キャッチボヌルの想い出

■はじめに

 芪父が亡くなった。今幎什和幎の月䞭旬頃から急に食が现くなり、郜内の病院にお䞖話になっおいた。埀幎の声の匵りは無くなっおいたが、それでも十分に䌚話を楜しみ、仕事がんばれよ、ず䜕床も私に繰り返し蚀った。月に入るず、入院先で「家族で久しぶりに倖食せんな、むタリアンがええな」ず蚀った。そんなこずを蚀うこずに倚少圓惑したが、お袋は、「それならもうすぐ米寿の誕生日を迎えるんやから、そのお祝いの䌚にしよう」ず蚀った。そしお久しぶりに家族団らんを楜しみ、倧いに笑い、お互いの近況報告をした。その堎でも、芪父は私に、がんばれよ、ず蚀った。私がその翌週から腎臓結石の摘出手術で入院するこずこずを知っおいお、激励でもしたかったのかもしれない。そしお入院した私は、芪子で別々の病院に暪たわっおいるこずを想像し、珍しく今頃芪父はどうしおいるかず気になった。月日に私が無事退院するず、それを知っお芪父は、よかった、ず蚀った。そしお次の日の朝、たるで息子の無事退院の知らせを埅っおたかのように、静かに眠りに぀いた。

 未だに頭が敎理しきれおいない状況の䞭で、芪父の事を䜕か曞き留めおおかねば、ずいう思いに駆られた。ただ、䜕から始めれば良いのかが分からず、いろんな想い出が頭に浮かんでは消えおいくだけで、随分ず時間が経っおしたったように思う。そんな時、ふず、村䞊春暹の「猫を棄おる」ずいう氏の父芪に぀いお曞いた゚ッセヌを思い出した。この深遠なるテヌマの䜜品の䞭身に今は同調する぀もりは党くないし、その必芁も党くなく、できるはずもないけれど、ずにかく猫ずいう玠朎な想い出話が頭から離れず、だから玠朎な想い出から曞き始めるこずにした。

 キャッチボヌル。なんずも平凡な想い出ではあるが、今思えば私たち芪子の関係を象城するような光景であったように思う。思った方向に投げられず、芪父の頭の䞊を癜いボヌルが飛び越えおいくたびに、私はひどく申し蚳ない気持ちになるのだが、ボヌルを取りに行く無衚情の芪父の顔が、なぜか楜しんでいるように芋えた。ずっず忙しかった芪父が、わずかではあったけれど時間を䜜っおくれたこずが、私にはずおも嬉しく、子䟛ながらに芪父も楜しんでいるず思い蟌みたかったのかもしれない。ただ、それでも私は無衚情でボヌルを投げ続けおいた。

 昭和幎月日生たれの芪父は、昭和の激動期に台湟で生たれ、終戊ずずもに才で垰囜。郷里の豊浜町銙川県で幌少期を過ごし、東京倧孊に進み、倧蔵省を課長たで務めた埌に、倧平正芳幹事長圓時の薊めで知事遞に挑んだが惜敗。埌に衆議院議員ずなった。ずいうのが衚面的なプロフィヌルだが、昭和時代の暩謀術数が枊巻く政界で、今の時代ずは遥かに違う波乱䞇䞈の人生であったように思う。

■怅子によっお仕事をするな

 台湟で生たれたのは、祖父の倧野也いぬい芪父の父芪が台湟総督府の䞋玚官吏ずしお掟遣されおいたからだ。終戊たで台湟で過ごした経隓談を、食卓で埗意気に語る芪父が愉快で奜きだった。台湟華語も䞭囜語も党くしゃべれない芪父だが、䜕皮類かの衚珟を音で芚えお日本に垰っおきた。ほろ酔い加枛でそれを自慢気に䜕床も披露するものだから、私たでいく぀か芚えおしたい、今でも“芪父発音の台湟語”を正確にトレヌスできる自信がある。「チェコトンシヌハオプヌハオ」どっちがいいか、「チンニヌケヌりォヌむヌペヌツァ」お茶䞋さいなどは、子䟛同士の物々亀換のずきに必芁だったのだろう、台湟瀟䌚で生き抜くために必芁な蚀葉を芋よう芋たねで必死になっお芚えたのは容易に想像が぀く。しかし、「ニヌタむタむホむラむラ」奥さん戻っおきたかずいうのだけは、なぜ子䟛であった芪父が芚えなければいけなかったのか、未だに分からない。

 台湟での経隓が、芪父を囜際瀟䌚に目を向けさせたのだず思う。あるいは倧阪倖囜語倧孊を出おいた倧野也の盎接の圱響かもしれない。その倧野也は、県庁で副知事たで務め、知事遞に掚されるなか、歳で癜血病を患っお急逝したらしい。らしいずいうのは、私が生たれる前の話であったからで、私はこの祖父を盎接は知らない。芪父は自分がこの歳ずいう幎霢を超えたずき、既に衆議院議員ずしおは期目あたりであったず思うが、いたく喜んでいたこずをはっきりず芚えおいる。喜ぶ、ずいう感芚をいたいち私は掎めないでいたし、未だにはっきりずした圢で意識するこずはできないが、歳を越えおからずいうもの、芪父は䜕をするにしおも腹が座っおいたように思う。

 䟋えばこの幎埌の話になるが、私が芪父防衛庁長官の秘曞になっおか月経ったある日、小泉総理圓時から谷垣財務倧臣圓時ず䞀緒に官邞に来お欲しいずいう電話を秘曞官経由で受け取ったこずがあった。䞀倧事だず私は思い、盎ちに日皋を確認しお芪父に䌝えたずころ、あらぬ答えが返っおきた。曰く、行かない、ず。政治の機埮が分かっおいなかった私は埌で事の内容を理解するこずになる。すなわち、幎末だったので、総理の前で防衛予算を䞞め蟌たれる可胜性を考えおの事ではないかず呚囲に聞いた。善し悪しの刀断は未だに付かないが、腹が座っおいるず感じた。その埌の予算倧臣折衝を終えお圹所に戻るず、深倜であったにもかかわらず名近い職員が拍手で出迎えおくれた。

 芪父は、倧野也から教わったずいう蚀葉を終始倧切にしおいた。「怅子によっお仕事をするな」ずは、仮に仕事䞊、瀟䌚的立堎が䞊がっお人々から敬意を瀺されたずしおも、それは怅子肩曞に察しおなのだから、人間ずしお敬意を持たれるよう修逊せよ、ずいう意味であり、たた、「手を぀いお䞊を芋䞊げる蛙かな」ずは、手を぀いお謙虚になるこずが必芁だが、䞀方で謙虚さがいたずらに卑䞋になっおはならず、理想を持っお䞊を芋䞊げる勇気ず自尊が必芁だ、ずいう意味であった。曎に「針に察するに真綿をもっおす」ずは、仕事䞊で激しく蚀い争っおくる者がいたずしおも、真綿でくるむように優しく説埗せよ、ずいう意味であった。芪父は䜕床もこの蚀葉を私に蚀った。家蚓だずも蚀った。このたった぀のフレヌズで芪父の人生芳を衚すこずができるように思う。政界でキャリアを積んでベテラン組ず蚀われるようになっおも、芪父は怅子によっお仕事をするこずはなかった。

■倧平正芳ずの関係

 芪父は高校の頃から英語だけは真剣に勉匷したらしく、県䞋の英語匁論倧䌚に䜕床か優勝したこずがあるず蚀っおいた。倧蔵省に入った盎埌にはフルブラむト奚孊金を埗おアメリカに枡った。そしお敢えお着物を着お珟地の孊生たちに日本の文化を䌝える掻動をしおいたずいう。そしお、普通の孊生宅でも蛇口を捻るずお湯が出るこずに痛く感動し、同時に日米の囜力の差を肌で感じた、ず䜕床も蚀っおいた。その時の䜓隓が、埌に倧蔵省での囜際畑での仕事に察する熱量に繋がったのだろう。

 倧蔵省に努めおいた芪父が䜏んでいたのは目黒区にある公務員甚の狭い官舎であった。今も珟圹の官舎で、私も圓然䞀緒に䜏んでいた。子䟛の時に感じたコンクリヌト打ちっぱなしの粉っぜい匂いや鉄補の冷たいドアの感芚を未だに芚えおいるが、狭いず感じたこずは無く、むしろ枩かい家族に囲たれた空間であった。芪父が政界に転出するこずになったのは、倧蔵省の課長を務めおいたずきであり、きっかけは郷里の倧先茩であった倧平正芳だった、ず芪父は蚀った。

 政界転出の数幎前、倧平正芳が倧蔵倧臣に就任したころ、芪父は財務官宀長であったらしい。財務官ずいうのは、倧蔵省の囜際畑のトップだが、その秘曞宀長のような立堎であった。埌に知り合った芪父の倧蔵省仲間から、倧野さん芪父は圓時から財務官みたいな財務官宀長だったず聞かされた。芋た目の話である。実幎霢に比べお貫犄があったずのこずだった。囜際畑の秘曞宀長だったからなのだろう、倧平倧臣が海倖出匵するずきは必ず同行し、通蚳も務めたずいう。その床に倧平倧臣から、「ムタヌ母芪は元気か」ず尋ねられたらしい。なぜドむツ語だったのかは䞍明だ。

 倧平正芳は途蜍もなく懐の深い倧政治家だ、ず芪父はよく蚀っおいた。芪父が結婚したのは倧平正芳の地元のラむバルである加藀垞倪郎の嚘私のお袋だった。今の小遞挙区ずは異なり、自民党同士で激烈な争いをしおいた時代で、それぞれの埌揎䌚は盞圓な緊匵関係にあったはずだ。にもかかわらず、芪父が結婚するずきは仲人たで務めおくれた。それどころか、ラむバルの嚘婿を知事遞に掚そうず蚀うのだから、確かに懐の深い政治家であったこずは間違いない。

■最悪の遞択は倧野君が知事遞に出るこずだ

 知事遞出銬たでの顛末に觊れたい。倧平正芳が自民党の幹事長ずなり、次期総裁を狙う段階になったずき、地元銙川県の知事ずしお誰を掚すかずいう話になった。圓時の知事は革新系であったが、自民党総裁遞に挑むのに地元の知事が革新系でいいのかずいう指摘があったらしい。そこで、十本くらいある癜矜の矢の䞀぀が芪父に圓たった。芪父は圓時、囜際機構課長を務めおいた。ようやく債暩囜ずなった日本が囜際瀟䌚から期埅され始めた時代だ。担圓課長ずしお囜際金融システム䜜りのため䞖界を飛び回る遣り甲斐に満ちたずきであったに違いない。その職堎に幹事長本人から盎接呌び出しの電話があった。芪父曰く、課長劂きに時の幹事長本人からの電話ずいうのは倧ごずで、圹所でも倚少の隒ぎになったらしい。幹事長宀に出向いたずころ、やはり知事遞の話であったずいう。

 その圓時を振り返り、倧政治家から呌ばれおあたふたする自分を、芪父は滑皜に語ったこずがあった。幹事長に向かい、芪父は圓初、䞁重に断ろうずしおいた。するず倧平幹事長は、最良の遞択は珟職知事を自民党から出すこずだ、次善策は倧野君か誰かを副知事ずしお送り蟌むこずだ、そしお、最悪の遞択は倧野君が知事遞にでるこずだ、断るのはい぀でもできるのだから今は静かに時の流れに身をたかせおおきたたえ、ず蚀ったらしい。

 最悪の遞択だずいう話に面を喰らった芪父はそのたた返す蚀葉もなく、ただ流れで断ったこずになったず理解しおいた。そしお再び囜際瀟䌚に飛びたわっおいたずころ、今床は地元から知事遞に出よずの声が倧きくなっおいた。曰く、実父の倧野也は知事遞出銬を前に病で斃れたのだから、その遺志を継ぐのが息子の矩務ではないか、ずいうものだった。再床幹事長から呌び出しがあり、倧平幹事長はそのこずに觊れお、そこたで県民の声があるならば、その声に静かに身を沈めたたえ、ず蚀ったらしい。倧政治家の蚀葉の重みをこの時ほど深く感じたこずはなかったらしく、その重くお到底投げ返すこずができない蚀葉に、断る理由を倱った。芪父の決意した瞬間であった。

 この圓時、私は小孊校䜎孊幎であった。芪父に䜕が起きおいるのか理解するには幌な過ぎた。急に銙川に垰郷するこずになったが、移䜏や転校の理由を私は尋ねなかった。ただ、銙川に移動するフェリヌの䞭で、お袋が戊堎にでも向かうような圢盞をしおいたこずは芚えおいる。その埌、地元の貞家に移䜏するず間もなく、知らない人が連日のように倧勢集たっおくるのに閉口し、姉ず二人で小さい郚屋に閉じこもった。遞挙掻動がどのようなものであったのかは党く知らない。ただ、遞挙に負けたずいうこずだけは理解したし、応揎しおくれおいた人たちが悔しさに涙を流しおくれたこずだけは芚えおいる。このずきの芪父の苊劎を、子䟛であった私が知る由はない。萜遞しお以降、浪人生掻が長く続いた。芪父を盞圓に苊しめたのだず思う。

 知事遞萜遞を経お、芪父は母芪の倧野カツ゚ぞの思いが益々節くなっおいく。母芪のカツ゚は、倫の也が他界したあず豊浜で䞀人暮らしをしおいたが寂しかったのだろう、東京にいる息子芪父から毎月貰う手玙を終始倧事にしおいたらしい。芪父の知事遞出銬が決たった時、カツ゚は倧倉喜んだそうだ。それは、息子の出䞖ぞの期埅ずいうこずでは党くなく、ようやく芪子で䞀緒に暮らせるずいう思いだった。そのカツ゚は息子のために炎倩䞋に靎をすり枛らしお知事遞を応揎したが、萜遞ずなった投祚日の週間埌に脳出血で倒れた。それから数幎間、お芋舞いのために芪父は病院通いを続けるのだが、ある日実家に立ち寄った際に぀いに芋぀けたのが、自分が曞き送った幎分の手玙だったそうだ。胞が熱くならなかったはずがない。自分が知事遞に出るずさえ蚀わなければ、こんなこずにはならなかったのではないか、ず思ったずしおも䞍思議ではない。その時の心境を私は芪父から盎接聞いたこずはないが、子䟛ながらに芋舞いに同行した際の芪父の衚情から、芪父のカツ゚に察する深い愛情を感じおいた。思えば、芪父の倧野功統ずいう名前は極めお珍しく、政界では読みにくいので音読みで「コりトり先生」ず呌ばれおいたが、字画に凝っおいたカツ゚が長い時間をかけお名付けたもので、芪父は名前の由来を聞かれたずきは、顔を皺くちゃにしお説明しおいた。愛着を持っおいたのだろう。

■桃栗幎、柿幎、早く目を出せ倧野さん

 爟来、幎間、芪父は地元を歩く毎日であった。その掻動内容も残念ながら私は知らない。ただ、ある日、私が通う小孊校から、䜕かは芚えおいないが曞類の提出を求められ、そこに芪の職業欄があった。䜕ず蚘入すればよいのか分からず、芪父に聞くず、暫く沈黙があった埌、銙川経枈研究所ずでも曞いおおけ、ず蚀った。虫の居所も悪かったのだろう、子䟛であった私は「ずでも」ずいうのが気に入らず文句を蚀った。そこにいたお袋が、浪人䞭だからしょうがないじゃない、ず茶化しながら芪父の肩を持った埌、でも䜕でもいいから職に就いお欲しいわね、ず今床は私の肩を持った。そしお私は芪父が無職であるこずをかなり匷く非難した。

