは今でも変わりません。

特に今後、バイオなどの新規モダリティが重要になる時代は、従来の低分子と言う化学式さえ見つけて特許に出しておけば権利が守られる世界ではなく、日本が得意なすり合わせ技術、製造工程やノウハウがものをいう世界になります。今、創薬業界は水平分業化が進んでいます。半導体で言えば台湾のTSMCのように、製造業者がサプライチェーン上で力を持つようになるのかもしれません。昔、弱小インテルがIBMを食ったのと似ているように感じます。であれば、単に産業政策というだけではなく、その次のことまで考え抜いていかなければなりません。そうしたことも念頭に置きながら、日本に足りないリスクマネーの在り方や人材育成の在り方も含めて、複眼的に創薬力強化を進めていかなければならないのだと思います。

トルコとナゴルノカルバフ

(トルコ大使館での記念式典にて-2019年)

緊迫するウクライナ情勢で、国際経済に大なり小なり動揺が広がっています。先に触れた欧米の利上げ対応では、インフレ懸念とともにウクライナ危機も影響してると考えられます。まずは、何事もルールに基づかない力による現状変更の試みには断固として反対します。一方で、このウクライナ危機の裏側には、ロシアの欧州への影響力の拡大、あるいはNATO側の東方拡大の阻止、ということがあるのだと思います。そうだとするならば、その境目にあるトルコの動向は非常に気になる話だと思います。

そのトルコでは、エルドアン大統領の経済政策が謎なことになっています。物価は前年比2ケタの上昇、景気は低迷、通貨リラは売られに売られて価値は半分以下に下落、いわゆるスタグフレーションの状況にあります。普通であれば、利上げを行って沈静化を図るのが常套手段ですが、上げるどころか、エルドアン大統領は「貿易や輸出の害になるのは金利」(読売新聞)として利下げを断行し続けています。

当然ですがインフレやリラ安は収まらず、大統領選挙を控えて、最低賃金の50%アップや定期預金保護措置などの奇策を連発していますが、根本治療ではないのでインフレは収まらず、支持率は劇的に低下しています。エルドアン大統領らしい決断力ですが、マーケットは良い策だとは見てないようです。そして、報道によれば選挙までの間に支持率改善のために周辺国への軍事挑発を行う可能性まで指摘されています。

実は数年前、トルコ発で世界経済が動揺した時がありました。人口規模も経済規模も全然無視できないサイズの国なので当然です。当時もインフレと為替下落。違うのは、当時はIS掃討作戦に絡んだアメリカとの対立問題だけで、基本的には同じような状況にあったのだと思えば、今回も世界経済への影響を考えなければならないのだと思います。

トルコは日本にとっては友好国です。私もブログで何度か取り上げてきました。歴史的にもエルトゥールル号事件や山田寅次郎の逸話、そしてイランイラク戦争の際のトルコによる邦人救出など、日本とトルコの関係は濃い。テロを抱える国として、その政権運営は我々日本人にとっては想像できないくらい難しいものだとは思いますが、しかし特にIS掃討作戦をきっかけに、諸事情はあるにせよ外交的に反欧米的な言動が多くなっており、国際協調からは程遠い国になってきたトルコを見ると、日本にとって友好国というだけでなくて個人的に興味と憧れがある国として、少し残念な思いをしております。10年前に見たトルコとは全く別の国になっている気がします。

そもそも近代化した以降のトルコは世俗主義をとって親欧米路線を歩んでいましたが、近代軍事政権のもと世俗主義が行き過ぎて腐敗が進み、国民からの信頼が薄らいで治安が悪くなっていたところ、21世紀に入るとエルドアンが周辺部のイスラム教保守主義をまとめて政権を握り、腐敗を撲滅しつつ金融危機後の経済回復を成し遂げ、EU加盟交渉を進めつつ空港や高速鉄道の整備を進めている様を見た時には、まさにアタチュルクを見たような気がしていたからでした。

しかし、徐々に権威主義的な運営が見られるようになり、2014年の大統領就任後には当初標榜していた民主主義路線は影を潜め、ケマルが築き上げた議院内閣制を否定して大統領権限を強め、首相ポストも無くし、メディア規制を強めたりと、残念なことになっています。考えてみれば、日本の政治家も、初当選したときは理想に燃える政治家であったのに、何年か経つと権力に溺れる場合がないわけではない。