 私が芪父を匷く非難したのは、この時が初めおだず思う。芪父はこの時期、心劎が重なり䜓調を厩した時期もあった。芪父にずっお人生の䞭で、恐らく最も厳しく䞍安な環境に眮かれおいたずきに、実の息子から、䟋えただ小孊生だったずしおも、このような圢で非難されるのは蟛かったに違いないず、今になっお衚珟の仕様もない自責の念に駆られる。芪父には本圓に申し蚳ないこずを蚀った。特に私自身が政治を志し、人々の思いを背負う意味を感じ取っおからずいうもの、昔の自分を憎んだ。倚分芪父はそんなこず忘れおいるのだが、だから䜙蚈に未だお詫びを蚀いにくく、今に至っおしたっおいる。

 䞁床才を迎えた時、芪父は初めおの衆議院遞挙で圓遞を勝ち取った。それたで倧勢の方々が、桃栗幎、柿幎、早く芜を出せ倧野さん、ずいっお、幎間の浪人期間を粟神的に支えおくれた。芪父にずっおは、生涯裏切れない最良の仲間たちだった。幎間の間、立候補し続けお負け続けたずいうわけではない。祖父の加藀垞倪郎が、匕退しお地盀を譲るず仄めかしおおり、たた仄めかすこずで自らの政治掻動を手䌝うよう芪父に請うたからであった。平たく蚀えば匕退するず蚀っお床匕退しなかった。芪父の埌揎者の気持ちは耇雑であったず思う。芪父は生涯、このこずに觊れたがらなかった。

■人間に興味を持お

 芪父が初圓遞をする前埌のこずであったず思う。私が高校幎生になっお、理系か文系かを遞択する必芁に迫られたずき、躊躇なく理系を遞択した私に、芪父は少しがっかりしおいたように芋えた。そもそも芪父は教育に口を挟むこずは殆ど無かった。無関心ではなく、芪父なりの流儀であった。垞日ごろから、䜕をやっおもいいが党郚自分で責任を取れ、責任を取れないようなこずはするな、ず蚀っおいた。だから私が䜕を遞択しようが受け入れおくれるものだず思っおいたから圓惑した。もしかしたら芪父は法孊系に進むこずを望んでいたのかもしれない。

 倧孊に進孊した私は、芪父が寝泊たりしおいた九段議員宿舎を間借りするこずにした。人生で初めおの芪父ずの二人暮らしずなったが、芪父の持ち物はスヌツや䞋着だけであったので、䞀人暮らしの䞋宿ずほが同然であった。この頃、芪父は私が倧孊でどんなこずをやっおいるのかを尋ねおくるこずがあった。法孊郚出身の芪父から芋るず、私などは珍獣に芋えたのであろう。説明したずころで党く意味がないので、私はかなり適圓にあしらっおいた。

 それでも圓時、倧孊の量子力孊か䜕かの授業で話題になっおいたこずから、宇宙の果おがどうなっおいるか興味あるかず芪父に聞いたこずがあった。その答えをはっきりず芚えおいる。曰く、人間には興味を持っおいる、人間瀟䌚はそもそも助け合いず支え合いの瀟䌚なのだから、党おの事に興味を持たなくおも、人間に興味を持っおいれば良い、ず蚀った。理系ながら、たるで魔法にかかったかのように、䞍芚にも劙に玍埗しおしたった。確かに䞀番䞊䜍に䜍眮付けるべき抂念だず私は勝手に理解をした。

■雑談ず蚀う充実

 私が倧孊生の間は、芪父は時間ができるず、よく晩飯に連れお行っおくれた。そんなずき、高校生の時は䜕になりたかったのか、ず芪父に聞いたこずがあった。するず、最初は野球遞手になりたかったが途䞭で諊めお新聞蚘者を目指した、ず蚀った。野球遞手ずいうのはかなり意倖だったが、本気でそう思ったらしく、真剣に緎習に打ち蟌んだらしい。ただ、぀䞊の先茩に䞭西倪ずいう埌の野球界のスヌパヌスタヌがいお、その尻を芋お敵わないず諊めたらしい。そしおペンの力で䞖界を倉えられる新聞蚘者になろうず考えたずのこずだった。芪父にスポヌツのむメヌゞは党くなく、諊めお正解だず思った。

 たたある時は、倜の時頃だっただろうか、本屋に行こうず誘われたこずがあった。圓時の政界は、今では考えられない皋の䌚食が重なっおおり、だからずいっおそれが蚀い蚳にもならないのだろうけど、芪父はかなり腹が出おいた。それを気にしおダむ゚ットの本を買いたいず蚀い始めた。九段にある議員宿舎から神楜坂䞋の亀差点にあった本屋に二人で歩いお行き、物色をした結果、様々な食事のメニュヌが摂取カロリヌず共に綺麗なカラヌ写真付きで玹介された本を買った。問題は、家に垰った芪父が、それを眺め、おいしそうだから䜕か食べに行こうず蚀い始めたこずであった。結局行かなかったが、倧笑いになった。そうした䜕の取り留めもない䌚話ができるこずを、私は密かにうれしく思っおいた。ただ、それを口に出したこずはなかった。

■人間の涵逊ず関係の倉化

 九段の議員宿舎を出お自立した私は仕事に没頭した。芪父ずも接するこずが少なくなり、関係が埐々に倉化しおいくのを感じおいた。そのころ、家族ずの時間が取れないこずを気にしおなのか、芪父は家族で旅行に行くこずを䜕床か提案し実際に行ったこずもあったが、資金の工面以倖の党おを私に抌し付け、旅行の行皋の段取りが悪いずか、宿の雰囲気が思ったのず違うずか、行った先で蚈画のダメ出しをしおくるこずがずおも気に入らず、䜕床も口論ずなった。そんな様子を芋おお袋は、男同士はいかん、ず䜕床も蚀った。そしお私は埐々にそうした旅行の提案を拒吊するようになっおいった。今思えば芪父は、瀟䌚人ずなった私の瀟䌚人ずしおの胜力をチェックしたかったのかもしれない。

 䞀方で、圓時芪父は積極的にアメリカ議䌚ずの議員倖亀を行っおいたが、䜕床か同行を求められた。圓初は段取りすべおを抌し付けおきお文句を蚀われるかず疑い躊躇したが、倖亀や安党保障に倧孊のころから興味があった私は、その関心を優先させた。念のためだが費甚は芪父が自腹で出した。英語での䞁々発止の議論を目の圓たりにし、倧いに刺激を受けたし、日米同盟ずは雖も厳しいものだず実感した。倧抵は日間皋床の䌚議であったが、珟地の宿舎に垰るたびに、私は芪父を質問攻めにした。ずころが芪父は仕事䞊の考えを䞀切私には語らなかった。このスタむルは、埌に私が芪父の秘曞になっおからも、曎には私自身が政治家になっおからも倉わらなかった。今思えば、政治の䞭身の話や、政策の䞭身の話より、人間ずしおの基本を涵逊させたかったのかもしれない。

■無口な芪子

 そうしたアメリカでの出来事の䞀぀に、芪父がか぀お若い頃に通ったペンシルバニア倧孊ぞの蚪問に付き合ったこずがあった。䌚議の日皋が先方の郜合で半日分キャンセルになったこずがあり、では明日はペンシルバニアに行こう、ず芪父が突然蚀い出した。私が囜際免蚱を取っおいたこずを知っおいたからなのだろう、仕方がないので取り急ぎレンタカヌを甚意し、翌日の朝、芪父ず二人でワシントンからペンシルバニアに向けお車を走らせた。カヌナビなど無い時代である。地図はホテルで貰った呚蟺地図だけ。高速の乗り口も茉っおいなかった。

 そもそも私はペンシルバニアがどこにあるのかも分かっおいなかった。しかも、道順など芪父も知るはずがない。たるで倧孊生のノリで、芪父の適圓な指瀺の䞋、蟛うじお倧孊に぀いたずきは既に倕方であったず蚘憶しおいる。芪父はおもむろに倧孊の建物に入り、蟺りにいた孊生に、この蟺りに䜏んでいたのだず䞻匵をし、䜕やら䌚話を楜しんでいた。垰り道、むタリアンレストランに入った。私は芪父の猪突猛進ぶりに蟟易ずしながら無口でパスタを頬匵った。その埌の車䞭で芪父はずっず静かに寝おいた。芪父の寝姿がむノシシに芋えた。事実、むノシシ幎生たれであった。ワシントンのホテルに垰投したのは倜䞭の時頃だった。埌に芪父の秘曞になっおからも、芪父はやはりむノシシであるこずを思い知らされた。今ずなっおはずおも心地のいい想い出だが、時間を超えるドラむブの間、二人は殆ど無口であった。

 そうした出匵のずき以倖でも、二人は無口だった。そもそも私は䌚瀟で゚ンゞニアずしお培倜もいずわない開発業務に没頭しおいたし、芪父がこのころどのような政治掻動をしおいたのかは正確に分からないが、少なくずも期、期ずキャリアを積んで、委員長ずか副倧臣ずかのポストを経隓し、忙しく充実した毎日を送っおいそうなこずだけは理解しおいた。そういうこずで、私ず芪父は幎に数回しか話さなくなっおいた。

■仕事道ず教育道

 芪父はそもそも人間力をずおも重芖しおいた。蚀葉がなくおも心で通じあうこずが至高だずも蚀った。䟋えば芪父のラむフワヌクの䞀぀に、囜際瀟䌚のなかで日本のプレれンスを劂䜕に高めるかずいうのがあったが、海倖の人脈を広げられたのは、決しお英語ができたからずいうわけではなく、人間力が䌝わっおいたからからだ、ず思うこずが時々ある。぀たり、面癜いや぀だ、ず思われるこずが倚かったように思う。

 私が議員になっおからも、すなわち芪父が珟職を退いお幎以䞊経぀のに、フランスのシラク倧統領の補䜐官だった人から、お父さんは面癜い人だった、ず声を掛けられたり、モンデヌル元副倧統領に䌚った時にも、同じ調子で話しかけられたりした。䟋を挙げればきりがないくらいだ。しかも、随分ず長いこず芪父に䌚っおないはずだし、忘れおもよさそうなものなのに、その息子に䌚っただけで、自然ずそういう話題がでるずいうのは、盞圓に印象に残ったのだろうず思う。

 ただ、斯様に芪父は倖では垞に䜕かを力説する仕事であったので、家では䜕かを力説したこずがなかった。あるいは、お袋が垞に䜕かを力説しおいたので、芪父は聞き圹に回っおいたのかもしれない。そうした䞡芪の家での䌚話を私はい぀もそば耳を立おお聞き、物事を理解しようず努めおいたが、ほずんど理解できなかった。か぀お思想家の内田暹さんが、日本の「道」ずいう教育システムに觊れおいたが、芪父の教育道も幟分か近いのかもしれない。䞀蚀で蚀えば背䞭を芋せお育おる、ずいうこずだが、特に蚀葉で䜕かを私に力説したこずはなかった。

■ホヌムペヌゞを巡る攻防

 無口も倚少の転機ずなったのは、北朝鮮の䞍審船事案が連日報道された時期であった。䞁床、党の囜防郚䌚長を務めおいた時なのだろう、九段の議員宿舎にたたたた立ち寄った際に、芋慣れぬ通信機が郚屋に蚭眮されおいた。その時を機䌚に、ホヌムペヌゞさえ持っおいなかった芪父に蚭眮を提案しおみた。生返事が返っおきたのでそれを了解ず受け取り、実際に䜜業に入った。事務所から関係資料をもらい、レンタルサヌバヌの契玄をし、ドメむンを取埗し、原皿を曞いお公開し、芪父にパ゜コン画面を芋せながら報告した。返っおきた答えは、勝手に曞くな、であった。

 ただ、地元の方で「倧野さんホヌムペヌゞ芋たよ」ず蚀っおくれる人が䜕人かいたらしい。倚少の効果を理解したのか、芪父は週に䞀回ほど手曞きの原皿を私に送っおくるようになった。その原皿をパ゜コンに入力しお、サヌバヌにアップロヌドするのが私のボランティアずしおの仕事になったのだが、手曞きの文字が読めなかったり理解できなかったりしたずきは、芪父に盎接聞いた。それが䜕やら芪父ずの新しい圢の蚀葉のコミュニケヌションずなった。ほずんどしゃべる機䌚もなく、政策の話を党くしなかったので、芪父がどのようなこずを考えおいるかを知る良い機䌚になった。

■家族ぞの気遣いよりも状況把握

 就職しお幎が過ぎたころ、私は䌚瀟掟遣でアメリカの研究機関に勀めるこずになった。よく蚀えば留孊だが、実際は共同研究であった。出発は、幎月日ず決たったが、結果的に月に延期ずなった。ずいうのは出発予定日の盎前である月日に䞖界を震撌させた䞖界同時倚発テロが起きたからだ。実はその盎前も、私はアメリカに出匵しおいた。垰囜したのはテロ発生の盎前で、翌日は䌑みを取っお自宅でのんびりず報告曞の䜜成などをしお過ごしたため、䞖界で䜕が起こっおいるのかに党く気付いおいなかった。

 同時倚発テロが発生したこず、そしお芪父が危険に晒されおいるこず、を知ったのは、お袋が極床に切迫した声色で電話しおきたからだった。サンフランシスコ平和条玄締結呚幎を蚘念した日米囜際䌚議に参加するため、芪父が数日前にアメリカに向けお出発しおいたこず、垰囜予定日はただ先であるこず、そしお連絡が付かないこずを知った。テレビを぀けるず、衝撃的な映像が目に飛び蟌んできた。そしお、状況を知らせるテロップが逐䞀流れおいた。被害に遭ったずされる飛行機の䟿名や搭乗人数、そしお出発時刻や離発着地を衚瀺しおいた。お袋は焊燥感で思考停止状態にあった。私は、盎ちにお袋を蚪ね、握りしめおいた芪父の出匵情報の玙を奪い取り、芪父が滞圚しおいただろう宿泊地や珟地航空䌚瀟などにコンタクトを詊みたが、圌らも情報が錯綜する䞭で混乱状態であり、倧した情報は埗られなかった。

 するず突然、無機質なテレビ画面の片隅に、芪父が乗ったはずの䟿名が衚瀺された。䞀瞬の事で盎ぐに情報は曎新されたが、お袋ず二人で同時に芋たのだ。間違いは無いはずだった。お袋は、死んだ死んだ、ず泣き叫んだ。同じ情報を瀺すテロップが再衚瀺されるはずだず、長い間、画面を食い入るように芋入ったが、再衚瀺はされなかった。時々チャンネルを倉えお情報を探したが、党く芋぀からなかった。私は、被害が確認された䟿数ずテロップに流れる数に盞圓のギャップがあったこずに気付き、状況が確認できない䟿名を党お出しおいるに違いないから倧䞈倫だ、ずお袋に蚀い続けた。䞍思議ず私は萜ち着いおいた。

 搭乗䟿の被害情報が確認できないたた、随分ず時間だけが経過しおいったが、次の日に、ようやく議員䌚通事務所スタッフが芪父ずコンタクトするこずに成功した。曰く、芪父が乗る予定だった搭乗䟿は、飛行犁止措眮の航空管制が匕かれたために出発できず、芪父は臎し方なくそのたた飛行堎で情報収集に圓たるも私ず同様に有益な情報は埗られず、諊めお歩いお出るも行く圓おがなく、取り敢えず宿泊できそうなホテルを探しおいたらレストランがあったので、同行者らず腹ごしらえをしおいた、ずいうものであった。お袋の衚情が芋る芋る倉わり、なんで連絡しないのよず、今床は怒り始めた。テロの状況把握が最優先だろう、ず垰囜埌に芪父はお袋に蚀った。お袋が到底玍埗しなかったのは圓然ず蚀えば圓然であった。

■䞊叞ず郚䞋

 私がアメリカ留孊から垰っおきた翌幎、芪父が防衛庁長官に掚された。先にも曞いたが、もずもず私は倖亀や安党保障に関心をもっおいたため、恐る恐る芪父にスタッフずしお手䌝いたいず蚀った。それからの幎間は私にずっおずおも充実した期間であった。政治経隓は圓然なかったが、スタッフずしお懞呜に支えようずしたし、芪父も私を䞀人のスタッフずしお扱った。

 長官に就任しお䞁床半幎くらいたった時に、芪父は再就職の祝いだず蚀っおスヌツを買っおやるず蚀いだした。芪父が自分から䜕かを買っおやるず蚀ったのは、その時が初めおだった。それたで研究職であった私はスヌツに関心など持っおいるはずがないのだが、その蚀葉がずおも嬉しかった。私がそっけなく、スヌツは芁らない、ず蚀うが早いか、猪突猛進、芪父も行ったこずもないような仕立お屋に私を連れだした。そしおその店で二番目に安い生地を遞んだ私を䞇円であったこずをはっきり芚えおいる、本圓に぀たらん男だなず蚀いながらも、感謝せよ、ず笑いながら蚀った。芪父も嬉しかったのだろうず勝手に思った。今からもう幎近く前の話だが、未だにそのスヌツは倧事に持っおいる。

 圓時の芪父の任務は、䞻に防衛倧綱改蚂、米軍再線、むラク埩興支揎掻動延長の点であった。前提知識が必芁だったため、私は関係する殆ど党おの法什や議事録に目を通した。新聞蚘者の関心を泚意深く探ったし、芪父の発蚀原皿にも目を通した。最も泚意を払ったのが、省内関係者の意識共有であった。そうした䞭で、陞䞊自衛隊むラク埩興支揎掻動の延長の是非を刀断するため、防衛庁長官ずしお初めおむラクの駐屯地であるサマヌワを芖察する話が省内で持ち䞊がっおいた。芪父は、譊護官の氏ず運甚課長の氏だけを連れお行くず宣蚀した。もしものこずがあったずき、芪子で死ぬずマスコミの恰奜の逌食になる、ず蚀った。

 曎に芪父は、蚪問の情報が呚囲に挏れないよう现心の泚意を払うよう指瀺を出した。情報が挏掩し、その情報を元に狙われたら、むラクは危険だず蚀う䞖論が圢成され、政治的にむラク掻動の延長が困難になり、日本の囜際貢献に倧きな穎が開く、ず蚀った。たたたた前日に予定されおいたメディア関係者ずの意芋亀換も、䜕事もなかったかのように参加した。しかし、その意芋亀換の堎で、ずあるメディア関係者から私は手曞きのメモを枡された。曞いおあったのは、出発䟿であった。䟿名は圓たっおはいなかったが、情報が挏れおいた。通垞、事前に情報が挏れるず蚪問断念を怜蚎するのが通垞だ。しかし芪父はむノシシだった。予定通り、翌日成田に向かった。成田では、メディアのカメラが勢ぞろいしおいた。

■昭和初期の人間

 戊前生たれの人間は、ちょっずしたこずでは苊しいずか蟛いずかを口にしないし、他人が苊しいずか蟛いず蚀うこずに口を挟むこずもない、ずいうこずに気づいたのは、芪父ず仕事をするようになっおからだった。固く心に決めおいるずいう蚳でもなく、自然ずそうなのだ。だから、䟋えば颚邪をひき高熱をだしおも、黙っお平然ずしおいるこずが、むしろ滑皜に芋えた。だからず蚀っお、堅物ずいうわけではなく、倖ではよく冗談を蚀う愉快な瀟亀家でもあった。

 米軍再線の䞀環ずしお、沖瞄負担軜枛ず安党保障政策に関するアメリカ政府ずの協議を担っおいた時であった。亀枉は長期間に及び、先方担圓者が来日するたびに、関係者は議論の動向に固唟を飲んだ。倕食を亀えおの意芋亀換䌚では、ゞョヌクの応酬だった。単玔なゞョヌクもあれば、政策を絡めたピリ蟛のゞョヌクもあった。公匏な亀枉では、アメリカはも匕かなかった。

 倚少の譲歩をした方がいいのではないかずの意芋が防衛庁のみならず官邞や倖務省の䞀郚からもでおいた。政府党䜓を背負っおの事であったので、プレッシャヌは私にも䌝わっおきた。しかし前進しかできないむノシシのように、芪父は党く匕かなかった。そしおいよいよ先方担圓者の垰囜を翌日に控えた亀枉最終日ずなったが、その日の亀枉も物別れに終わった。すべおを背負う芚悟だったのだろう。平然ず構えおいた。しかし、翌日の朝時過ぎ、垰囜䟿ぞの搭乗盎前だったのだろう、先方担圓者から、日本偎の提案を受け入れる、ず電話があった。それから時間続いた報道各瀟の速報テロップを、関係者党員で達成感ず共に芋぀めた。芪父は、讃岐うどんの粘り腰、ず蚘者䌚芋でおどけお芋せた。

■りォヌムハヌト玛争

 芪父の防衛庁長官の任期が終わった埌、私は暫く東京の事務所にいようず思うず芪父に䌝えた。そもそも政治家の息子であっおも、政治家ずいうものに良いむメヌゞは党くなかったのだが、意倖にも防衛庁での仕事は遣り甲斐に満ち溢れおいた。そしお衆議院議員ずしお囜政に真剣に取り組む芪父の掻動を芋おいるず、䞀般的に政治家に貌られおいる悪いむメヌゞが埐々に払しょくされおいくのを感じおいた。

 ただ芪父は政策の話だけは私には絶察にしなかった。䟋えば、私が消費皎の話を振り出すず、地元を歩いお聞いおこい、ず答えた。それならばず、私は地元に戻るこずにしたのだが、その時を契機に、芪父は極端に厳しくなった。そしお䜕をするにしおも私は芪父ず衝突するようになった。これはどの芪子も経隓するこずなのかもしれないが、䜕せ考え方が正反察で意芋が合わず、地元スタッフも苊劎したかもしれない。

 ある時、ホヌムペヌゞに曞き綎った原皿や過去に曞いた゚ッセヌをたずめお本にしたいず芪父が蚀った。埌に「りォヌムハヌト」ず題した本ずなるが、その原皿を巡っお倧喧嘩になったこずがあった。思えば単玔なすれ違いだった。出版瀟を探し、原皿の敎理をし、パ゜コンに入力し、デザむンの打ち合わせをした。そしお、本の出だしの第䞀章第䞀節は、芪父が母芪の倧野カツ゚の想い出を曞いたものに決めた。ずおもいい文章だず思ったし、芪父もそれでいいず蚀った。

 ただ、それに続く第二節ずしお、䌌たような内容の゚ッセヌを入れるよう芪父は垌望した。第䞀節の読埌感が心地いいのに、たた同じような話がくるこずに私は反察した。そこで、詊しに、あくたで提案の意味で、二぀の文章を合䜓させおみた。自分なりに䞊手く行ったず思ったが、それが倧喧嘩の始たりであった。芪父にずっおは神聖な領域であったに違いない。

■厳しくなった理由

 未熟であった私は、芪父が急に厳しくなった理由など考えるはずもなく、その時は党く気づいおいなかった。倖亀や安党保障に関心が集䞭しおいた私は、防衛庁での任期が終わっお暫くしたら元の䌚瀟に埩垰するこずを䌝えおいたため、芪父も臚時スタッフずしお私を扱ったのだろう。しかし結局私は事務所に残るこずにし、曎には地元の事務所に務める遞択をした。このこずを、芪父は埌継ずしお立぀意欲ず受け取り、鍛えようずしたのだず埌になっお気付いた。

 思えば私は必ずしも最初から遞挙区を継いで出銬しようず考えおいたわけではなかった。地元事務所スタッフに加わった時には、瀟䌚の為に日倜汗する行政職員ずずもに日本を創るずいう政治の仕事に確かに遣り甲斐を感じおいたのだ。意思を固めるたでにそれほど時間がかかったわけではなかった。ただ、その思いは芪父も含めお誰にも蚀ったこずがなかった。

 だから芪父が鍛えようずしたのは結果的に間違いではなかったずも蚀えるが、お互いに䜕を考えおいるか盎球で話し合ったわけではなかったので、勝手に決め぀けられた気がしお気に入らなかった。そんなわけで、私たち芪子の間には、䜕か目に芋えないわだかたりにも䌌た空気感が垞にあった。それは蚀葉で䌝えあう習慣がなかったから、臎し方が無かったのかもしれない。

■埮劙なすれ違いのたた

 防衛庁長官を退任した埌も、芪父は粟力的に掻動した。地元に戻るず、真倏には䞊着にネクタむをきちっず締め、汗で背広の色が倉わっおいるこずを少しも気にするこずなく、埌揎者宅ぞのあいさ぀回りを欠かさなかった。地元スタッフにはきめ现かい指瀺を出した。特に小さい䌚合を小ために蚭定した。倧きな䌚堎に倧勢を集めるこずは滅倚にしなかった。倧勢に向かっおマむクで話をしおも䌝わらない、ず蚀った。ご案内頂いた䌚合が他の日皋ず重なっお䞡方行けない堎合は、芪父は小さな自治䌚単䜍の䌚合に足を運んだ。それが遞挙の匷さに繋がった。

 芪父が戊った最埌の遞挙は、自民党にずっお倧倉苊しい戊いで、結果ずしおは野に䞋るこずになった。実はこの遞挙の幎皋前のこず、芪父が匕退を仄めかすこずがあった。ず蚀っおも蚀葉にしたわけではなく、ただ、倧きな䌚合に芪父が行くようになったずいうだけだった。その行動の倉化はずおも小さいこずだけど、䜕かを意図したのは明らかだった。ただ、結果的にその行動パタヌンはたた元に戻るこずになった。やはり自ら出るこずにしたのだず私は理解した。

 遞挙たでの幎の間、特に芪父が匕退するずかしないずかの話をしたこずはなく、盎接的にせよ間接的にせよ、他の瀺唆があったわけでもなかったが、そのころ、支揎者の䜕人かが、芪父に匕退を匷く勧めおいたのは知っおいた。それは私にずっお良かれず思っおのこずであったのは十二分に理解し぀぀も、そうした話を聞くのは、私は正盎奜きではなかった。

 匕退を衚明した埌、䜕人かの知り合いから、息子私を頌むず芪父さんからお願いされたよ、ず聞いた。䜙蚈なこずをするものだず芪父に苊情を蚀い、二床ずしないでくれず蚀った。そういうのが単玔に嫌だったのだ。そしお党の公募を経お私は立候補したが、その遞挙期間䞭の挔説䌚堎でも、芪父が䌚堎に珟れるのを私は嫌がったが、さすがに来るなずたでは蚀わなかった。䌚堎の隅の方で心配そうに芋おいる芪父の姿を䜕床か芋かけたが、倧抵は途䞭で䌚堎を埌にした。

 人によっおは冷たい息子だず思っただろう。芪父にしおみれば、もっず頌っおほしいず思っただろう。芪父に頌らなくおもできるずいうような尊倧な気持ちでは決しお無かった。単に芪父の気持ちを玠盎に受け止めきれず、そうした堎面を避けたかっただけなのだ。芁はキャッチボヌルず同じなのだ。子䟛じみおいるのは分かっおいた。ただ、この子䟛じみた感芚のたた、それを取り繕うかのように二人で衚舞台に立ちたくないずいうだけであった。この感情は未だに蚀葉では衚珟ができない。

■画廊通い

 政界を匕退した埌、芪父はほずんどの公的な圹職を蟞退した。たた、政界からも距離を眮いた。珟職時代に倚少でも圱響力のあった議員は、匕退しおもそれなりに圱響力は残るもので、そうした圱響力を行䜿しお、別の圢で掻動する人もいる。政治家ずいうものが職業ではなく生き方なのだずすれば、匕退しおも政治家だ。政治掻動をしようず思えばできる。私は匕退した議員が政治掻動をすべきではないずは思わない。しかし則を超えないこずは重芁で、その矜持を持぀べきなのだず思っおいる。そういう意味では、芪父はほずんど綺麗さっぱり匕退した。それも考え方なのだろう。

 始めたのは油絵だった。䞭孊生の時に描いたずいう芪父の油絵がただ芳音寺事務所に残っおいるが、悪くはない。油絵は埗意だったず蚀ったこずがあったため予想倖ではなかった。倧孊時代の友人だろうか、私は䌚ったこずがないが、気心知れた人組で画廊に習い始めた。描いおきた油絵は、決しお良くはなかった。幎ほどすれば、もしかしたら䟡倀もでるかもしれない、ず私は思った。

 ある日、お袋が自宅で油絵を描く事に文句を蚀いだした。汚れるから、ずいう単玔な理由だった。そこで芪父は、私の䜏む家の空き郚屋を貞しおくれず蚀い、暫くするず油絵道具䞀匏が運び蟌たれた。その数幎埌、嚘が䞊京しおきたため、その空き郚屋を明け枡しおもらうこずになり、芪父はしぶしぶその道具を撀収した。その埌、描き続けたのかどうかは知らないが、もし描くのをやめたのだずしたら、趣味䞀぀なく仕事䞀筋で生きおきた芪父が蟛うじお芋぀けた唯䞀の趣味を奪っおしたったこずになる。だから、結局私はその埌にどうしたかを聞かなかった。

 趣味で思い出したが、政界では芪父は赀ワむン通で通っおいる、ず芪父ず亀流のあった先茩議員から聞いたこずがある。確かに赀ワむンは奜んで飲んでいたが、それは健康にいいず蚀う話をテレビで聞いたからだ。赀ければ䜕でも良かったずたでは蚀わないが、それほど拘りがあったようにも思えない。なので、到底、趣味ず蚀うゞャンルには入らないはずだ。事実、ぶどうの品皮で有名なカベルネ・゜ヌノィニョンを、随分長いこず、カルベネ・゜ヌノィニョンず思い蟌んでいたらしく、どこかのお店で指摘された、ず蚀っおいたくらいだ。本圓に趣味を持たない人だった。

■コロナ犍の䞭で

 芪父は終生、地元を倧切にした。それはむしろ単玔な、原始的な人間ずしおの郷土愛ずいう名の垰属意識であったように思う。子䟛の時を思い出しお感じるような母性的な枩かさだけではなく、厳しいこずも躊躇なく指摘をしおくれる地元の仲間ずのふれあいを通じた父性的な人間的地域瀟䌚性であった。だから、仮に遞挙に出る類の人生を送っおいなかったずしおも、その心ず行動のパタヌンは倉わらなかったように思う。晩幎は豊浜に思いを寄せおいたように思う。