そして2020年、トルコと非常に親密な関係にあるアゼルバイジャンと、トルコと歴史問題等で対立しがちなアルメニアの国境にあるナゴルノカルバフで事件が起きる。ナゴルノカルバフ問題の本質は民族紛争です。ソ連時代以前から対立があった地域で、オスマン時代に起きたとされるアルメニア人虐殺を巡る歴史認識でも激しい対立がありました。そして1993年に大規模な衝突を経験しています。このナゴルノカルバフ戦争では、アルメニアがナゴルノカルバフを占領しました。

その後も小競り合いが続き、ソ連が崩壊すると対立が激化表面化。2020年に再び大規模な衝突となったものです。この時、トルコはアゼルバイジャンを前面支援し、軍用無人機を提供、軍事史上初となるほぼドローンのみによる紛争となり、圧倒的な能力でアゼルバイジャンが勝利。世界の軍事関係者に注目されることになりました。その後は大きな紛争とはなっていませんが、当地のアルメニア人とアゼルバイジャン人の間には相当なしこりが残っていると考えるのが自然です。

因みにトルコもアルメニアもアゼルバイジャンも日本にとっては友好国です。アルメニアについて言えば、これもオスマン時代に難民となったアルメニア人を、日本人船長が救った話は今でも語り継がれていると言います。また、トルコと親密な関係にあるアゼルバイジャンも、エルトゥールル号事件の話が伝わっているため親日的な国になっているようで、今世紀から日本語教育にも熱心に取り組んでいると言います。

そして先日、トルコとアルメニアがロシアの仲介で歴史的な和解に向けた交渉を始めたとの報道に接しました。トルコがアルメニアを国家承認したのは1991年のソ連からの独立の時でしたが、直後のナゴルノカルバフ戦争でトルコはアルメニアと国交を断絶。以来、現在まで、トルコはアルメニアと30年近くも国交がありませんでした。

こうしたコーカサス地域の安定は日本にとっても他人事ではありません。EUに対するロシアの影響力がどのように変化するのかしないのか、地域大国トルコがこの地域にどのようにかかわっていくのか。国際政治として見た時にどのようなことを意味するのかは、日本人としても注視するべき問題だと感じています。


(トルコ大使館記念式典にて挨拶―2019年)


(トルコ大使館記念式典にて-2018年)


(トルコ大使館記念式典にて大使と―2018年)


(アゼルバイジャン副首相との意見交換―2015年)

悪い円安論

先月末、日経平均株価がスパイク的に下落しました。オミクロン起因もあると思いますが、実質的には、アメリカの利上げ観測に基づく余波であったのだと思います。コロナ禍のインフレ圧力に悩まされている米国経済では、金融引き締めの論調が多く、オミクロンの急拡大で一瞬下火にはなったものの、基本的にはインフレ圧力との闘いモードに入っていて、まさに株価下落した先日の27日は、FRBパウエル議長が3月のFRB会合で利上げを決める見通しを明らかにしたタイミングでした。これまでも、今年度中に少なくとも3~4回の利上げやバランスシート縮小を行う可能性を示唆していました。

実はヨーロッパでも過熱感から利上げ方向に向かっているようです。一方で日本最大の貿易相手国(約2割強)となった中国では、コロナ禍でも金融緩和を実施してきませんでしたが、昨年の不動産市場の規制強化とリスク管理政策によって景気が急減速、それを受けて利下げを断行しています。では日本はというと、欧米の状況をうけて長期金利はじわじわと上がっているとは言え、ご存じの通り利上げを行う状況には全くありません。もちろん、うまい棒の値上げショックなど、物価上昇は観測されていますが、食品やエネルギー関係以外のトータルの物価は比較的安定しており、過熱感はありません。

すなわち、金利水準は中国>アメリカ>日本の順ですが、米中間の金利差が縮小し、日米間の金利差が拡大していることを意味します。必然的に、今後日本はしばらくは為替下落の圧力を受けることになります。実はコロナが蔓延し始めて以降、主要国の中で日本は最大の為替下落を経験しています。中国は大幅プラス、米英もプラス。マイナスなのはユーロや韓国もそうですが、突出して下落したのが日本でした。この最大の理由は、金融緩和というのもあるでしょうが、国力というファンダメンタルズが低下したためではないのか。そこで思い出すのが、悪い円安論です。