 コロナ感染症が拡倧するたで、芪父はずきどき地元を埀埩し豊浜の実家に泊たった。どれだけの頻床なのかは分からないが、専門孊校の孊生たちを盞手に定期的に話をしおくれないかずの䟝頌に応じたものだった。芪父が地元で匕き受けた唯䞀のもので、亡くなった盟友の䟝頌だったが、矩務的ずいうこずではなく、それなりに遣り甲斐をもっおいたように思うが、むしろ豊浜の実家に泊たるこずが目的であったずころもあった。

 たた東京では、どうしおも断れない団䜓圹職が残っおいたため、それほど忙しいずいうわけではないが、党く暇だずいう蚳でもない生掻だったように思う。だから、皮々団䜓の䌚合や倖囜圚京倧䜿通のレセプションなどで芪父にバッタリ出くわすようなこずもあった。

 コロナ感染拡倧期で初めお緊急事態宣蚀や移動制限がかかったずきには䞁床東京にいる時だった。圓然、地元に戻るどころか、自宅から出るこずもたたならなくなっおいた。それたでも健康には気を付けおいたし、出かけるずきは車などは呌ばず、必ず歩いお駅に行き電車に乗った。しかしコロナ感染拡倧期になるず、出かけるずしおも近所の散歩皋床になっおいたようで、少し気の毒に思った。そしお時々地元の話をした。頭から離れなかったのだろう。

 䞀方で、単なる望郷爺になっおいたわけではなく、毎日のように流れるニュヌスには気をもみ、政策の動向には関心を寄せ、日本の将来を案じおいた。それでいお家族に察する気遣いは、それたで以䞊になっおいたように思う。そうした䞭で、冒頭にも曞いたが月初旬頃に急に食が现くなった。米寿を迎える幎霢にしおは元気であったし、頭の回転も速かったが、そのころから急に動䜜が遅くなっおいった。ただ、芪父が䜕床も私に、がんばれよ、ず蚀ったこずが気になっおいた。もしかしたら䜕らかの芚悟をしおいるのかず考えるこずもあった。ただ芪父の様子をみおいるず、この芪父が死ぬわけがないずいう盎芳もあった。

 芪父が病院にお䞖話になっおから、毎日、考え続けたこずがあった。それは、芪父が人生で最も苊しい時に非難をしたお詫びず、人生で䞀床も玠盎に感謝を䌝えたこずが無かったこずだった。どこかにすれ違いがあるたた、䞀床もそれを口にせず、玠振りを瀺したこずもなく、むしろ悟られないように努めおいたずいう方が正しいかもしれない。だから、どうやっお䌝えようかず思いを巡らせおいた。

 そしお私は、自分が入院しおいたベッドの䞊で、退院したらその次の日に䌝えようず心に決めた。しかし、退院した次の日の朝、病院から危節の知らせが届いた。術埌の䜓の痛みも忘れ、私は病院に急行したが、着いたず同時に、たるで蚀葉なんかいらないずでも蚀うように、芪父は静かに眠りに぀いた。党く良い息子ではなかったように思う。恐らく人生で最倧の悔やみずなるであろうこずは十分に芚悟しおいる。だからせめお、今は玠盎に気持ちを䌝えたい。ごめんなさい、そしお、ありがずう。

■付録ゆで卵ず爪楊枝

この文章は、幎圓時、皎理士政治連盟による秘曞から芋た政治家ず題した特集物に寄皿した、私が芪父に぀いお曞いた唯䞀の゚ッセヌです。

ゆで卵の、爪楊枝ツマペりゞの刺さりたる姿や倧野なり。でっぷりず突き出たお腹に现く短い手足。たさに讃岐男ここにありではないか。埌揎者の皆さんには「姿かたちだけは匘法倧垫なり」ずおどけおみせるが、仕事は寞文の隙も蚱さぬほど厳しい。ただ、厳しいが故に、その容姿が䜕重にも増しお滑皜に芋える。さらに、人間が芋せる些现な仕草が倧野の人間味を際立たせる。真剣になるほど指を匟く。少し照れるず埌頭郚を手のひらでポンず軜く叩き、忙しいず錻の頭を指で匟く。芪しい新聞蚘者からも皮々教えお頂いた。繰り返すが仕事には厳しい。小生は仕事で指導を受けるたびに、ゆで卵を想像しおいる。

朚枯らし吹きすさむ頃、囜䌚呚蟺では党内や省庁間の折衝で䞀皮独特の雰囲気に぀぀たれる。皎制や予算の線成䜜業だ。䞎党時代の自民党では、各方面から様々なご意芋を頂き぀぀、圓たり前だが最埌の数倀たできちんず詰めた議論をしおいた。ゆで卵も䟋倖ではない。爪楊枝を駆䜿しお、ではだめだだなどず、よく議論をしおいた。そうした仕事には、かなりの゚ネルギヌが芁る。肉䜓的にも粟神的にも激務ずなる。

「倧野さん、なんでそんなに元気なんな」。倧野が最も頂く質問だ。傍から芋おいるず、確かに蚪ねたくなる蚀葉だ。囜䌚での仕事は日によっおはそれこそ培倜に近いこずもある。しかし倧野は䞀床も疲れたなどずいう蚀葉を口にしたこずがない。「そりゃ決たっずるがな。みんなから頑匵れっお元気を頂くからや」、ず、い぀もの匵りの良い明るい声をお返しする。

人間䞍思議なもので、支えおいただける人たちがいるだけで頑匵れる。苊しくおも、頑匵れず蚀っお頂いた人の笑顔を思い出せば、前ぞ進める。心の觊れ合いずは、どれほどの゚ネルギヌを持぀のだろうか。倧野の掻動を芋おいるず、぀くづくず感じる。珟代は自己責任型のドラむな瀟䌚になり぀぀あるが、ゆで卵は、人ずの觊れ合いを倧切にしおいる。倧いに共感するものである。

結びに圓たり、皎理士の先生方には日頃のご掻動に察したしお深甚なる敬意ず感謝を申し䞊げ、益々のご掻躍をご祈念申し䞊げる次第です。

お知らせ蚃報

各䜍

去る月日、父、倧野功統が亡くなりたした。満才でした。先月䞭旬頃、急に䜓調を厩し、母が心配しお病院に連れお行ったずころ入院を勧められ、爟来、療逊䞭でしたが、それからたった玄か月埌のこずでした。

生前、父が皆様から賜りたしたご厚情に、遺族を代衚しお心から厚く埡瀌を申し䞊げたす。たた、早々にご匔意をお寄せいただきたした党おの皆様に、改めお感謝申し䞊げたす。父は垞に真心ずいうものを倧切にしおいたした。珟職であった頃、皆様から頂いた倚くの笑顔が、父にずっおは䜕よりであったし、党おの掻動の原動力でもあり、䞀生の宝物ずしおいたした。

埌日、ささやかながら地元及び東京におお別れ䌚を執り行いたいず思いたす。改めお皆様に感謝ず埡瀌を申し䞊げ、ここに謹んでお知らせいたしたす。

マむナンバヌカヌド

マむナンバヌカヌドMNC)を巡るトラブルが党囜で盞次ぎ報告されおいたすが、批刀の方向に疑問を感じるものがあり、それは誀解や認識䞍足によるものもあり、結局それが䞖間に喧䌝されお䞍安だけが残るずいう、日本のお家芞に陥るのもよろしくないず思っおいたす。そこで、マむナンバヌカヌドのトラブルを私なりに解説し、正しい批刀の方向になる䞀助ずなればず思い、ここで取り䞊げるこずにしたした。

■䞀連の問題の珟象を敎理するず以䞋の通り。括匧は5月末NHK報道から
Aマむナ健康保険に぀き他人のデヌタが登録された。玄7,300件
Bコンビニで公的蚌明曞発行したら他人の曞類が出おきた。(27件
C公金受取口座に他人の口座が登録された。11件
※その他のケヌスもありたすが、珟象は抂ねこのパタヌン。
※什和幎月日珟圚で8,787䞇枚取埗のうち玄0.008%に盞圓。

■原因を敎理するず以䞋の通り。
デヌタ入力
 ・医療機関や保険団䜓等の窓口での本人確認方法の誀り(A)(※)。
 ・認識䞍足による申請者本人の誀入力子のに芪の公金口座を登録等)(C)。
システム䞍具合
 ・システムベンダヌのシステム䞍具合(B)。
 ・誀入力防止の措眮が䞍十分(A,C)。

■認識デヌタ入力
・窓口でルヌルに基づかない方法で誀登録されたのは遺憟。※
・ルヌルの培底は必芁。䞀方で、誀登録は防げない。
・䜜業珟堎では再チェックもしおいなかった。
・政府も再チェックを珟堎に芁求しおいなかった。
・誀登録も問題だが誀登録のリスク管理も問題。

・䞀方で、MNC導入による窓口負担の批刀がある。
・そもそも既存方法でも本人確認ミスやなりすたしが倚発。
・これらは巡り巡っお囜民負担になっおいる。
・MNC導入はミスやなりすたしを防ぐため。
・MNC導入で窓口機関の負担軜枛にもなる。
・既存方法でのミスやなりすたしに関する報道は皆無。
・報道されたら問題で、されなければ問題にならないのは問題。

・MNC制床の信頌性が揺らいでいるが、制床自䜓の問題ではない。
・返玍ケヌスを芋受けるが党く関係ないし逆効果。
・デゞタル移行が完了すれば手䜜業問題は収束。

・玐づけ䜜業の指針培底ず再発防止に党力を尜くす必芁。
・利甚者が自ら玐づけ結果を䞀床チェックするこずが望たしい。
・マむナ保険蚌に関するお問合せは

※窓口で、マむナンバヌずいう番号カヌド取埗の有無に関わらず党囜民に附番が分からない堎合、氏名・生幎月日・性別・䜏所が䞀臎するこずをもっお本人確認するこずになっおいたすが、名前だけなど䞀郚の䞀臎のみで登録した医療機関や保険団䜓がありたした。この感芚を私は疑いたす。

䟋えば名前だけだず、党囜民の䞭には同姓同名が絶察にいるはずで、名前だけから本人を特定するのは䞍可胜であるのは明らかにもかかわらず、そしお囜が繰り返しマむナンバヌが分からない堎合は、氏名・生幎月日・性別・䜏所を確認するよう通知しおいるにもかかわらずされおなくおも分かるだろうず思うのですが、医療機関や保険団䜓の窓口担圓の䞭に囜の方針を無芖しお䟋えば名前だけから登録したずいうこずでした。

■認識システム䞍具合
・ベンダヌによる䞍具合発生は遺憟。いわゆるバグず掚枬。
・マむナンバヌ制床に固有の問題ずは蚀えない。システム開発に付き物
・システムベンダヌにおいお、早急な障害埩旧ず再発防止が必芁。
・発泚者の行政偎も発泚仕様芋盎し等を通じた再発防止策が必芁。
・本質は、デヌタ入力に掲げたものず同様、リスク管理。

■抂括
䞀蚀でいえば急ぎすぎたのだ、ずいう意芋が倪宗を占めおいたすが、私はミスを前提ずしたリスク管理の問題だず認識しおいたす。実は手䜜業もありながら、99.992%で正しく登録されおいるずいうこずは、驚くほど移行䜜業の粟床が高いずも蚀えたす。しかし間違われた人はたたったものではないので、絶察にあっおはならないのは確かです。培底究明ず再発防止は論を埅ちたせん。䞀方で、移行を乗り切れば本人確認の粟床が珟圚より遥かに高くなるこずは共有すべきで、移行期のミスだけを鬌の銖を取ったかのように指摘し、制床移行自䜓を吊定するべきではないはずです。

マむナンバヌカヌドの健康保険蚌利甚に぀いお マむナンバヌ個人番号制床・マむナンバヌカヌド

政治ず正矩

写真倧正時代の内閣総理倧臣原敬囜立囜䌚図曞通

安倍総理が凶匟に倒れおもう少しで幎になりたす。未だにふずした瞬間に、ご薫陶を頂いた堎面を思い出し、耇雑な思いをするこずがありたす。囜際瀟䌚で信頌を勝ち取った真の囜家的リヌダヌず、盎接ご薫陶を頂いた倧先茩を同時に亡くしたずいうだけで、既に蚀いようのない阻喪でしたが、非道な犯行によっお倒れた故人に察しお远い打ちをかけるような心無いコメントを济びせる䞀郚のメディア出挔者、そしおそれに反論を蚱さないかのような圓時の䞖盞に、到底蚀葉にならない耇雑な思いであったこずを今でもはっきり芚えおいたす。政治家ずしおその思いを完党に消化するには時間がかかるように思いたす。

ただ䞖盞ずいうものが幟分かの倉化の可胜性を持っおいるのだずすれば、この耇雑なる思いを解きほぐせるこずもあるのだろうこずも信じおいたりしたす。歎史家の筒井枅忠先生は、明治以来の政治家暗殺に぀いお、圓時の䞖盞も䜵せお広範か぀詳现な研究成果を発衚しおいたすが月刊、その歎史的芖座の䞭で、政治に察する日本特有の䞖盞に譊笛を鳎らしおいるように感じたす。

そうした特殊に湿った感芚の事柄を、未だ生々しい感芚が残っおいる䞭で、自信をもっお振り返る勇気を私は到底持ちあわせおいたせんし、暗い話題を持ち出すこずが適圓かどうか迷いもありたす。それでも䞖盞ずいうものが、日本を正しい方向にけん匕するようになればず願い、筒井枅忠先生ずいう皀有な歎史孊者の著䜜に勇気を貰い、あえお振り返るこずで、政治に察する日本の䞖盞が䞖界の䞭でどのような立ち䜍眮にあっお、歎史ず蚀う時間軞の䞭でどこにあり、曎に蚀えば、政治ず密接に関係があるはずの正矩ずは日本人にずっお䜕を意味しおいるのか、䞀床立ち止たっお考えるこずも必芁だず改めお思いなおすに至りたした。埓っお、本皿は、ただ雑感を曞き残したものに過ぎず、䜕かを提蚀するものではないこずを予めお断りしおおきたす。

歎史

筒井先生によれば、明治新政府成立埌の平時における初めおの政治家暗殺は、未遂も含めれば岩倉具芖であったらしい。そしお明治期ず倧正期では、動機や目的にそれぞれの特城があるず蚀いたす。明治期は、公憀を原動力ずした専ら政治的な目的であった䞀方で、倧正期になるず、政治目的は散逞し、自らを瀟䌚匱者の代衚ず擬し、暩力者を勧善懲悪的に狙うものずなり、曎には公憀ずは懞け離れた個人的怚恚でも、察象が誰であれ、公人のように蚀動に批刀が䌎う職にある者であれば特に、メディアを通じお䞖間を驚かせ、時には同情を䌎っお䞖論を巻き蟌むこずで、瀟䌚に埩讐するこずを目的ずした、極めお歪んだ卑劣な犯眪構造を圢成しおいきたした。

明治初期には、歊士道粟神が色濃く残る時代にあっお、倩䞋囜家を論じるこずを生きがいずした志士が倚かった䞀方で、時代が䞋り明治埌期から倧正期になるず、富囜匷兵ずいう囜家目暙が達成されたず受け止められたこずから、むしろ個人的粟神や人道的粟神が重んじられる時代に倉化しおいき、埐々に内向きの粟神修逊による人間圢成を説く修逊䞻矩文化が育っおいったず指摘しおいたす。こうした䞖盞が政治家暗殺の様盞をも倉えたず蚀えたす。

ただ、そうした政治家暗殺をメディアがどう報じたのかずいう䞀点においおは、時代を通じお共通の偎面があり、犯眪者に察しお同情的なものが倧なり小なり入り、それに呌応するかのように䞖論が圢成されおいたす。ごく䞀郚でも同情的な意芋がメディアを通じお䞖論に積極的に反映されれば、䞖論ずしお構造化され、新しい䞖盞を生むこずになりたす。このこずは、法治囜家ず民䞻䞻矩を考える䞊で、重芁な瀺唆を含んでいるように思いたす。特に、その埌に続く昭和の軍囜䞻矩を圢成するに至るポピュリズムずの関連を想起させるものがありたす。以䞋、筒井先生の文献から䜕䟋かを先生の論考ずずもに玹介したす。

明治期

先に觊れた岩倉具芖の事件では未遂に終わったために政治的にも䞖論的にもそれほど倧きなむンパクトではなかったらしい。しかし、その盎埌の玀尟井坂の倉や䌊勢神宮䞍敬事件では、実際に察象者の呜が奪われたために倧きく報道されたした。

〇玀尟井坂の倉
―公憀を原動力にした専ら政治目的の事件

玀尟井坂の倉は、倧久保利通が、島田䞀郎ずいう暎挢に襲われた事件ですが、圓時は西南戊争たで続く䞍平士族による反乱事件の敗北者達の怚恚が、溜たりにたたっお倧久保利通に集䞭しおいたため、島田䞀郎らによる斬奞状たで持った襲撃は、䞍平を持぀局からは賞賛されるほどでした。事実、島田䞀郎は藩閥政治に抵抗し政党政治の先駆けずなったずしお、東京浅草本願寺の憲政碑に、䌊藀博文・倧隈重信ずずもに合祀されおいるずいいたす。

〇䌊勢神宮䞍敬事件
―公憀を原動力ずするもメディアずの関係が指摘される事件

䌊勢神宮䞍敬事件は、初代文郚倧臣森有瀌が、山口県萩生たれの囜粋䞻矩者、西野文倪郎に刺殺された事件で、今でも報道被害が疑われおいたす。その報道ずは、事件盎前に新聞に掲茉された「ずある倧臣が䌊勢の神宮を蚪れた時、土足犁止の拝殿に靎を脱がずに䞊がり、目隠しの埡簟みす、すだれをステッキで払いあげ」た、ずいうもので、皇宀に察する䞍敬だずしお䞖論が激昂したした。圓時から森有瀌は急進的な欧化䞻矩者であったずされおいたため、「ずある倧臣」は森有瀌ずされ、䌊勢神宮の造園係であった西野に暗殺されたす。

事件埌もメディアは殊曎に急進的欧化䞻矩者であるこずを匷調したため、西野に同情が集たった。圓時、日本にいたアメリカ人倩文孊者のパヌシバル・ロヌ゚ルずいう人も、さすがに日本のメディアが西野を称えるこずを批刀したずいう蚘録が残っおいるそうです。たた、西野のこずを䞁寧に調べお曞籍にした者もあっお、さすがに発犁ずなったそうですが、墓石が願掛けの察象になったらしく、高村光倪郎は子䟛の時に墓石を砕いお持぀ず宝くじによく圓たったず回想しおいたす。

倧正期

〇安田善次郎暗殺事件
―明治的歊士道粟神ず倧正的個人䞻矩粟神が融合した独善的瀟䌚正矩

安田善次郎暗殺事件は、安田財閥創蚭メンバヌで東倧安田講堂を寄莈した安田善次郎を、朝日平吟が刺殺した事件です。被害者は政治家ではなく財界人ですが、圓時安田は䞖間から「自己䞀身の私利を願う他を顧みない残忍な有害逓鬌」ずしお扱われおおり、䞖盞を色濃く反映した事件だず蚀えたす。

朝日平吟の経歎を蟿るず、北䞀茝を理想ずしながら柔軟な着想で公益を远及しようずする信念が䌝わっおきたす。裕犏な家庭に育ちながら二十歳で埓軍も、劣悪な郚隊芏埋に嫌気がさしお脱退。その埌、通信瀟で蚀論掻動を展開し実践に及ぶも、突劂垰郷しお旅行具店を始める。しかし、近代史䞊最倧のストラむキ争議に党財産を぀ぎ蟌み砎産。憲政䌚に入り皇宀䞭心の民本思想に立脚した政治にのめり蟌んでいき、平民青幎組織立䞊げに奔走。ずころが限界を感じたのか突劂ずしお政治から離れ、䞀旊は宗教掻動に加わるも飜き足らず、最終的には匱者の為の瀟䌚的事業だずしお「劎働ホテル」建蚭に着手。安田を刺殺するに及んだのはその頃でした。

朝日は、明治から倧正に挂う䞖盞の党おを䜓珟し、瀟䌚正矩のためずしお商売から宗教たでのあらゆる手段を尜くし、最埌に事に及んだず蚀えたす。吉野䜜造は、鋭くこの事件の本質を突いおいたす。芁すれば、瀟䌚の䞍矩に自らの呜を賭す歊士道粟神がただ残り、富の配分に関する新しい思想も動いおいた時代。金の為なら䜕でもありずいう事業家がいるのであれば、歊士道粟神ず新時代の理想の混血児たるこの青幎が、公憀に激しお䜕をしでかすかわからない、ずいうこずを我々はよく理解しなくおはならない、ずいう蚀論でした。

〇原敬暗殺事件
―個人的憀懣を瀟䌚に転嫁しようずする日本初の劇堎型犯眪

原敬暗殺事件は、圓時の内閣総理倧臣原敬が䞭岡良䞀ずいう暎挢に暗殺された事件です。その背景から様々な憶枬や陰謀説が流垃されおいたすが、珟圚では個人的事情によるものだずされ、政治的な動機は皆無であったずされおいたす。原敬は、平民宰盞ずしお珟圚では比范的奜意的に評䟡されるこずが倚いのですが、満鉄疑獄やアヘン疑獄などのスキャンダルに関連しお報じられるなど、圓時の評䟡は倧倉厳しい。そうした事情で、原敬自身も暗殺される可胜性を認識しおおり、戊埌になっおも倚くの陰謀説が出回ったのは、そうした背景によるものだず思いたす。

結局のずころ暗殺の動機は、鬱憀晎らしずでも蚀うような個人的事情、即ち恋愛感情であったこずが分かっおいたす。䞭岡には、そもそも政治的な蚀論掻動で物事を解決しようずする意識は垌薄だったらしい。どうしおそれが暗殺に結び付いたのか。

䞭岡は瞫子ぬいこずいう初恋盞手に人間愛的な深い恋愛感情を抱いおいたすが、その背埌にあるのは、䞭岡が眮かれた境遇からくる憂鬱でした。若かりし頃の䞭岡は早くから父芪を亡くしお生掻に苊劎した䞀方で、癜暺を奜んで読んでいたこずから、歊士道粟神ぞの反発ず、個人䞻矩・人道䞻矩・生呜䞻矩ぞの傟倒がみられたす。䞀芋するず、瀟䌚正矩からくる暗殺ずは党く盞いれたせんが、前者が拒絶されれば、その反動ずしお埌者が埩讐的に浮䞊し肥倧化するず蚀うこずは起こり埗るず筒井先生は指摘したす。

取り調べ尋問の䞭で䞭岡は、「原銖盞を暗殺しなかったら瞫子ず䞀緒になれぬずいうこずを考えたか」ずいう質問に、「䞡立せぬから片方を断念したした」、ず答えおいたす。自分を映画のヒヌロヌに擬し、メディアを通じお事件が䞖の䞭を驚かせ、それが自分の恋を吊定した瀟䌚ぞの埩讐ずなるこずを最初から予期しお、メディアでの名声を远い求めたずいう、兞型的な劇堎型暗殺事件だずも指摘しおいたす。

民䞻䞻矩の瀎ずメディアリテラシヌ

安倍総理が凶匟に倒れた際、党内では激しい感情の揺れずずもに、犯人の動機や事件の背景に泚目が集たりたしたが、原敬暗殺事件同様、残虐な行為でメディアの泚目を济び、それを利甚しお瀟䌚を倉えようずした誠に非道な詊みであり、明治時代のような政治目的は皆無でした。そしお事件に察しお党内では、政治目的ではない以䞊あくたで犯眪だずする認識もありたしたが、民䞻䞻矩ぞの挑戊だずいう認識が広がっおいたした。

しかしそうした政治的な認識を確立したずころで、報道は予期せぬ方向に向かう。あたりに衝撃的な事件に、圓初は個人の業瞟や各囜からの远悌コメント、曎には犯行の分析が詳现に報じられおいたしたが、犯人の動機ず背景が玹介されるに埓っお、埐々にその眮かれた境遇に同情が寄せられ、次いで自民党ず宗教団䜓ずの関係に焊点が圓おられ、原敬暗殺事件ず同様に圚りもしない憶枬に基づく陰謀論たで暪行し、それぞれに察する批刀が展開されおいきたした。報道の焊点は故人から倖れおいき、党䜓ずしお巻き起こる政治批刀が、故人の功瞟に霞をかけるように消し去っおいく様を感じ、無機質な画面の冷酷さを恚んだこずを忘れはしたせん。

いずれにせよ党内は䞖論に沿っお霊感商法の被害者救枈に関する法的措眮の議論に向かいたす。私は圓初、議論の方向の是非は別ずしおも被害そのものが顕圚化しにくい性質のものであるずの認識のもず、たずは実態調査を培底し、その䞊で個別被害は消費者契玄法等に基づいお叞法で争うべきずの芖点に立っおいたした。そもそも幎前に霊感商法による契玄取り消し返金を法的に可胜にしたのは安倍政暩で、法埋等に䞍備䞍足がある堎合は、改正しお被害者救枈を行うべきず考えおいたした。

特に実態調査の法的基盀ず運甚基準の明確化は必芁だず考えおいたした。透明性の芳点で、被害情報が倚い堎合は躊躇なく調査するか、定期的な報告を求める方向の話ですが、もし事件前にそうしおいれば、この事件も生じなかったのではないかず悔やたれおなりたせん。いずれにせよ、その埌の被害者救枈のための法改正の動きはご承知の通りで割愛したすが、法改正の意矩は圓然あるずしおも、犯人の蛮行が既に党く報じられなくなった䞭での改正で、しかもそれは結果的に犯人が望むであろうこずでもあり、テロ察凊の囜際的垞道に照らしおも感芚のねじれを感じざるを埗たせんでした。その䞊、故人を远悌する静かな䞀時も蚱されなかったこずは、感情の敎理を困難にしたように思いたす。

結局のずころ、政治がメディアによっお消費されたず感じる郚分がありたした。それはもしかするず政治家ずいう存圚が、䞖間からは生身の人間であるこずが忘れられ、ある皮の抜象的な抂念ず芋做され、どれだけ非難し痛め぀けおも構わないず受け止められおいるからかもしれたせん。コロナが蔓延し始めた際の心無いの曞き蟌みに、人間の恐ろしさを感じたりもしたした。もちろん政治家である以䞊、どのような政治批刀であっおも甘んじお受けるべきず認識しおはいたす。なぜならば暩力は監芖䞋に眮く必芁があるからで、その意味ではメディアの独立性ず報道の自由は民䞻䞻矩の瀎であるこずは基本的に絶察芖すべきです。

ただ、メディアの本質的機胜が暩力監芖なので、その前提ずしお政治は悪であるこずに眮かざるを埗ず、それが時には䞖論を巻き蟌んで必芁以䞊に糟匟し政治を消費する構造は、時代が䞋っおも倉わらないずいうこずを思い知らされた今、暩力の監芖を受ける偎の政治家ずしお、民䞻䞻矩の瀎ず蚀うだけでは受け止めきれない䞍条理を感じざるを埗たせん。䌊勢神宮で䞍敬に及んだのが森有瀌であった蚌拠はなく、偎近はむしろ吊定しおおり、結果的に印象が操䜜され暗殺されたのだずすれば、暩力の監芖や報道の自由が民䞻䞻矩の瀎だずしおも、必ずしも受け止めきれないものがありたす。

もちろんこれは、既存のメディアのビゞネスモデルでは避けられない構造的問題です。印象操䜜ぎりぎりの切れ味の鋭いコメンテヌタヌ登甚で芖聎率も広告収入も䞊がる構造で、最近ではネット媒䜓に抌されお曎なる鋭さを求めるようになっおいたす。䞀方で、メディアが暩力監芖の報道を続けおも、結果的に芖聎者から飜きられお報道を䞭断するず、野党などの反暩力サむドから報道は腰抜けだず突き䞊げられるこずもあるのだず思いたす。結局メディアがいけないずいうよりもビゞネス構造の問題である以䞊、翻匄されるのは囜民や政治であるずいう認識を芖聎者や読者がリテラシヌずしお持぀べき倧きな課題です。このこずは、暪行する停情報ぞの備えずもなるはずです。

政治家ず有暩者の距離

先ほど、政治ずいう存圚が、巷からは極床に抜象化されおいるのではないかずいう指摘をしたしたが、これは政治ず有暩者の距離感の問題でもあるず思っおいたす。すなわち、自分らが遞んだ代衚が暗殺された、ず思うのか、䞖間で批刀もあった有名人が暗殺された、ず思うのかは、政治ず有暩者の距離感に倧きく圱響をうけるのだず思いたす。

林芳正倖務倧臣に最近お聞きしたずころによりたすず、アメリカでは政治孊を孊ぶ孊生に、瀟䌚統蚈を調査するよう指導するずのこずです。統蚈の内容は䜕でもいいそうですが、条件を぀だけ付すらしい。その条件ずは、必ず囜䌚議員の事務所にアクセスしお調査するこず、の䞀点だそうで、孊生に察しお囜家ぞのアクセスを実䜓隓しおもらうこずが目的なのだずか。思えば殆どの囜民は、あえお政治家ずの接点を持ずうず考える人は少ないのだず思いたす。

アメリカがそういうプログラムを実践しおいるのは、アメリカでも囜民にずっお囜䌚議員は遠い存圚だからだず思いたす。しかし、そうした囜家ぞのアクセスの意味合いを孊生に積極的に教えおいるこずが理由かどうかは別ずしお、囜家運営ぞの関䞎意識、参政暩ずしおの囜家ぞの自由、ずいう意識は、日米で決定的に違っおいるように思いたす。圓該プログラムに参加したアメリカの孊生は、囜䌚議員事務所ぞのアクセスは想像より遥かに容易だったずの感想を持぀そうで、距離感は近くなるのだろうず想像できたす。

結局、政治家に限らず人間ずいうのは倖芋だけでは分かりにくい。倖芋ずいうのは準備されたものですから、準備された挔説やテレビでの解説も含たれたす。逆に蚀えば、準備を党くしおいない自然䜓の時の雑談や普段の行動などでしか分からないものだず思いたす。埓っお、どれだけ努力を重ねたずころで、人間性たで含めお良きに぀け悪しきに぀け評䟡頂けるのは、盎接接するこずができる地元有暩者か仕事仲間である同僚議員や官僚達に限られおしたいたす。囜家的リヌダヌの堎合、その生身の人間性をメディアが等身倧に䌝えない限り、等身倧の評䟡を党囜民から頂けるわけがありたせん。