昨年あたりから、悪い円安論というのが跋扈しました。これまで為替について経済への影響として語るときは、好悪つけ難い、とするのがスマートなやりかたでした。それは、例えば円安だと輸出産業は好調になるけど輸入物価上昇を通じた負の影響があるという意味です。ただ、実際にそうなのかというと、産業構造を考えれば当然なのですが、生産拠点を既に海外に移している企業が多く、売るものが少なくなっているのが現状です。そうなると、円安は、高い原材料を買ってきて、安い製品を少量だけ売る、ということでしかない。

では財でなくサービスはどうかというと、10年以上前の観光収支は赤字で私もこれを何とか黒字にできれば日本の豊かさにプラスだ、などと考えていましたが、何のことはない、10年たった現在、コロナがなければ恐らく過去最高の黒字をたたき出していたのだと思います。ビザ要件緩和が最大の要因ですが、円安も大きな要因です。問題は、この観光収支黒字と円安が日本人の名目の豊かさに繋がっているのかということです。特に直近を考えれば、円安で最大のメリットを享受するはずの観光資源がコロナで痛んでいるのであれば円安のメリットは皆無に近く、輸入物価の上昇で企業の収益が分配に回らず、賃金を押し下げているのであれば、デメリットでしかない。

アベノミクスは間違いなく日本の復活路線に導いた政策であったと断言できますが、アベノミクスが実行された当初、2%の物価上昇が目標とされましたが殆ど変わらず、変わらないので海外との物価差は広がり、普通であれば物価差を為替が円高に振れることで吸収するはずが更に円が下落するという現象が現れています。コロナの影響で評価は困難ですが、つまるところ海外から見た日本の相対的価値は下がっているのではないかということになります。また金融緩和の断行でキャピタルフライトが懸念されていましたが、実際には観測されませんでした。しかし、日本企業が得た海外収益は海外子会社で内部留保として積まれており、日本に還流されていません。

今後も海外から見れば、安い日本が旅行先としては魅力的であり続けるかもしれませんが、ビジネスとして魅力的であり続ける条件とはなりません。緩和策を続けている結果として円安になっているというよりは国力が低下しているシグナルとして円安になっているのであれば、本質的に国力を向上させなければ為替論は意味がありません。昨年当初に議論した創薬力強化のプロジェクトチームでも、製薬メーカにとっての日本市場は、様々な理由はあるにせよ、魅力的ではなくなっているとの証言が多数寄せられました。結果的に投資を呼び込むことができず、これが更に円安を助長するのだとすれば、悪循環になります。

以上は中長期懸念ですが、直近の懸念もありあす。為替下落を通じた輸入物価の高騰とそれに伴うインフレ懸念というものも絶対にないとは言えない。日本はご存じの通り累積債務残高が極端に高く、これまでは低位安定していた金利と総合国力(例えば国民金融資産)で経済が不安定化することもありませんでしたが、為替の国際バランス変化によって、米国のように日本も急激にインフレ懸念が現実的になったとしたら、金利を上げるという選択肢を検討しなければならなくなります。累積債務を考えれば、金利政策の有効幅はそれほど大きくないわけで、基軸通貨国アメリカと比べればインフレ耐性は低いはずです。

為替。されど為替。政策論としての為替の議論に終始しては本質を見誤るような気がします。あくまで本質論は成長力やイノベーション力です。しかし為替というバロメータを通じて日本の抱える課題を見つめなおすべきなのだと思います。

ビッグデータ傾向分析(感染状況)