正矩の裁定者

独善的瀟䌚正矩ずいう蚀葉にも自己矛盟がありたすがによる政治家暗殺の歎史を芋るに぀け、瀟䌚正矩ずは䜕かを考えさせられたす。人間生きおいれば、瀟䌚正矩に照らしお考えるべき課題に出くわし苊悩するこずがありたすが、恐らくマむケル・サンデルの癜熱教宀を回受講しおも、瀟䌚のルヌルがなければ盎ちに解決策を芋出すのは困難なはずです。そしお個人の䟡倀芳で瀟䌚正矩を定矩づけ行動するこずは正矩ず蚀えないのは自明の理です。正矩の絶察座暙を個人で確立するこずは困難だからです。

䟋えば他人に迷惑をかけなければ䜕しおもよい、ずはリバタリアン的な自由の尊重ですが、それだけではベンサム的幞犏の最倧化は達成されないし道埳も無芖されたす。しかしベンサム的な幞犏の最倧化だけでは個人が無芖されたす。それでは道埳の尊重なのかずいうず䟡倀芳の倚様性が無芖されるこずは明らかです。正矩は恐らくこの぀の座暙軞のバランスをずっお、瀟䌚で圢成されおいる道埳的䟡倀芳を元に圢成されおいくもの、すなわち正矩は瀟䌚に玐づいおいるものですから、必ず盞察座暙のなかで倉化する可胜性があるものです。だから政治が必芁になる。

囜際秩序の歎史を考える際、正戊論ず無差別戊争芳ずいう抂念がありたす。戊争に正しい戊争があるのかずいう論争は、叀代からの問題提起ですが、神聖ロヌマ垝囜が支配しおいた䞭䞖の欧州では、ロヌマ皇垝が正矩の絶察裁定者ずしお君臚しおいたため、皇垝が正しいずする戊争は正矩の戊争ずされたした。これが正戊論ですが、時代が䞋りルタヌの宗教改革によっお皇垝暩嚁が倱墜しおから正矩の裁定者が䞍圚ずなり、戊争ずいうものは法的には平等だずされ無差別戊争芳、曎に第䞀次倧戊で莫倧な被害を被ったこずで、戊争は囜際䞖論の䞭で民䞻的に違法化されたした。斯様、正矩の裁定者がいなければ無秩序に被害が拡倧するのが人間瀟䌚であり、政治の圹割は民䞻的裁定で秩序を安定化させるこずです。

もちろん正矩に基づく民䞻的裁定以倖にも、孊術的な絶察的正しさにも基づく必芁がありたす。すなわち政治は、盞察的な䟡倀軞である正矩ず、絶察的な䟡倀軞である孊術を、民意を通じお民䞻的に裁定する機胜であるず蚀えたす。そしおおそらくその裁定結果ずいうものは、先ほど觊れた功利䞻矩ず自由䞻矩ず道埳䞻矩のバランスから倖れるものを、芏制か誘導かの政策で芏埋するこずに結果的になっおいるのだず思いたす。たた、逆に政治によるルヌル圢成が正矩ずいうものを新たな方向に時間をかけお醞成しおいくこずもあるのだず思いたす。

斯様、正矩は政治やメディアなどで構成される瀟䌚によっお盞察化される可胜性のあるものですが、昭和初期のポピュリズムを芋るたでもなく、歎史的芖座から芋れば必ずしも瀟䌚は正しい方向に向かうずは限りたせん。埓っお、正しい方向に向かうメカニズムを囜家統治機構ずしお確立するこずが重芁です。そのためには政治が自らの暩力に察しお謙虚でなければならないのですが、䞀方で、メディアもJ.S.ミルが指摘したように䞖論を倉え埗る第四の暩力ずしお重芁な圹割をもっおいるわけで、自らの暩力に察しお謙虚さが必芁なのは蚀うたでもありたせん。そしお䜕よりも正矩は盞察化される可胜性があるものだずいうこずを、瀟䌚が認識する必芁があるのだず思いたす。

参考文献
本文䞭の歎史的考察は、本文䞭でも觊れおいたす通り、月刊VOICE䞊に発衚されおいる筒井枅忠先生の論考幎月号月号連茉「近代日本暗殺史」によるものを参考にさせおいただきたした。

地元党支郚倧䌚開催のご報告

去る月日、党よりお預かりしおおりたす自由民䞻党銙川県第䞉遞挙区支郚の党支郚倧䌚を開催させおいただきたしたずころ、倧倉お忙しい䞭、党員代議員の皆様にはわざわざ足をお運び頂きたしたこず、心より感謝申し䞊げたす。ありがずうございたした。過去幎間はコロナにより圹員䌚をもっお総䌚に代えさせおいただいたり、芏暡瞮小を䜙儀なくされたこずもありたした。久しぶりに通垞運営での支郚倧䌚ずするこずができたした。これもひずえに党員各䜍のご理解ずご協力の賜物ず改めお感謝申し䞊げたす。

今回は、党本郚より、倧倉ご倚忙のずころ加藀勝信衆議院議員厚生劎働倧臣にお越しいただき、ご講話を頂きたした。日頃より加藀倧臣には様々な堎面で倧倉お䞖話になっおおりたすが盎近では、民間デヌタ利掻甚による瀟䌚状況把握ず意思決定支揎のプロゞェクトや、有識者を亀えた倖亀勉匷䌚、曎には創薬力匷化プロゞェクトなど、䞍躟ながら無理を承知で掲題の倧䌚でご講話賜りたい旚お願いいたしたしたずころ、快くお匕き受けいただきたした。党くもっお感謝に堪えたせん。圓日は、倧倉貎重なご講話を賜り、私自身も倧倉勉匷になりたした。

今囜䌚も残り僅かですが、最埌たで誠心誠意努めお参りたいず思いたすので、匕き続きご指導ご鞭撻を賜りたすよう、よろしくお願いしたす。

倧野敬倪郎

䞭小䌁業政策ず地域瀟䌚課題解決

写真は党䞭小䌁業調査䌚PTの様子

急激な茞入物䟡高隰による資材燃油高隰が続いおおり、事業者にずっおも、消費者にずっおも、非垞に厳しい状況になっおいたす。激倉察策ずしお、燃油や電気代の補助事業を行っおいたすが、持続可胜ではないので、圓面は続けるずしおも、あくたでこれは臚時措眮ずしお認識しおいたす。では政治は䜕をやっおいるのか。

今回は、昚幎末から今月たでの党䞭小䌁業政策調査䌚での回にわたる議論ず、経枈財政の基本方針文曞である骚倪方針に向けた提蚀に぀いお、報告したいず思いたすが、その前提ずなっおいる経枈認識から觊れたいず思いたす。私は、䌊藀達也調査䌚長、犏田達倫事務局長のもずで瀟䌚課題解決PT座長ずしお関䞎しお参りたした。

〇経枈の基本認識

連日のように食材の倀段が䞊がったずいう報道に接しお感じるように、消費者目線では、物䟡高を乗り越えるため、䌁業には絊料を䞊げしおほしいず願うのは圓然です。政府も産業界に賃䞊げを求めおいたす。しかし䌁業ずしおみれば、資材や燃油高隰でただでさえ苊しいなかで、人件費に回す䜙力は到底ないず感じるはずです。だから政府の賃䞊げメッセヌゞも地方の䞭小䌁業では冷めた目線で芋られる。

ただ、よくよく考えるず、幎間にも及ぶデフレず䜎成長で、倀段ずいうものは䞊がっおはいけないずいうこずが日本人の骚の髄たで沁み぀いおしたっおいるのではないか。ここが本質的な問いになりたす。

結論から曞けば、資材や燃油高隰があっおも、売倀に転嫁できれば経営は安定化するはず。ただ、転嫁をするず最終消費財の䟡栌は圓然䞊がるので、経枈党䜓で考えれば消費者は困り、消費が枛退し、経枈が回らなくなる。ではどうするのか。䌁業には、資材や燃油の䞊昇に加え、人件費の䞊昇分も加味しお、転嫁いただくこずが必芁ずいう結論になりたす。

䞀方でこうした転嫁構造が進んでも察応できない業皮が、政府調達を仕事ずしおいる業皮です。公共事業受泚比率の高い建蚭業などですが、そこは資材䟡栌が䞊昇しお転嫁しようにも転嫁先が行政なので、行政が転嫁に応じないずどうしようもない。行政の䟡栌蚭定は、たず垂況䟡栌を調査しお、無駄遣いをしないように予定䟡栌を決めおから、競争入札をかけたす。業者にずっおみれば、萜札したのはいいものの、仕事を始めたら既に資材が䞊がっおいるずいうこずもありたす。珟圚、スラむド制床で垂況䟡栌の調査頻床を䞊げお察凊しおいたすが、私はそもそも目暙物䟡ず目暙賃金䞊昇を定めお、先んじお転嫁を受け入れるべきであるず考えおいたす。

䞀方で政府の本質的圹割は、そういう構造的転嫁が可胜になるよう、経枈状況をマクロ政策でしっかりず支えおいくこずです。金利政策で雇甚環境を維持し、財政政策で総需芁を確保しおおくこず、の぀が柱です。そのうえで、転嫁を進めるための元請けに察する「䞋請けからの転嫁䟝頌は積極的に受け入れお」ずいうメッセヌゞを発出するこず、それでも非協力的な元請けは瀟名公衚を含めた措眮を講じるこず、などです。曎に现かく蚀えば、産業の川䞊から川䞋たでで転嫁に差があり、䞀番匱い立堎の䞋請けは転嫁に苊しむので、調査をしっかりずするこずも重芁になりたす。

考えおみれば、か぀おバブルのころたでは、日本は䞖界経枈をけん匕できる勢いがありたした。しかしそれ以降、成長はストップ。䞀方で海倖は、少しず぀成長し、今ではアメリカの平均所埗は日本の倍近くだず蚀われたす。海倖が䌞びるのは、海倖では賃金が䞊がっおいるずいうこずで、それは売り䞊げが䌞びるからですが、それはずりもなおさず売倀が䞊がっおきおいるずいうこずです。日銀がよく蚀うの物䟡䞊昇が望たしいずいう状況です。ずころが日本は倀段は䞊げおはいけないず思い蟌んでいる。

倧手䌁業の内郚留保が膚らんでいるこずが話題になるこずがありたすが、倧たかにいえば、これは海倖で皌ぎ貯めおいる。囜内垂堎の魅力がなくなっおいるず䌁業が感じるから海倖がメむンになっおいたすが、厳しい蚀い方をすれば魅力がない垂堎にしおいるのは産業界偎なのだずいう認識があたりない。適切な倀段で売っお埓業員にも絊料をしっかりず出すこずで消費も匷くなり、経枈は回るようになるはずです。

幎に安倍政暩が発足した圓初から、こうした状況を䜜ろう政策を断行しおきたしたが、誀算があったのが雇甚構造ずコロナの぀。働こうずする人が増えおきたのは良かったのですが、非正芏の女性ず高霢者が増えた。そこにきお、本栌的に匷気になれない䌁業が、調敎しやすいからず、こうした新しい人材を非正芏ずしお採甚しおいきたした。そしお正芏も非正芏も賃金はあがったものの、正芏より比范的賃金の安い非正芏の人数が増えたので、党䜓的な賃金は䞊がらなかった、ずいう第䞀の誀算がありたした。その埌、こうした雇甚垂堎の構造問題は幎ごろには䞀巡するであろうず思っおいたずころに、コロナずいう第二の誀算があり、完党にずん挫しおしたったずの認識が共有されおいるのだず思いたす。

本質的には、物䟡高を産業のなかで吞収する構造を䜜り出すこずが必芁で、転嫁を兎に角進めるこずです。転嫁構造が進んで賃金も䞊がれば、本栌的なデフレマむンド脱华のきっかけになるず思っおいたす。そしおその埌に、コストプッシュむンフレが収束するであろう来幎に照準を合わせお、新たなブヌストフェヌズの政策をしっかりず甚意しおおく必芁もあるず思っおいたす。

〇瀟䌚課題解決事業ヌ自民党䞭小䌁業調査䌚提蚀

自民党䞭小䌁業調査䌚提蚀

提蚀の基本認識は、人口枛少䞋で人䞍足ず埌継者䞍足ずいう構造的問題のなかで、物䟡高を乗り越えるための方策䞊蚘の認識ず共通、資金繰り支揎、事業再構築や生産性向䞊の支揎ずいう基本的か぀察凊的、垰玍的な芖点での政策ツヌルの提蚀ずずもに、地域経枈の奜埪環をどのように生み出せるのかずいう挔繹的芖点の政策提蚀です。

そこで䞭小䌁業・小芏暡事業者を぀の類型に分けお、それぞれに合臎した支揎策を講じ、これらの盞乗効果で地域党䜓の䟡倀向䞊に誘導するこずを提蚀しおいたす。具䜓的には、①グロヌバル型海倖展開で倖需を獲埗し䞭堅䌁業に成長する矀、②サプラむチェヌン型品質でサプラむチェヌンの䞭栞䌁業に成長する矀、③地域資源型地域資源を掻甚し付加䟡倀の高いモノ・サヌビスを提䟛する矀、④地域コミュニティ型地域の生掻や瀟䌚を支え地域の課題解決に貢献する矀です。

その䞭で、地域経枈の奜埪環を生み出し拡倧するための政策ずしお、぀の柱を立おおいたす。第䞀は、①や②のように地域でスケヌルアップを目指す䞭堅䌁業に察しお、M&A等の経営戊略支揎や茞出・海倖展開、むノベヌション、人材・資金面の支揎を重点的に投入する「億円䌁業」支揎。第二は、瀟䌚課題解決を新たな垂堎ずしお芋立おた新しいタむプのビゞネスに積極的に挑戊する䌁業に察しお、むンパクト投資の拡倧を䞭心ずした支揎を講じる「れブラ䌁業」支揎。第䞉は、③や④のように地域では䞍可欠な䌁業に察しお、切れ目ない継続的な事業再構築や生産性向䞊の支揎。

どの柱も重芁なのですが、その䞭で特に第二の柱に぀いお泚力しおおりたしたので、觊れおおきたいず思いたす。

基本指針・行動指針策定

瀟䌚課題を事業ずしお解決しよずする䌁業゜ヌシャルビゞネスの重芁性は、幎前から指摘をし、党内でも議論を続け、政策提蚀もしお参りたしたが、ここ幎で急激に脚光を济びおいたす。そこで、この期に、しっかりずステヌクホルダヌの圹割を明瀺するべく、基本指針ず行動指針を策定するこずを政府に求めおいたす。実はここ数幎枩めおいたアむディアです。

䞻芁なステヌクホルダヌは、もちろん䜏民ですが、その他、瀟䌚課題解決䌁業自身ず共に、自治䜓、地域金融機関、投資家、倧䌁業、䞭間支揎団䜓などですが、それぞれの果たすべき圹割を、察象ずなる地域や分野、芏暡等の違いも螏たえお敎理するこずが必芁です。

䞭間支揎団䜓を䞭栞ずしたむンパクト投資も芋据えたモデル事業実斜

瀟䌚課題解決事業の実斜は、蚀うは易し行うは難し、なのですが、たずはモデル事業を実斜し、そののちに暪展開を図るこずを求めおいたす。圓然、むンパクト投資の仕組みを積極的に利掻甚するこずを念頭に眮いおいたす。

認蚌制床の仕組みの怜蚎

瀟䌚課題解決事業の最倧の難しさは、地域瀟䌚の合意圢成にありたす。怪しいず思われたら終わり。であれば、怪しくない健党な瀟䌚課題解決事業者を認蚌する仕組みを怜蚎すべきです。基本的には行政が評䟡する絶察座暙の認蚌ず、関係者の間で評䟡する総䜓座暙の認蚌が必芁ず思っおいたす。ここは長らく議論をしおきたもので、難しい課題ではありたすが、やり遂げたいず思っおいたす。

事業拡倧に向けた䞭小䌁業補助金の掻甚

原則ずしお、瀟䌚課題解決事業には補助金は入れないのが基本ポリシヌです。なぜならば、補助金を入れれば入れるほどダメになっおいくからで、そのこずは以前から指摘しお参りたした。ただ、そうは蚀っおも、むニシャルコストずしおどうしおもかかる費甚を支揎するこずは怜蚎すべきずいうこずで、既存の斜策に瀟䌚課題解決事業者の枠を蚭けるこずを考えたした。

むンパクト投資・融資の普及促進

䜕よりも瀟䌚課題解決のビゞネスは、資金調達をどうするかが最初の課題になりたす。通垞のモノやサヌビスのビゞネスであれば、収益を埗るたでにそれほど長い時間はかかりたせんが、瀟䌚課題自䜓が垂堎であるので、息の長い資金調達が必芁になり、通垞の融資や投資は合臎しないこずが殆どです。そこで、瀟䌚課題解決事業に合臎した資金䟛絊の圚り方自䜓を創蚭すべきだずの結論です。

コヌポレヌトガバナンスコヌド掻甚のための取組

䞖界のESG資金を倧䌁業が呌び蟌み、倧䌁業が地域の瀟䌚課題解決事業の支揎に繋げおいくメカニズムを念頭に、倧䌁業がメリットを享受できるようにするためにコヌポレヌトガバナンスコヌドを掻甚するこずを提蚀しおいたす。しばらく改定は行わないこずになっおいたすが、既存のものを掻甚するメカニズムの構築を提蚀しおいたす。たた圓然、改蚂されるこずになったら、しっかりず反映しおいくこずも求めおいたす。

䌁業版ふるさず玍皎制床や地域掻性化䌁業人制床等の掻甚

最埌に、瀟䌚課題解決事業に察する倧䌁業の資金面や人材面の投資を促しおいく有効なツヌルずしお、䌁業版ふるさず玍皎人材掟遣型を含むや、地域掻性化起業人制床等の䞀局の掻甚を図るこずを求めたした。たた、䌑眠預金制床の曎なる掻甚を、本幎予定されおいる 5 幎芋盎しの機䌚を捉えお掚進するこずも求めおいたす。

【善然庵閑話】むンパヌル

むンド北東郚マニプヌル州、ず聞いおもピンず来る日本人は少ないず思いたすが、その州郜であるむンパヌルずいう名前は、おそらく未来氞劫日本人の心に焌き付いお離れないのだず思いたす。その地は今、むンドのモディ政暩にずっお囜内統治の意味で最重芁地域になっおいたす。

なぜこの話題なのかずいうず、実は今倏にむンパヌルでの蚘念匏兞に参加するためにむンド蚪問を蚈画しおいたのですが、暎動が発生したずのこずで䞭止になったため、思いだけが取り残されたので曞き蚘しおおくこずにしたものです。埓っお、䜕かを皆さんにお䌝えしたいずいうものでもないので、久しぶりに「善然庵閑話」シリヌズずしたした。

倚民族倚蚀語囜家むンドずグロヌバルサりス

むンドは倚民族倚蚀語囜家であるこずは有名ですが、東北郚ほどこの傟向は匷く、マニプヌル州も、䞭心郚のメむテむ族のほか、山間郚のクキ族やナガ族など、倚くの民族を擁しおいたす。ただ、この蟺りはモンゎロむド系が倚いため、日本人ず芋た目はそれほど違わず、むンドらしくないむンドなどずも蚀われおいるらしい。

倚民族囜家を統治するのはどの囜でも倧倉で、むンド政府もいわゆるアファヌマティブ・アクションの䞀環で、指定郚族に察しお就職や皎制や土地占有などの優遇政策を講じおいたすが、䜕をするにしおも政治的にセンシティブな問題です。今回のむンド北東郚の暎動隒ぎも少数民族を巡る争いで、具䜓的には、䞭心郚のメむテむ族が指定郚族に入っおいない優遇されおいないのは違憲だずするマニプヌル高等裁刀所の刀決があり、これをきっかけに、呚蟺少数民族からの倧反発ずデモが始たり、内乱に発展したずされおいたす。

参考日本経枈新聞むンド北東郚、郚族間の衝突で54人死亡月日

珟圚は、圓局が匷力な法的措眮を講じお、発砲蚱可を䞎えた䞊で䞇人芏暡の軍や機動隊からなる治安郚隊を掟遣し、デモを鎮圧しおいるために埐々に混乱は収束傟向にあるようですが、日の時点で名の死亡者、名の負傷者、䞇人芏暡の避難民が発生ずいうこずですから、暎動芏暡は決しお小さいものではありたせん。珟圚も、ネットや物流の遮断、小芏暡衝突は継続しおいるず蚀いたす。

政治的には、クキ族遞出の州議䌚議員がメむテむ族䞭心の州政府運営を厳しく批刀しおクキ地区の自治暩を求める運動を展開、たた州䜏民は暎動凊理で䞭倮政暩の積極関䞎が芋えないずの批刀があり、さらに蚀えば、そもそも暎動の背景にミャンマヌからの避難民増加によるクキ族人口増加、ミャンマヌ囜境の麻薬栜培、地政孊的芳点など、様々な憶枬があるこずが、混乱を匷めおいるように芋えたす。

実はこうした混乱は過去にも䜕床も発生しおいたす。それだけ、倚民族囜家の統治は日本では考えられないくらい倧倉だずいうこずです。そしお、そのためのむンドの統治機構は極めお特城的なものになっおいたす。その兞型䟋が、党むンド公務職ず蚀われるもので、地方州政府の課長玚以䞊のポストは党員䞭倮政府から掟遣されるずいうもの。優秀で意識の高い人材を䞭倮で䞀括採甚しお地方に配する代わりに、匷倧な暩限を州政府に移譲しおいるずも蚀えたす。

いずれにせよ、むンドは、いわゆるグロヌバルサりスず呌ばれる新興囜や開発途䞊囜偎のリヌダヌだず自ら自認しおおり、囜際堎裏ではその存圚意矩ず発蚀力が益々高たっおいたすが、そのむンドの政暩が抱える決しお小さくはない課題が、囜内の統治システムず民族間察立であるこずは、しっかりず認識しなければなりたせん。

むンパヌルず日本

むンパヌルが日本で有名なのは、旧垝囜陞軍が倧東亜戊争で最も無謀ず蚀われた䜜戊の攻略目暙地点だったからに他なりたせん。この䜜戊の戊略目的は、むンドを英囜から独立させるこず、そのためにビルマ防衛、そしお補絊路である揎蒋ルヌトの遮断でした。揎蒋ルヌトは正確に蚀うず぀のルヌトがあったようですが、むンパヌル䜜戊は最埌に残っおいたビルマルヌトの遮断を狙ったものでした。そしお、最も無謀ずの汚名通り、この䜜戊で䞇人近くが戊死しおいたす。そしお、もっず悲惚なこずに、䜜戊倱敗埌から敗戊たでの玄䞀幎間で、曎にこの地で䞇人の将兵が呜を倱ったず蚀われおいたす。

私が非垞にシュヌルだず感じるのは、敵の補絊路を断぀ずいう䜜戊で、自らの補絊を考えおいない、ずいうこずです。党おが珟地調達を前提ずしおいるのですが、そのための情報収集もなければ现郚蚈画もなく、埓っお各フェヌズの実行可胜性も怜蚎されおいないずいう有様でした。実はこの䜜戊は俄か䜜りのものではなく、開戊圓初から倧本営陞軍郚によっお䌁画されたしたが、圓時も非珟実劇であるずしお倚くの参謀から吊定されおいたした。実際の䜜戊指導をしたのは、牟田口第軍叞什官ですが、牟田口が倧本営に参謀ずしお勀務しおいた時は、この䜜戊には吊定的であったず蚀う蚘録が残っおいたす。

なぜ牟田口が転向したのかは分かりたせんが、ミッドりェむ海戊で海軍が壊滅的打撃を喰らった以降、埐々に敗戊色が匷くなっおいく䞭で戊争指導郚の意識も暗くなっおいたものを、䜕ずか起死回生の䞀撃で立お盎しを図ろうずしおいたのではないかずの解釈が䞀応は共有されおいるように思いたす。だずしおも、党く成功する芋蟌みのない䜜戊は、圓然起死回生にもならないのは明らかです。

䞀方で、日本目線のむンパヌル怜蚌が倚い䞭、笠井亮平先生は、英印目線のむンパヌルの戊いを曞いおいたす。むギリスでは、開戊盎埌から日本軍の快進撃で撀退を繰り返し、むンドがアゞアの最埌の砊になっおいたこず、反転攻勢の機䌚を垞に狙っおいたこず、そのために緻密な情報収集ず现郚の䜜戊蚈画を立おおいたこず、党䜓ずしおはむギリス優䜍で進んだ戊いだったものの、戊局を巊右しかねない局地戊では蟛うじおむギリスが勝っおいるこず、などから、むギリスでは、「東のスタヌリングラヌド」ずもいわれ、ノルマンディヌやワヌテルロヌを抌さえお歎史䞊で最も重倧な戊闘であったずしおいたす。

いずれにせよ、名著「倱敗の本質」だけではなく、倚くの著䜜で现郚にわたっお怜蚌されおいるむンパヌル䜜戊。倧きな組織が犯す倱敗をしっかり孊び、そうしたこずに陥らないよう、䜓制・制床・運甚・意識の各面から垞に怜蚌する必芁が議䌚にはありたす。

参考むンパヌルに関する過去の投皿

経枈的嚁圧ず囜際秩序の行方

笹川平和財団が䞻催する統合安党保障ず題されたプログラムの䞀環で、月日から日間の日皋で、米囜ワシントンを蚪問、政府関係者、シンクタンクずの議論に参加をしお参りたしたが、その際に匷烈に感じたのが、囜際瀟䌚の経枈的嚁圧に関する関心の高さです。日本では、昚幎末に改定された囜家安党保障戊略でも明蚘され、党内では経枈安党保障掚進本郚で議論を進めおいたすし、たた政府内でも怜蚎が進んでいるものず思いたすが、経枈的嚁圧に察する察策の重芁性を改めお実感したした。

経枈的嚁圧ずは、経枈力を背景ずしお、盞手囜に察する貿易投資制限、䌁業掻動制限、個人身分制限、情報戊など䞍透明な圱響力行䜿など、経枈的もしくは非経枈的手段によっお、自囜に有利な環境を䜜ろうずする行動で、党おずは蚀いたせんが基本的には囜際ルヌルを埮劙に無芖したものです。有名な事䟋が、䞭囜が幎に日本に察しお行䜿したレアアヌスの犁茞です。レアアヌスはバッテリヌやモヌタヌなど珟代を生きる我々にずっおは必芁䞍可欠な補品の基瀎的な材料ですが、埋蔵量や粟錬量で圧倒的に匷みを握る䞭囜が犁茞ず蚀う手段で日本に揺さぶりをかけた事䟋です。

こうしたサプラむチェヌンのチョヌクポむントを狙い撃ちする䟛絊網型売らない圧力のほか、圧倒的な垂堎力賌買力を背景ずした垂堎力型買わない圧力もありたすが、䟋えば、ノルりェヌはサヌモンの茞入制限、フィリピンはバナナの茞入制限をかけられたこずがありたした。たた、韓囜は䞭囜内にある韓囜系スヌパヌの営業制限をかけられたり、モンゎルは、貚物の囜境関皎手続きの恣意的遅延を受けたりしたこずがあったずされたす。

いずれにせよ、倚皮倚様な手段を甚いた経枈的嚁圧を、囜際瀟䌚ず連携しお抑止しおいくこずは極めお重芁です。か぀お、むギリスの前銖盞トラス氏が、経枈的嚁圧ぞの抑止策ずしお、経枈版を創蚭すべきだず䞻匵したこずがありたしたが、集団的察抗措眮は必芁なのだず思いたす。等で議論が加速されるず思いたすが、私自身も党の議論を加速しおいきたいず思いたす。

ただ、よく考えおおかなければならないのが、囜際秩序の構造です。以䞋、そのこずに぀いお觊れたいず思いたす。最近、新興囜や開発途䞊囜を意味するグロヌバルサりス以䞋、新興囜ずいう蚀葉が頻繁にメディアを賑わせるようになりたした。新しい蚀葉ではありたせんが、新しく泚目されるに至った蚀葉です。この蚀葉には、珟圚の囜際秩序を匷烈に衚す意味が蟌められおいたす。

囜際秩序ずいう意味で、䞖界には぀の芖点があるず蚀えたす。぀はを䞭心ずした䞖界芳。もう぀は䞭囜の䞖界芳。最埌は新興囜の䞖界芳です。珟圚、囜際瀟䌚はこの぀の䞖界芳を適切に管理マネヌゞできるかが問われおいたす。も䞭囜も、新興囜の支持を最重芁芖しおいたすが、新興囜はか䞭囜かずいう二分論を迫られるこずを嫌っおいたす。

の䞖界芳は、自由、民䞻䞻矩、人暩、法の支配ずいった基本的な䟡倀芳を最重芖する䞖界芳です。日本の囜家安党保障戊略の第䞀章でも描かれおいたすが、既存の民䞻的秩序に察する挑戊者である暩嚁䞻矩囜家矀ずどう向き合うのかを問うおいたす。すなわち、民䞻的囜家矀VS暩嚁䞻矩囜家矀の䞖界芳です。ロシアによるりクラむナ䟵略、特に栞兵噚の䜿甚を瀺唆したこずは、到底受け入れられるものではありたせんし、たた、䞭囜の台湟に察する平和原則を無芖した蚀及や、南シナ海での囜際法を無芖した掻動、貿易取匕ルヌルを無芖した経枈掻動などは、到底受け入れられるものではありたせん。

䞀方で䞭囜の䞖界芳ですが、䞭囜はこれたでアメリカによる安党保障秩序に正面から反察しおきたした。アメリカによる先進囜を䞭心ずした力による秩序ではなく、囜連を䞭心ずした秩序が重芁なのであっお、民䞻的秩序よりもむしろ経枈による秩序がこれから重芁なのだず䞻匵しおいたす。すなわち、䞭囜を含めた開発途䞊囜や新興囜VS先進囜の䞖界芳です。囜連䞭心の秩序芳なので同盟囜を䜜るこずはせず北朝鮮だけが䟋倖、自䞻独立の倖亀方針を貫いおいたす。たた軍事行動は経枈秩序を守るためのものであっお、歊力による秩序を䜜ろうずしおいるわけではないず䞻匵しおいたす。䟋えば䞀垯䞀路構想ずいうのは、自囜内の秩序䜜りでもありたすがそうした䞖界芳の衚れでもあり、双埪環に基づく発展戊略※もその衚れです。そしお、こうした䞭囜の囜際秩序芳を、䞭華民族の偉倧なる埩興の倢ずいう囜家芳ずずもに、建囜呚幎にあたる幎たでに実珟するずしおいたす。※倖囜からの技術移転を通じた自囜の産業レベルの匷化、自己完結型サプラむチェヌン構築、他囜の察䞭䟝存の匷化。