猛威を振るうオミクロン感染拡大ですが、2月上旬にはピークを迎えるという観測が多くなってきました。以下は、政府見解とは全く関係なく、専門家でもない私個人の見解ですので、その点はご留意頂ければと思いますが、これまでも何度か触れています通り、政府分科会という日本の知を代表する専門家集団の分析手法とは全く異なる方法で、社会経済の分析を福田達夫代議士のイニシアティブで同志を募って試みて参りましたところ、目標としているところにはまだ到達していませんが、ビッグデータ利活用による将来傾向分析の第一歩目ができるようになりました。ここでも2月上旬にピークを迎えるであろうことが示されています。

https://moneyworld.jp/news/05_00069460_news

念のためですが、ビッグデータを利用したデータサイエンティストによる分析であって、疫学などの感染症の専門家によるモデルベースの分析ではありません。従って、合っているとか間違っているということよりも、「動的」に日次で傾向分析をすることで、実社会や政治現場での将来動向をイメージで把握できることに、最大の特徴があります。当該データサイエンティストによると、天気予報のようなもの、とのことです。現時点での専門家による予測は、実データとの乖離分析に終始して、実社会での意思決定に直接役に立っているとまでは言い難い状況が続いています。このことは後程触れたいと思います。

いずれにせよ、この予測は現時点では東京のデータのみを使ったものであって、全国に一般化できるかどうかは全く別の話になりますが、このイメージだけを見ると、過去と同じ公衆衛生学的介入を断行する積極的理由は見当たりません。やってもやらなくても感染状況が改善する可能性が高いからです。ついでに言えば、介入の目的は医療提供体制確保ですが、介入したとしても人流抑制には限界があることが既に知られており、仮に人流抑制できたとしても感染拡大防止への高い効果は見込めません(※)。また感染拡大起点はもはや飲食起因ではなく家庭であったり職場であったりしますので、介入により実行すべき具体的で実効性の見込める政策に乏しい。さらに言えばリモート率も極端に下げられる余裕がありません。つまり、介入の効果は、仮に同じことをするならば、極めて限定的と言わざるを得ない状況になっているのだと思います。従って、結果的に介入は飲食宿泊等対面サービス業等に集中的に悪影響がでるだけになります。もちろん現在、検査陽性率が高いために陽性者を正しく捕捉できていない可能性があり、収束期には感染者数がなだらかに減少する可能性があります。そうなると医療提供体制に負荷が残ることになります。しかし人流で抑制できる問題でもありません。本質的にはこの感染減少期の体制確保のための政策を今実行すべきで、実際に手は打たれています。

このシステムの背景について少し触れたいと思います。コロナが世界を襲った一昨年春から長らく言われているのが、感染拡大防止と経済のバランスです。このブログでも何度か触れました。しかし、感染に関するデータも、経済に関するデータも、山ほどあるにもかかわらず、それをマッシュアップ(複合的に重ねて)して分析して政策を立案するということが、積極的に行われてきてはいないと感じていました。つまり、感染データだけを見て必要最小限の介入を行うことで経済インパクトを最小化するという方針であったように見えます。そして傾向分析(予測)の不足。様々な学者が予測を立てるのですが、意思決定者として確信をもってそのデータでもって国民とコミュニケーションを図れる、というレベルではなかったように思います。傾向分析は先手先手の政策には欠かせないインテリジェンス機能です。

予測については当然かもしれません。私も以前は研究者の端くれ。理論シミュレーションは複雑なモデルであれば当たらない。人間の行動を含む社会全体のモデルですから当たり前です。正確性を求めること自体が適当ではない。相当な実験を重ねてモデルを修正しないと当たらない。そして当たらない理屈を議論するから時間がかかる。それも確証が得られない。そして多くの専門家がモデルを提示するから、どれがいいのか意思決定者としても判断に迷う。迷うだろうから学術界の代表者が多くのモデルを総合的に俯瞰して意思決定者に伝える。でも丸まった結果なので、政治っぽい発言になる。データとしては出てこない。出てこないので、タイムラグを伴って発現する感染症の影響に対して先手先手の意思決定ができない。これは個人個人の能力とかでは全くなくて仕組みの問題なのだと感じます。そうなのであれば、最初から専門的な論理的正しさよりも、過去の経験から、傾向を見る手法の方が意思決定者として分かりやすいのではないのか。