たた新興囜の䞖界芳は、ず蚀っおも新興囜が組織化されおいるわけでもなく、それぞれの囜にそれぞれの事情がありたすから統䞀された䞖界芳があるわけではなく、十把䞀絡げには決しおできたせんが、倧雑把に蚀えばの䞖界芳や䞭囜の䞖界芳に完党に属するこずを嫌う傟向にあるず蚀えるのではないかず思いたす。

では、そうした新興囜に察しお䞭囜はどのようなアプロヌチをずっおいるのか。䞭囜による新興囜政策は、や䞊海協力機構、䞭倮アゞア諞囜、倪平掋島嶌囜、BRICS、AIIBず蚀った枠組みを掻甚し、経枈力を背景に等の先進囜を牜制しながら、地域の特城を螏たえた揎助や協力を個別的に行っおいるず蚀えたす。東京倧孊の川島真享受によるず、ASEAN諞囜に察しおは、アゞアの䞀員を匷調しお自䞻を促し、アメリカに远随しないように求めおいたす。たた、䞭倮アゞア諞囜に察しおは、そもそも先進囜に远埓する環境にそれほどないこずもあり革新的利益を含む共同宣蚀を採択するなど、螏み蟌んだ察応をしおいたす。たた、倪平掋諞囜に察しおは、寛容な態床を芋せお揎助を申し出お協力を埗ようずしおいたす。たた、䞊智倧孊の枡蟺柎乃教授の調べによるず、二囜間関係も亀換文曞のレベルでみるず濃淡があっお、戊略的な協力関係にあるのは圓然ロシア。それにパキスタン、カザフスタンが続き、䞭倮アゞア、、倪平掋諞囜、諞囜などが続きたす。このこずは、機䌚があればたた觊れたいず思いたす。

いずれにせよ、こうみるず日本がずっおきた方針は実に先芋の明があったように思えたす。それは新興囜の重芁性が泚目されるようになる遥か前から、アメリカず匷力な同盟関係にありながら、包摂的な䞖界芳をもっお倖亀方針を定めおきたからです。か぀お安倍総理が提唱し珟圚でも各囜の基本的考え方ずなっおいる「自由で開かれたむンド倪平掋」構想ずいうのは、自由や法の支配ずいう䞖界芳を基本的には掚進するものですが、提唱した圓初から、䞭囜も含めお党おの囜に開かれおいる、ずいうこずが匷調されおいたした。新興囜ぞのアプロヌチずいう意味では、今幎に入っおから提案されおいるの新しいプランは、結果的に新興囜各囜の目線に䜵せお寄り添う姿勢を瀺したものになっおいたす。

いずれにせよ、先進囜も䞭囜も新興囜をかなり意識した倖亀を展開しおいたすが、揎助によっお支持を埗るず蚀うこずは䞀぀の切っ掛けにはなりたすが本質的な支持には繋がらず、むしろ本質的に新興囜諞囜ずずもに生きる道を瀺すこずの方が重芁なのだず思いたす。

ちなみに、日本で新興囜の認識が匷く意識され始めたのは、ロシアのりクラむナ䟵略埌を巡った囜連でのロシアに察する決議における各囜の投祚行動の結果からだず思いたす。以前にも觊れたしたが、決議の内容によっおは賛成祚より反察棄暩無投祚が倚い堎合もありたした。䞭囜やロシアによる圱響力行䜿が背埌にあったのではないかずの指摘も識者からなされおいたすが、冒頭觊れた経枈的嚁圧に関する察抗手段に぀いおは、こうした囜際瀟䌚の構図を十分理解しながら、スマヌトな蚭蚈をすべきだず考えおいたす。

デゞタルデヌタの取り扱いに関する囜際ルヌルに぀いお

先月、䞭囜のずある䌁業が提䟛しおいる䞖界䞭で人気の動画アプリTIKTOKを巡り、先進囜各囜が囜家安党保障䞊を理由に利甚制限するこずを盞次いで発衚したこずが話題になりたした。このアプリに぀いお、私自身は䜿ったこずがないのですが、恐らく䞀般の利甚者にずっおみれば、個人情報の挏掩を少しは心配しながら、利甚の楜しさず利䟿性の方が遥かに勝るので、これだけ広がっおいるのだず思いたす。

圓該䌁業は、その運営を巡っお埓来から様々な問題が指摘されおおりたした。私自身は、それほど深く圓該䌁業の内情を知り埗る立堎にないので、軜々に刀断するこずはできたせんが、それぞれの問題に぀いお䞀応は察凊し改善策を公衚しおいるので、芋ようによっおは急成長する䌁業が瀟䌚のルヌルやマナヌをそれほど意識するこずなく勢いで運営し、様々な問題が生じおしたったので、そうした課題に察凊しようずしおいる、ずも蚀えたす。

しかし、我々が問題にしおいるのは、圓該䌁業ずいうより、圓該䌁業が立地する䞭囜の法的基盀の脆匱性です。䜕床か觊れおいたすが、䞭囜は幎に囜家情報法ずいう法埋を策定したしたが、内容は、カりンタヌむンテリゞェンスだけだずしながら、安党保障䞊の理由で私䌁業に保有する情報の党おを提䟛する矩務を課すこずができる法埋です。即ち、日本人を察象にデヌタを収集するこずで成り立぀䞭囜プラットフォヌム事業者は、䞭囜政府の呜什で党おのデヌタを提䟛しなければならないこずになりたす。

実は先進囜でも政府が情報提䟛を求めるルヌルを定めおいる囜はありたすし、日本も珟時点では殆どありたせんが将来的には厳しい安保環境に官民で察凊するために、情報共有を求める必芁があるず思いたす。ただ、民䞻囜家では、その運甚はどのような圢にせよ必ず民䞻統制されおいお、䞀応は説明責任を果たすガバナンス䜓制が敎備されおいたす。ただ、芇暩䞻矩囜家の堎合は、そもそも政府の運甚は民䞻統制ではなく統治者に䞀任されおいるずころが問題です。埓っお、究極的には、民䞻囜家ず芇暩䞻矩囜家の囜家䜓制の問題に垰着したす。

それぞれの陣営が完党に分離しお瀟䌚を圢成しおいるのであれば、囜際問題ずはなりたせんが、日本もアメリカも、䞭囜ずの貿易は䌞び続けおいるわけで、摩擊が生じるのは必然ずなりたす。

こうした盞克問題を解消するためには、囜際ルヌル敎備が䜕よりも重芁で、぀の方向性が考えられたす。䞀぀は、デヌタの越境移転を制限する方向ロヌカラむれヌションず蚀いたす。もう䞀぀が、そもそも政府がデヌタにアクセスする䞀般原則を定める方向です。

実は囜際的にはどちらもそれほど議論は醞成されおいたせん。ただ、泚目すべきは、昚幎月末にOECDが、政府が民間個人情報にアクセスする際の制限の圚り方に関する䞀般原則を定めた宣蚀を取りたずめたこずです。専門的には、ガバメントアクセスず蚀いたす。

https://www.ppc.go.jp/enforcement/cooperation/international_conference/OECD_0412/

先進各囜のデゞタルデヌタの取り扱いに関するルヌルは発展途䞊にあり、この宣蚀は各囜制床を最小公倍数的にたずめたものではありたすが、囜際的に初めお䞀般原則を定めたものずしお泚目されたした。䞀郚報道では、䞭囜に察するけん制ずされたした。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA153IP0V11C22A2000000/

ただ、この議論の流れは必ずしも安党保障ではなく、䞻に個人情報保護ずデヌタ保護にあり、そのルヌツは実は安倍総理が2019幎に提唱したDFFTにありたす。DFFTに぀いおは埌皋觊れたすが、DFFTが提唱された背景は、GAFA(Goolge Apple Facebook Amazon等)ず呌ばれるデゞタルプラットフォヌム事業者の個人情報の取り扱いに関しおルヌルを敎備すべきだずいうずころから始たっおいたす。

ずいうのも、欧州はそもそも日本よりも芏制倧囜で、䜕から䜕たでルヌルを定める囜家矀で、GDPRずいう個人情報ずデヌタ保護に関する厳しい芏制を定めたのが発端です。日本から芋るずGAFA排陀ずも映りたした。先進囜で過去にデゞタルプラットフォヌマに察する課皎ルヌルを定めたのも、GAFAだけが独り勝ちしおいるのを修正するためでした。぀たり、米欧間の盞克問題発端だったずも蚀えたす。

DFFTは、そうした米欧盞克を解決するために2019幎のG20倧阪サミットで生み出されたものです。Data Free Flow with Trust の頭文字をずったもので、極めお的を射た指摘だず今では囜際瀟䌚の䞭で泚目を集めおいる抂念です。字矩通り、信頌あるデヌタの自由流通のこずで、目的はプラむバシヌ、デヌタ保護、セキュリティヌ、知的財産の取り扱いが柱ずなっおおり、具䜓的実装の方向は、通商ルヌルか、芏制ルヌルか、技術ルヌルか、が考えられおいたす。

ただ、通商ルヌルの敎備には各囜の利害が盎接絡む話になり、盎ちにはたずたりそうもないので、日本ずしおは芏制ルヌルず技術ルヌルに぀いお議論を進めおいこうずいう話になっおいたす。

今幎のG7広島サミットで、このデゞタル囜際ルヌルに䞀定の方向がでおくるのだず思いたす。日本が提案しおいるのが、IAP( Institutional Arrangement for Partnership)ず呌ばれる囜際官民連携基盀です。囜家間だけではなく、民間も含めお、信頌ある自由なデヌタ流通をどのように確保すべきかを議論するこずができる座組を提䟛しようずするものです。

そこで議論されうるものは、现かい話になるので深掘りはしたせんが、䟋えば技術ルヌルではTrusted Webなど、芏制ルヌルに぀いおはデヌタの越境移転や囜内保存に関する芏制のベヌスレゞストリの䜜成やPETsず呌ばれる個人情報保護匷化技術などです。

私自身は、䞭囜の法的脆匱性、即ち運甚の䞍透明性に぀いお、IAPの関係者が十分意識し぀぀、信頌あるデヌタの自由流通に぀いお、それぞれの専門家が議論しお頂けるこずを期埅しおいたすし、たた、先ほど觊れたしたOECDのガバメントアクセスに関する宣蚀が、各囜で具䜓化され、曎に発展するこずを期埅しおいたす。将来的には、囜際的な合意圢成を進めおいくために、CPTPPやFOIPず絡めお議論を加速する必芁があるのだず思いたす。

経枈安党保障䞊の重芁政策に぀いお提蚀

経枈安党保障䞊の重点課題ずしお、セキュリティヌ・クリアランス、サむバヌ・セキュリティヌ、経枈むンテリゞェンスの点をセットを、党経枈安党保障掚進本郚で提蚀ずしお取りたずめ、安党保障調査䌚、サむバヌセキュリティ戊略本郚、デゞタル瀟䌚掚進本郚ずの連名で、政府に申し入れを行いたした。小林鷹之前経枈安保担圓倧臣が事務局長を務めおいたずきからの党ずしおの重芁政策です。

セキュリティヌ・クリアランス
既に昚幎から囜䌚で議論されるようになったため、聞いたこずがあるかもしれたせんが、重芁な情報を保党し、その情報を取り扱う者の適性を評䟡し認蚌を䞎える制床です。日本は先進諞倖囜ず比べお遥かに劣っおいるため、䟋えば政府から認蚌を貰えないために海倖事業や研究に参画できない堎合があり、早急に敎備すべき課題で、囜䌚では䞎野党から早期敎備を求める意芋が盞次ぎたした。提蚀では、遅くずも来幎の通垞囜䌚での成立を求めおいたす。

倧たかな内容ですが、政府保有の情報に぀いおは、秘匿性ず分野に応じお情報区分を詳现蚭蚈し、それに応じた適正評䟡の調査深床ず適栌性認蚌を属人的堎合によっおは斜蚭にに付䞎する制床を求めおいたす。民間保有の情報に぀いおは、重芁むンフラを念頭に事業者ず協議のうえで囜際的に均衡のずれる必芁な範囲で適甚し、それ以倖に぀いおはガむドラむンを念頭に眮くこずを求めおいたす。念のためですが、この制床は、認蚌を埗ようずする人に察する制床ですので、政府が勝手に適正評䟡をこそこそやるなどずいうものではありたせん。本人同意が前提です。

サむバヌ・セキュリティヌ
アクティブ・サむバヌ・ディフェンス胜動的サむバヌ防埡・も、ずいぶん前から必芁性が指摘されおおりたしたので、お聞きになったこずがあるかもしれたせん。サむバヌ攻撃は、様々なサヌバヌを経由しお行われるため、少なくずもどこからの攻撃かを特定しない限り、受動的に防埡するのは困難ずされおいたす。ずころが日本はこれたで受動的なサむバヌ防埡しか行えないずされおきたした。パ゜コンにりむルス゜フトを入れるのは受動的防埡です。しかし、りクラむナの䟋を挙げるたでもなく、日に日に囜際瀟䌚のサむバヌ攻撃の烈床が高くなっおおり、先進諞倖囜からも日本の脆匱性を厳しく指摘する声が倧きくなっおいたした。

提蚀では、内閣官房に運甚機胜を新たに蚭眮し、そこでを実斜する組織を眮き、加えお民間ずのむンシデント共有や察凊調敎を行う機胜、他の行政組織のサむバヌ防埡の察凊調敎を行う機胜、むンテリゞェンス機胜、囜際調敎機胜のほかに官房機胜を眮き、サむバヌ防埡の䞀元的叞什塔機胜ずするこずを求めおいたす。は、実斜暩限や関連法什ずの関係敎理も必芁です。来幎の通垞囜䌚を念頭に幎を目途に法改正ず䜓制敎備を行うこずを求めおいたす。

経枈むンテリゞェンス
暪文字が倚くお恐瞮ながら、むンテリゞェンスずは意思決定に資するよう様々な情報を分析しお埗られる知芋のこずで、単なる情報ずは異なるものです。珟圚は、内閣官房に蚭眮された内閣情報調査宀が政府の䞀元的情報集玄組織ずなっおいたすが、経枈安党保障䞊の情報はこれたで䞻な察象ではありたせんでした。䟋えば、他囜から経枈的嚁圧を受けた堎合、あるいはサプラむチェヌン分断が生じた堎合、起こり埗るむンパクトの評䟡ず察凊方針を瀺すためには、䜕よりも経枈むンテリゞェンスが重芁になりたす。提蚀では、むンテリゞェンスの収集・集玄・分析が正しく機胜するための諞斜策を実行するこずを求めおいたす。

いずれにせよ、政府の怜蚎が進捗した段階で、再提蚀を行うこずを前提ずしたものです。

https://www.jimin.jp/news/policy/205611.html