そういう意識から、民間ビッグデータとデータサイエンティストの力を借りて、徐々に感染に関する傾向分析ができるようになっておりましたのが、冒頭のリンク先データです。繰り返しになりますが、ビッグデータ傾向分析なので疫学的に正しさは求められませんし、経済データもまだです。しかし大体あたるし体感的にも納得できる。こうした分析を長らくしていると気付くのが、傾向分析を見れば無意味な政策でも、政治的には実行せざるを得ない状況、というのがあるということです。先に触れた公衆衛生学的介入の要不要も同じです。例えば感染拡大傾向にあるときに本来やるべきは、必ず迎えるであろう感染停滞期に積極的経済政策を打つことですが、例えばGoToキャンペーンなどは準備に時間がかかる。しかし、かかるからと言って、感染拡大期にGoToの準備を打つなどと発表したら袋叩きに合うでしょう。政治は耐えられない。

もし傾向分析の手法と結果を国民の皆様にお示しし、専門家の意見も併せた上で感染防止対策や経済対策の中身と背景や意味も解説できたとしたら、政府が抱える制約や前提条件と立ちはだかる状況を国民の皆様に共有いただけるのではないか。もう少し言えば、こうしたリアルタイム社会分析システムは、感染症だけではなく経済安全保障や金融危機などでも、ある種役に立つのではないか。社会構造や社会課題が複雑化する中で、政治という民主的手法だけでは解決手段を提供できそうもないときは、日本の英知の結集である科学コミュニティーの存在が無くてはならない存在となりますが、そうした民主的手法と科学的手法の両者が互いの立ち位置と目的を常に確認しあいながら、新たな解決手段を提供するためにビッグデータを使う、ビッグデータをアジャイルにデザインする、という概念を持つことが極めて重要なのではないかと思っています。そもそもビッグデータの結果を意思決定に利活用すること自体、民主的手法と科学的手法の結節点であるとも言えます。実はアメリカではオサマビンラディンを発見するのにビッグデータ分析の手法を使ったと言われています。そういう思いを持ちながら、このビッグデータ分析手法を温めて行きたいと思っています。

https://moneyworld.jp/news/05_00069460_news

※)都会に限った分析ですが、人流分析をすると、介入しても社会生活を維持するのに必要最低限の人流は必ず残り、一方で感染停滞期ではコロナ前に比べた人流はそもそも少なくなっているという指摘があります。すなわち、介入しても人流は第1波で経験した7割減というようなことには到底ならないということです。

土地改良法の改正

圃場整備(農道や用水路なども含めた農業耕作地の整備)の対象範囲拡大など、土地改良法が改正される運びとなり、先般、自民党農林部会でその骨子案が議論され、了承されました(私は参加できていませんが)。あくまで骨子段階のものであって、しかも提出予定だという段階なので、状況次第では変更される可能性もありますが、取り急ぎご報告いたします。

一つは防災の観点。震災被害については、迅速に土地改良事業の対策を打てるよう既に実施権限を国や地方自治体に付与していますが、豪雨災害についても同様の措置を講じるものです。つまり、地震が来ようが豪雨が来ようが、農家の申し出がなくても国や県が直ぐに対策に乗り出すことになるということです。

二つ目は圃場整備です。農地バンクは、農地の集約化を加速するため、預かった農地の圃場整備を実施する権限を持っていますが(正確には都道府県)、農地に接続されているような面的にまとまった区画整理や農地造成のみが対象でした。改正案では、農道や用水路など面に接続されている線的要素も一定の要件で対象とされることになります。(農家負担なし)。

三つめは土地改良事業団体連合会(土連)の資金繰りです。話を単純化すれば、事業を機動的で効果的かつ適正に実施できるようにするため、5か年計画で硬直化していた運用方針を改善するための改正です。具体的に言えば、財投資金を活用するため、債券発行権限を付与することが主な内容です。これで会員である各土地改良区の要望に柔軟に対応できるようになるはずです。

四つ目は書類の簡素化です。担い手不足で解散を余儀なくされている土地改良区は、通常、認可地縁団体や一般社団に組織変更することになりますが、その場合、一旦解散し、その上で新規に設立しなければならなかったのを、ワンストップで組織変更できるようにする改正案です。もちろん、推奨するものではありませんが、現場で本当に困っている方には必要なのだと思います。

繰り返しますが、あくまで案であってそのままの内容や日程で改正されるとは限りませんが、個人的には必要な改正であると思います。